-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2011-11-09 (Wed)
えっと、誤解を招くかもしれませんが、
発達障害のASである、ちょっと普通の思考とは
もしかしたらかけ離れているかもしれない人間の
戯言だと思って読んでほしいのですがね・・・



私は、「病気」やら「障害」やらに
あまり驚かない人らしい。

っていうか、他人がそういうものに
どれほど驚いたりショックを受けるのか
自分と比べて計れないでしょ?

だから、あくまで他人に指摘されて考えたこと、
なんだけどね。


「え?この話聞いて
 どうしてそんなに冷静でいられるの?」

って、非難される事、多いんです、私。



この年になると、結構、周囲で
生死に関わる病気を患っている方も多く、

こういう病気だった
こういう手術で、こういう治療で、
こういう入院生活で、
こういう通院してる、とか、

耳にしたりする割合が多くなっている。


でもね、それがどんなに近い人でも親しい人でも
私は「ふう~ん」ってしか思えないんだよね。

とてもショックで・・・とか、
考えると涙が・・・とか、

あまりそんな風にならないんだよね。

もちろん、親しい人が命に関わる病だとしたら
それはとても悲しいけれど、
それは「もう会えなくなる」時期が近づいている、
という悲しみであって、
病気そのものに対してではない、というか。



まあ、自分自身も結構な病気を患ってきたし、
今でも治療し続けてる事もあるし、
そのせいかな?

と、思ってみたけど、私って小さい頃からなんだよね。



私が小学生の時、同級生の妹が6歳で病気で亡くなった。

いなくなったことは悲しかったけど、
同級生の気持ちを思うと切なかったけど、

でも、「そうか、そういう運命なんだ。仕方ないよね」

と思っていた。




いつかはみんな、死ぬでしょ。

その時期が早いか遅いか、人それぞれ。

もちろん、あまりに早すぎたり不慮の事故は
悲しすぎると思うけど、
病気とかは、人間なんだもん、誰だってかかるでしょ、

って。







それから、「障害」と言うものに対しても、そう。

あの人のお子さん、障害があるんだって、
って言われても、別に「へえ~そう」としか思えない。


特別気の毒にも思わないし、
何故、そんなにみんなが興味本位で
話のネタにして盛り上がるのかも理解できない。








障害だって別に衝撃的なことなんて思わないんだよね。

ああ、そうなんだ、

じゃあ、何か出来る事があったら言って欲しい、

私はどうしてあげればあなたは楽ですか?

と言う風にしか、思わないのよね。


周りの家族も大変だと思うけど
それはそこで出来る範囲でやれるだけのことを
やっていくしかないだろうし、

こんな私でよければいつでも力になるよ、
って、それだけなんだよね。





小さい頃、近所に手足の不自由で
おそらく知的な遅れもある方がいて、

うちの変わり者の母親は
「あの人が来たら目を合わせちゃダメ」
と、言われてたんだけど、
どうして目を合わせちゃいけないのか?と。

まあ、今考えても母親の対応は理解不能だけど。



障害を持つことだって、そりゃああるでしょう。

自分に降りかからなくてよかった~ってことじゃなく、
もっとフラットな気持ちで受け止めても
いいんじゃないかって思うんだけど。



一定の割合で障害を持つ人が産まれてくるのであれば
そういうハンデを背負ってきた人を
ハンデのない人間が支えてあげるべきでしょう。

それが「お互い様」ということでしょう。

ハンデのない人間の義務は支えてあげる事でしょう。

決して後ろ指差したり陰口たたいたり
必要以上に同情したりする事じゃないでしょう。





でも最近、私なりにわかってきた。

ああ、病気の話のときは一応、
必要以上に驚いたりショックな顔をした方が良いんだな、

障害の話のときは一応、
かわいそうだね~気の毒だね~
と、まわりに同調しておけば良いんだな、

ということ。





ASの私は、最近やっと、こういうとき、
リアクションを大きくしないと
冷たい人間と思われる、ということが解ってきた。


でも、まあ、そんな風に思われても平気だけどね。











スポンサーサイト
| 世間の目 | コメント(8) |







管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。