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2010-11-09 (Tue)
のび太が1.2歳の頃。

旦那は仕事が忙しく10時前に帰る事はなかったので、
一日中、ひとりで育児していた。

だから、というか、自分なりのスケジュールをこなすので
毎日精一杯だった。


夕食は6時頃からのび太に食べさせるが
グダグダダラダラなのび太は1時間くらいかかる。

片づけやら何やらして8時にはお風呂に入れる。

そして、9時には寝かしつける。

そんな生活をこなすことだけで1日回っていた。



ある日、お風呂から上がりのび太の体を拭いていた時、
玄関のチャイムが鳴った。

「え?こんな時間に、誰?」


まだ、のび太も私も服を着ていなかったので、
このまま出ないでいれば、相手も帰るだろう・・・

と、思って、そのまま静かに体を拭いていた。


しかし、しばらくしたらチャイムが連続で鳴り出した。

誰だ?こんな時間に何度もチャイムを鳴らすなんて?!

それにまだ着替えてもいないしどうしようもない。

でも、当時は狭い貸家で、玄関からも、
部屋に明かりがついているのがわかるだろうし、
私たちの気配もわかるのだろう。

何度も何度も連続でチャイムを鳴らされるので、
のび太が驚いてパニクって泣き出してしまった。


ああ、どうしよう。

とにかく急いで着替えて出なきゃいけないよね・・・



焦りつつ、着替えていると、

「のび太~のび太~!!!」

と、玄関からのび太を呼ぶ声。



・・・・・来客は実母だった。




当時、私は実母とは絶縁状態だった。

しかし、私の気持ちなどお構いなしの実母は
私たちの生活にズカズカと自分勝手に介入してきていた。


「ああ・・・またか・・・」と思いつつ玄関を開けた。



「こんな遅い時間に何?
 電話くらいしてから来てくれる?」

と、思わず、不快感丸出しで母に言った。


すると、実母は、


「遅い時間?まだ9時前でしょ?
 全然、遅くないじゃない?!
 だって、のび太に会いたいんだもん!
 のび太にこれ、あげようと思って・・・」

と、何だか忘れてしまったが何かを差し出した。


「ちょっと!小さい子供がいればこの時間は
 もう、寝せたりしている時間だよ!
 ちょっと考えれば察しがつくことでしょう?」


私は元々、実母とは反りが合わないので絶縁状態だった。

再び、こんな感じに私の領域にズカズカと入り込もうとするので
腹が立ってきつく言い返した。


すると、実母は、


「何言ってるの?!9時過ぎてたら来ないよ!
 9時前は普通は常識的に考えて遅い時間とは言わないんだよ
 気を使って9時前に来てやったのに!」







長い前置きでしたが・・・(汗)





過去記事を読んで下さっている方はお分かりかと思うが、
実母はいかにもASの色濃い人間だ。

(今回の記事は実母とのゴタゴタが主題ではないので(笑)
 詳しくは割愛しますが・・・)


「9時前は『普通は』『常識的に考えて』遅い時間とは言わない」

と、自信満々で言い放った実母だが、

「普通は常識的に考えて9時前は遅い時間ではない」
と言ってのける段階で
もはや、「普通」でも「常識的」でもない(笑)



生活時間というものは、人それぞれであり、
家庭によっても様々なのだ。

私が仕事をしていた時、
遅い時は9時まで仕事が入っていたので
もちろん、9時が「遅い時間」なんていう感覚はなかった。

しかし、子供が1.2歳になると生活スケジュールが一変する。


冒頭に書いた当時のスケジュールは小さい子がいれば
おそらくよくあるスケジュールのパターンだと思う。

また、小さい子がいたとしても
共働きしていて子供を保育園に預けていたりすると、
7時頃、やっと家に帰ってそれから夕飯の支度、
8時頃にやっと食べ初めて、お風呂に入れて、
10時頃に寝せたくても保育園でたっぷりお昼寝しているため、
11時過ぎてもなかなか寝てくれない・・・なんてよく聞く。

そうなると、同じような小さい子がいても、
確かに9時前が遅い時間とも言えないかも知れない。



ところが、のび太は入学すると
8時には起きている限界になったので
「寝る時間は8時」になった。

そうなると8時はもう充分、「遅い時間」だった。


つまり、人そろぞれ、家庭によって、
都合の悪い時間、というのは様々なのだ。

もちろん、それは「時間」に関してのことだけではない。

ものの見方、考え方など人それぞれだ。








のび太の同級生のお母さんが、

「うちはまだ、子供と一緒にお風呂に入ってるんだよ。
 『普通は』ありえないことでしょ?」

なんて言っていたが、別にどっちでもいいことだ(笑)

それぞれの家族で考えて決めればいいことだし、
こういうことだって一体「普通」の基準はどこにあるのか。





学生の頃、ある同級生に

「まっぷーみたいな人、私、大っキライなの。
 陰でコソコソ言うと悪口になるし
 常識的に考えると私が嫌な人みたいでしょ。
 だから面と向かって言っておくから」

と、言われた事がある(笑)


陰口は言ってしまっている自分自身に罪悪感があるし、
世間の「常識」では悪口を言ってはいけないことになっている。

だから「非常識」な人って思われないように?
堂々と面と向かって相手に伝えて、
公言した方が自分自身がスッキリする、
だから、言っちゃうね!


と言う事で、相手に不快な思いをさせる。

そのこと自体には罪悪感はない、
という自分の考えの歪みに気づかない。







人としての当たり前の道徳観、倫理観ですら
「常識」と言えることですら、人それぞれの時代だ。

それを、「『普通は』~~なんだ!」とか
「~~は常識的なことだ」などと
相手に自分勝手な「普通」感や「常識」感を押し付けて、
自分を正当化する事は「異常」なのである。




つまり、相手の気持ちを察する、とか
相手のことを思いやる、とか

その部分が欠落した状態で「普通」やら「常識」やらを
ごり押しして、相手を傷つけたり、
周りに不快な思いをさせたりする、

ということに考えが至らないのだ。




「普通」や「常識」がたとえ正論だとしても
そういう理屈を振りかざすより、
もっと大切な事を忘れちゃいませんか?
ってことだよね、って思うけど。




だから、その押し付ける「私の中での常識」や
「普通は~~だ」というものに限って、
限りなく「非常識」で「異常」なことが多いのが
実に不思議である。





まあ、ASな私が偉そうに言う事じゃないだろうけど(笑)


















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