2010-11-05 (Fri)
新聞の小さな投書にあった文なのだが・・・



「偏差値50がいわゆる『普通』ですよね。
 だとしたら偏差値70っていうのは『異常』ですね」

と。




ふむふむ。

なるほどなぁ~と、感心しきり。



世間一般の意識として、

偏差値50は「普通」。

偏差値70は「すごいね~!」。



ところが偏差値30は「ちょっとおかしいんじゃない?」
みたいな見方をされる。




しかし、偏差値70も30も「普通ではない」のだ。

要するに異常。





それなのに、と、ふと、思い出したことがある。

私はいわゆる「偏差値世代」(っていうのかわからんが)だ。

中学高校の成績は全て偏差値で表され、
詰め込み方教育の象徴とされる共通一次試験の世代なのだ。


私は中学の頃は成績が良かった。

70以上の偏差値もたびたび取っていたが、
50台の時もあったりで、浮き沈みの激しい成績だった。

つまり、得意な項目の試験の時は異常に良い成績だが、
苦手な項目の試験範囲だと、急降下する(笑)

で、50台の偏差値だと教師に叱咤激励されるのだ。


「50台で満足してはダメだ。
 常に偏差値70を目指せ」と。


また、偏差値70を取ると、

「よし、この調子で70台を維持、
 もしくは更に上を目指せ」と誉められる。


つまり、置き換えてみると、

「『普通』で満足してはダメだ。
 常に『異常な偏差値』を目指せ」

「よし、この調子で『異常状態』を維持、
 もしくは更に『異常な世界』を目指せ」

と言う事になってしまう(笑)







偏差値、というのは、50が普通で、
教師は偏差値50の割合が多くなるように
テストを制作するらしい。

30台から50にかけて緩やかに増え、
50を頂点に70台にかけて緩やかに減少するグラフになるような
結果になるようなテストを教師は作る。

偏差値50が「多数派」なのだ。







・・・・・。


まったく、『普通』ってなんだろう。




障害がないことが、「普通」と言う世間。

成績が良くもなく悪くもないことが「普通」。



「普通は~~なんじゃないの?!」という、
世間の人々が言う「普通」って誰が決めた『普通』なのだ?!




受験勉強に一生懸命になっているのび太。

のび太地方での「未来を担う選ばれし子供達」を
教育するための学校なのだから、
明らかに「異常な人材」を求めているのだ。

その「異常な世界」を目指し、勉強を続けるのび太。


障害のあるものを「異常」とするなら、
異常なのび太が更に異常な世界を目指していることになる(笑)



世の中の「普通」と定義されているものくらい、
「異常」なことが多い気がする私は、
やはり「異常な世界」の住人なのだな(笑)







ああ、今日の記事は支離滅裂(笑)

だけど、アップしてしまおうっと!









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