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2010-09-17 (Fri)
のび太の担任のC先生は毎週、
クラス便りを作ってくださる。

これほどマメに、クラスの様子を
伝えてくださる先生は初めてだ。


このクラス便りの内容が、
これまた毎回、読み応えがあるのだ。


学級会で話し合った内容についてや、
行事に向けてのクラスの取り組み、
授業中のやり取りなど、
大人でも考えさせられたりジーンと涙して読んだり、
毎回、とても楽しみなのだ。



以前、こんな内容のクラス便りがあった。


「『自分で考え、一人でも行動できる、
  「個の力」を鍛えよう』


 ~最高学年でありながら、
 職員室に用事がある時、果てには
 トイレに行く時まで
 誰かと一緒、という人が多い。

 自分の考え、自分の行動を意識し、
 周りに流される事ない強さを持ちましょう~

・・・ということを話し合いました」




へえ~、すごいな。

自分が小学生の頃、
こういうことを言ってくれる先生なんていなかったよ。


誰かと行動している事がどちらかと言えば
協調性がある、友達が多い、などと
思われていたような気がする。


特に女子に多いだろう。


私はこういう女子同士のおかしな連帯感が
大っキライだった(笑)

友達と一緒に帰るためにずーっと待つ、とか、
「ねえ、一緒にトイレ行こう」とか、
「○○の時、一緒に座ろう」とか、
そういうのがめんどくさくてイヤだった。

ひとりで行動している方がよっぽど気楽だったし、
変な気も使わなくていいし。

周りの子のめんどくさい「繋がり」が理解できなかった。





のび太にも聞いてみた。


「のび太はひとりで職員室とかトイレとか行ける?」


「ん???ボク、誰かと行った事、ないよ」




そうだろうね(笑)

自分の事で精一杯で、誰かと、なんて
思いもよらないだろうね(笑)


先日、初めての塾だった。

日曜に10時~4時までお弁当持参だったので、

「のび太、お弁当、誰かと一緒に食べたの?」

と聞いたら、

「一人で食べた」

「ふう~ん、ひとりでも大丈夫?」

「???全然、大丈夫」


と、私が何故、「大丈夫?」なんて聞くのかが
逆に不思議そうだった(笑)




今朝の新聞の記事。

大学入学1週間しかたっていないのに
「友達が出来ない」と相談に来る人もいるらしい。

友達が出来ないからと、退学する人までいるとかで、
そのため大学側も友達作りの手助けを始めたそうだ。

学食でひとりで食べるのが恥ずかしいらしく
トイレで食べる人までいるとか。

そういう心理は「友達がいない寂しさ」ではなく
「友達がいないと思われることの恥ずかしさ」だとか。



こういう記事を爆笑して読んでしまう私は
まあ、少数派なのだから意見としては
賛同してくれる人のほうが少ないだろうが、
全く、「友達ってなんだろう?」と思う。




のび太が4年生の頃、散々いじめられていたのに
何の対処もしてくれなかった担任が
通知表の所見に書いてた言葉が、

「最近では友達と一緒にいる姿が見られ、
 そういう点では成長が見られたと思います。」

だった。


ちなみに「一緒にいる」と担任が見ていたのは
いじめっ子(笑)

いじめっ子と一緒にいても
一人でいることより誰かといることが
「友達がいる、協調性がある」と短絡的に見られるのだ。

それも教育者の目からでも、ってとこが笑えるが(笑)




新聞記事の内容からも、4年当時の担任の所見からも
「誰かといる」ことが「友達がいる」と見られ、
それが「協調性がある」「人として健全と思われる」
ということらしい。


ということは裏返せば、
「ひとりでいる」ことは「友達がいない」と見られ、
「協調性がない」「人として不健全である」
ということになる。



しかし、そんな風に思う「目」もありながら、
「そういう考えっておかしいだろう」
「友達ってそんなんじゃないだろう」
「ひとりで行動できないなんて情けない」
という考えもあるわけだ。





だからこそ、C先生のお便りの

「自分で考え、一人でも行動できる、
  「個の力」を鍛えよう」

という言葉はとても私達には心強く思ったし、
私やのび太みたいな「単独行動派」を
認めて賞賛してくださったかのように思えて
嬉しかったのだ。




ちなみに、こんな私でも
現在、何でも話せて相談できる友人が3人もいる。

ふたりはのび太と同級生のママ友達。
(過去記事にもたびたび登場する、
 のび太が1歳で入った子育てサークルで知り合った)

もうひとりは中学~高校の同級生。

遠いところに嫁いで普段は全く連絡も取り合わないが
本当に自分の気持ちがピンチの時に
お互い連絡して相談してしまう相手だ。




♪友達100人できるかな?♪なんて歌もあり、
友達はたくさんいた方がいいという幻想を
幼い頃から押し付けられるが、
友達なんてひとりいれば充分だ。

3人いる私はチョー幸せ者だ。

それに、友達、って
一緒にトイレに行く人でも一緒にご飯食べる人でも
携帯アドレスに名前があるだけの人でもないはず。





きっと、ASタイプは「単独行動派」が多いだろう。

私から言わせれば、
ひとりで行動できない人間の方が
人としてマイナスに感じるのだが。

まあ、少数派の見解なので聞き流して欲しいけど(笑)


もしかしたら、私達ASタイプの「個の力」と言うものは
「人としての強さ」
「生きる力」を秘めているのかもしれないな、


などと、つらつら考えたのであった。





 
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