2010-04-21 (Wed)

「のび太くんはクラス全員から
 絶大なる信頼を得ていますよ」




昨日の家庭訪問でC先生が仰った。






(うっそぉ~ん!)

と、心の中で叫んだ私に「その証拠」と言わんばかりに


「新しく係りを決める時に立候補者が多かったので
 一人ずつ演説をさせて投票で決めよう
 と言う事になったんです。
 その時に、演説で
 『僕はのび太くんを見習って責任を持って
  係りの仕事をしたいです』とか
 『のび太くんのように信頼される仕事をします』

 って言う子が何人かいたんですよ
 このクラスでは『きちんと仕事をする人』の
 代名詞として「のび太くん」が例えられるくらい
 みんなから一目置かれているんです」


と仰った。





誉められるという事はなんと嬉しいことなのだろう。

自分の事でさえこんな風に誉めて貰った事がない。




それを我が子のことでこんな風に言って頂けることが
とてもとても嬉しかった。


「のび太くんのように」と言ってくれる子供達もスゴイ。

ちゃんと同級生の仕事振りを見て評価してくれて
さらにそれを口に出して言ってくれると言う事は
これまた勇気のあることじゃないだろうか。


そして、お互いの良いところを言い合えるクラスを
作ってくださっているC先生の指導力の賜物なのだろう。




「信頼を得る、っていうことは
 多くを語ることじゃなくて
 黙々と与えられた仕事をきちんとこなして
 他の人が嫌がる事も黙ってやる、
 そういうことなんだと教えられました」




そうなのだ。


自閉症の特長の

「決められた事はきちんと完璧にやり通す」

を、そのまま実践実行しただけなのだろうが(汗)




~余談~
(C先生が帰られてから、のび太にその話を聞いたら
 「そーだったんだよ~ボクもみんなが
  そんな風に言うからビックリしちゃって
  メチャクチャ恥ずかしかったよ~
  ・・・嬉しかったけど」
 なんて言っていました)




そして、先生は続けた。




「そんなのび太くんなので、私、のび太くんが
 特別な配慮が必要だ、っていう事を
 すっかり忘れてしまっているんです。
 本当に申し訳ないんですけど・・・
 で、口頭で、あーだこーだアレしてこれして・・・
 って、かなりキツイ口調で言っちゃったりして
 あら?のび太くん、変な感じになってるな~
 ちょっとフォローしに行こう、って思ってると
 必ず誰かのび太くんに声をかけてくれてるんです。
 だから私が『あ!のび太クン』って思った瞬間には
 誰かも同じようにのび太くんの不安を感じ取って
 ちゃんとフォローしてくれるんですよ。
 これって、すごい事だと思います」



そうなのだ。

つまり、特別支援だとか発達障害だとか
そういうことって、心の通っている場では
わざわざ必要のない括りなのだと思う。

C先生が担任になって、改めて思う。




「それはC先生がクラス全体にそういうことを
 伝えてくださっているからです」




そう。

学級便りにあった、今年のクラス目標のひとつに


「たったひとりが困っている事でも
 クラス全員で考え助け合う」


こういう意識。


先生ではなく、子供達が決めたクラス目標だ。

でも、こういう気持ちに導いてくださっているのは
やはり先生の普段の声かけや発言から
クラスのひとりひとりが向く方向が
授業や決まりと言ったありきたりな目の前の物ではなく
「心」に意識が向いている証拠だと思う。



だから、のび太のプチパニや弱い部分を
理屈ではなく雰囲気で感じ取れるような
付き合いの長い子や敏感な子は
当たり前のように声をかけて手を差し出してくれる、

ただそれだけの事なのだと思う。




本当に、ただ、それだけのことなのに、
一体、どうして、のび太のような個性的な子が
世の中では排除されたり、いじめられたり、
辛い目に遭わなければいけないのだろう。


のび太も4年生までは壮絶ないじめを味わった。

教師も適切な対処をしてくれないばかりか
いじめられる側も悪い、と言わんばかりの
対応にボロボロに傷ついた事もあった。


今、振り返ると、やはり、
正しい方向に導いてくれる大人(教師)がいないと
絶対に歯止めは利かないのだ。


それはとても簡単な事で
人間として当たり前のことを
心がけてくれるか否かの差でしかないのだ。




困っている人に声をかけ助ける

泣いている人にはハンカチを差し出す

解らない人には教えてあげる

傷ついている人には心寄せる


教科書には載っていないけど
生きていく上でこれ以上大事な事はないはずだ。


それなのに、大人であるはずの教師自身が
忘れてしまっているクラスにこそ
いじめは起きるのだろう。








のび太にとってC先生との出会いは宝物だ。


というか、C先生のような教師が
当たり前の教師であって欲しい。



担任に「当たり」「外れ」があってはいけない。




採用試験で学力を問うよりも
心のレベルの高い人材を採用して欲しいのだが・・・









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