2010-02-01 (Mon)
「いいですね。
 のび太くんは頭もいいし、
 普通クラスで問題も無くやっていけて
 大きなパニックもなくなって
 ちゃんと意思疎通もできて、
 毎日、成長が見えて明るい家庭で
 ブログを読ませていただいていると
 腹が立ってきます。
 そして自分と子供が情けなくなって
 悲しくなってしまいます」




そんなことを言われてしまいました。






正直言って、


「じゃあ、読まなきゃいいじゃん」



って、思います。



私が頼んで読んでもらっているわけでもあるまいし、
何故、ここまで言われなければいけないのでしょう。










同じ発達障害の診断でも、
100人100通りの症状があって
それぞれの困り感はそれぞれで・・・

知的発達と障害ゆえの困り感はイコールではない。

知的な遅れが無いから発達のゆがみも少ない、
と、思っている方もいるようだが
全く違う。


逆に、知的な遅れがない分、
自分の発達のゆがみや周りとの感じ方の違いを
はっきりと感じる事からくる自己否定感の強さや
周囲との疎外感はかなり大きいのだ。





・・・と、言われていても、


「知的な遅れが無いからいいじゃない」

「会話が出来るならいいじゃない」


などと言われるのだ。




私から見れば、
知的な遅れが無い、先生の手を煩わせていない、
というだけで通級にすら通えないのび太は
不公平じゃないのか?!

と、思うのだ。



同じパニックを起こしても
支援級にいる子はちゃんとみんなに
手を貸してもらえる、優しくしてもらえる、


しかし、のび太のように
普通クラスにいるのにパニクっている、
というだけで

「キモイ」「変なの」などと言われるのだ。





支援級に通えば「親の会」や相談会などもあり、
保護者だって精神面でのケアがある。

しかし、普通クラスの発達障害児の親は孤独だ。

クラスで迷惑をかけていないか、
先生の手を煩わせていないか、
子供はちゃんとやっているのか、

常に個々の親だけで消化していくしかない。





冒頭の言葉を投げかけた方が
どんな意図でわざわざ私に言っているのか解らない。

だけど、決してのび太も私も平穏無事に
へらへら笑ってここに辿りついている訳ではない。

(過去記事を読んでいただければわかるとは思いますが)


きっと多数派のお子さんだってそうであるように
発達障害を持って生まれた子の周りでは特に
ドラマや映画になりそうな出来事をくぐりぬけて
どなたも生きているのだと思うのだ。


本当に辛く苦しい渦中にいる時は
周りが見えなくて、自分だけが悲劇の中でもがいてて、
他の人が妬ましく思えることもあるかもしれない。

私だってそういう時期もあったし。



だけど、その自分の中のドロドロした物を
他人に投げて傷つける事で
何かが解決するのだろうか?







のび太は5,6歳まで会話が出来なかった。

オウム返しばかりで意思疎通にならなかった。

だから、もちろんパニックも多かった。



そんなのび太でも、こちらの気持ちの変化、
周りの方々の協力、心配り、
その子に合ったやり方で、
こんなに成長できるんだ、ということを
知って欲しい、と思っています。


発達障害だ、会話が出来ない、
この子の未来はどうなるの?!

いじめだ、先生が無理解だ、
一体どうしたらいいのだ?!


そう嘆いた事もあったし、
これからだってもっと大変な事はあるだろう


だけど、遠い先ばかり見ないで
ひとつひとつの目の前の困難を解決していくしか
生きる道は無いでしょ?




私の記事に腹を立てるくらいなら、
パソコンに向かうより
我が子の気持ちに寄り添う時間を作るべきです。




他人の子供の成長をうらやんだり妬んだり・・・
そんな事、私はしたくない、と思う。














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