-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2010-01-19 (Tue)
のびパパ(うちの旦那)の父親は
のびパパが小学2年生の時に病気で亡くなった。

その後、のびパパと小学6年生の兄を連れた義母は
知り合いや親戚の多いこの街に越してきた。

のびパパは、小学2年生以前の記憶のほとんどを
なくしてしまった。

大好きな父親の事も、
それまで父親と家族で住んでいた街の事も
その街で過ごしたいろんな思い出も
すべて、といっていいほど、
全く覚えていないらしい。



保育園のことも、入学した学校のことも
住んでいた家の事も、何をしたかも、
どうやって遊んでいたかも、
父親がどうやって亡くなったのかも、
父親のお葬式の事も、
それまでのすべての記憶を失ったらしい。


唯一、覚えている事は、学校にいて、
「お父さんが具合が悪いから帰りなさい」
と、言われて、
お兄さんと早退して車に乗って病院に行った、

という事だけらしい。





その後、この街に移り住み、
父親の事でたくさん母親に聞きたいことはあったけど、
聞けなかった。

幼心に聞いてはいけないような気がしていた。




人間というものは、
あまりに大きすぎるショックを受けると
「あんな辛い出来事を経験したのは自分ではない」
と、多重人格になったり、
また、自分の精神状態を維持するために、
ショックな出来事の記憶を「無かった事」にしようと
その部分の記憶をなくすことがある。

のびパパは後者の方だろう。



親しい人を亡くす、ということは、
大人でも本当に辛い事だが、
8歳になったばかりののびパパ少年には
過酷過ぎる出来事だったのだろう。

新しい土地で、知らない友達の中で、
父親のいない生活で生きていくために、
辛い出来事を忘れて生きていくことを
無意識のうちにしていたのかもしれない。







のび太と同じクラスの子のお母さんが急逝しました。

朝までは元気で見送ってくれたお母さん、
「具合悪いから帰るように」と
のびパパの時と同じように学校を早退して
次に会った母親が亡くなっていた、という大きな悲しみ。

まだ幼稚園児の妹さんもいる若いお母さん。







一昨年のクリスマスには、
のびパパのいとこ(私たちと同い年)が事故で急逝しました。

小学生の子供3人を残して。




こんな幼い子供たちに
どれだけ辛い試練を神様は与えるのだろう、
と思ってしまいます。




だけど、それはきっと乗り越えられる試練なんだ、
と思いたい。

約30年前の、のびパパがそうだったように。




すべての記憶を失くしてしまうほどの悲しみでも、
それがすべて、のびパパの優しさや温かさや
強さや大きさに繋がっている。





そして、亡くなった大好きな人の魂は
いつでもそばにあるのだと思う。







のび太は「亡くなったおじいちゃん」に
そっくりだもの。




いつも、のびパパを、そしてのび太を、
見守ってくれているような気がする。








だけど、忘れないで。

お母さんの事、絶対に忘れないで。



失くした思い出は二度と記憶には戻れない。

それは、本当に悲しい事。

思い出の中で抱きしめてくれるお母さんを忘れないで。



のびパパを見ていて、思い出を失くしてしまう事は、
本当に本当に悲しい事だと思うから。








そして、このたとえようも無い悲しみも辛さも
すべてが君の優しさや強さにいつかきっと変わる。




そう信じたい。








スポンサーサイト
| 母のつぶやき | コメント(0) |







管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。