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2009-10-27 (Tue)
縁があり、高校の同級生だった旦那と結婚することになる。

「同級生と結婚するなら○くんがよかったのに」

と、自分のお気に入りの私の同級生の男子の名を出して、
訳のわからないことを言う母親。


旦那は高校生の頃からの印象だが
真っ直ぐで、精神的に自由に生きている感じがした。

きっと、私にはないものへの憧れのようなものを感じたのかもしれない。



結納の席で、何気ない一言に私は
親と自分の関係を改めて突きつけられてショックを受ける。


義母が、

「高校生の時は、しょっちゅう自転車がパンクしてね~
 そのたびに『修理代500円』って言われて、
 ほんとにパンクなの?って思いながらも、
 でも、まあ、この子がそういうならそうなんだろうって、
 500円渡してたけどね~」


つまり、義母は100%息子を信じて育ててきた。


私などは本当にパンクしても「パンクしたから500円」なんて
とてもじゃないけど親に請求できなかった。

「嘘。そうやってお金を騙し取ろうとしてるんでしょ?」

といわれるのが目に見えていた。


私はとにかく全てにおいて疑われていた。

部活の練習試合に行く交通費が欲しいと言えば、

「学校からの文書とかなければあげない」

「練習試合とか言って、本当はどこかの男と
 会ったりしてるんじゃないの?」



部活の用具を買うときも、

「本当に○○部でやってるの?
 お金ばっかりかかって、○○部で食っていくの?」

面倒くさくなって、部活は止めた。


こんなやり取りを3年間、続ける気力はなかった。



部活、金銭面だけではない。

全てにおいて私は信じてもらえなかった。

全ての言動、行動は疑いの対象でしかなかった。


そんな風な親子関係しか知らなかった私にとって、

「嘘かもしれないけど息子が言うなら本当だろう」

と、信じて疑わない親子関係にショックを受けた。



ああ、だから、旦那は誰かを疑うこともないんだ、

信じられて育てられた人は、疑うことをしないのだ。



それに引き換え、嘘をついたことすらないのに
親に何でもかんでも疑われて何一つ信じてもらえず
育てられてきた私は

あらゆる人を疑って、心の裏ばかりを考えて
本心を見せないように生きている。



この差に私は改めてショックを受けた。






 
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