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2009-10-26 (Mon)
さて、予告したとおり、私の診断について、
記事を書いてみた。


実は10日くらい前から書き始めていたのだ。

しかし、やはり肝心な部分は書けない。

書いた部分もあとで読み返すことが出来ない。



つまり、私の中で、まだ、消化されてはいないらしいのだ。





で、予告どおりには書けないかも知れないが、
出来る範囲で記録しておきたいと思う。



まず、それには私の生い立ちを避けては通れないので
記しておく。



具体的には書けない。

書いたあとの自分が怖いから。

だから、大まかにざっくりとだけ書く。









自分と母親の関係は、簡単に言えば
親の思い通りに生き続けなければいけない操り人形だ。

それは、学校生活、家庭生活、遊び方、趣味、
話す言葉、髪型、服装・・・

全てにおいて、親の思い通りを強いられた。



私の自己主張は

「異常だ」「普通じゃない」「変な人間だ」と言われ続けた。


しかし、成長と共に、何故、私の考えが否定されるのか疑問に思った。

どう考えても、私は間違っていない、
ということも、次第に感じるようになってきた。

私は同級生を見てもなんら、異常じゃない。

他の、ほとんどの友人も、私と同じように考えて、
同じように表現しているのに、
何故、私はこうまで親に否定され、自分の「意思」を持つことを
否定されなければいけないのか。


しかし、私が強い意志で、強行に感情通りに行動することは
母親を狂わせるのだった。

それは、幼い私にとって、
この世のものとは思えないほどの恐怖感だ。



今までの私と母親の関係は
もう、母親にとっては当たり前の主従関係なのだ。




自分の意思を貫くには、

自らが命を絶つか、母親の命を絶つか、

その二択しかないと思った。


しかし、そんな大それたことなど、できるほどの
勇気も気力も失っていた。



結局、どこまで行っても、家では母親の言いなりになるしかない。



それは、ある意味、「精神的な死」を意味する。



私は、自分の「精神的な死」を受け入れてしまった。






もう、自分の意思を貫こうなんて思わないことにしよう。

というか、そういう気力は皆無だ。

自分は「心」を捨ててしまうしか、ない。





~~~つづく~~~







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