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2009-10-14 (Wed)
「○○と△△、どっちがいい?」

とか、

「○○するか、△△するか、のび太はどうする?」

とか、


そういう「選ぶ」とか「決める」とかが
なかなか出来ないのび太。




小さい時は、のび太と同い年の子が

「ママ、○よりこっちの方がいいと思うよ」

なんて言う言葉に、腰が抜けるほど驚いたことがあった。



のび太にも聞いてみた。


「ねえ、のび太、これ、赤と青とどっち・・・」

「#&%$*!?*%~~~~~!!!」


質問も終わらないうちに、
意味不明な言葉を発してどこかへ走り出すのび太・・・



当時は、言葉が通じないから、言葉が伝われば・・・
と思っていた。




しかし・・・



入学する時に、いろいろ文房具やら何やら揃える時も

「のび太、この中でどれがいい?」

と聞いても、

「・・・・・う~~~~~!!わかんないよ~~~!!!」



と、パニくる。



まるで、尋ねた私が悪者みたいだ。





登校する時に霧雨が・・・

「雨降ってるからね、傘差して行くんだよ」

というと、

「え・・・でも・・・みんなも傘差してくるのかな?」

「雨だからみんなもさして来るよ」


と、傘を差させて登校させた。


と、しばらくすると・・・走って戻ってくるのび太。


「○くん、傘差してなかったから、ボクもいらない!」


と・・・(爆)





まあ、仕方がない。

「みんなと同じ」がこだわりだから。




だけど、学校生活は自己決定を迫られる場面が多々ある。

その時に、ボーゼンとしていたり、選べなくて戸惑っていたり、
結局、最後に残ってしまってハズレ的なものをあてがわれたり、
決定できなくて自分でパニクッたり・・・







「選ぶ」とか「決める」という思考は
決定後のことを想像出来ないと出来ないのかもしれない。


つまり、「想像力の欠如」を特徴とする自閉圏ののび太には
「選ぶ」「決める」という行為は、
想像できない未来に進むということ。

それはおそらく、真っ暗闇の部屋に足を踏み入れるような
恐怖感があるに違いない。


たかが「赤か青か」だとしても。





「大きくなったら何になりたい」の質問に
答えられなかった幼稚園卒園時のアルバムに

「じゃあ、『折り紙とあや取りの名人』ね~」

と、幼稚園時代、大人顔負けだった折り紙とあや取りの腕前に
先生がつけてくれた称号そのまま書いた。

その気になってくれたからよかったけど(汗)




その後、1年生の七夕の短冊に、
みんなは「将来なりたいもの」を書いている中で、のび太は

「雲の上で寝てみたい」

と、書いていた(笑)



これはこれでナイスなんだけど(笑)
先生はそういう意味で書かせてはいないだろうけどね。




その後、

「大きくなったらFMのDJになりたい」

と、何を思ったか、何がのび太の中で変化したかわからないけど
そういう想像力が出来るようになったことにビックリした。




未来を想像する、ということは、夢を見ることが出来る、ということ。


夢を見る、ということは、ある意味、幸せなことだと思う。




その後、妄想族と化したのび太(笑)

地図を見ては妄想旅行。

歴史の本を読んでは妄想タイムトリップ。



こういうことが出来るようになってからか、

「選ぶ」「決める」ということが、
いくらか、スムーズに出来るようになった気がするなぁ。




こういうところにも、自閉症でありながら、
苦手部分を克服しようとする、のび太の成長を感じたりする、
今日この頃なのだ・・・

















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