2009-02-23 (Mon)
先日の参観日のあと、クラス懇談会があった。



2学期の懇談会ではいじめやクラスのゴタゴタについて
特に何も話はなかったらしい。

のび太がこんなに苦しんでいるいじめの実態も
親である私が明らかにしない限りは
知らないままの親がいる、ということになるのだ。

絶対に出席して、のび太への嫌がらせの事実を
公にしなければ、と思った。


さすがに今回は私が出席しているということで
担任からの言葉で

「2学期に比べて大分、クラス全体が落ち着いてきています。
 そのため、授業もスムーズに進んでいます。
 しかし、子供達の間では残念ながら
 小さないざこざはあります。
 でも、校長先生、教頭先生にもお願いして
 ひとつひとつそのたびごとに対処していっております・・」


そのあと、出席した親一人ずつ、
子供の様子などについて話してください・・・

ということで、話しました。


「うちの息子は2学期には『学校に行きたくない』と言うほど
 いじめや嫌がらせに悩まされて今も続いています。
 2学期のことは先生から強く注意していただいたことで
 一応解決して収まっているのですが、
 今は違うメンバーからしつこく嫌がらせを受けています。
 泣きながら帰ってくることもあります。
 でも、いつもほぼ同じメンバーに嫌がらせを受けていますが
 お友達はちゃんと見ていてくれて『無視したほうがいい』とか
 アドバイスしてくれるお子さんもいます。
 『のび太くんは全然悪くないよ』と教えてくれるお友達もいて
 本当に心強く思っています・・・」

言おう、と思っていたことは一応、話しました・・・


でもね、いくら私が熱く語ったとしても
肝心のいじめてる側の親なんて
誰一人出席していないんだよね・・・

それに聞いてるほかの親達だって、
きっと他人事なんだろう・・・

って、もう、私は被害者意識丸出しの
ひねくれた気持ちでしか、その場にいられなかった。


まあ、とにかく、言うべき事は言った。



 



しかし私は頭が悪いので、しばらく時間が経ってから
相手の言葉を思い返して、腹を立てたりするのだ。

今回も、あとから思い返してカチンときた。



担任が発した「小さないざこざ」という言葉。


対処する大人が「小さないざこざ」と、とらえているようでは
いつまで経ってもいざこざはなくならないだろう。

のび太にとっては決して「小さな」いざこざではない。

一生を左右するかもしれない「大きな」出来事だ。

本当に学校に行けなくなるかもしれない。

心を病んで人生の歯車が乱れるかもしれない。


のび太のような子は「小さないざこざ」さえも
絶対に忘れない。

ビデオテープを再生するかのように
相手言葉や行動を事細かに覚えていて
一生、相手を恨んでいるかもしれない。

そのいざこざを適当にあしらおうとした大人の理不尽な対処を
絶対に忘れないで一生、憎むかもしれない。




でも、私は人の人生、プラスマイナスゼロだと思っている。

今、のび太が苦しんでいる分、
いつか輝ける未来が待っていると信じている。

そして、今、のび太を苦しめているあの子たちは
のび太に放った刃の言葉が
いつか自分に帰ってきて苦しむはずなのだ。

のび太に仕掛けた嫌がらせが
いつか自分の身に仕掛けられて苦しむはずなのだ。

私は、貧しい心の持ち主らしく、
「罪を憎んで人を憎まず」なんて思えない。

正直言って、心のどこかで
「目には目を、歯には歯を」と思っている。



私がこんな風に思うことで
私が罰せられたとしてもかまわない。



傷つけられた側のきもちは
傷つけている側にいる時は思いも寄らないのだろう。

傷つけられて苦しんでいる側の気持ちは
これほどまでに激しいものだ、ということを、
あなたたち、知っておいたほうがいいよ。








・・・・・なんてことを、つらつらと考えていた、
ここ2,3日でした。









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