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2008-10-10 (Fri)
1年生にAくんという男の子がいる。

お兄ちゃんがのび太と同級生で幼稚園も同じだったので
お母さんも知っているし、
のび太が幼稚園の頃からAくんの話も聞いていた。


Aくんは一目で障害がある、とわかる。


生まれつき、目や頭蓋骨に奇形があり、
そのため赤ちゃんの頃から、
形成外科や眼科、脳外科などの手術を繰り返した。

今は手術の甲斐もあってそれほど障害は目立たないが、
眼鏡をしていて独特の顔つきではある。

知的にも微妙なところだったらしいが、
まず普通クラスで頑張ってみる、ということで
特別支援クラスには在籍していないらしい。


Aくんと同じクラスのお子さんのいるお母さんの話。



「夏休み前のクラス懇談会で、先生が、
 『一人一人の個性を大事に育てていきたいです。
 私たちのクラスには皆さんもお解かりだと思いますが
 A君がいます。
 彼は子供達にいろんなことを教えてくれます。
 みんな違う個性でも大丈夫なんだ、っていうことを・・・』
 って言ったんだよね。

 『違う個性でも大丈夫』って?『大丈夫』ってどういうこと?」








よく、特別支援クラスに在籍している子が親学級で、

「○くんは時々、△教室でお勉強します。
 でもみんなと同じクラスのお友達です。
 時々、○くんはクラスの大きい声がうるさく感じて
 泣いちゃったり、教室を飛び出しちゃったりするけど、
 みんなで優しくしてあげてくださいね」

なんて感じで言われてしまう。

特別支援クラスに通う子には優しくしよう。

「優しくしてあげる

という、上から目線の意識を知らず知らずのうちに
子供達に植え付ける教師達。


「○くんがクラスにいることで、
 子供達は優しい気持ちを表すことを
 学んでいます」

・・・っポイことは、よく、言われがち・・・


まあ、本当なんだろうけど、それを自慢げに話す
教師の気持ちに嫌悪感を覚えてしまうのは
ひがみ根性の持ち主の私だからでしょうか?






Aくんの担任の言葉の

「違う個性でも大丈夫」というセリフ。

大丈夫」の言葉の中に、

Aくんだけこの中で突出した見かけだけどこのクラスに居られる、
って言うことは、
障害があっても受け入れてあげている
本来は違うんだけど大丈夫、と思うんだよ、

とでも言いた気に聞こえるのは、私の気持ちが歪んでいるからでしょうか?




障害のある子が多数派の子の
「道徳教材」だったり
「優しさの度合いをはかるモノ」として見られているようで、
教師として、というより、
人としてどうなんだろう?




障害のある子をそういう目線でしかとらえられないって
人間としての品格がなさ過ぎる。




何だか腹立たしい気持ちになったり、悲しくなったり・・・

いろいろ考えさせられた出来事でした。







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