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2008-07-01 (Tue)
発達障害のある子供は
辛くても学校生活で多数派に合わせて
生活しなければいけないのだろうか。

そうしなければ、生きていけないのだろうか。

発達障害とは生まれつきの脳の障害によるものといわれています。

育て方や環境によるものではありません。

それなのに、どうして辛い思いをしてまで
みんなと同じ行動が出来ないといけないのですか?



障害があるからと言って許される とか
障害があるからと言って甘やかす  などというのとは違う。

もちろん、生きていく上で人としてあたりまえのことは
親として教えていかなければいけない。

それは障害があるなしに関わらず、
あたりまえのことだ。



しかし、発達障害とは脳の機能障害なのだ。


あなたは
生まれつき目の不自由な人に
我慢して努力して黒板の字を見てみろ、と言いますか?

生まれつき足の不自由な人に
努力してみんなと一緒に体育をしろ、と言いますか?




誰もが我が子を愛している。

障害があったって、

いえ、障害のある子だからこそ、
なおさら愛情を与えようとする。

だけど、それは時として、
「子供のため」と言いながら

「親の気持ちの押し付け」になったりする。




「みんなと同じように出来るように」

それは、親の勝手な願いだ。

「みんなと同じように出来るように」を子供に求める前に

子供の辛さの原因を理解してあげなければ

子供は親の前でも孤独なままだ。



みんなと同じにしたくても出来ない辛さを一番感じているのは

親ではなく、障害のある子供、本人であることを、

私たちは知っていなければいけない。






障害のある子供にだって、

意思がある。

障害がある分、繊細にならざるを得ない心を持っている。


子供の意思が
親の意思と同じとは限らない。




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