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2006-11-30 (Thu)
すご~く片づいていないのび太の部屋を片づけさせた{/face_hekomu/}

幼稚園の頃の落書き帳が出てきた{/hikari_blue/}

ちゃんとした作品の絵は、学年ごとに保存しているが、これは、課題が早く終わったときや空き時間に自由に使っていた落書き帳。

年少・・・文字、アルファベット、数字、カレンダー、時計しか書いてない{/ase/}
いかにも、「自閉症の子の物」

年中・・・文字も書いてあるが、この頃お気に入りだったトミカの「パン屋さんの車」の絵ばかり、何ページも書いている{/cars_red/}

年長・・・「人」が出てきた!頭部が○、体、手、足は線。これは療育で教わった「ソーシャルストーリー」や「コミック会話」で、私が書いた「人」の形を真似した物らしい・・・{/face_ase1/}

目に見えて、成長しているのが解って、旦那と「あ~!!!そうだったね~」と笑って見た{/kirakira/}


年少の時、「自分の顔を描きましょう」と、言われたがのび太ははじめて
          「絶対に描かない{/ee_2/}」
と拒否したらしい。

それまでも、「どう描いたらいいか解らない」「描けない」とぐずることはあったが、「描かない」と強く拒否した・・・と、担任の先生が連絡帳に描いてきた{/face_hekomu/}

今、思えば、自分の顔は見えない。見えない物を描く、ということは、自閉症ののび太にとっては無理なこと。
見えない物を想像するなんて、当時ののび太には絶対無理だったでしょう。

他の絵も、クレヨンで描いてるのに弱々しい線で、みんな同じ物を描いてるのに明らかにのび太の絵は、異質だった{/face_acha/}


そして、そのすぐあと、高機能自閉症と診断され、のび太への対応の仕方を教わり、のび太は見る見るうちに成長した{/kirakira/}

こちらの対応ひとつで、親も先生方もビックリするほど落ち着き、コミニュケーションが取れるようになり、お互いに気持ちが安定していった{/fine_face/}


そして、「描かない」と拒否した日から、およそ半年後、のび太は「母の日のお母さんの絵」で、表彰されたのだ{/ee_2/}


展示場所に行ってみると、とっても生き生きした表情の私の顔{/hikari_pink/}
ものすごく美しいのび太のお母さんの絵(だって、だって、私にはそう見えたのよ~{/ee_2/})


弱いタッチの絵、他の子とは異質な物を放ってた絵ののび太が、力強いタッチでしっかりと描いている{/hikari_blue/}

とっても素敵な、のび太からの母の日のプレゼント{/presents/}


思い出して、絵を出してみました{/kirakira/}
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