2011-04-28 (Thu)
震災の被害でボロボロガタガタの家で、
唯一のピッカピカの1年生ののび太。

毎日、張り切って登校しています。



まあ、入学後もいろんなことがありました。

4年生の頃、イジワルし続けていたNくんは
やっぱりのび太のことを気に入らないみたいで
同じ小学校出身の子たちと行動をともにする時も
のび太には絶対に声をかけません。

彼は妙なリーダーシップを発揮して
他の子も巻き込んでのび太は仲間に入れないようにと
あれこれ策を練っているようです。

Nくんが他の子達を誘って登下校しているのに
のび太には声をかけません。

でも、Nくんとは今は違うクラス。

登下校の一瞬を我慢しさえすればいいし、
当ののび太は、と言えば、「別に」って感じです。

そういうことを繰り返しているようなヤツは
いつかきっと自分が恥ずかしくなったり、
自分の行動が逆にブーメランのように
自分に帰って来て自らを苦しめる事になるのです。




のび太はクラスに友達も出来てきたようで、
クラスでの生活を楽しんでいます。

部活も仮入部が始まって帰ってくるとグッタリです。

でも、部活動も楽しいようです。

少数精鋭の学校なので部活動も人数が少なく、
高校の部活動と一緒に練習する事もあるようで、
のび太にとっては年上の人たちと関わる事が
とてもいいことのように感じるのです。





のび太の学校の脇の堤防の桜並木が満開です。

その満開の桜の下を毎日登下校しているのび太は
桜の花にも気がつかなかったようです(笑)

桜、満開なんだよ、と教えると、

「今日はちゃんと桜、見たよ」だって(笑)






のび太の学校ではスクールカウンセラーの先生が
定期的に相談会をしてくださるようです。

常駐しているわけではないのですが、
この先生、のび太が幼稚園の時に通院していた児童精神科で
一度、心理検査をしていただいた事がある心理士の方。

心強いです。


この相談会は、親が相談してもいいし、
生徒が親抜きで相談してもいいし、
親子で相談してもいいし・・・という柔軟性のあるもの。

「生徒が親抜きで」っていうところも
ナイスだと思うのです。




そういえば、最近、報道もされるようになってきて
いろんな形で支援してくださっているようですが、
避難所の発達障害の子たちがとても気になっていました。

大人でもショックで辛い出来事を経験した上に
広い避難所で大勢の人たちとの生活。

慣れない場所、不安な生活で普段以上にパニックを
引き起こしかねないはず。

どうかどうか、心が敏感すぎる子供たちを
理解して受け入れて温かい気持ちで見守ってあげて欲しいです。






さて、我が家もなかなかな壊れっぷりですが、
どうしたらいいものか・・・(汗)



近所の家の傾き方が日に日にひどいことになってきているのも
気になりますが・・・
(この家は「危険家屋」で避難されています)

道路の亀裂陥没ひび割れも、なかなか補修の手が回らないのか、
放置状態で、こっちも日に日に酷くなっています。




被災地は津波被害地だけではないんですよ~!
と、叫びたい気持ちです。





余震は大分、減ってきました。

でも、地響き?地鳴り?が凄いんです。

恐ろしいです。

この辺の人々は、また大きい余震が来る、と、
誰もが思いながら生活しています。



落ち着かない気持ちを抱えながら、
日々、頑張るしかないです。













前の記事にもコメント、ありがとうございます。

いつも勇気付けていただいて
本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


お返事はやっぱりなかなか書けず申し訳ないので、
この記事のコメント欄は閉じておきますね。








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| 発達障害児公立中高一貫校での生活 |
2011-04-21 (Thu)
本日、ふたつ目の記事です。


P中学校は県立高校の附属中学校で、
高校と中学の合同入学式だった。

余震の続く中、この日は本当に暖かい一日だった。


外観からはわからないが、校内はかなり被害があり、
ホールの天井がすべて落ちたらしいし、
上からの水漏れで通行禁止の廊下もあったり、
つまり、この辺はどこもかしこも多かれ少なかれ
震災の被害がある。





実は前日に小学校のC先生からお電話をいただいていた。


「明日、入学式のあとに保健室のS先生を訪ねてください。
 私からも申し送りしましたが、お母さんと直接、
 お話したいと言う事なので」

ありがたい。

実はC先生とP中学の養護教諭のS先生は大親友らしく、
普段から連絡を取り合う仲。

「S先生は本当にいい先生なので心配な事があったら
 何でも相談してください」

と、C先生がおっしゃっていた。



さてさて、入学式が終わり、保健室にうかがうと、
S先生だけではなく担任、副担任の先生の3人の先生方と
お話させていただいた。


「大体の事はC先生とK先生(ことばの教室でお世話になっていた)
 から伺っていますけど、お母さんから何か
 心配な事とかありましたら・・・」


と、言われてしまって、まさか、3人も先生方に
お忙しい中、お時間を取っていただいて、
のび太のために・・・なんて、あれこれ頭グルグルになって、
舞い上がってしまったワタシは、


「えっと、えっと、心配な事って言ったら、
 もう、すべてが心配ですぅ~!」

なんて言ってしまって(笑)

「まず、通学自体が心配なのと、
 あとはお友達とのコミュニケーションですね・・・」

とか、言ったような気が(笑)



「P中学の半分以上の生徒が市外の子で電車通学です。
 おまけに出身小学校からひとりで来ていて
 友達が誰もいない状態から始まる生徒ばかりです。
 はじめの1ヶ月はみんなド緊張でガチガチです。
 そういう中から新しくいい友達関係も築けるかも
 しれませんよ。
 
 大丈夫ですよ。何かありましたらこちらからも
 逐一、連絡いたしますし、お母さんの方からも
 遠慮なくご相談いただけたら
 教職員一丸となって対処しますから」


と、力強く言っていただけました。

なんか、いい感じの先生方です。





のび太は

「塾で一緒だった人もたくさんいるし、
 それだけでもちょっと安心」

ふんふん。
やっぱり、思い切って塾に通わせてよかったな、
と、思うのだ。





確かに、はじめの2日間はグッタリ。

電車がまだ復旧しておらずそれにあわせて
早い帰りだったこともあるが
今までしたこともない「昼寝」それも「爆睡」してるし(笑)



私も、毎朝お弁当を2個作る、という難題にチャレンジ。

・・・っていうか、幼稚園の時、やってたんだよね(爆)

でも、あの頃と違うのはなんといっても量(笑)

それに、どうしてかな~、同じお弁当を
1個作るのも2個作るのも大して変わりないはずなのに
どーしてやたらと時間がかかるんだ?!


そんなこんなが心配で、目覚ましが鳴る1時間前には
何故か目覚めてしまう(笑)



ああ、私ものび太も
新生活に慣れるまで、しばらくかかりそうです。






そういえば。


3月11日に大震災が起きて。

4月7日にこの辺では大震災以上の大きい余震が起きて。


もう、辛すぎて、悲しすぎて、

春なんか来ない、花なんか咲かない・・・最悪・・・

って、思っていました。




でも、なんだか、家の庭のチュウリップが小さい蕾をつけて。


そして、のび太が通う川沿いの並木道の桜が
咲き始めたみたいです。




どんなことがあったって、
春は来るし、

春が来れば花は咲くみたいです。








| 発達障害児公立中高一貫校での生活 | コメント(5) |
2011-04-21 (Thu)
お久しぶりです。

まずはじめに、コメントやメッセージ、メールなど下さった方々、
どうもありがとうございます。

いつもとっても心強く勇気付けられています。

申し訳ありませんが、ひとりずつへのお返事を書けるような
心の余裕はありません。

すべてとてもありがたく嬉しく読ませていただいておりますが
そのような状態であり、お返事は出来ません。

ごめんなさい。どうぞご理解下さい。




のび太の成長記録として、とにかくたくさんたくさん、
記事にして残したい出来事があるのですが、
私の精神状態の方がついていかないまま
時間だけが過ぎていっている感じです。

コメント欄は開けておきます。

でも、私からおひとりおひとりへのお返事はないものと
思っていただければありがたいです。

それでもかまわないよ、と言う方だけ
コメントしてくだされば幸いです。









毎日毎日、震災のニュースばかりだ。

他の地区はわからないが、こちらではテレビコマーシャルさえ
AC関係ばかり。

「日本の力を信じてる」って、
一体、誰がどこに向けて言っている言葉なのか、
上から目線で被災者へ向けての言葉ではないことだけは
どう見ても明らかだよね。

個人的には、もう、津波の映像を何度も流すのだけは
止めて欲しいと思ってる。

あの波の中にたくさんの命が思い出が飲み込まれている、
と、解っていて映像を流しているのだとしたら
日本のテレビ業界って最低だな、と思う。

目にするニュースは、お涙ちょうだい的なものばかり。

感動秘話や美談ばかりを探しまわされる避難所は気の毒だ。

実際はもっとシビアで現実的で残酷なのだが。








さて、のび太地域は津波被害がないだけで
地震被害は最悪な場所だ。

ニュースはより映像として衝撃的な方を求めるので
この辺の被害など地元紙も地元局も殆ど取り上げない。

そればかりか、これだけ道路も公共施設も店舗も民家も
かなりの被害がありながら、
津波被害地に近く沿岸への交通拠点であると言うことで
被災地でありながら被災者支援を求められている地域である。




毎日、少しずつ形を変える陥没や亀裂のある道路を
のび太は30分以上かけて自転車で中学へ通い始めた。


「被災地支援」とか「緊急車両」と記された
自衛隊の車両や遠方の県外ナンバーの大型車両が行き交う。

一人で歩く事さえ危なっかしいくらい
危険察知度が低いのび太(笑)

そんなヤツが自転車で30分・・・(汗)

初めの日は帰ってくるまで胃が痛かった(笑)




そんなのび太が連日の震災関連のニュースを見て、

「こんな大変な事が起きているのにボクは無力だ」

と、終始、つぶやいていた。


自分より幼い子たちが避難所を回って物資を配っていたり、
両親を亡くした子が笑顔で頑張る姿に
衝撃を受けたらしい。

「じゃあ、のび太は何が出来る?
 何か支援できるの?」

と、聞いてみた。


「う~ん・・・」


あるはずない。


「『自分に出来る事を頑張ろう』って言うけど、
 どーゆーことかわかんない」


そうそう。

最近、「自分に出来ることを精一杯頑張ろう」って
当たり前のことをこんな緊急事態に言われても
なんのこっちゃ?って感じだよね。



のび太が入学したP中学は県内から選抜された子たちが
通う学校だ。

都会ではよくあるのかもしれないが
片道2時間の通学までして通う子もいる、なんて
数年前まではありえなかったのだ。

県内で選ばれし生徒が通う中学に
この時期に入学するのび太たちは何か意味があるんじゃないのか?

そんなことを言ってみた。


「のび太、津波でたくさんの子供たちも亡くなったよね。
 きっと、のび太みたいに勉強が大好きで
 もっともっと勉強したかったって思いながら
 亡くなってしまった子はたくさんいるんだよ。

 のび太はそんな子供たちの分も頑張って勉強すればいいんだよ。
 そうすれば、のび太が停電の時でもろうそくの灯りで
 数学の勉強してたことが、もしかしたら未来に、
 津波や地震の研究に繋がっていくかもしれない。
 大好きな地図のことが津波被害に遭った町の復興に
 繋がっていくかもしれないよね。

 この県内から選ばれたのび太たちは
 ここを復興していく選ばれし者たちなんじゃないのかな?

 今は無力かもしれないけど『今、自分に出来る事』って
 のび太たちは誰よりも勉強することなんじゃないのかな?」






遠い未来を想像する事の苦手なASタイプののび太には
ちょっと難しい話だろう、と思ったけど、
これが腑に落ちたみたいで。



「なるほど!それだったら、ボクは出来る!
 じゃあ、ますます勉強、頑張る。
 でも、この関数とかって復興にどうやって繋がるんだろう?」



確かにね(笑)








そう言って始まった新しい生活。

今はまだ、緊張と疲労の毎日。

とにかく、スタートしました。












| 発達障害児・被災地に生きる | コメント(1) |
2011-04-12 (Tue)
ご無沙汰しておりました。

こちら、7日の余震で恐怖再び・・・でした。


余震のあと、心配してコメント下さった
ふわりんさん、秘密コメのKさん、

メールを下さったCさん、Aさん、Wさん、
今日までコメントもメールも気がつかなくてごめんなさい。

本当にありがとうございます。
とても心強く、そして何より励みになります。

心配していただける、ということって、
なんて心強いのだろう、幸せなことだろう、と
実感しています。

申し訳ありませんが、ひとりずつにお返事が出来る状態ではありません。
この記事をお返事に変えさせてください。
本当にごめんなさい。





さて、その余震で停電、断水、情報なしの世界に逆戻り。
(現在は復旧しました)

せっかく片付けた本棚やらクローゼットは
3月11日より酷い事になっています。


ハッキリ言って、のび太地方は3・11より
4月7日の被害の方が深刻で、
(おそらく3月11日で弱くなったところに
 追い討ちをかけられた感じでしょう)
半壊、全壊などで住めない家も続出。

私の実家は階段の手すりが崩落しヤバイです。


そういう我が家も基礎部分も欠け、壁もひびだらけ。

サッシは吹っ飛び、隣家のサッシは飛んだ勢いで割れました。

近所では2階のサッシが落下し、車のフロントガラスを直撃。

我が家のアンテナは落ちて未だにぶら下がった状態です。
(でも何故か映る地デジ・・・スゴイ)

道路の亀裂、陥没、凹凸などもさらに酷くなっていて、
いつもの景色、見慣れた私の街はどこへやら・・・

近所の家は敷地内が大きく陥没して家も傾き、
そこの脇を通る道路もろとも「危険区域」「通行止め」で
小中学校の通学路が遮断されています。

のび太小学校の入学式もさらに延期・・・。

始業式だけしたのにすぐに休校になっています。


市内の学校でも「使用不可」の校舎や施設が増え、
この先どうなってしまうのやら・・・



やっと開通した電車や新幹線も再び不通に。

高校生達も通学困難になっています。




毎日毎日、引っ切り無しの余震。

地震酔いも悪化していまして慢性の吐き気、頭痛が続きます。

洗濯機の震動すら地震か?!と身構えるほど。

風が吹いても揺れている感じさえしてしまいます。


おそらく、誰もが毎日、おびえていて心配で、
精神的に不安定なのだろうと思います。

私だけではないのですが・・・




もちろん、津波や原発の被害は深刻ですが
地震そのものの被害で言ったら
のび太地方はおそらく一番ひどいのではないか、

それなのに、何故、メディアで取り上げないのだろう、
と、市内の住人はみんな思っています。






のび太のこともいろいろ記録したいのですが
とてもそういう精神状態にはなれない毎日です。

また、4月7日クラスの余震が起こるとも言われていて、
散乱した部屋の片付けもする気になれず、
足の踏み場もない部屋ふたつを放置しています(笑)





落ち着いたら・・・って言っても、一体いつ落ち着くのか
皆目検討もつきませんが、

気持ちの余裕が出来たら、少しずつ記録していきたいと思っています。










コメント欄はあけておきますが、
お返事は出来ないと思います。

それでもいい、と言う方だけ、コメントいただけたら嬉しいです。

何よりの心の支えになりますので・・・






| 発達障害児・被災地に生きる | コメント(10) |