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2010-11-29 (Mon)
「絶対に、絶対に、P中学校に入って欲しいの。
 地元の中学校に入学させるなんて、
 絶対にイヤ!!!」





のび太と同級生の子の母親の言葉である。





P中学、とは、のび太も目指している公立中高一貫校。

P中学校が出来て数年。

それまでは中学入試とは全くの無縁の地域だった。

全ての子が地区の中学校に入学する、
それが当たり前、というか、それしか道はなかった。

それなのに、突如、現れた、P中学。

このP中学のせいで要らぬ心配、要らぬ迷いを
強いられる小学生とその親達。





のび太は、あくまでものび太の希望でP中学入試に向けて
受験勉強している。

親である私たちは、のび太の強い希望なので、
その希望が叶うようにバックアップしているだけだ。

私たちはできれば、受験などせず地元の中学校に
フツーに入学して欲しいと思っている。

しかし、のび太自身が「絶対にP中学に入学したい」と
「ほどほどにしなよ!」という親の言葉を振り切って
毎日、ガンガン受験勉強し続けている。






しかし、世の中、様々なのだ。


子供は全くその気がないのに、
親の方が躍起になって受験させようといきり立つ場合もある。



のび太が通っている塾でも
模試の試験後に解説をするのだが、

「はっは~!今回も一問しか書かなかった~
 だから3点だ~!!!」

と、悪びれもせず、得点3点偏差値30台を
自慢する子もいるらしいのだ。

「ボクは全然、入試なんてヤル気ないし~」

と、ただただ貴重な日曜日丸1日を
親に無理に送り込まれて
塾でやる気もなく過ごすだけの子もいるのだ。






わからんっ!!!

理解できん!!!







冒頭の言葉を言う母親の子も、
全く受験などする気もないそうだ。


地元の中学校に友達と一緒に進級して、
スポ少で頑張ってきた仲間と
部活を頑張りたいと思っているらしいのだ。


しかし、その希望は許されない。




「絶対に、絶対に、P中学校に入って欲しいの。
 地元の中学校に入学させるなんて、
 絶対にイヤ!!!」

という、親の思いだけで、子供の運命が決められる。




子供のため、とか、

あなたの事を思って、とか、言うけど、

違う。



こーゆーのを、「親のエゴ」と言うんじゃない?






親の希望が正しいとは限らない。

それが子供にとって苦しみにしかならないこともある。



また、子供の心には、
自分の思いは聞き入れられない、認めてもらえない、
という、悲しみしか残らなかったりする。


自分の意思を尊重されない、
自分の生きていく道なのに、自分で決める事すら出来ない、

その絶望感を親は想像しているだろうか?





学校なんて、勉強なんて、なんぼのもんじゃい!!!


いい学校に入学したから偉いわけでもない、
勉強が出来る事よりもっと大切な事がいっぱいあるんだ~




と、思っているワタシには、

到底、理解できない親子関係が世の中にはある。
















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| 発達障害児公立中高一貫校を目指す受験 | コメント(0) |
2010-11-24 (Wed)
ホーローのポットを愛用している。

小ぶりなのでどこにおいても邪魔にならないし、
一人分のコーヒーを淹れるのにも少量でも大丈夫だし
あっという間に湧くのでよい。

しかし、ホーロー製品は持ち手もホーローむき出しが多い。

だから、必ずミトン(って言うんだっけ?綿入りグローブみたいなヤツ)を
使って持たなければいけない。



で、さっき、一人分のコーヒーを淹れた。

あ、もうちょっとお湯足そう・・・と、
ミトンなしでポットをわしづかみにした・・・







!!!!!!!!!!








チョー熱かった・・・
アイスノンでガンガン冷やして事なきを得た。










ある日、カレーを作った。

仕上げにケチャップを入れるのが好きだ。

で、ケチャップを入れた。





!!!!!!!!!!





ケチャップ、容器もろとも、カレーの鍋にダイブ・・・!!!












さあさあ、カレーだよ~♪

と、炊飯ジャーを開けたら、






ご飯が小皿一杯分くらいしかなかった・・・・・!!!!!














愛犬ロックの体調がヤバイ!


慌ててかかりつけの動物病院へ!





いろいろ検査して様子を見るように言われて、
薬も処方されて、さあ、会計・・・



財布を見たら、小銭しかなかった!!!!!





「今度の診察の時でいいですよ~
 ロックちゃん心配ですから慌てるのも無理ないですよ。
 気になさらないで下さいね」



恥ずかしいが、ありがたい・・・


(この動物病院はとても親身に診て下さる病院で
私も具合悪い時に診て欲しい(笑)くらい
医師も看護士さんも素晴らしいのだ。)









朝、窓の結露がすごいので、
和室の窓を5センチくらい開けて結露を蒸発させる。

和室はほとんど使わないし、
サッシを開けて内窓を閉めればそれほど寒くない。








そのままの状態で丸1日家を留守にし、
気が付いたのは次の日の朝だった!!!!!



















旦那は私のこういう行動を

「サザエさん伝説」と呼ぶ。





いいじゃないか!





楽しい毎日じゃないか!!!


ハハハ・・・(汗)













| ここ、笑うところ~ | コメント(2) |
2010-11-22 (Mon)
のび太、相変わらず受験勉強に忙しい日々。

平日はなんだかんだで最低3時間は受験勉強しているので
テレビを見る暇も、趣味に興じる暇もあまりない。

勉強しすぎで頭おかしくなるからほどほどにしなよ~

と、訳のわからないことを言う母親に、

「だって、勉強、嫌じゃないもん。好きだもん」

と言ってはばからないのび太。



まあ、好きならいいさ。




そんな忙しい時間の隙間を縫って、
のび太のハートを今、わしづかみにしているものがある。


それは・・・・・!!!!!





「宝くじ」だ。

というか、ロト。



暇があれば、ネットで見ているものは
ロトの当選番号などが載っているサイトやら。





何故?



親の私たちも、どうせ当たるはずがない、と、
宝くじなど買った事がない。

それなのに、どーして、のび太は
そこに惹かれたのだろう・・・?



と言う事で、率直に質問してみた。




「どうして突然、ロトに興味持ったの?」


「ふふふ・・・数字だよ~
 この、数字がズラ~ッと並んでいるのを見るだけで
 ワクワクするんだよ~~~!」






はは~ん・・・なるほどね!


どうやら、のび太はたまたまお笑い番組で
芸人さんたちが宝くじを購入し、
それを公開抽選発表をした時にロトの仕組みを知り、
その数字の羅列や好きな数字を選ぶ、
という仕組みに心奪われてしまったのだ。


元々、のび太は小さい頃から数字大好きだった。

小さい頃の落書き帳には絵を描くことなどなく、
1+1=2、2+2=4・・・と答えを足し続けた式を
延々と書き続けていたり、
カレンダーをこれまた延々と書いていた。

つまり、数字ばっかり書いていた。

何故、数字なのか、わからん!

とにかく、数字が大好きだったようだ。


(詳しくは過去記事・・・「数字・数字・数字」
         「落書きの中ののび太」
          「魅惑の数字」
などでも数字について書いてます。興味のある方はどうぞ)




そののび太がロトに魅力を感じるのも納得である。



今、のび太の「趣味のノート」には
毎回のロトの当選番号を丁寧に書き綴っている。



そして、その「ロト」ノートと、もうひとつ、
趣味ノートがある。

それは、「陸上記録ノート」だ。

のび太が市の陸上大会で7位入賞し、
成績一覧がHPに載っているというのでチェックした事がある。

その「記録一覧」に心奪われたらしいのび太。

つまり、

○年男子100m・・・1位・・・○,○○秒
       2位・・・○,○○秒・・・


と、タイムやら距離やら長さやらが表になり整然と並んでいる。

これは、のび太にとってはものすごい魅力的なものだ(笑)



で、のび太の「陸上記録ノート」には
その記録が羅列している。

始めのうちはちゃんと、
○年男子100m、とか○年男子走り高跳び、とか、
項目ごとにきちんと表として書いていたのだが、
最近では、記録のみ(笑)

つまり、

11,56、11,89、12,38・・・とか、

138、135、132・・・とか、

競技の種類や学年とか余計なものはそぎ落とされ
記録のみを何度も何度も書き綴っている(笑)


つまり、とにかくもう、「数字の羅列」が好きなのだ(笑)


それを見ているだけで「ワクワク」するし、
「おおお~~~」って思うらしい(笑)





私には、理解不能(笑)


なんて安上がりな趣味だろう(笑)と笑っちゃったが、
のび太本人は真面目に数字を愛しているのだろう(笑)


ただ、意味もない数字の羅列ではつまんないのだそうで、
ちゃんと意味のある数字の羅列、というものは、
「とってもカッコいい」のだそう(笑)


なるほど・・・







そのうち円周率とか√2とか
そういう永遠に続く数列の世界に行っちゃったりするのかも?!




つまり、他の少年達がクワガタとかを見て

「おお~すげ~!」って思ったり、

女子たちがキラキラ光るビーズとか見て、

「わ~カワイイ~キレイ~」

って思うのと同じように、

のび太は数列を見て、

「おおお~スゲ~素晴らしい~」って思うのだろう(笑)





ま、やっぱり、私には理解できない世界だが、
そーゆーのも、なかなかいいな、って思う。






そんなのび太は、今日も受験勉強の合間に
趣味ノートの数列を見て、
気分転換をするんだろうな(笑)











| 発達障害の不思議 | コメント(6) |
2010-11-17 (Wed)
もう・・・すみませんっ!!!

前記事みたいな親バカ記事に
暖かいコメント多々いただいて、恐縮です(汗)



なんというか、「すごいでしょ~」みたいな記事を書いたあと、
それを覆すかのようなテストを持ち帰ったのび太。




学校のテストで「60点」を持ってきました(笑)

受験生のこの時期にあるまじき点数(笑)


そのテストは国語で宮沢賢治の「やまなし」のまとめテスト。

「主人公はどう感じたでしょうか」

「この時の○○の行動はどういう思いが込められていますか」

などと言った、最ものび太の苦手とするもの。



相手の気持ち、作者の気持ち、主人公の気持ち、
言葉の裏側の思い、行動の真意・・・・・


そんなの、のび太にわかるわけないのさ。

だって、自分の気持ちも時々わからなくなる人だもん(笑)




更に漢字テストでは、「部屋が暖かい」を「温かい」と書いたり、
「厳しい」の送り仮名を忘れたり、
草かんむりをいい加減に書いて横棒から突き抜けてないと見られたり、
漢字検定4級取得者として屈辱だったらしい(笑)

まあ、自業自得なのだ。

いつも、私にも注意されていることばかりを
学校のテストで改めてC先生に指摘されただけなのだ。




それにしても、のび太は好きな項目と興味がない項目とでは
ビックリするほど落差が激しい。

幼児期の発達検査やらWISCⅢでの評価を思い出してしまう(笑)







毎日、のび太の受験勉強の添削をするのだが、
驚いて愕然とした事がある。


「クマ、ヤギ、ニワトリ、カブトムシ、クジラ、
 これらの生き物を3通りに仲間分けしてください」

と言う問題。

例えば「クマ、ヤギ、クジラ・・・哺乳類」と言う風に。


これを、

「ヤギ、カブトムシ・・・4つ足で歩く」

と、書きやがった(笑)



「あれれ?のび太、カブトムシ4つ足で歩くの?」

と聞くと、

「ん?違うの?」とのお答え(笑)


「カブトムシって、昆虫・・・」と言うと、

「ああ!そうか、昆虫なんだ~カブトムシって!」





・・・・・ガーン・・・・・



またある時、

午後7時に満月が東の空から昇り始めた図があり、
「午前0時の月の位置を書きなさい」と言う問題に、

のび太はなんと、位置はあっているものの
午前0時に三日月の図を描きやがった!!!


・・・・・ガーン・・・・・


「の、のび太っ!大変!
 満月で昇った月が5時間後に三日月になってるっ!!!」

「え?そういうことじゃないの?」









つまり、理科は全く興味がないのび太。

「月は約30日かけて新月~三日月~半月~満月・・・新月と
 満ち欠けする。
 それは太陽の光を反射して光る月と太陽の位置が変わるから」

という理屈はわかっていても、
7時に満月で5時間後に三日月になっちゃったりするのだ。


おまけに、多数派の少年らのように、
カブトムシやクワガタに夢中になることもなかった。

デカイクワガタをいただいて家で飼った事があるが
全く無関心(笑)

懸命に可愛がってたのはワタシだったし(笑)







だから、前記事の模試は幻かもしれん・・・!

と、思いたくなるワタシ(笑)




苦手、というか、全く興味のない理科系の問題が出たら、
う~ん・・・無理かもね・・・





この、好き嫌い、興味アリナシの驚くほどの落差は
ASらしくて実にいいところなのだ。

ノーベル物理学賞を受賞した某教授などは
学生時代、理科系は満点だが英語は0点ばっかりだったと仰っている。

なんてステキなんだ!ブラボー!!!


私はのび太にこの某教授のように生きて欲しかったのだ。

好きなことだけでいいからとことん極め、
興味ないものは手付かずでいい!(笑)





それなのに、オールマイティーな人材を求める超進学校を
受験しようとするのび太。






・・・・・大丈夫なのか?






まあ、走り出したら止まらないぜ!って感じですな。









| 発達障害児公立中高一貫校を目指す受験 | コメント(2) |
2010-11-15 (Mon)
先日、こんな記事を書いた。

そしたら、のび太が先日の模試で、
「異常な偏差値」をたたき出した。

まったく、異常だ。




そればかりか、志望校別順位、とやらで、「1位」。


ビックリした。


前回の同じ模試では、「普通」の偏差値、「普通」の成績だった。

しかし、志望校に入るには「普通」ではダメなのだ。

のび太と私たちは「異常」を目指して
毎日、頑張った成果、「異常」にたどり着いたのだ。



しかし、ここでマイナス思考の私は心配になる。

「今が頂点であとは下がるばかりだ」

「実際にはこの模試の3倍の人数が受験するわけだから、
 そうなったら、この『異常な成績』が
 入試のときにも取れるとは思えない」

「今回はたまたまのび太の得意な問題だっただけで
 苦手な項目が出題されたら、また『普通』になる」

「この成績に浮かれて、手を抜き始めるかもしれん」


などと、あれこれ考える。




しかし、旦那は常にポジティブ思考の人。

「のび太は毎日、最低3時間は受験勉強してるんだ。
 このくらいの成績をとって当たり前ってくらい
 頑張ってるんだ」

「これは今までの積み重ねの実績だから
 自信を持っていいんだ」


と、♪♪♪な感じのことばかり考えている。




ネガティブな私は能天気な旦那の考えに、ちょっとイラつく(笑)



さて、当ののび太、本人は?というと、



「やった~~~~~~~!!!!!♪♪♪」



と、ガッツポーズ!!!



「でもね、のび太・・・」と
私が有頂天なのび太に釘を刺そうとすると、



「この成績を維持できるようにますます頑張るぞ~~~!!!」




うぐぐぐ・・・

なんだ?!この前向き思考は?!






その、ヤル気、どうかしてるぞ!

頭、おかしいんじゃないか?!


と、私の理解の範疇を超えてる息子の姿に
半ば、呆れてしまう。





「勉強が好き」

「受験勉強も、嫌いじゃない」

「キライじゃないからツラクない」


と、言ってはばからないのび太。





母の願いは、「普通」だった。

好きな算数だけガンガンやって、
苦手な事なんか0点でもいい、って思ってた。

普通に学区の中学校に進学して欲しいと思ってる。

今でも(笑)

だって、近いし。給食もあるのに(笑)







しかし、のび太は「異常」な偏差値の学校を目指す。

「異常な世界」にドップリ浸かって、
目標に向かってまい進するのだった・・・








| 発達障害児公立中高一貫校を目指す受験 | コメント(8) |
2010-11-12 (Fri)
私は何かの集まりとかに加わるのが苦手だ。


よく、言われるのがコレ。


「あら、お仕事もしてないんだったら、
 何かサークルとかに入ってるでしょ?」


ってヤツ。




あら?

仕事しない専業主婦って
何かのサークルに入らなきゃいけないの?

って、逆に聞き返したくなる(笑)



またしても実母の話だが(笑)
専業主婦だったが昼間は家にいなかった。

例のサークル活動で多忙だった。

それはいいのだ。

楽しく集って楽しい時間を過ごせればいいのだ。

しかし、違う。


サークル活動から帰ってくると、
息つく暇もなくサークル仲間に電話をかけ始める。

電話で何を話すかと思えば、
○○さんが~~って言ったのはどういうこと?
△△さんって○○さんを~~って言ってたよ!
とかいう、くだらない悪口やら噂話やらを
延々と喋り続ける。


実母はとあるスポーツのサークルを仕切っていた。

ある日、

「ちょっと聞いて!
 今度入ってきた○さんって言う人、
 『私は勝敗はこだわらないし、
  日曜日に遠征までして試合はしたくない。
  楽しく運動できればいい』って言うんだよ!
 スポーツって、勝たなきゃやってる意味ないのに!」

と力説する母。

私は、

「え?だって、主婦の集まりのサークルでしょ?
 そういう考えの人だっているでしょ?
 日曜日は家族とゆっくりしたい、
 楽しく汗を流せればいい、って言う人がいても
 不思議じゃないと思うけど」

と返すと、

「アンタにわかるわけない!」

と、逆切れ(笑)


つまり、何度も書くが実母はAS色の濃い人なので
仕方なかろう・・・と今は思う。

こんな母に育てられたので、
ASな私のAS色が薄まった(笑・・・そんなわけない)




こんな人を見て育ったので、
主婦の集まりのサークルが楽しそうなんて思えないワタシ。

もちろん、平和的に友好的なサークル活動もあるだろう。

それでも、10人集まれば最低ひとりくらいは
ちょっとおかしな人がいるもので(笑)
それも、自己主張の強い主婦達が10人集まって、
友好的な空気だけを漂わせていられるわけがないと思うのだ(笑)





それに、私はひとりであれこれ手を動かして
ものづくりするのが趣味。

と言っても、女性らしい手芸とか編み物とか
そういうのは全くダメで、
棚を作ったり、愛犬ロックが和室に入らないように
板を組み合わせてゲートを作ったり、
壁にレンガ風のタイルを張ったり・・・

という、実に男らしい趣味がある(笑)

別に、誰かと一緒じゃないと出来ない事ではない。

充分、家でひとりで楽しく有意義に誰に気を使うことなく
過ごせているのだ。




世の中には、ひとりでは行動できない人が結構いる。

以前、記事にもしたが、
何故、一緒にトイレに行ったり、
一緒に帰るために何分も待っていたりするのか、
学生の頃から疑問だった。

そういう人は成人してからも
一人では何も出来ない人が多い(ような気がする)



買い物、病院などに行くのも必ず母親と行く人が
近所にいる。

のび太と同い年で生まれ月も一緒だったので
乳幼児健診や予防接種も一緒になることが多かったが、
必ず、母親と自分の子供たちと連れ立ってきて
狭い場所で大勢で大騒ぎして非常にはた迷惑だった。

母親に上の子たちをあずけてくれば
こんなに迷惑にならないものを、
とにかく母親と共に行動するのが常らしい。

しかし、こういう人は結構、世間でも多いらしい。

結婚して家庭を持っても
毎日、実家に通う人も多いとか。

ひとりで育児をするのも辛いし、
暇をもてあますのも寂しいし、
親の方も子供が来てくれる事が嬉しいから受け入れる。


以前も記事にしたが、
イマドキの大学生は友達がいないと思われるのが嫌で
ひとりで学食で食事ができず、
トイレで食事をするものもいるらしい(笑)

とにかく「友達がいない」と見られる、
ということが、何よりも恥ずかしい事、なのだとか。


そんな風にいつまでたっても精神的に自立できない大人。






誰かと関わらなければもちろん、
人間は社会で生きては行けないと思うが、
ひとりで過ごす事も出来ない、
ひとりで行動する事すら出来ないというのは
どんなもんだろうなあ、と思う。





そして、ひとりで過ごす事が非難されるような社会も
歪んでいるように思うこの頃だ。










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2010-11-09 (Tue)
のび太が1.2歳の頃。

旦那は仕事が忙しく10時前に帰る事はなかったので、
一日中、ひとりで育児していた。

だから、というか、自分なりのスケジュールをこなすので
毎日精一杯だった。


夕食は6時頃からのび太に食べさせるが
グダグダダラダラなのび太は1時間くらいかかる。

片づけやら何やらして8時にはお風呂に入れる。

そして、9時には寝かしつける。

そんな生活をこなすことだけで1日回っていた。



ある日、お風呂から上がりのび太の体を拭いていた時、
玄関のチャイムが鳴った。

「え?こんな時間に、誰?」


まだ、のび太も私も服を着ていなかったので、
このまま出ないでいれば、相手も帰るだろう・・・

と、思って、そのまま静かに体を拭いていた。


しかし、しばらくしたらチャイムが連続で鳴り出した。

誰だ?こんな時間に何度もチャイムを鳴らすなんて?!

それにまだ着替えてもいないしどうしようもない。

でも、当時は狭い貸家で、玄関からも、
部屋に明かりがついているのがわかるだろうし、
私たちの気配もわかるのだろう。

何度も何度も連続でチャイムを鳴らされるので、
のび太が驚いてパニクって泣き出してしまった。


ああ、どうしよう。

とにかく急いで着替えて出なきゃいけないよね・・・



焦りつつ、着替えていると、

「のび太~のび太~!!!」

と、玄関からのび太を呼ぶ声。



・・・・・来客は実母だった。




当時、私は実母とは絶縁状態だった。

しかし、私の気持ちなどお構いなしの実母は
私たちの生活にズカズカと自分勝手に介入してきていた。


「ああ・・・またか・・・」と思いつつ玄関を開けた。



「こんな遅い時間に何?
 電話くらいしてから来てくれる?」

と、思わず、不快感丸出しで母に言った。


すると、実母は、


「遅い時間?まだ9時前でしょ?
 全然、遅くないじゃない?!
 だって、のび太に会いたいんだもん!
 のび太にこれ、あげようと思って・・・」

と、何だか忘れてしまったが何かを差し出した。


「ちょっと!小さい子供がいればこの時間は
 もう、寝せたりしている時間だよ!
 ちょっと考えれば察しがつくことでしょう?」


私は元々、実母とは反りが合わないので絶縁状態だった。

再び、こんな感じに私の領域にズカズカと入り込もうとするので
腹が立ってきつく言い返した。


すると、実母は、


「何言ってるの?!9時過ぎてたら来ないよ!
 9時前は普通は常識的に考えて遅い時間とは言わないんだよ
 気を使って9時前に来てやったのに!」







長い前置きでしたが・・・(汗)





過去記事を読んで下さっている方はお分かりかと思うが、
実母はいかにもASの色濃い人間だ。

(今回の記事は実母とのゴタゴタが主題ではないので(笑)
 詳しくは割愛しますが・・・)


「9時前は『普通は』『常識的に考えて』遅い時間とは言わない」

と、自信満々で言い放った実母だが、

「普通は常識的に考えて9時前は遅い時間ではない」
と言ってのける段階で
もはや、「普通」でも「常識的」でもない(笑)



生活時間というものは、人それぞれであり、
家庭によっても様々なのだ。

私が仕事をしていた時、
遅い時は9時まで仕事が入っていたので
もちろん、9時が「遅い時間」なんていう感覚はなかった。

しかし、子供が1.2歳になると生活スケジュールが一変する。


冒頭に書いた当時のスケジュールは小さい子がいれば
おそらくよくあるスケジュールのパターンだと思う。

また、小さい子がいたとしても
共働きしていて子供を保育園に預けていたりすると、
7時頃、やっと家に帰ってそれから夕飯の支度、
8時頃にやっと食べ初めて、お風呂に入れて、
10時頃に寝せたくても保育園でたっぷりお昼寝しているため、
11時過ぎてもなかなか寝てくれない・・・なんてよく聞く。

そうなると、同じような小さい子がいても、
確かに9時前が遅い時間とも言えないかも知れない。



ところが、のび太は入学すると
8時には起きている限界になったので
「寝る時間は8時」になった。

そうなると8時はもう充分、「遅い時間」だった。


つまり、人そろぞれ、家庭によって、
都合の悪い時間、というのは様々なのだ。

もちろん、それは「時間」に関してのことだけではない。

ものの見方、考え方など人それぞれだ。








のび太の同級生のお母さんが、

「うちはまだ、子供と一緒にお風呂に入ってるんだよ。
 『普通は』ありえないことでしょ?」

なんて言っていたが、別にどっちでもいいことだ(笑)

それぞれの家族で考えて決めればいいことだし、
こういうことだって一体「普通」の基準はどこにあるのか。





学生の頃、ある同級生に

「まっぷーみたいな人、私、大っキライなの。
 陰でコソコソ言うと悪口になるし
 常識的に考えると私が嫌な人みたいでしょ。
 だから面と向かって言っておくから」

と、言われた事がある(笑)


陰口は言ってしまっている自分自身に罪悪感があるし、
世間の「常識」では悪口を言ってはいけないことになっている。

だから「非常識」な人って思われないように?
堂々と面と向かって相手に伝えて、
公言した方が自分自身がスッキリする、
だから、言っちゃうね!


と言う事で、相手に不快な思いをさせる。

そのこと自体には罪悪感はない、
という自分の考えの歪みに気づかない。







人としての当たり前の道徳観、倫理観ですら
「常識」と言えることですら、人それぞれの時代だ。

それを、「『普通は』~~なんだ!」とか
「~~は常識的なことだ」などと
相手に自分勝手な「普通」感や「常識」感を押し付けて、
自分を正当化する事は「異常」なのである。




つまり、相手の気持ちを察する、とか
相手のことを思いやる、とか

その部分が欠落した状態で「普通」やら「常識」やらを
ごり押しして、相手を傷つけたり、
周りに不快な思いをさせたりする、

ということに考えが至らないのだ。




「普通」や「常識」がたとえ正論だとしても
そういう理屈を振りかざすより、
もっと大切な事を忘れちゃいませんか?
ってことだよね、って思うけど。




だから、その押し付ける「私の中での常識」や
「普通は~~だ」というものに限って、
限りなく「非常識」で「異常」なことが多いのが
実に不思議である。





まあ、ASな私が偉そうに言う事じゃないだろうけど(笑)


















| 世間の目 | コメント(4) |
2010-11-05 (Fri)
新聞の小さな投書にあった文なのだが・・・



「偏差値50がいわゆる『普通』ですよね。
 だとしたら偏差値70っていうのは『異常』ですね」

と。




ふむふむ。

なるほどなぁ~と、感心しきり。



世間一般の意識として、

偏差値50は「普通」。

偏差値70は「すごいね~!」。



ところが偏差値30は「ちょっとおかしいんじゃない?」
みたいな見方をされる。




しかし、偏差値70も30も「普通ではない」のだ。

要するに異常。





それなのに、と、ふと、思い出したことがある。

私はいわゆる「偏差値世代」(っていうのかわからんが)だ。

中学高校の成績は全て偏差値で表され、
詰め込み方教育の象徴とされる共通一次試験の世代なのだ。


私は中学の頃は成績が良かった。

70以上の偏差値もたびたび取っていたが、
50台の時もあったりで、浮き沈みの激しい成績だった。

つまり、得意な項目の試験の時は異常に良い成績だが、
苦手な項目の試験範囲だと、急降下する(笑)

で、50台の偏差値だと教師に叱咤激励されるのだ。


「50台で満足してはダメだ。
 常に偏差値70を目指せ」と。


また、偏差値70を取ると、

「よし、この調子で70台を維持、
 もしくは更に上を目指せ」と誉められる。


つまり、置き換えてみると、

「『普通』で満足してはダメだ。
 常に『異常な偏差値』を目指せ」

「よし、この調子で『異常状態』を維持、
 もしくは更に『異常な世界』を目指せ」

と言う事になってしまう(笑)







偏差値、というのは、50が普通で、
教師は偏差値50の割合が多くなるように
テストを制作するらしい。

30台から50にかけて緩やかに増え、
50を頂点に70台にかけて緩やかに減少するグラフになるような
結果になるようなテストを教師は作る。

偏差値50が「多数派」なのだ。







・・・・・。


まったく、『普通』ってなんだろう。




障害がないことが、「普通」と言う世間。

成績が良くもなく悪くもないことが「普通」。



「普通は~~なんじゃないの?!」という、
世間の人々が言う「普通」って誰が決めた『普通』なのだ?!




受験勉強に一生懸命になっているのび太。

のび太地方での「未来を担う選ばれし子供達」を
教育するための学校なのだから、
明らかに「異常な人材」を求めているのだ。

その「異常な世界」を目指し、勉強を続けるのび太。


障害のあるものを「異常」とするなら、
異常なのび太が更に異常な世界を目指していることになる(笑)



世の中の「普通」と定義されているものくらい、
「異常」なことが多い気がする私は、
やはり「異常な世界」の住人なのだな(笑)







ああ、今日の記事は支離滅裂(笑)

だけど、アップしてしまおうっと!









| 世間の目 | コメント(6) |
2010-11-04 (Thu)
寒暖の差が激しいこの頃。

私は寒がりで冷え性で、
そのくせ一度「暑い」となり、汗ばんでくると、
いてもたってもいられなくなる、わがまま体質。

だから、最近のように、すごく暑い日があったかと思うと
次の日はものすごく寒い、ってことになったりすると、
体がついていかず、気持ちがダウンする。

家から出るのが苦痛になるので、
愛犬の散歩以外はなるべく外出しないようにする。

暑い時、袖をまくれるシャツに、
上に羽織れるパーカーやカーディガン、
すごーく寒くなった時のために、
コートやらストールやらブランケットやらを
常に常備しておかなければ気がすまない。

気温や気候に異常に敏感なのだ。






それに反して、のび太は鈍感すぎる。

朝、霜が降りるほど寒くても
日中最高気温20度近くになることもあるのだが、
朝、トレーナー着て上にフリース着て登校して、
帰り20度の中でも朝と同じ格好で帰ってくる(笑)

汗だくでフリース着込んで(笑)

「暑くないの?」と聞いても

「暑くない」と言い張る(笑)

で、しばらくして「やっぱり暑い!」と
慌ててフリース、トレーナーを脱ぎだす。

もちろん中は汗だく(笑)





のび太いわく、

「本当に言われるまで暑いとか寒いとか
 自分では何とも思わない」

のだそうだ。






最近、何度か記事にもしているが、
吹雪いてもジャンパーを忘れて帰ってくるのび太。

「寒くないの?」と聞かれるまで寒さは感じないらしい(笑)




自分が気温差に敏感すぎるので、のび太を見ているだけで
暑すぎるかと気になるし、寒すぎる気がして気になる。

もう、気が気じゃないほど、気になる(笑)

無理矢理にでも脱がせたり着せたりしたくなるほど
気になって気になって仕方がない(笑)






寒暖の差が激しい最近ののび太地方は
朝晩の気温差が15度くらいの時もある。

それでも上着を脱ぎ着して温度調節することもない。

そんなこんなで毎年この時期は風邪をひきやすいのだろう。


風邪引くんじゃないか?と思うと、
ますます気になって気になってイライラする(笑)





ううううう・・・・・




この時期は、自分の体調管理にも気が気じゃないが、
のび太のズボラさにも気をもんで苛立ってしまうのだ。






そして、「着なさい!」「脱ぎなさい!」の私の声と
「暑くないもん!」「全然寒くないってば!」の反論が
日に何度も飛び交う我が家なのだ。








| 母のつぶやき | コメント(0) |
2010-11-01 (Mon)
また、いじめによる自殺者が出た。

のび太と同級生の女の子。




散々いじめを経験したのび太のことを
学校に相談しても1年以上、改善されずに
放置された経験を持つものから、発信したい事がある。




いじめがわかったら、小さいことでも全て学校に報告して欲しい。

「いじめ」などという軽い言い回しでごまかされてはいけない。

「いじめ」と言うものは、
「恐喝罪」であり「侮辱罪」であり、 
時には「暴行罪」「傷害罪」「器物破損罪」「窃盗罪」にあたる
れっきとした「犯罪」として成立すると言う事。

こちらが被害届けを出せば
「犯罪」として捜査されるのだということを
こちら側も、学校側、いじめる側にも認識してもらう事が必要である。


担任でダメなら教頭、それでダメなら校長、
それでダメなら教育委員会、それでダメなら、
警察に相談するしかない。

担任でダメだった時点で、子供は学校を休ませるべきだ。

校長でもダメだったら、絶対に学校に行かせてはいけない。

校長でもいじめを改善されない学校は、
子供にとって武器も防具もない状態の戦場でしかない。

人間の尊厳を大切にすることを教育できない学校に
勉強を教える資格はない。

子供の命より、自分達の立場を守る事で
言い訳を繰り返すような学校はもはや「教育の場」ではない。







この学校側は、「いじめの認識はなかった」と言うが、
女の子は一年以上も前から作文や日記などでSOSを発信していた。

ご両親も何度も学校側にいじめの相談をしていた。

学校もしばらく休んでいたと言う。



これだけSOSを発信しておきながら
それでも「いじめの認識はない」と言い切る学校。


このニュースを一緒に見ていたのび太が、

「この先生たち、命より自分の立場の方が大事なんだ」

と言った。



健全な思考が出来るなら、
おそらく100%のび太と同じように思うだろう。




悲しいかな、子供達にとって担任と言うのは
「当たりハズレ」がある、バクチと言っても過言ではない。

身を持って経験してきた私ものび太も
残念ながら心からそれを感じている。
(過去記事に記してあります。
 4年生2008秋~2009春あたりに詳細記事あり)

自分ではどうする事もできず、「学級崩壊」と噂され、
それでも「自分は懸命に指導していても、
今の子供達はゲーム世代だからどうかしている」と、
全てを子供達の質のせいにして、
責任逃ればかりを言っていた4年の担任。

のび太が心を壊してしまいそうになっていると言うのに、
「いじめはない。小さないざこざは毎日あるけど」
と、軽く言ってのけた。

その、意識の軽さに愕然とした。

自分ではのび太へのいじめを対処しきれず、
校長、教頭、隣の担任へと助けを求める始末。

「のび太くんへの嫌がらせ(決して「いじめ」とは言わない)が
 何度言っても収まらないので教頭先生に叱ってもらいました」

と、平気で言ってのけた。

自分の指導力のなさを恥じる事もなく。



担任が変わったら、新学期3日でのび太へのいじめを
解決してくださったC先生。

4年生の担任が、のび太へのいじめは
ゲームばかりしている子供のせいにして、
言い訳ばかりを繰り返して、改善できなかったのに、
一喝して反省させて
「不公平不平等嫌がらせは絶対に許しません!」と
宣言した事で、あっという間になくなった。




つまり、教師の指導で、いじめはなくなるのが当たり前なのだ。

子供達のやり取りの中では、
どうしてもいじめや仲間はずれのようなことは起きる。

未熟な子供達ではそういうことが起きても仕方がない。

しかし、それを叱って正しい方向に導く、
大人の存在が不可欠なのだ。

それを放置する事で、子供達はいじめが否定されないことで
どんどん加速してどんどん残虐さを増す。

「いけないこと」と心のどこかで感じつつ、
それを修整されない事が「間違いではない」と勘違いする。

さらに多数で少数をいじめることで、
罪悪感はますます薄れていく。

正しく指導されないでいる「いじめる側」の子供達も
ある意味、被害者である。

少女の命を自分達の言動、行動で追い詰めた、
という苦しみは一生背負っていかなければいけないのだ。

正しく指導してもらっていたらこの子たちも、
心に負う傷はこれほど深くはなかったはずだ。

つまり、「いじめ」というのはある意味、
直接手を下さない「殺人」でもある。

命を絶たないまでも、心をメチャクチャにしてしまえるいじめは
「殺人未遂罪」でもある。

それを阻止できない大人は同罪だ。

いや、もしくはもっと罪深いといっていい。






私たちは担任の指導力の力量の差を
まざまざと実感してきた。

担任には残念ながら「当たり外れ」がある。


もし、「いじめ」で苦しんでいる子供達、
我が子が「いじめ」で悩んでいる親たちが、
たまたまこれを読んで下さっているのなら、
もう一度、上記の赤文字部分を
読み返して欲しいと思う。



亡くなった女の子が命をかけて私たちに訴えていることを
絶対に無駄にしてはいけない。




絶対に、命を守らなければいけない。

人間の尊厳を守ってくれない学校には
命をあずけてはいけない。















| 小学校 | コメント(2) |
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