2010-02-25 (Thu)
昨年末、市の検診で甲状腺再検査になった。

この辺で一番デカイ県立病院の外科で
診察待ちしていた時・・・


隣に座っていた同年代くらいの女性に
声をかけられた。


「担当の先生(医師)って○○先生ですか?」

「いえ、私、今日始めての診察なので
 まだわかんないんです」


・・・と、普通ならここで話が終わるはず、
だと思ったら、

また、しばらくしたら彼女が、


「○○療法ってやりましたか?
 手術後、○○療法の説明がなくて
 私、○○療法をして欲しかったのに。
 ○○療法は一番、体に負担がないんですよね?」


?????


えっと・・・この人は自分と私が同じ病気だと
思い込んでるのかな?


「えっと、私、今日始めて診察なので、
 解らないんですよ」


と、言うと

「ああ、初めてなんですか」


と、私をしげしげと眺めた。




しばらくすると、彼女の逆の隣に
別の人が座った。



「あの、○○療法ってやってますか?」


と、私にさっき聞いたのと同じことを
聞き始めた。


と、すぐにその隣の人は
看護士さんに呼ばれて別室に入った。




隣の彼女は手にパンフレットのようなものを持ち、
しきりに読んでいた。



また、しばらくすると彼女は私に声をかける。



「○○先生より△△先生の方が
 感じ良いですよね。
 ○○療法のことも△△先生だったら
 やってくれるかもしれないですよね。」



・・・・・う~ん・・・・・


この女性はどうやら乳がんの方らしい。

○○療法、というのは、
知人が乳がんになったときに
そういう治療法がある、と言う話を
何となく聞いたことがあった気がする。

それよりも・・・
この人は私の言葉を聞いていただろうか。

というより、まず、この科で診察しているからといって
全員が自分と同じ病気だとは限らないんだが
そういうことは考えも及ばないのかな?


「えっと、多分、私と違う病気ですよ。
 同じ外科でもいろんな病気の方がいますから。
 私は甲状腺の方です」


「あ!そうなんですか~
 甲状腺なんですか~へえ~
 じゃあ、○○療法のことはわからないですよね。」





自分のことでイッパイイッパイで
周りの事を想像できない・・・
というのとも違う気がしたが

彼女は名前を呼ばれ診察室に入るときに、
私に向かって軽く会釈して行った。






コレと同じような場面は家でよくある。



「お母さん!あのね、ブルーチーズが大好物、
 っていう人がいたんだよ!
 それにね、ボク、もうすぐ結婚できるかもしれないんだ~」




へ?なんのこっちゃ?!

結婚???



DSでやっている、「ともだちコレクション」の話である。


しかし、勝手に一人で盛り上がってるのび太は

「んも~!ともだちコレクションのことだってば!」

と、偉そうに言いやがる(失礼)



「お母さんはともだちコレクション知らないもん!
 世の中の人がみんな、ともだちコレクションを
 やってるわけじゃないんだからね!」


そのゲームの事を全く解らない人が聞いたら
なんのことやら訳がわからなくて当然な会話。


だけど、のび太は、まるで世の中の人みんなが
「ともだちコレクション」のゲームを
熟知しているかのような感覚で話してくる。



でも私にそんな風に強く言われたら

「ああ、そっかぁ~。
 えっと、ともだちコレクションでね・・・」

と、今度は親切すぎるほどに
細かく説明してくれた(笑)




まあ、家の中での事だし、
私だから「ああ、そういうこと~」って思うけど。





自分の世界が世の中すべてとは限らない。

当たり前の事だ。


でも、理屈ではそういう事をわかっているつもりでも
自分の会話が伝わらないと
「そんなことも知らないの?!信じられない」
と言わんばかりの雰囲気の人もいるのだ。



まあ、少数派、と言われる人に多いだろう。

私もその、少数派、に属するだけに
「人の振り見て・・・」
を、肝に銘じるのだ。






ちなみに、私の甲状腺の再検査ですが、
ちっちゃい腫瘍があるらしいのですが、
それは良性のもので大きくならない限り、
そのまま放置していても大丈夫なものです。

3ヶ月に一度、エコー検査で
変化がないかどうかだけ診察します。

ご心配なく・・・







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| 母のつぶやき | コメント(16) |
2010-02-24 (Wed)
私は人ごみが嫌いだ。

だから行列に並んでまで
美味しいものを食べたいとは思わないし、

特売日だからといって
ごったがえす中で買い物してレジに何分も並びたくない。

何も考えずに火曜日、イオ○に入ってしまって
何も買わずに引き返したこともある。





だから私は市内中の銀行、郵便局、スーパーの
空いている店を押さえている(笑)

ちょっとくらい遠い場所でも
人ごみで長時間待ったりするよりは
よっぽどいいのだ。






しかし!

今日に限って、いきつけの郵便局もスーパーも
何故こんなに混んでるんだ?!


早く帰ってフィギュアスケートのマオちゃんの時には
テレビの前でしっかり見る予定なのに!!!!!





何とか間に合って、今、余裕でブログなんか書いてるけど
よかった~

さてさて、

マオちゃんの番が近づいてきたよ。




はぁぁ~忙しい~オリンピック期間中は・・・









!!!!!そっか!

もしかして、世間の人々もみんな、同じ事考えて
午前中のうちに用事を済まそうとしてたのかしら?







それにしても、人間が頑張っている姿って
こんなにも胸を打たれるものなんだね。







さて、ではテレビの前に移動しま~す♪

| 母のつぶやき | コメント(4) |
2010-02-22 (Mon)
おかげさまで授業参観、無事に行って来ました。

さすがに懇談会は行く気力がなかったので
参観終了後、のび太と共に帰宅しました。




のび太のクラスはC先生の説得力のある授業に
みんなガッツリ集中してました。

すごいすごい・・・




のび太は相変わらず、私の姿を見つけると

「!!!」って表情でちょっとニッコリ。

まだまだお子ちゃまな、のび太だな~

母親としてはそんなところがカワイイ~なんて
思ったりするのだが
そんな言葉をのび太に言ったりすると、
最近は「カワイイなんて言わないでよ!」と
ムッとするのだ。



幼稚園から一緒の、なっちゃんのお母さんが
まるで張り込み中の刑事みたいな雰囲気で
私の後ろの棚の陰から教室を見ていたので
「あ、こっち来ていいよ」
と声をかけたら

「へへへ・・・見つかると怒られちゃうから
 いいんだ、ここで」・・・と。


「もう去年くらいから参観日に来ないで!
 って言われてるんだよね。
 もう、反抗期っていうか、
 女の子って母親に対してシビアだからさ~」

「そ、そうなんだ~
 のび太なんか『絶対来てね』って。
 できれば私は来たくないんだけど(笑)」

「あら~のび太くん、かわいいなぁ~
 いいなぁ~男の子って」



そっかぁ~・・・

女の子って確かにそうなのかもね。

3年生くらいから早くも「お赤飯炊いたよ」
なんて話も聞くもんね(古いか・・・?!)

友人の子供なんて
「ママ!笑わないで!笑うとしわが目立って
 キモチワルイ」
って言うらしいし。

女の子って・・・
産まれた時から女の子、とか言うしね。


幼稚園から一緒の子たちは
その頃の印象ってとっても強いから
余計に成長が解る。

早いよね~
その分、私らも年取るわけだな・・・







授業が終わって他のママ友達と立ち話をしていた。

そこに、のび太登場~


「こんにちは~」

ママ友達にぶっきらぼうながら挨拶するのび太。


「あれ~?!のび太くん、でっかくなって~
 私と同じくらいじゃない?身長」

「あ、ボク150センチ」

「あら~ほぼ同じ~(笑)」


なんてお互いの子供の成長にビックリする。

他人の子ってどうして
成長がメチャクチャ早い感じがするんだろうね。




「あ~!!!のび太くん、声変わりじゃない?」


「え?そうなの?」



・・・・・そ、そういえばお正月頃から
声がかすれて来て、
風邪薬飲んだり、
「学校で騒ぎすぎたんじゃないの?」とか
言ったりしてたけど、




そうか、声変わりだったのか・・・・・!




ううう・・・


このまま大人声に変化してしまうのか・・・のび太・・・




気持ちはまだまだ幼稚園児程度の
幼さなのに、
外側と見かけだけ成長していくのか・・・




子供の成長って嬉しいけど、
ちょっと悲しかったりもする。





ちなみに、旦那に

「声変わりって何歳くらいだった?」


と尋ねたら、


「声変わりした覚えはない」だって。

「いつの間にか変わってたか、
 それか声変わりしていないか、どっちか」


・・・・・んなわけないだろう(爆)








| のび太のあれこれ | コメント(12) |
2010-02-18 (Thu)
昨日は身も心もダウン。

でもね、そんなちっぽけなことでも
ここに書いてみると
ちょっと気持ちが晴れることが
最近わかったので、記事にしました(笑)

「気持ち吐き出し療法」と名づけた(笑)



で、多分、今日これからのことも
「ダウン」に関係しているんだろうな、
と思ったので、

思い切って記事にして吐き出します。







今日は午後から授業参観に行かねばならない。

私が小学生の時は親に来て欲しくなど無かった。

出来れば参観日のお知らせのお手紙など
破いて捨ててなかったことにしたかったが
そんな大胆なことなど当時の私には
出来るはずも無く、それ以前に思いつくはずも無く。



それに引き換え、のび太は、

「お母さん、参観日、忘れてないよね!
 絶対に来てね!
 ボクの席はこの辺だからね」

と、必ず嬉しいお誘いを受ける(笑)


「来ないで」と言われるよりは
「来てね」と言われる方が、そりゃあ嬉しい。


でもね、私は学校自体が苦手。

その理由は幼い頃から学校と言うものに
必要以上の緊張感を抱いていたのと
自分の学生時代に学校と言う場所で
なんら良い思い出などなく、
どちらかと言うと嫌な事しか思い出せないということが
大きな理由だろう。

それに去年ののび太の担任と出会ってからというもの
のび太小学校自体に(建物、場所に対して)
嫌悪感を拭い去れないでいるのだ。


(詳しくは過去記事をご覧下さい。
 と言っても、自分でもどこにあるのか
 探せないので08年の11月~09年の2月位が
 いろいろあると思いますので、
 興味のある方はどうぞ)


参観日の日が近づくにつれて
去年の担任との不毛なやり取りやら
あの、偉そうなくせに相手の気持ちを
平気で踏みにじる冷たさがよみがえる。

そして、去年の参観日に見た、
のび太のクラスの雑然と寒々とした雰囲気やら
子供たちのヤル気無さとか
子供たちの肝心な部分は見えない振りをするやり方やら
フラッシュバックでよみがえる。

懇談会で
「『小さないざこざ』は毎日あるけど
 『いじめ』はない」
と言い切った、あの白々しさを
私は一生、忘れないっ!!!!!







・・・・・取り乱しちゃった(笑)





だから、授業参観日はちょっと気が重い・・・

というのが本音、なのだけど。





現在のC先生はいつも子供たちの心に寄り添ってくれる
ステキな先生です。


11月の参観日に教室の整頓されてきちんとしていた様や
授業中の子供たちの集中力とか
4年生の時との明らかな違いに
ビックリしたのとホッとしたのとで
驚いた親達だったけどね。





だから、フラッシュバックなんて気にしない(笑)

C先生だもん。



何より、今、のび太は
笑顔で登校できてるもんね。







| 小学校 | コメント(10) |
2010-02-17 (Wed)
身も心も不調。


ダウンしてます、気持ち。




天気はいいんだけどね。

メチャクチャ寒い。





ゆっくりロックとお散歩してこよう。









| 母のグチ |
2010-02-15 (Mon)
幼い頃はしょっちゅう吐いてました。

新しい環境、特別な行事、遠くへ出かける、
厳しく叱られたあと・・・

などの前後は意味も無く吐いたり高熱を出したり。


風邪でもないためかかりつけの小児科では

「自家中毒」とか
「自律神経失調症」とか言われていました。


子供の頃はそれがどういうものか、わかりませんでした。

要するに「風邪」とか「肺炎」とかと同じような
内臓疾患的な病名だと思っていましたし、

私の中では「自家中毒」でも「自律神経失調症」でもなく


「じかちゅうどく」であり、
「じりつしんけいしっちょうしょう」
というイメージだったので

漢字で記された文字を成長してから見たときは
漢字表記の生々しさに
かえって我ながら衝撃を受けたのを覚えています。



「じかちゅうどく」とか「じりつしんけいしっちょうしょう」と
しょっちゅう診断されていても
それが自分の関わり方のせいかもしれない、と
親は感じたのか否かは今となってはわからないけど、

うちの親は我が子が幼いながらも
精神的にダメージを受けていることについて
どう思っていたのだろうか?

と、考えると、
自分の(親の)関わり方のせいで我が子が
不安定になって吐いたり熱を出す、
という風には考えてもいなかったのだろう、と
改めて思います。

何故かと言うと、病院から帰ると大抵、
「おまえは本当に気が小さい」とか
「気持ちが弱い子」とか
「神経質過ぎて手がかかる」とか
そんな風に言われていました。


つまり、私は気持ちが弱いから
すぐに吐いたり熱を出したりする

神経質だから親に迷惑をかけている


という風に言われていたのです。







今思えば、そういう私の弱さと言う点も
もちろんあるとは思うのです。
(持って生まれた性質ですから)

だけど、やはり親の言葉や接し方が
私の中では大きなダメージになっていたのは
間違いない事実だったな、と思うのです。

それは、今、私も親になって初めて気が付けたことで、
親と言う立場にならなければ
一生「自分がすべて悪いのだ」と
自己否定したまま死んだのでしょう。


しかし、のび太の存在は私に教えてくれました。


大人(親)の言葉や接し方で子供は簡単に弱くなるし
大きなダメージを受けるのだ

ということ。




のび太を育ててみて、
毎日がフラッシュバックのように
自分が母から受けた傷があぶりだされて
さらに酷く痛み出したのが自分も受診するきっかけでした。


もちろん、私が幼かった頃には
発達障害などと言うものは世間には無く、
子供は親の言うとおりにするもの、
みたいな時代であったのかもしれません。

しかし、成長と共に気づいたのは
私と母の関係と、他の友人達と母親の関係が
全く異質なものだったという事実でした。


(詳しくはカテゴリーの「私が診断に至るまで」
 お読みください)





ちょっと話が逸れてきましたが(笑)

私が言いたいことは、

大人の何気ない一言や行動が
子供の一生を左右するほどのダメージを与える事がある


と言う事です。



また、大人の目線から見たら
「ちっぽけ」で「他愛もなくて」
「そんなの大したことではない」と思えても
子供にとってはどうしようもない位に辛くて
その辛さを理解してもらえない事が
一生消えない傷にもなりうるということです。


前の記事をはじめ、
最近、私は幼い頃の辛かった出来事を
記事にして書き、吐き出すことで
少しだけ慰められている様な気持ちになっています。

そして、コメントで「私もそうでした」とか、
「うちの子も~~です」と言っていただく事で
幼かった自分の孤独感が埋められていく感じもします。

リアルにはこういうことを話せる人はいません。

ブログを続けていて本当に良かった、と
心から思っています。




自己満足かもしれませんが
のび太と私のあれこれやら、
自分の気持ちのわだかまりを受け止めてもらえる事が
今まであまり経験したことも無かったので
本当に幸せで、
ドロドロしていた自分の記憶も
浄化されていくような気さえしています。



前の記事にも記したように
私の幼少時代に親は私の味方ではありませんでした。

常に「支配」されていました。

少なくても子供の私はそう感じていました。


だから、のび太にとって私だけは
絶対的な「味方」でありたいと思います。

そして、私にものび太にも
「この場所」にはたくさんの「味方がいる」ことが
何よりも今、安心感を得ています。


みなさん、ありがとうございます。






| 私の幼い頃の記憶 | コメント(12) |
2010-02-12 (Fri)
今日は私の幼い頃のことを・・・



小3になり、厳しい年配の女の先生が
担任になった。


少食でゆっくりしか給食が食べられなかった私。

しかし、厳しい担任は
時間内に絶対に残さず食べることを強要した。

絶対無理だった。


こっそりコッペパンを半分にし、
持って帰った。


今度は家で母親になじられた。

何で食べられないんだ

もたもたしてノロマで
足も遅ければ食べるのも遅いんだな



家に持ち帰るのも恐ろしかった。


給食時間が近づくにつれ吐き気がした。

給食を目の前にして何度も吐いた。



残して家に持ち帰る事も出来ず、
学校でも一人だけ遅いと叱られ、

八方塞がりになった私は、
食べきれないコッペパンを
こっそり学校の机の中に押し込んだ。


それを繰り返し、何とか時間内に食べられるようになった。




しかし、ある日、登校すると、
クラスメートが私の机を囲んでいた。


机の奥に押し込んでいたコッペパンが見つかってしまった。





やだー

きたなーい

ウワー


と、口々に非難する。



担任が来て誰かが私の机の中のコッペパンの事を
鬼の首でも取ったかのように言いつける。







でも、何故、私がそんなことをしたのか、
担任も親もわかったはずだ。

それでも、
「給食を食べるのが遅い事」
「パンを机に押し込んでいた事」
が、悪いことだと非難するだけだった。


誰も理由を聞かない。

それは、理由を知っているから。

その理由は自分達が追い詰めているから、と
解っているから。




・・・・・で、そのあと、どうなったんだっけ?

私はコッペパンを残さずに時間内に食べられたのか?

それとも、やっぱり、残していたのか?





記憶にない。



その後の事は全く覚えていない。





覚えているのは、

「大人はずるい」

と、悟ったことだけだ。









だから、私はのび太が給食を食べられなかった時も

「食べなくていい」
「堂々と『食べられない』と残していい」
「お母さんに『残していいって言われた』って
 言って残しなさい」

と、言った。


のび太の担任とも闘った。






せめて、母親だけは自分の味方だった

と、信じて欲しかったのだ。







今では、キライなものでも何でも給食では
全部食べる事を決意して実行しているのび太。



「給食食べられなかった時、大変だったよね。
 先生には『残さず時間内に食べろ』って言われるし
 お母さんは『キライなものは残せ』って言うし、
 のび太も困ったでしょ?」

と、聞いてみたら、


「へへ・・・まあ。
 でも、『残していいよ』って言われるのは
 嬉しかった」






私は、のび太にそう思ってもらうために、
あの小3の給食時間を過ごしたのかもしれない。



そう、思うことで、
やるせなかった幼い自分の傷ついた心を
慰めているのかも知れないけど。










| 私の幼い頃の記憶 | コメント(13) |
2010-02-10 (Wed)
のび太が診断されてすぐ、
「光とともに・・・」というマンガに出会った。

知的障害を伴う自閉症の子、光くんと
その母親幸子さん。


光くんの自閉症独特の行動にのび太を重ね、
それに戸惑い周囲の無理解に悩む幸子さんに
自分を重ね、

一緒に涙して読んでいた。


のび太が年長の時、「光とともに・・・」は
ドラマ化された。

当時、通っていた療育でも毎週、話題だった。

あの頃、療育仲間の母親達は
ドラマ化して無理のあるストーリーに文句を言いつつも
みんなが幸子さんだった。

そして、子供たちはみんな光くんだった。



きっと、日本中で同じ思いで、
あのマンガやドラマに自分達を投影させて
涙したり笑ったりしていたに違いない。


のび太の幼稚園の卒園アルバムに
大きくなったら「野球選手になりたい」とか
「ケーキ屋さんになりたい」という
キラキラした夢の狭間に
未来を想像できないのび太に代わって
当時、得意だった「折り紙とあや取り名人」なんて
それこそぼんやりしたことしか
書いてやれなかった私。




保育園の卒園式で光くんの代わりに幸子さんが

「明るく元気に働く大人になります」と

宣言した。


その言葉はすべての自閉症児を持つ親の
切実な願いだ。


今、目の前のパニックさえ対処できない自分に
その時は遠い将来と思っていた未来を
初めて考えさせられた一言でもあった。



光くんは小学校に入学し、
それを追うようにのび太も入学した。

光くんが経験するあれこれは
のび太がその後、経験するものとは少しずつ
違っていった。

特学に在籍する光くんと、普通クラスののび太。


しかし、光くんの周囲にはいつも
のび太タイプの自閉症児も登場していて
知的障害が無いゆえの辛さや世間の無理解さを
描いてくださった。


環境も周りの目も光くんとのび太では
明らかに違ってきたかもしれない。


しかし、
「明るく元気に働く大人になる」という目標は
変わることはない。




中学に進級した光くん。

光くんの未来に誰もが我が子を見ていた。

そして、光くんが
「明るく元気に働く大人になる」姿を
心待ちにしていた。




このマンガは世界各国でも出版され、
かなり話題にもなっていたらしい。

世界中で光くんに我が子を見ていた親が
たくさんいるのだ。





作者の戸部けい子さんが亡くなられました。

きっと「明るく元気に働く大人」の光くんを
描けなかったことを
一番、残念に思われているに違いない。




この先の光くんの将来を描いていくのは
私たちの子供たちだ。






戸部けいこさんのご冥福をお祈りいたします。




| 母のつぶやき | コメント(4) |
2010-02-08 (Mon)
のび太小学校では身体測定の時は
真冬でも体操着の半袖短パンで行う。

それは正しく体重を計測するため、
・・・だけではない。




のび太が幼稚園の時、
近所の小2の子が双子の友達を連れて
よく家の前の田んぼで虫取りなどをしていた。

しかし、その双子は遊び方がちょっと違う。

近所の子たちは採った虫をかごに入れて
家で大事にしたりしたものだが
その双子は捕まえた虫をその場ですぐに
持っていたカッターナイフでバラバラにしていた。

まあ、子供と言うものはそんな風にして
虫や昆虫を解剖のような真似事をしたりするものだが
その双子のやり方は子供らしくなかった。

私は直視したことはなかったが、
カッターナイフで目を突いたり、
子供の口から発するとは思えない罵声を
虫に叫びながら踏みつけたりする。

一緒に遊んでいる子たちも、ちょっと違和感を感じていた。




その双子が3年生になった時に、
「こいつ、昨日から俺達の弟になったんだ」
と、小1の子Aくんを連れてきた。

双子は元々、父親との3人暮らし。
父親の仕事は夜勤もあるらしく
夜にコンビニ弁当を買って食べ、
二人だけで過ごす事もあったらしい。


その父親が再婚したらしい。
再婚相手も子供を連れていた。
それがAくんだ。
また、父親と新しい母親との間に生まれたばかりの
赤ちゃんもいたらしく、
突然、3人家族が6人に増えた。


始めのうち、双子と一緒に遊んでいたAくんだったが
だんだんAくんの姿を見なくなってきた。

「Aくんは?」と尋ねると、双子は
「アイツはナマイキだからムカつく」と言う。

Aくんと同じクラスの子の親いわく、

Aくんはすごく成績が良いんだけどちょっと変な子で
授業中、突然叫んだり、パニックになったり、
ちょっと嫌な事があると教室から出て行ったり
してしまうらしいのだ。
「環境が変わって情緒不安定なのかもね」と
他の親達は思っていたらしいが
私は個人的にのび太に似た特長を感じていたので
もしかして少数派タイプの子かな?
などと思っていた。



ある日、Aくんと同じクラスの子のお母さんが
かがんだAくんの後ろの襟の奥の背中に
刃物で切ったかのような切り傷を見た。


ビックリしたそのお母さんは
担任に相談した。


そしてちょうど数日後の身体測定の時、担任は驚いた。

Aくんの腕や太ももや背中に青アザや
鋭いナイフで切ったと思われる切り傷が
無数にあったのだ。


学校から連絡を受けた児童相談所が動いた。

Aくんを保護した。


Aくんは双子の兄と父親に体罰を受けていたのだ。

「Aは勉強ばっかりやってるから頭がおかしい。
 すぐに狂ったように泣き叫ぶ。
 だからしつけのつもりで叩いている」

と父親は言ったらしい。

母親は「しつけは父親に任せている」と。


急に「父親」になった男に叩かれても
大好きなお母さんは見ているだけ、
何も言ってくれない。

Aくんの気持ちはどんなに悲しかっただろう。

「父親」に叩かれる痛みよりも
お母さんが助けてくれない心の痛みの方が
悲しかったに違いない。

そんな父親の様子を見て、父親の連れ子の双子も
Aくんを殴る蹴るをしていたらしい。

まるで虫に罵声を浴びせて踏みつけるように、
カッターナイフを虫に向けたように
人間のAくんにも・・・





児童相談所で何度も話し合い、
結局、両親は離婚し双子はそれまでどおりに
父親と暮らす。

母親は生まれたばかりの赤ちゃんと暮らす。

だけど、Aくんは自分には育てられない、
と言い出した。

「自分には手の負えない子供だ。
一緒に住んでも今度は自分が手を上げるかもしれない」


と言った。




結局、Aくんは養護施設に行く事になった。

この市内にも養護施設はあるのだが
親の近くの施設には入れられないため
(その後も何があるかわからないかららしい)
遠方の養護施設に行く事になった。



Aくんが発達障害の子かどうかは定かではないし、
たとえ発達障害でもそうじゃなくても
親から虐待を受けていい理由にはならない。

とにかくAくんは義理の父親とその子供たちに
ひどい暴行を受けていた。

それだけで情緒不安定になりパニックにもなるには
充分すぎる理由もある。

さらに実の母親は自分が暴行されている姿を見ても
何も言ってくれず助けてもくれず
結局、自分を捨てて、赤ちゃんだけ連れて
行ってしまった。


傷つかないはずがない。

心がボロボロにささくれてしまっても仕方が無い。




最近、似たような境遇の痛ましい事件を聞き、
Aくんを思い出した。










中1になってるはずのAくん、
ここよりももっと寒い土地でどうしているかな?



カマキリを捕まえて
「このカマのギザギザが何個あるんだろう?」
って一生懸命数えてたAくん。



Aくんみたいに、
そして最近の事件で亡くなった子のように
心が痛々しいまでに傷つく子が
もうこれ以上、いませんように。



大人、と呼ばれる私たちは
自分の子以外の子も守る義務がある。





| 母のつぶやき | コメント(8) |
2010-02-05 (Fri)
私はとにかく「学校」がキライだった。

キライ、というより苦痛だった。




ひとり飛び抜けていると目立ちすぎ、
ひとり劣っていると目立ちすぎ、

そのどちらも周りからは良く思われないようで、

「個性を大事に」なんて言いつつ、
個性的に目立ちすぎると注意され、
すべての教科がまんべんなく良くないとダメだと言われ
常に誰かと、または目に見えない何かと比較され、
友達も多くないとダメだと見られ、

同じ制服、同じような髪型まで強要され、
個性なんていうものは事実上ありえないのが学校生活。

お前のために、と言うのは建前で
すべて学校や教師や親の見栄のためであり、
社会に出たらもっと大変で辛いんだ、というのも
実は学校こそが社会より地獄であるのに、
脅し文句として言っているのがオトナである。








だから、私はのび太がこの先、
また、学校生活でつまづくことがあったら、言いたい。


学校より社会の方がずっと自由だ。

水泳が出来なくても作文が出来なくても
全然、平気だ。
誰もできない事をとがめたりしない。



社会に出れば自分を受け入れてくれる人も場所も
きっとどこかにある。

そんな環境を見つける力をつければいいのだ。


学校なんて狭くて建前だけの世界だ。

たまたま同じ地区に住んでいただけで
出会っている狭い世界の人間関係だ。

社会に出て自由になるための
苦しい数年間だと思おう。

社会に出るために必要な資格を得るためだけの
場所かもしれない。


だから、自分の心を傷つけてまで
学校に固執する必要はない。


学校卒業という資格を必要と思えば行った方がいいし
そうでなければ自分を傷つける場所と
解ってまで行く必要はないのだ。







必要以上に頑張ろうとか、一生懸命に、とか
思い込みすぎるのび太。

きっとどこかで苦痛に感じているはず。

もっと楽に生きてほしいと、時々思う、母なのだ。






※あくまでも変わり者のワタシの見解です。
 一般論として捉えないで下さいね~







| 小学校 | コメント(0) |
2010-02-03 (Wed)
<平和主義のび太>


卒業式で5年生が合奏するらしい。

様々な楽器を演奏したい!と、
争奪戦になっているために
希望者は1週間練習してオーディションで決めるらしい。


「のび太はやりたい楽器、あるの?」

「ボクはリコーダーでいいんだ」

「せっかくだし、のび太、
 何の楽器もそこそこできるはずだし
 何か立候補すればよかったのに」



「だって、みんな『○○やりたい!やりたい!』って
 争う感じになっちゃって
 おまけにオーディションなんて落選する人も
 いるんだよ~
 ボク、そういう争うのとか嫌なんだ」




変なところまで、平和主義な、のび太なのだ。









<単純・・・でも嬉しい>

国語のテストを持って帰った。


「お母さん、苦手な聞き取りと
 文章をまとめるヤツで100点だった!」

見ると、確かに、
「あなただったらどう思いますか?」

という、もっとものび太の苦手な問いだが、

「もしもぼくが~だったら~すると思います。
 それは~~だからです。
 だから~~は、~~~だと思います。」

と、きちんとまとめてあり、
赤ペンで花丸がしてあり、さらに「AA」と評価してあり、
「すばらしい!!」と一言書いて下さっている。



「おおおおお~!!!
 のび太、素晴らしい答えジャン!
 作文が苦手な人の答えとは思えないほど完璧だね。
 先生も『すばらしい!!!』って書いてるじゃん!
 いつもこういう風に順序だてて書けば
 大丈夫なんだよ~」


「うん!
 なんか、ボクも自信持った!
 苦手じゃなくなったかも~♪」





・・・・・あらら、単純。


たった一問、正解して誉められただけで
こんなに自信持っちゃうなんて~



・・・・・でもまあ、いいか。


「苦手だから書けない。説明できない」

と、いつも説明や作文から逃げていたのび太。

どんなに励ましても親の言葉なんて響きにくいんだよね。


先生にたった一言、「すばらしい」って言われただけで
あっという間に自信が持てるなんて、すごいよね。




単純だけど、それゆえにちょっとの後押しで
頑張れるって、いいよね。



C先生、いつも前向きにさせてくださって
ありがとうございます。





| 小学校 | コメント(2) |
2010-02-02 (Tue)
ふと、思い出した。


あ、
今日の記事は長くてクドイ内容になってしまったので
余裕のある方だけ、お読み下さいな。









私は11年前までY音楽教室で講師をしていた。

Y音楽教室というものは、
主にグループレッスンをするシステム講師と
Y社のテキストを使って個人レッスンをする
Y個人レッスン講師と、
それ以外にY社には属していないが
楽器店契約の個人レッスン講師と、
三種類の講師が存在する。


私はシステム講師だったが、
所属楽器店の講師だけでは対応しきれずに
他の楽器店から助っ人講師をお願いする事もある。


なんだかんだで、県内でも小さな町の
こじんまりした楽器店だったが15人前後の講師が
うちの楽器店には出入りしていた。


その中で、純粋にここの楽器店所属の講師は
システム講師は私と4歳年上のK先生の二人のみ。

二人だけではグループレッスンをこなせず、
他店からグループレッスンの助っ人講師で
ふたりの年配の先生にお願いしていた。


この二人のA先生、B先生の所属する楽器店は
変わり者の社長で有名で、講師への待遇も悪い。







「まっぷー先生って、どっち派なの?」






ある日、突然、同じ楽器店所属のY講師から
電話で聞かれた。



どっち派?



「『どっちは』って、何?」


笑い話ではない。「どっちは」っていう言葉が
理解できなかった。


「だから、先生達の間で派閥っぽいのがあるでしょ?
 それのことよ」


へえ~。

派閥なんてあったのか。

まるで政党みたいだな。



「・・・で、何派と何派があるの?」

真剣に聞いたつもりだったが、
電話の向こうで異常に驚いている。


「えええっ?!本気で聞いてるの?
 今まで何も感じてなかったの?」


えええっ?!
そんなに講師達の間であからさまに派閥闘争が
行われていたのか?

っていうか、一体、何に対しての意見の食い違いなのか
まず、そこからわからんのだ。


「だからさ、何派と何派?
 何かそんなにもめてたの?
 全然わかんないんだけど・・・」


というと、呆れたように電話の向こうでため息をついている。


「やっぱりね。
 まっぷー先生って一体何考えているか解んないから
 電話してみたのよ。
 そうか、ホントに解ってなかったんだね。
 あのね・・・」


電話の彼女は「派閥」の話を教えてくれた。


つまり、おかしな社長の他店から助っ人で来ている
年配でベテランのA&B講師は
うちの楽器店の所属になりたいと望んでいるらしい。

電話の彼女はA&B講師と親しい(らしい)

(ちなみにうちの楽器店の社長はお人好しで
 A&B講師に懇願されればすぐにでも
 Y社に掛け合って「うちの講師に・・・」
 と、言いかねないのだ)


しかし、うちの楽器店のK先生と
社長に頼まれて音楽教室全般を仕切っている
楽器店契約講師のT先生(さらにベテラン)が
嫌がっているらしい。

その理由は、K先生にしてみれば
今までK先生と私とで二分していた生徒なのに
さらにA&B先生の二人が来たら
生徒を取られてしまう、
T先生にしても口うるさいA&B先生が
うちの楽器店所属になったら面倒・・・


ということらしいのだ。





へええ~・・・そうなんだ~




そこで、何を考えているのかわからない、
どっち派にも加わっていなさそうなまっぷー(私)は
一体、どっちの肩を持つのか?

もし、A&B先生の肩を持ってくれるのなら
システム講師でここの楽器店所属の私が
お人よし社長に一言言ってくれれば
間違いなくA&B先生はうちの所属に変更できる・・・
(かも知れない)と考えたらしい。




・・・・・で、

「まっぷー先生は、どっち派?」

という問いになった訳である。



なんじゃ、そりゃ?!


これだからオンナってメンドクサイ。

だいたい、学生時代から変なグループ意識とか
そういうのが苦手、というか、
どういうグループに分かれているのかとか
相関図的なものが、一向に解らなかった。

だから、それで失敗してきたことも多々あった。


しかし、働いていてもそういう派閥とかグループとか
おかしな仲間意識があるのか。

オンナってヤツはくだらね~・・・





と、思いつつ、


「どっち派でもない」と答えた。

「だって、今までそんなの知らなかったし、
 たった今、聞かされてそんなのわかんないし。
 それに『どっち派』って言われても、
 主張する内容によって
 『今回はこっちの意見に賛成だ』とか
 『いや、今回はこっちだな』とか
 その時々によって違うんじゃない。
 いつでも100%どちらかが自分と同じ意見とは 
 限らないでしょ?」




電話の主は呆れていた。

完全に私の言っている事を非難しているようだった。


いやいや、間違ってないでしょ?

と、私は心の中で握りこぶしを作った。





その後、のび太を出産して2ヶ月で職場復帰したものの
諸事情で泣く泣く退職した。


(その頃、社長が急逝し、いろんなことがあり
 Y社内でもいろんな規則の変更などもあり、
 私が退職した事もあったりで、
 めでたくA&B先生はうちの楽器店の所属に
 なったそうだ。おめでとう。
 しかし、K先生が私が辞めるなら考える・・・
 とのことで私の後を追うように退職された。
 まあ、A&B先生とやっていくのは
 確かに辛かろう)




その後、子育てサークルに入ったときに

「まっぷーさんって、どっち派なの?」

と、デジャブか?と思うような言葉を
再び聞いた。



妹も職場で「どっち派?」と聞かれた経験が
あるらしい。
(妹の職場も女性が多い)

保育士をしている友人も
「職場の派閥闘争に巻き込まれて辛い」と
嘆いている。




オンナ、というものは、何故、群れるのか?

そして、何故違う群れを陥れたがるのか?




そして、何故、私はそういうことに
全く気がつけないのか?




まあ、気づかない分、余計な気苦労もないから
お気楽なのかもしれないけど。







先日、テレビで手相診断をしていた。

「生命線と知能線が離れている人は、
 よく言えばマイペース、
 はっきり言えば自分勝手で独特な人間、
 解りやすく言えばKY線です!」

と言ってたので、どれどれと自分のてのひらを見たら
見事に生命線と知能線がはっきり離れていた・・・






「お母さん、KY線だ~~~!!!」



と、のび太が叫んだ。




そういうのび太の生命線と知能線は
きっちりくっついていたのが悔しかった・・・











| 母のグチ | コメント(2) |
2010-02-01 (Mon)
「いいですね。
 のび太くんは頭もいいし、
 普通クラスで問題も無くやっていけて
 大きなパニックもなくなって
 ちゃんと意思疎通もできて、
 毎日、成長が見えて明るい家庭で
 ブログを読ませていただいていると
 腹が立ってきます。
 そして自分と子供が情けなくなって
 悲しくなってしまいます」




そんなことを言われてしまいました。






正直言って、


「じゃあ、読まなきゃいいじゃん」



って、思います。



私が頼んで読んでもらっているわけでもあるまいし、
何故、ここまで言われなければいけないのでしょう。










同じ発達障害の診断でも、
100人100通りの症状があって
それぞれの困り感はそれぞれで・・・

知的発達と障害ゆえの困り感はイコールではない。

知的な遅れが無いから発達のゆがみも少ない、
と、思っている方もいるようだが
全く違う。


逆に、知的な遅れがない分、
自分の発達のゆがみや周りとの感じ方の違いを
はっきりと感じる事からくる自己否定感の強さや
周囲との疎外感はかなり大きいのだ。





・・・と、言われていても、


「知的な遅れが無いからいいじゃない」

「会話が出来るならいいじゃない」


などと言われるのだ。




私から見れば、
知的な遅れが無い、先生の手を煩わせていない、
というだけで通級にすら通えないのび太は
不公平じゃないのか?!

と、思うのだ。



同じパニックを起こしても
支援級にいる子はちゃんとみんなに
手を貸してもらえる、優しくしてもらえる、


しかし、のび太のように
普通クラスにいるのにパニクっている、
というだけで

「キモイ」「変なの」などと言われるのだ。





支援級に通えば「親の会」や相談会などもあり、
保護者だって精神面でのケアがある。

しかし、普通クラスの発達障害児の親は孤独だ。

クラスで迷惑をかけていないか、
先生の手を煩わせていないか、
子供はちゃんとやっているのか、

常に個々の親だけで消化していくしかない。





冒頭の言葉を投げかけた方が
どんな意図でわざわざ私に言っているのか解らない。

だけど、決してのび太も私も平穏無事に
へらへら笑ってここに辿りついている訳ではない。

(過去記事を読んでいただければわかるとは思いますが)


きっと多数派のお子さんだってそうであるように
発達障害を持って生まれた子の周りでは特に
ドラマや映画になりそうな出来事をくぐりぬけて
どなたも生きているのだと思うのだ。


本当に辛く苦しい渦中にいる時は
周りが見えなくて、自分だけが悲劇の中でもがいてて、
他の人が妬ましく思えることもあるかもしれない。

私だってそういう時期もあったし。



だけど、その自分の中のドロドロした物を
他人に投げて傷つける事で
何かが解決するのだろうか?







のび太は5,6歳まで会話が出来なかった。

オウム返しばかりで意思疎通にならなかった。

だから、もちろんパニックも多かった。



そんなのび太でも、こちらの気持ちの変化、
周りの方々の協力、心配り、
その子に合ったやり方で、
こんなに成長できるんだ、ということを
知って欲しい、と思っています。


発達障害だ、会話が出来ない、
この子の未来はどうなるの?!

いじめだ、先生が無理解だ、
一体どうしたらいいのだ?!


そう嘆いた事もあったし、
これからだってもっと大変な事はあるだろう


だけど、遠い先ばかり見ないで
ひとつひとつの目の前の困難を解決していくしか
生きる道は無いでしょ?




私の記事に腹を立てるくらいなら、
パソコンに向かうより
我が子の気持ちに寄り添う時間を作るべきです。




他人の子供の成長をうらやんだり妬んだり・・・
そんな事、私はしたくない、と思う。














| 母のつぶやき | コメント(22) |