2010-01-29 (Fri)
のび太のクラスで席替えがあってしばらく経つ。


「新しい班、どんな感じ?」

「うん、まあまあ」

「のび太の隣がAちゃんでしょ?
 同じ班の人、あとは誰?」

「ボクの前がMちゃんでその隣がKくん」

「へ~、Mちゃんは知ってるけど
 Kくんってお母さん、わかんないな~」

「Kくんってちょっとウザイんだ」

「あらら~どうして?」

「Kくん、『うんちく野郎』って言われてるんだ。
 なんかさ、授業中に『一次方程式って知ってる?』
 とかさ~、知ってる事、自慢したり、
 知ったかぶりで偉そうに言ったりして、
 Aちゃんに叱られてるんだ」

「(笑)さすがAちゃん、しっかりしてるね。
 じゃあ、のび太も『長篠の戦いって知ってる?』 
 とか『ニューヨークって漢字で書ける?』って
 言ってみたら?」




そんな事をのび太に言いつつ、
我ながら下世話で変に勝気なところに
苦笑していたら、
まさにそんなワタシをとがめるかのような
のび太の一言が・・・






「いや、僕は『能ある鷹は爪を隠す』
 って感じで行った方がいいな、って思って」


・・・・・一瞬、「へっ?」っと思ってのび太を見た。




「あら?『能ある鷹』ってのび太のこと?」

「うん、まあ」

「ははは~!なるほどね~」

「あ、あとね『人の振り見て我が振り直せ』
 ってのも思った~」





そう。
何度も記事にもしているけれど、
のび太は「うんちく王」だ。

確かにのび太は大人顔負けの知識を記憶している。

そして、のび太は自分が得た知識を
誰かに言わずにはいられないのだ。



相手の状況や興味などお構いなしに
とにかく思い出したうんちく的な知識を
言いたくて言いたくて仕方がないらしい。



さすがに、成長と共に
「いつでも誰にでも喋りかけていいものじゃない」
ということを教えてきて
他人には言わなくなってきたけれども、
のびパパやらワタシには畳み掛けるように喋くりまくる。





そんなのび太が初めて自分以外の
「うんちく自慢」に出会い、
それを周りは嫌な印象を持っている、
自分も嫌な感じを受けた、
という経験は、なかなかすごい事だ!




極めつけに、のび太は私にこう言った。



「自慢するのって、かっこ悪いし」





おおおおお~!!!



そんなことを悟ったのび太は、
カッコよかったぜぇ~




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| のび太のあれこれ | コメント(4) |
2010-01-26 (Tue)
先日の記事に書いたとおり、
のび太は現在、陸上の早朝練習に参加している。



「ねえ、陸上練習ってどんなことしてるの?」

「・・・・・どんな事、って~、
 走ったりとか、飛んだりとか~・・・・」



・・・・・全く会話らしい会話にならん!


走ったり飛んだり、って、当たり前ジャン!



だから、走るって例えば、どんな風に?

ただ闇雲に走ってるわけじゃなかろう。




そう思いつつ、

「のび太は説明が苦手なんだから仕方ないさ」

と、自分に言い聞かせてみた。





「陸上、やってみてどんな感じ?」

「・・・・・さあ・・・・・」(と、首をかしげる)



ちょっとカチンとくるワタシ。


「さあ」って?!

自分の気持ちだろうよ?!




「『さあ』って、のび太~
 のび太の気持ちを聞いてるんだよ。
 陸上練習やってみてどう感じたかって」






「・・・・・ぼく、そういうのって苦手なんだよっ!
 感想とか説明とか」




そんなの解ってる。

だけどそれは母親だから解ってるし苦手も理解してる。

だけど、他人とだったら会話にもコミュニケーションにも
全くならない。





「あのね、のび太、
 お父さんやお母さんだから『さあ』なんて言われても
 『のび太はそういうこと苦手だから仕方ないや』 
 って思えるけど、
 これが他の人だったら『どう?』って聞いてるのに
 『さあ』って言われたら
 『のび太くん、気持ちを教えてくれないなんて
  自分の事、キライだから教えてくれないのかも』
 って思うかもしれないし、
 『さあ』とか『わかんない』って言う答えは
 相手に対して失礼な答えになる事もあるんだよ」




「・・・・・失礼な事なんだ~」



え?


やっぱり、わかんなかったか・・・




「そうなんだよ。
 だって自分の気持ちが『わかんない』って、
 どういうことよ?って他の人は感じると思うよ。
 お母さんだって時々そう思うよ。
 ペラペラと素晴らしい言葉で話して欲しいんじゃなくて
 出来る範囲でいいから一生懸命、答えて欲しいんだよ」


「そうなんだ~・・・・・」



「それに、『苦手だから』とか『うまく言えない』からって
 説明もしない、答えない、
 作文も感想文も苦手だからテキトウでいいや、
 なんていい加減にしていたら、
 いつまでたっても自分の気持ちは誰にも伝わらないし、
 本当に気持ちを伝えたい時に全然伝わらないで
 悔しかったり辛かったりするかもしれないよ。
 だから、普段から頑張って伝えてみる努力を
 した方がいいと思うよ。」



「そうか~」



「何より、『さあ』とか『わかんない』
 っていう答え方は、
 やっぱり相手に対して余りいい感じではないことは
 確かだよ。
 だから、気をつけたほうがいいな~」


「なるほど~」





そうなんです。


本当に、わかんなかったようです。






自分の言動が相手や周りにどう思われるか・・・

そういう想像力が弱いのがASタイプだ。



だからこそ、事あるごとに冷静に教えなければいけないと思う。


私自身もそうだったし。





のび太は
「ちゃんとしていたい」
「いい人でありたい」という気持ちが
とても強いのが幸いだ。



反抗期一歩手前の今のうちの「やわらかい気持ち」のうちに
いろんなことを植えつけておかねば・・・



と、思う母心なのだ~









| 我が家の自閉症との関わり方 | コメント(6) |
2010-01-25 (Mon)
ワタシはシャンプー→ヘアパック(トリートメント?)
というコースで髪を洗う。

世の中、シャンプー&コンディショナーでひと括りらしい。

だって、同じシリーズで必ずシャンプー&コンディショナーが
同じようなパッケージで隣同士で売っている。



しかし、これが・・・出来ない。



だって、ボディーソープとシャンプーですら間違うのに、
シャンプーとどこが違うのかわからないコンディショナーと
主役のシャンプーが隣同士に置いてあって、
正しく使えるわけが無いのだ。

だから、シャンプーと容器の形も違う
ヘアパックとかトリートメントをするのだ。

これならさすがに間違えにくいだろう!


ハハハハハ!








しかし・・・しかしだ!



使わないはずのコンディショナーとやらが
何故か家の棚にどんどんたまっていくのだ!





それは・・・








シャンプーと間違えて買ってきちゃうから(激爆)










だって、シャンプーとどこが違うのかわからない。

まるで一卵性双生児じゃん。

「ちゃんと『シャンプー』『コンディショナー』って
 書いてあるでしょ?ほら?!」

って言われても、確かにそうなんだけど間違いやすいじゃん!


それにそっくりなのに、必ずシャンプーとコンディショナー、
ピッタリ隣同士に置いてあるし!


この前なんか、

「今日は絶対に間違わないようにシャンプー・・・
 シャンプー!そう!これこそがシャンプーの方だよね!
 よし!今日は確実にシャンプーを買ったぜ!」

と、売り場で指差し確認までして買ったはずなのに

家に帰ってきたら、やっぱりコンディショナーだった(爆)




レジのおばちゃんが実はマジシャンで
レジですり替えてるかも?!

いや、私が手に取ったシャンプーは世にも不思議な力で
コンディショナーに変化してしまうのかも?!














そんなバカなことを考えてるよりも、
落ち着いて買い物すればいいだけの事・・・



・・・・・の、はずなのだが・・・・・






自分でも信じられない。






というわけで、

我が家の棚に使われないコンディショナーが増えていく・・・






こんなに気をつけていても(つもり)
どうして間違っちゃうのか、

自分で自分が信じられない・・・










| ここ、笑うところ~ | コメント(6) |
2010-01-22 (Fri)
10年後の自分はどうなっていたい?


テレビでそんな事をやっていた。




ふと、何気なく、のび太に



「のび太は10年後、どうしてる?」


なんて聞いてみた。



予測や想像が苦手なのび太に聞いてしまってから

「あ、ごめ~ん、こういう質問、苦手だよね」

と、質問を引っ込めようとしたワタシ。




しかし、のび太は考えていた。




「10年後・・・って21歳?
 成人式が終わってるってこと?」

と、予想外に真剣に考えている。



「大学に行って好きな勉強してる
 ・・・かな~?」



「おお~!大学、行ってるんだ~」



「う~ん、大学行ってるかはわかんないな~」



「そりゃあ、わかんないよね~」















「・・・・・ボク、成人式で暴れちゃったりするような
 大人にだけはなりたくないな・・・
 人の迷惑になるような事したり、悪い事したり、
 恥ずかしいよね。
 あーゆー人にはならないように、
 10年後、ちゃんとしていたい」







何だか、大爆笑してしまった。



だけど、いいね。

そう思っていれば大丈夫だよ。





何だか、のび太、いいね。

今までも、これからも、間違いは無いような気がする(笑)













| おもしろのび太 | コメント(10) |
2010-01-22 (Fri)
「お母さん!これ書いてハンコ!」


帰ってくるなりランドセルから手紙を出した。



「あのね、ボク、C先生に『やってみたら?』
 って言われて、今日の結団式にも出てきた」


のび太が持ってきた手紙というのは
早朝陸上練習の承諾書。



ちょっと前に同じ手紙を持ってきた。

来年度の陸上大会に向けての冬季早朝練習の
参加希望者は承諾書を書いて提出・・・

というもの。



体育関係が苦手なのび太は聞くまでも無く、
参加するつもりなどない。

そのことについても手紙は見たけど
特に話す事もなく、置きっぱなしにしていた。



「え?参加するの?」

「うん。あのね、先生が走り高跳び、
 頑張ってみたら?って」



そういえば、秋頃、体育で幅跳び高跳びをやった時に、
なんと、その陸上大会に走り高跳びで出場した子と
同じくらいの高さを飛んじゃったらしいのび太。

C先生にも
「フォームもカッコいいしのび太くん、高跳びいいかも」
と、言われた、

と、その時も喜んでいた。


今まで運動系のもので、
できなかった事が出来てほめられた事はあるけど
他の人より出来てほめられた事は初めてだった(らしい)

だから、のび太も気を良くして喜んでいた。



「今日、結団式があって参加したし、
 もう、ボク、ヤル気になってるから」


そうだろうね。

おだてられればなんでもやる、のび太。


「そうだね、頑張って!」




のび太は運動関係は本当に苦手だ。

動きはぎこちないし、一生懸命にやりすぎて
無駄な動きも多いから、余計に空回り状態になる。



しかし、一人一人のいいところ、得意なところを
本人の心に届くように誉めてくれて、
そして小さなことでも覚えてくださり、
評価してポジティブな気持ちを引き出してくれる、

そんなC先生に感謝だ。


何しろC先生のクラスが一番参加者が多いらしい。

それだけ、一人一人の子供たちのいいところを
いかに見つけてそれを引き出そうとしているか、
いいところがあるよ、頑張ってみようよ、と
一声掛けてくださっている成果なんだと思う。



体育が苦手、

と、思い込んでいるのび太に声を掛けてくださって
本当にありがとうございます。

小さな事だけど、こういう小さい事から
自信を持って苦手意識を克服する事だってある。


何だか、嬉しかった出来事でした。



今朝も早く家を出て、陸上練習に参加しているのび太です。














| 小学校 | コメント(2) |
2010-01-19 (Tue)
のびパパ(うちの旦那)の父親は
のびパパが小学2年生の時に病気で亡くなった。

その後、のびパパと小学6年生の兄を連れた義母は
知り合いや親戚の多いこの街に越してきた。

のびパパは、小学2年生以前の記憶のほとんどを
なくしてしまった。

大好きな父親の事も、
それまで父親と家族で住んでいた街の事も
その街で過ごしたいろんな思い出も
すべて、といっていいほど、
全く覚えていないらしい。



保育園のことも、入学した学校のことも
住んでいた家の事も、何をしたかも、
どうやって遊んでいたかも、
父親がどうやって亡くなったのかも、
父親のお葬式の事も、
それまでのすべての記憶を失ったらしい。


唯一、覚えている事は、学校にいて、
「お父さんが具合が悪いから帰りなさい」
と、言われて、
お兄さんと早退して車に乗って病院に行った、

という事だけらしい。





その後、この街に移り住み、
父親の事でたくさん母親に聞きたいことはあったけど、
聞けなかった。

幼心に聞いてはいけないような気がしていた。




人間というものは、
あまりに大きすぎるショックを受けると
「あんな辛い出来事を経験したのは自分ではない」
と、多重人格になったり、
また、自分の精神状態を維持するために、
ショックな出来事の記憶を「無かった事」にしようと
その部分の記憶をなくすことがある。

のびパパは後者の方だろう。



親しい人を亡くす、ということは、
大人でも本当に辛い事だが、
8歳になったばかりののびパパ少年には
過酷過ぎる出来事だったのだろう。

新しい土地で、知らない友達の中で、
父親のいない生活で生きていくために、
辛い出来事を忘れて生きていくことを
無意識のうちにしていたのかもしれない。







のび太と同じクラスの子のお母さんが急逝しました。

朝までは元気で見送ってくれたお母さん、
「具合悪いから帰るように」と
のびパパの時と同じように学校を早退して
次に会った母親が亡くなっていた、という大きな悲しみ。

まだ幼稚園児の妹さんもいる若いお母さん。







一昨年のクリスマスには、
のびパパのいとこ(私たちと同い年)が事故で急逝しました。

小学生の子供3人を残して。




こんな幼い子供たちに
どれだけ辛い試練を神様は与えるのだろう、
と思ってしまいます。




だけど、それはきっと乗り越えられる試練なんだ、
と思いたい。

約30年前の、のびパパがそうだったように。




すべての記憶を失くしてしまうほどの悲しみでも、
それがすべて、のびパパの優しさや温かさや
強さや大きさに繋がっている。





そして、亡くなった大好きな人の魂は
いつでもそばにあるのだと思う。







のび太は「亡くなったおじいちゃん」に
そっくりだもの。




いつも、のびパパを、そしてのび太を、
見守ってくれているような気がする。








だけど、忘れないで。

お母さんの事、絶対に忘れないで。



失くした思い出は二度と記憶には戻れない。

それは、本当に悲しい事。

思い出の中で抱きしめてくれるお母さんを忘れないで。



のびパパを見ていて、思い出を失くしてしまう事は、
本当に本当に悲しい事だと思うから。








そして、このたとえようも無い悲しみも辛さも
すべてが君の優しさや強さにいつかきっと変わる。




そう信じたい。








| 母のつぶやき | コメント(0) |
2010-01-18 (Mon)
今朝の最低気温、マイナス7度・・・!!

そんな中、真っ暗闇の5時半に起床して
旦那の弁当を作る。

そして朝食を作る。

私が作る弁当と朝食がないと動けない、
という旦那と息子のために、
眠くても、ちょっとくらい体調が悪くても、
弁当と朝食を作る。

お弁当を作らせてくれて、朝食を食べてくれて、
ありがとう。





掃除機をかけてると、
「早くお散歩連れてって~」と言わんばかりに
アピールしてくる愛犬のロック。

もう一度言うが、最低気温マイナス7度。

どんなに吹雪いてもどんなにツルツルの道路でも
私がいないと大好きな大好きなお散歩に行けないロック、

どんなに寒くてもちょっとくらい体調が悪くても、
お散歩に出かける。

お散歩で私を外に連れ出してくれてありがとう。

動物のぬくもりを教えてくれてありがとう。





夕方、ただいま、よりも先に、

「ねえねえ、お母さん、あのね・・・」

と、今日の出来事を喋って発散させる息子。

去年までは毎日のように泣きながら帰ってきた息子。

働こうか・・・と何度も思ったけど、
息子が帰ってきて発散させる言葉を受け止める人がいなければ
この子はもっと気持ちが弱くなっていくような気がした。

たくさん、お話してくれてありがとう。
辛い事こそ、お母さんに話してくれてありがとう。







家族揃って笑って食事が出来て、
お互いがお互いを必要としている幸せを感じられて、

それは決して「当たり前」ではなく、
「当たり前」と思っている日常こそが
「奇跡」なのかもしれない。






今ここに生を受けている、奇跡。

命とは儚くもろいもの。

その奇跡の日々が絶たれた悲しみは
癒える事はないかもしれない。


だけど、悲しみがいつかきっと、
君の強さに変わるときがくる。

どうしようもない辛さも寂しさも、
君の優しさに変わるときがくる。



それが儚かった命への一番の弔いなのかもしれない。









(今日の記事はコメントを受け付けません。ごめんなさい)




| 母のつぶやき |
2010-01-15 (Fri)
寒い・・・

自分の骨が凍っているのか?と感じるほど、
体の芯から、寒い。



のび太地方は連日、真冬日。


こんなに寒いのに、雪が積もらない。

朝、うっすら積もっていても日の当たる部分はすぐ溶けて
カラカラなのに、メチャクチャ寒い・・・





ああ・・・なんか、具体的にどこがどう、という事も無く
体調が優れないのだ。

こんな時は精神的にもブルー・・・

くだらない事でイライラする。




昨日も、のび太の宿題ノートを見ていたら
数ページ、破いた跡があった。

「これ、どうしたの?」と聞いても、

「う・・・あ・・・えっと・・・」と言葉を濁すのび太。



のび太は物事を順序だてて説明するのが苦手。

誰よりその苦手部分を理解しているはずの私だったが
昨日は何だか、そのハッキリしない態度に
異常なまでに苛立った私。


「お母さんの聞いている意味、わかってるの?!」

と、激怒してしまった。


「どうして答えられないの?!」
「これ、どうしたのか聞いてるだけなんだけど!」
「どうしたの、って聞いてるでしょう?!」


大声で迫ってしまった。



のび太が一番、苦手なことをしている私。



のび太は、こういうとき、顔面蒼白になる。

そして、汗だくになる。

そして、貧血でも起きたかのように立っていられなくなる。



わかっている。
私と同じだから。


だけど、昨日は何故か、爆発してしまった私。



さすがに青ざめたのび太の顔に、ハッとして、

「破いたあと、剥がれないようにちゃんとセロテープで
 止めて置かないと。
 宿題のページが取れちゃうでしょ」

深呼吸して、落ち着いたトーンを意識して、言った。


「ごめんなさい。もうしません」





だめだ、だめだ。

サイテーな母親。

時々、どうしようもなく、のび太の小さい事を
責めるように叱ってしまう事がある。



叱りながら、「ヤバイ、ダメだって」と思うのだ。

だけど、自分でも制御できない感情がある。





だから、こんな時は必ず最後にのび太に謝る私。



「ごめんね、のび太、強く叱ったりして。
 優しく言えばいいのにね、ホントにごめんね」

こういうと、小さいころののび太は

「うわ~ん!!!」と号泣してムギューして仲直り、
だったけど、

さすがに11歳に成長したのび太は、
もうムギューしてくれない(涙)



「うん、ボクの方こそ悪かったから、いい」

と、ぎゅっと涙を拭く。




そして、我が家の掟は、
どんなに言いあってもケンカ?しても
その話題が終わったら気持ちを切り替えて
いつもの通りに接すること、
という事。


昨日も、すぐにそのあと、いつもどおりに
バラエティー番組に爆笑したり、あーだーこーだと
笑いつつ、顔をつき合わせて夕食。




私が幼かった頃は、一度叱られたら、
いくらこちらが話しかけても2,3日は会話にならなかった。

無視され、さらにチクチクと叱られた事を引きずる小言を
ずっと言われ続けた。

針のむしろだった。



だから、いくら叱っても、
次の瞬間は叱る前の気持ちにリセットする事。

これだけは!と、結婚してからずっと意識している。






だけど、のび太もエライ。

あれだけ叱られても、ちゃんと気持ちを切り替えられる。

次の瞬間には、笑ってくだらない会話が出来る。


ASな親子には難易度が高いことだが、
この切り替えで、お互い、最悪の気持ちにはならないで
いられるのかもしれない。








| 母のつぶやき | コメント(6) |
2010-01-13 (Wed)
今日は本のご紹介。

発達障害や障害児育児関係の書籍に関しては
関連サイトでもたくさん紹介されているので
ちょっと違う視点から書かれた本で、
私が日頃、思っている事と近い感じがしたのが、
こちら。


「いつもいいことさがし 小児科医が見たこどもたち」
    細谷亮太 著   中公文庫




小児ガンを専門とされている小児科医の方が書かれた
エッセイです。

弱さを抱えた子供たちへのまなざしがとても暖かくて、
幼い命と向き合うという厳しい仕事柄、
死生観についても考えさせられるものでした。


その中で一番、心に残ったのが
子供たちの運動会を見ると涙ぐんでしまう、
という意味の俳句から始まる文章。

この先生もお子さんの強度の遠視で
今まで小さな段差やちょっとしたことに臆病だったのは
気持ちではなく目のせいだったことを
気づいてやれなかった事を悔やみますが、
分厚いレンズの眼鏡をかけ、視力も回復し、
運動会で走り回るお子さんの姿に、
まさに涙ぐむ、という経験をされています。

障害や病気を抱え、それでも頑張っている子の姿に
一緒に生きなければならない気力を起こさせます、
と書いておられます。


私ものび太の始めての運動会、発表会は
パニックでほぼ80%先生に抱っこされていた姿に
複雑の思いでのび太を案じていました。

当時は未診断でしたから、あることないこと心配したものです。

翌年には診断名がつき、幼稚園ぐるみでのび太を支えて下さり、
運動会も発表会もしっかり参加できたのです。

もちろん、本番にたどり着くまでは
先生方のきめ細かい配慮やら親としてもあれこれ
当日にパニクらないように、視覚化して指示しておいたり、
そういういろんな思いを越えてきたからこそ、
行事関係はいまだにウルウルしてしまいます。

他のお子さんだって多かれ少なかれ、
いろんな気持ちや努力や頑張りで行事に参加している、
考えただけで、ウルウルです。

そして一見してわかるダウン症のお子さんが
公園で避けられている光景に胸を痛め、こう書いています。

世界中どの国でも400~500のお産があれば
必ずひとりはダウン症のお子さんが産まれます。
一人のお母さんがダウン症の子を産んだら
あとの499人のお母さんはダウン症の子を
産まないで済む、という考え方もある。
だからこそ健康な子が授かった499カップルは
ダウン症の子とその家族を支えるべきなのです。

他の病気や障害にしても同じ事。
健康な子とその両親が病気の子とその家族を
手助けしようと思うのは自然の成り行きだと思います。




一定の割合で必ず障害や病気を持って産まれる命がある。

自分や身の回りの人の健康を幸せに思うとき、
そういう辛い運命を背負って生まれた命のことも
思いやるべきなのだと、私も思います。




「昔は自然に淘汰された障害のあるものを
 高度な医療技術で生き残らせている」

などというような事を平気で言う
エライ要職についている方もいる世の中に
愕然とする事もあるけれど、

この本を読んで、

人として恥ずかしくない生き方をしたい、

弱いものにこそ手を差し伸べられる人でありたい、

と、改めて強く思わされたのでした。



強い人(多数派)に従う事は
簡単で誰でも出来るし一番楽な事だけど、
強いものが正しいとは限らない。

弱いもの(少数派)にこそ心を寄せて
手を差し伸べられる人こそ、
本当の意味で強い人かもしれない。


今ののび太に一番伝えたい事でもあります。















| 母のつぶやき | コメント(10) |
2010-01-12 (Tue)
頂いた年賀状を見ると、
お子さんの七五三やお宮参りやらいろんな行事の際に
写真館できちんと家族揃って記念写真を撮影して
それを年賀状に使っている方が結構多い。

お父さんもお母さんもスーツを着て
子供も羽織袴を着たり、着物を着たり、
お姫様みたいなドレスでアイドルみたいに笑顔で
写真にちゃんとおさまっている子・・・









・・・・・そういえば、我が家ではそういうちゃんとした
写真館で記念写真をとったことが、ない。




だって・・・





小さいころののび太・・・・・




どう考えても、写真館できちんとした衣装を着て
ちゃんと写真を撮影する・・・・・




無理~~~~~!!!!!





①まず、知らない初めての場所(写真館)に行く・・・
      ↓
      ↓
      ↓
     パニック



②スーツとか着物とか着る・・・・・
      ↓
      ↓
      ↓
     パニック



③「こっち向いて~」とか言われる
      ↓
      ↓
      ↓
  意味分からず、暴れまわる       
      ↓
      ↓
      ↓
  飽きてグダグダになる
      ↓
      ↓
      ↓
   さらにパニくる




想像しただけで、汗だくになってくるワタシ・・・




七五三は男の子だから5歳のお祝いだけでいい、
っていうのが救いだった(笑)

3歳(お参りするのは数え年だから実質2歳)で
きれいに着物を着せられて
お参りし記念写真も撮ってる子なんて
私からしたら奇跡。



だからといってのび太が5歳の七五三をする年に、
つまり数え年で4歳の時だって、

「無理~絶対無理~!!!」という事で
一年遅れさせ、実質5歳の時に七五三をした。


その時だって、写真館に行く、なんていうことは
のび太には想像も出来なくて、
お参りして祈祷していただいた後、神社の境内で
飽きちゃってグダグダになってるのび太を
おだてて持ち上げて笑わせて、
何とか、記念写真風の写真を
自前で撮影した。

それをパソコンに取り込んで印刷して
七五三写真集的な雰囲気にアルバムとして
両家の祖父母に渡したのだった。



小学校入学時なら大丈夫かも?!

と、初・写真館記念撮影を考えてはいたものの
引越しのゴタゴタと私の入院手術と
その後の体調不良などもあって
入学準備&入学式だけで精一杯だった(爆)

入学式の日だって
家の前やら学校の校門前で写真を撮ろうとしても
ふざけてばかりで、最後には飽きちゃって
やっぱりグダグダだったし(爆)



今思えば、どんなに暴れても
どんなに写真館の方にご迷惑おかけしても
きちんとした写真を一枚くらい撮影しておけばよかったかな~

なぁ~んて思ったりもするけど
立派な写真にはない、あの時あの瞬間のリアルなのび太が
嫌というほど記憶されているのも事実(笑)




知り合いの家族揃っての記念写真を見るたび、

「ああ、パニクらない子は、いいよね~」

と、思ってしまうのだ。





あとは・・・

チャンスは中学入学の時か?!

その時には

「えええ~!めんどくせぇ~」

とか言われそうだしね・・・(笑)










| 母のグチ | コメント(0) |
2010-01-07 (Thu)
一ヶ月ほど前のこの記事に昨日、コメントを頂きました。


そのことについてどうしても気になって
昨日一日考え込んでおりました。

そして、そのことについて今日、記事にしようとしたのですが
コメントをされた方が自分のコメントを削除したようです。

自分のコメントを削除する事自体は問題ありません。

削除できるシステムになっていますから。



まず、私がこの削除した方への
お返事コメントを書いてありますのでご覧下さい。








>このままでは将来、アスペルガーやADHDになってしまう可能性が9割以上あると言われ、お薬で治療しています。先生いわく、3才までなら、完治に近い状態にできるらしいです。

う~ん、ワタシが不勉強なんでしょうね。
放っておくとASやADHDになる、っていうのは初耳です。
発達障害は生まれ持ったもので治療という方法で
完治するものではない、というのが世の通説だと
私は思い込んでおりました。
3歳までに投薬すれば完治する、というのも聞いた事がありません。
でも著名な医師とのこと、最新の治療法なんでしょうか?
もしそういうお薬が本当に開発されたのなら
大変な騒ぎだと思うのですが・・・

もし、よかったら、秘密コメントの欄にチェックを入れて、
その先生のお名前、もしくは病院名など教えていただきたいです。
はじめましてさんに、決してご迷惑はおかけしませんので、
お願いいたします。








この方のコメントによると、
かなり遠方から通って診察している事、
見ていただいている医師は著名でマスコミ等にも出たこともあり、
お子さんにも効果が見られているとの事。




皆さんは、どう思われるでしょうか。



ちょっと、とっさに驚いてしまって
「どんな病院か、先生のお名前を教えて欲しい」
なんてお返事を書いてしまったので、
コメントを下さった方もビックリされて削除されたのかもしれません。



しかし、コメントを残し、おそらく私のコメントを読み、
削除した、というところから考えると、
もしかしたら「釣り」的なコメントかもしれません。

しかし、もしこの方が本当にコメントに書かれたようなことを
信じているのであれば、
コメントを頂いた私として放っておけない気がしました。



このお返事コメントを書いたあと、
いろいろ検索して調べてみたのですが、
確かに自閉症などの発達障害児に
漢方薬の投薬治療をしている病院は何件かありました。

ただ、いろいろ調べてみると
実験的にいろいろな新薬を使っている医師もいるようです。

公になっていないということは認可されていない薬品だし、
確かに日本での新薬の認可は世界的に遅れているとはいえ、
もし、本当にこの方のコメントにあるように
「3歳までにクスリを飲めば完治に近い状態になる」
という薬がどこかで開発されたというのであれば
これは世界的な大ニュースであるはずです。


以前、とある療法が自閉症治療に有効らしい、という
ドキュメントを見た事がありますが、
幼児期は自閉症児とは言えかなり劇的に成長します。

ちょっとした対応次第でいくらでも子供たちは変化します。

たまたまその時期と重なって、
この療法によって自閉症の症状が改善されている、
と感じる事もあると思うのです。



しかし、いろいろ調べてみると
「自閉症が○○で完治した」という情報が
サイトにはたくさんあるのですね。

「○○という物質が自閉症には良くないので
 ○○を取り除いた食事療法をして、パニックが無くなった」

とか

「△△療法はあちこちで批判されているけど
 私は症状の改善が見られる限り、△△療法を続けます。」

とか・・・





ただ、心配なのは、その療法で体を張っているのは
子ども自身だということ。

親はわらをもすがる気持ちでいろんな療法を試したり
この薬がいいらしい、○○すると改善される、と
あれこれさせられ、飲まされ、
あちらの病院、こちらの病院・・・と振り回され・・・



こういう正式に認められていない療法には
きちんと認可されない理由があるはずです。

そういうリスクを背負っているのは、
親ではなく子供です。


それも薬や療法というものは体に影響のあるものですから
ある意味、命をかけているといっても過言ではありません。

実際にアメリカなどで民間療法で命を落とし、
裁判沙汰になっている事件もあるのです。



その治療法は、子供のためのものですか?
本当は親のためのものではないですか?






今現在、自閉症を含む発達障害は完治できる治療法はありません。
対症療法としての投薬はされていますが
風邪が治るように完治することはありません。
今、私たちができる事は「完治を目指す」ことではなく、
その子にあったやり方や方法を私たちが考え見つけ、
その子の命を認めてあげる事が一番大切なのではないでしょうか。









| 子供の発達障害に悩む方へ | コメント(4) |
2010-01-05 (Tue)
「お母さん、部屋の床を拭きたいんだけど・・・」






・・・・・へ?!

・・・・・なんですと?!

・・・・・今、のび太さん、なんと仰いましたか?!





「あのね、ボクの部屋の床が汚いから大掃除するんだけど
 まず、床を拭きたいんだけどさ、
 雑巾とか・・・」



今まで、「部屋、片付けなさい~~~!!!」と
カツを入れてもろくに掃除した事も
片付けた事もなかったのび太が、
自ら・・・それも床を拭く、だなんて、
一体・・・どうしたことか?!

天変地異でも起きるんじゃないか?!



・・・と、思いつつ、バケツに水を汲み、
雑巾を持って2階に上がろうとした時に
階段にバケツの水をぶちまけた(爆笑)


一瞬、パニックの表情・・・!!!!!

・・・と、思いきや、

「あああ・・・えっと、ちゃんと拭かなくちゃ」

と、慌てず始末しようとするのび太。



私はこういうとき、のび太から「ヘルプ」の要求が無い限り
手も口も出さないことにしている。


「大丈夫?」と、思わず聞いたら、

「大丈夫~だけど、もっと雑巾あるかな~?」


と、落ち着いている。



「えらいね、のび太。
 人間って、こういうピンチの時にちゃんと対処できるかで
 本当の頭のよさとか賢さとかが解るんだよ。
 のび太、えらいね、パニクらないじゃん」


黙々と始末するのび太。




始末し終え、自分の部屋を掃除し始めた。

しばらくすると

「お母さん、掃除機使いたいんだけど。
 机の下のほこりがさ~」



・・・・・えええ?!

掃除機を使いたいですって?!




生まれて初めて発するのび太の言葉に
驚くワタシ。




その後、掃除が終わったのび太の部屋を覗くと、
昨日まで机や本棚に乱雑に横に積まれていた本は
縦にきちんと整頓され、
床に無造作に投げ散らかっていたあれこれは片付けられ
床はピッカピカ!!!


「のび太~すごいよ~
 部屋がきれいになった事はもちろんすごいけど
 掃除をしよう、と思ったのび太がすごいよね~
 えらいよ~」

照れるのび太。


学校ではすべてのものがみんなと共用だ。

それに机の中が汚いと掃除で机を運ぶ時に
中味が落ちたりして迷惑になる、

教室後ろのロッカーは扉が無いから
自分のスペースとはいえ、
乱雑で汚いと丸見えで他の人の気分も害する、

みんながきれいだと教室全体がきれいに見えるのだ、

ということを、C先生に教わったらしい。




もちろん、今までだって
そういう風に言われて指導されて来たのだろうけど、
そういう言葉を受け止めて実践できるようになったのだ。

驚きだ。


それには、やはり、自分がやった仕事が評価されて
それが周りの人の気持ちをもよくさせることを
実感できるようになったのだと思う。

だから「認めてもらえる」という事は
本当に何よりも嬉しい事なのだと思う。

それって、家族でもいいのだけど、
家族の言葉のインパクトはやはり薄い。

家族以外の人たちの評価のインパクトは
それは絶大なものなのだ。




その後も、

「窓拭き、僕がする」とか、

「何かお手伝い、しようか?」とか、

「家庭科で習ったから米とぎ、やる!」とか




今までのび太の口から出たことの無い言葉の数々に
母は驚きつつも、とっても嬉しく手伝ってもらった。








極め付きは…


「お買い物に行ってくるから
お留守番しててね」


「あ、僕、一緒に行ってあげようか?」


「ん?一緒に行きたいなら来てもいいけど
 大丈夫だよ、どうして?」


「ほら、財布にお金が少ない時とか
 『二千円しかないからカゴに入れるものの値段、
  足し算してて』っていうじゃん。
  お母さん、いつも足し算、間違うから大丈夫かなって」




・・・・・母、撃沈・・・・・


進んで何でもやってくれるのはありがたいが、
ここまで息子に心配されるようじゃ、ちと、情けない・・・



「あ・・・今日はお財布にお金がちゃんとありますから
 大丈夫でございます」





ありがたいやら、情けないやら・・・汗
















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2010-01-05 (Tue)
時はさかのぼって終業式の日・・・


「お母さん!見て!『生活の様子』っていうところ!」



ただいま、も言わずに帰ってきたのび太。





そうそう、私はいまだにのび太が通知表を持ってくる、
という感覚がなくて、
終業式の日に通知表を持ち帰るのび太に驚く(笑)


のび太が言っていたのは「成績表」ではなく、
その隣にある『生活の様子』という評価。

「気持ちの良い挨拶ができる」とか
「きまりを守り周囲に役立つ事を進んで行う」とか
「相手の立場に立って考え協力して行動できる」・・・など

まあ、言ってみればASタイプの子には
苦手な項目ばかりが羅列してあるのだ。



今までは

「身なりを整え、身の回りの整理整頓をいている」

「学校や学級の生活をより豊かにするために工夫して行動する」

が、A、B、Cの3段階評価の「C」だった。



つまり、「努力して欲しい」項目。




それがなんと!「B」評価にアップしたのだ!!!

それによって「生活の様子」の評価から
「C」が消えたのだ~!!!



そればかりか、「B」から「A」に上がっているものもある!!!






ちなみに成績表の方も上がっていたのだ。

算数、理科、音楽などはチョー良かった。

しかし、それよりものび太にとって嬉しい評価は
「生活」の評価だった。




第一、

「身なりを整え、身の回りの整理整頓をいている」

などは、今まで「C」以外の評価はなかった(はず)




「すごいでしょ?!『C』がなくなったんだよ!」


「ホントだ!すごいね~
 のび太が一生懸命頑張っているところを
 先生がちゃんと見てくれたんだね~」





夕方、別の用件で担任のC先生から電話を頂いた時に、
通知表の話になった。

C先生「のび太くん、通知表に関して何か言ってましたか?」

私「成績の方よりも『生活』の評価が嬉しかったみたいで
  『まず、こっちを見て!』って言われました。
  自分でも頑張っていたのを認めていただいた事が
  本当に嬉しかったみたいです」

C先生「のび太くんは本当に係りの仕事をきちんとしてるんです。
   同じ係りの子が仕事をしないで遊びに行っても
   文句ひとつ言わないで黙々と完璧に
   仕事をこなしてくれるんです。
   サボった子の仕事もきっちり片付けてくれて
   そういう姿をちゃんと他の子も見ていて
   私に教えてくれるんですよ。
   『のび太くんは自分の仕事以外にサボった子の
    仕事の分まできちんとやっている』って。」

私「そうなんですか~
  そういっていただけると嬉しいです。
  家でも文句言わずにやってくれるといいんですけど~(笑)」




なぁ~んて笑い話にしてみたけど、
やっぱりこういう評価は本当に嬉しい。
   
特にASタイプで融通の利かないのび太みたいな子にとっては
こういう漠然とした物事を評価されると、弱い。

一番、生きる上で苦手な部分だ。

そういうところが苦手なのがASタイプの人間である。

しかし、世の中ではそういうところの評価が
「人間性」の評価でもあり、
つまり、こういう部分が苦手、ということは
「人間性」を否定されるという風に感じたりもするのだ。



で、私が嬉しかったのは「成績」の評価よりも
「生活の様子」の評価に喜びを感じているのび太だ。

つまり、今までは算数がよかった、とか
国語の読み取りがダメだった、とか
そういう点ばかりが気になっていたのび太が
「生活」=「生きる術」「人としての評価」を
意識するようになったことは、
ASタイプ人間としては大きな成長と心の変化があったのだと思う。



それは、4年生時代の悲しいいじめ体験を乗り越え、
5年生になり「相手の気持ちを考える」ことを
意識させてくれるC先生と出会い、
自分の行動、言動が周りにどう思われるか、影響するか、
そういうことをクラス全体が考えるようになったことは
本当に大きい事だと思う。

そして、自分の行動を誰かが見て評価してくれる、
それが、自分の喜びに繋がる、

そんな「心のつながり」を初めて感じられたのかも知れない。






そういえば、思い出した。




教室の後ろに貼ってあったのび太の「5年生の目標」。


「相手の気持ちを考えられる人になりたい」




そんなのび太の成長を感じられた出来事が
冬休み中に何度もあった。





~~~~~つづく~~~~~











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2010-01-04 (Mon)
あけましておめでとうございます。

今年もお暇な時に読んでくださると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。











初詣で、


「今年は『家内安全と健康第一』をお祈りした」(笑)


という、のび太。




思えば、去年の初詣では

「いじめがなくなりますように」

と、かなり長い間、手を合わせていたのび太。



それはそれは、切実な願いだった。

もちろん、旦那も私も願った事は同じだった。

「のび太が、毎日、笑顔で過ごせますように」

それ以外、何もなかった。





しかし、今年はごくフツーに
「家内安全・健康第一」を祈って
それを笑える事に感謝し、喜びを感じた。





何はともあれ、家族揃って笑って新年を迎えられる幸せに感謝。





皆様にとっても素敵な一年になりますように。












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