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2009-08-31 (Mon)
平和主義ののび太。


争いごとやもめごとが大嫌い・・・というか、大の苦手だ。



そんなのび太が最近のニュースを見て発した一言。





「殺人とか、悪いことをしたとか、事故とか・・・
 みんな悲しいニュースばっかり(ため息)
 もっと、楽しいニュースはないのかな~?!」





まったくだ。




産まれたばかりの赤ちゃんを遺棄した、とか

お金のために人を殺して埋めた、とか

警察官なのに飲酒運転してひき逃げした、とか

芸能人で母親でもあるのに悪い薬を使ってしまった、とか



のび太はいつもこんな顔かおまるをしながら
そういうニュースを見ている。

眉間にしわ・・・





4,5歳の頃、たまたま自分でつけたテレビで
サスペンスドラマの再放送をやっていて
これまたたまたま刺されて流血して倒れるシーンだった時、
恐怖のあまり、大パニックになり号泣した。

「殺人事件」というと、あの映像がいまだによみがえって怖いらしい。



それに、幼い頃、のび太いわく「おばけ」や「幽霊」や「天使」が
見えていたらしいのび太。

「ゆうれい」はスゴイ怖かったらしい。
(このことは記事にもしています。よかったらこちらの→過去記事

殺されて死んだ人たちはこのときのび太が見たような
怖い「ゆうれい」になって出てくると思い込んでいる。


だからか、殺人事件なんてテレビの中だけの出来事と
思えないらしい。

もしかしたらこの事件で殺された人が「ゆうれい」になって
また自分の目の前に現れたらどうしよう~

と、思っているらしいのだ。





「想像力が弱い」と言われている自閉症ののび太ですが
ちょっとしたひとコマをいろんな出来事に結び付けて
想像?(いや、飛躍しすぎの妄想?)出来るだけでも
すごいことなのかもしれないな~と、思ったりする。





今朝のニュースを見て、のび太が一言・・・


「民主党さん、どうか殺人事件の起こらない世の中にして下さい」



う~~~~~ん・・・


そればっかりは民主党さんの力ではどうにもならないかもな~







とにかく、こんなかおまる顔ののび太が
こんな笑い。顔でニュースを見られるような世の中になりますように・・・













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| のび太のあれこれ | コメント(0) |
2009-08-28 (Fri)


「クラスも班も、なかなかいい感じだよ」


こちらが尋ねてもいないのに
唐突に言い出したのび太。


新学期が始まって、すぐに班替えがあって、
そのことらしい。



「へえ~いい感じなんだ~よかったね~」




先月末の担任との面談の時、C先生がおっしゃってた。


C先生「クラスでドッヂボールが流行りだしちゃって、
 休み時間に男子も女子も混ざってやってるようだったんです。
 まあ、やりたい子だけやる、っていう感じで。
 のび太くんは始め、やっていなかったようなんですよ。
 だけど、ある日、○くんが
 『先生、のび太くん、すごいんだよ。
 ドッヂボール、スゴイ近いところから当てられて痛そうだったのに
 全然泣かないで平気な顔して。
 でね、投げるのもキャッチするのも上手くなって来たんだよ』
 って教えてくれたんですよ。
 私、のび太くんが、いつの間にドッヂボールやり始めたんだろう、
 って思って、まず、それがビックリして。
 で、○くんがそう言うから、どれどれ~と思って
 休み時間に見てみたら、本当にのび太くん、
 とっても上手になっていてビックリだったんです。
 きっと誰かがうまくのび太くんを誘ってくれて、
 やってみたらすごくうまくなったって評価してくれて
 それを私に報告してくれるっていうのも嬉しかったんです。」




この子たちが去年、のび太を散々、
苦しめてきた子たちとは思えない。


元々、人間と言うのはのび太が言うように
「誰も悪い人なんていない」んだ、と実感する。


4年生の頃は軌道修正してくれる大人が存在しないクラスだった。

マイナス方向に逸れても、見てみぬフリの大人(担任)に
子供たちの心は、どんどんマイナスマイナスへと
なだれ込むように流れていった。

そして矛先は、
マイナス方向に流れている空気を読めず
ひとりプラス向きだったのび太へと向いていったのだ。


子供たちだけではまだ、こういう流れを止める力はない。

そして、流れ出したら、速い。


去年のタイマン担任の被害者のひとりだったのび太。



余談だが、去年、6年生だった子のお母さんから聞いた話だが
その6年生のクラスが移動教室で
のび太のクラスの前を通りかかった時
教室から出て好き勝手に遊んでいる子を注意して、
そののび太のクラスの担任に「先生、こいつら遊んでるよ」
と、伝えたところ、のび太の担任は
「いいからこのクラスのことはほっといて!」と
その遊んでいる子供たちは無視したまま
授業を続けていたらしい。



・・・ま、そんな教育者としても人間としても
訳のわからない人だった。

産休代用教員だったが、要するに全てにおいて
頼まれ仕事的な気持ちだったのかもしれない。






「あ、そういえば、4年の時の担任のK先生、
 いなくなったよ。
 休んでいたA先生が赤ちゃん産んで戻ったから」


「ああ!A先生復帰したんだね。
 ・・・正直なこと、言っていい?
 お母さん、K先生、いなくなって、ホッとした・・・」


「・・・うん、ぼくも。
 お母さんもきっと同じ気持ちだと思った」


「のび太も?」


「うん。ボク、学校でK先生に会うと
 もやもやしてすごく心臓がドキドキするんだ。
 だから、もう会いたくないと思ってたから。」


「そうだよね。嫌な思い出だったね。
 だけどね、C先生がのび太くんがいろんな人の気持ちを
 考えられるようになったのは
 きっとそういうつらいこともあったからだと思う、って。
 悲しい経験をしたけど、無駄じゃなかったって言ってたよ」


「でも、やっぱりあんな気持ちになるのは
 絶対に嫌だよ!もう絶対に嫌だ!」





そりゃそうだ。


お母さんだって、のび太にあんな思いは二度とさせたくない。





担任次第でこんなにも変化する子供たち。

何と言うか、素晴らしくも思えるが、恐ろしくも感じる。



担任だけは子供は選べないからこそ、

「教育」の怖さを感じるのだ。





まあ、いい。

過ぎたことだ。



なんてったって、今は

「いい感じ」なのだから。








 
| 小学校 | コメント(4) |
2009-08-26 (Wed)


結婚して丸1年経った時、
不正出血が続いて恐る恐る産婦人科に行った。

子宮内膜症が原因の卵巣膿腫で両側の卵巣が巨大に腫れてた。

あまりのデカサに子宮も押されて変形しているし、
左右どちらの卵巣がでかいのか、解らないほどだった。





医者「あああ~~~これはかなりの重症ですよ。
 生理痛もひどかったでしょ?
 いや、生理日以外でもかなり腰痛も腹痛もありましたよね?」


「えっと~生理痛もありましたけど、
 こんなもんなのかな~って我慢していました。
 他の人もこういうものなのか、って。」


医者「ハハハ~確かに他の人がどれくらいの生理痛かなんて
 わかんないからね~
 それにしてもかなり普段でも痛みとか苦しさとか
 あったはずなんだけど、よく我慢できましたね~」

「女性はみんなこういうものかと思って。
 痛かったのかな?よく覚えていないです」

医者「ええ?!まさか~覚えていないわけないでしょう~?!」

「・・・ハハハ・・・汗」





私は痛みの感じ方が弱いらしい。

普段でも知らないうちに脛や膝に
ビックリするようなデカイ青アザを作っていたりする。

もちろん、ぶつけた記憶もない。


小学生の頃、あまりにも足や手に青アザが多数あるので
親が血液関係の重い病気じゃないか?!と
病院に連れて行かれたことすらある。








さて、そんな私の息子、のび太は
1,2年生の頃までは指のさかむけからチョビット出血しても
この世の終わりのように七転八倒し、
大騒ぎで痛がり、泣き叫んだ。



1年生の時、授業中に

「痛い~!!指から血が出た~!」と大騒ぎし、
保健室に連れて行ってもらったら
傷でも出血でもなく、赤ペンがチョン、と
指に付いたものだった・・・・・

という、逸話もあるのび太。





そんなのび太も学校で他の子たちが
もっと派手に怪我をしている場面を経験するようになってか、
だんだん、ちょっとの傷や出血にも
大騒ぎしなくなってきた。

ジャングルジムのてっぺんからのび太の目の前に落っこちて
腕を骨折した友達。

「腕が逆の方向に曲がっていたんだよ!」



休み時間にふざけて机の角に額をぶつけて
流血した友達。

「おでこから顔にいっぱい血が流れてたのに
 ○くん、泣かなかったんだよ」



こんなのび太にとってはグロイ場面でも
大騒ぎせず、泣きもせずにいる同級生を間近で見ていれば
指のさかむけやら、転んだ擦り傷程度で
大騒ぎしなくてもいいんだ、と学習しているんだろうな。



だんだん、転んだ時、ぶつけた時、

「いって~~~っ!!!」

と、必ず言うようになった。


泣かない。



きっと、他の子がそういう感じでやり過ごしているのを
見て、経験して、自らも実践しているんだろう。

この程度だったら、大丈夫

泣かなくても平気なんだ   って。






・・・・・でね、

痛みの感じ方の弱い私は
どの程度が「ヤバイ痛み」なのか、未だに解らんのだよ。


自閉圏の人間は確かに痛みに鈍い人と
痛みに敏感すぎる人といるらしい。


が、じゃあ、どうしたらよいのだ?!



まあ、外科的なものは何となく見た目で判断するけど
内臓疾患の痛みってのは
ホント、解らん・・・



・・・・・で、卵巣手術から10年後、またまた卵巣膿腫、
かなりデカクなってから手術しましたよ。


やっぱり、気づかない・・・というか、気づけない。






| 母のグチ | コメント(8) |
2009-08-24 (Mon)
「『かやくを麺の上にあけて・・・』って
 どーゆーことだ?!」


と言いながら、カップラーメンの麺の上で
そ~っと、「かやく」の袋をあけて、そのまま固まっていたのび太。



笑い話ではないのだ!



「ああ!『あける』って『かやくを麺の上に置く』
 ってことなんだね~!」




と、真顔で「へえ~」と感心していたのび太。






日本語って難しい。

確かに『麺の上にあける』っていう表現も微妙だが
これでおそらく一般的に理解できる言葉だ。







今朝、早朝からのび太にカミナリを落とした私。

今日から新学期ののび太。

持っていく荷物をごっそり抱えて二階から降りてきた。



チラッと覗くと手提げの中からグチャグチャに丸めた
プリントやらゴミやらが見えた。



はぁぁぁ・・・・・



そういえば、机の中や机の脇の手提げに
要らない道具やらを置きっぱなしにしていて
掃除の際に机を運ぶ係の人が大変なので
きちんと片付けるように・・・と、指導しました

と、以前、学級便りに書かれてあったし、

面談の際に、

「のび太くんは自分でもどう片付けたらいいか
 解らないようですので
 こちらからも声かけしますし、
 おうちでもさりげなく教えてあげてください」

と言われていたのだ。


要するに、目立って、いや、目に余るほど、
のび太の机の周りは汚いのだ・・・(汗)




「のび太、その手提げからゴミみたいなのが見えるけど
 それ、捨てていったほうがいいんじゃないの?」


と言うと、


「あ、そうだ!」

と、大慌て。


「ちょっと、お母さん、先生にちゃんと片付けさせるように
 って言われているんだから見せなさい!」


と、手提げやランドセルを覗くと


習字道具入れに入っていない墨汁や筆、
絵の具道具入れに入っていない絵の具多数、
1学期のテストやらプリントやらがグチャグチャ、
ケースだけの彫刻刀入れ・・・


そんなものがただ無造作に入っているだけなのだ。



「ちょっと!何これ?!
 どうして絵の具がここにあるの?
 どうしてケースに彫刻刀が入っていないの?!」


まだ朝6時前の我が家に私の怒声が響いた。



もうひとつの手提げを見ると
パンパンの道具入れがボロボロに壊れている。

「どうしてこのお道具入れが壊れているの?
 誰かに壊されたの?自分でやったの?!」


「じ、じ、自分で、暇な時につい、
 いじってたら壊れちゃって・・・ううう・・・(涙)」



そのボロボロの道具入れには
入りきれないほどの教科書とノートが入っていたのだ。


「この教科書とノートはこの道具入れに入れていていいの?」

「入れてていい、って先生が言ってた」

「だけどこんなに教科書入れてたら
 のりとかハサミとかクーピーとか入れられないでしょ?」

「ううう・・・・・」

「1学期にこういう風に学校に置きっぱなしにしてるから
 机が重くて掃除の人が困るって
 先生にも友達にも言われたんじゃないの?」

「うん、言われた~~~(涙)」

「じゃあ、今日、学校に持っていかなくてもいいよね?
 毎日、必要な教科書だけを持っていくんでしょ?」

「でも~~~先生が道具入れに教科書入れても
 いいよ、って言ってたし~~~(涙)」

「それは、家で時間割をそろえて持っていって
 学校で道具入れに入れてもいい、って事じゃないの?」

「う~~~~~わかんないよ~~~
 だって、ここに入れてもいいって言ってたし、
 必要なものだけ持って来なさいって言うし、
 どうしたらいいかわかんなかったんだよ~」





つまり、こういうことのようだ。


先生は
「今日、必要な時間割の道具を(家から)持ってきなさい」

といった言葉を

のび太は
「家で必要な道具(例えば音読の宿題などの時は国語)を
 家に持って行きなさい、」

と、解釈し、


「家から時間割をそろえて持ってきた教科書は
道具入れに入れて置いてもいいですよ
(ただし、帰りには持って帰るんだよ)」

といった言葉を

「道具入れに入れて置いていてもいいんだ」

と解釈したようだ。





つまり、教科書やノートは学校に置いておくもの

と、思い込んでいるところから
解釈の間違いがあったのかもしれない。






それにしても、「伝える」と言うこと、

「言葉を理解する」ということは、

なんとも難しいものだ。






新学期早々、朝から怒鳴りまくったワタシ、

新学期早々、朝から怒鳴られまくったのび太・・・



あ、でもね、その話題が解決すれば
あとは笑って話せるのがのび太のいいところ。


笑顔で張り切って登校しましたのでご安心を・・・




あああ・・・今日はワタシの誕生日なんだけどね(悲)
| 母のグチ | コメント(10) |
2009-08-20 (Thu)
「・・・・・だよね?」

「え?何?」

「・・・だから・・・・・だよね?」

「ん?○○の事?」

「ん~~~怒もういいよ!」





最近の私とのび太のやりとりでよくあるパターン。



のび太の会話は急に跳ぶ。

今まで会話していた話題とは全く違う話になるのは
よくあることだ。


また、私がほかの事に集中している時に話しかけられても
とっさに意識が会話に移行できない。


また、テレビなどの音や他の物音がざわついている時など
会話の言葉がきちんと聞き取れないことがよくある。






そういう時、聞き返してしまう。

だって、いい加減に返事は出来ないでしょ?




しかし、のび太は聞き返されるのがキライ。

自分の言葉が相手に伝わりにくいということを
自覚しているのび太は
聞き返されると、すぐに引いてしまうのだ。





だから、家族には上記のような場合、
私は言葉を聞き取りにくいのであしからず

決して、いい加減に聞いているわけではない



というようなことを話している。





しかし、そうは言っても、実際に何度も聞き返される方にしてみれば
不快に感じるのかもしれない。

それに、相手はのび太だし。



自分の言葉が伝わりにくいことを自覚しているだけに

聞き返されること=少なからずも自尊心が傷つく

・・・のだろうな。






ううう~ん、ゴメンよ、のび太。



母も会話に関しては「聞く」部分で自信がないのだよ。




アスペ親子の気持ちのすれ違いは
長い夏休みのイライラも手伝って(笑)
ちょっとツライのだ・・・!!!











| 発達障害の不思議 | コメント(4) |
2009-08-18 (Tue)
日曜日のお昼時、
マクドナル○のドライブスルーの長蛇の列に並んだ。


ま、「長蛇の列に並ぶ」事自体、私の中ではありえないんだけど。


でも、無性にポテトが食べたくて
(ポテトに関してはマックが一番うまい気がする)
まあ、しぶしぶ並んだ。



で、やっと、私の番・・・




この日は旦那が運転していたので後部座席からまじまじと
マックの働く人々を眺めて驚いた!

歌って踊る歌手とかが付けてるような
ヘッドホンとマイクが一体化したものを付けている。

そして、どうやらドライブスルーの注文を取りつつ、
手はドリンクを注いでいる。


そして、ドリンクやらポテトやらを紙袋に入れ、
旦那に向かって


「お待たせいたしました~お会計○○円です!」








えええええ~~~~~!!!!!









あなたがさっき耳で聞いてた注文と、
注文を聞きながら作ったドリンクは別物なんですね?!


で、そのふたつとはカンケーない私たちの会計をし、
品物を確認して渡す・・・・・・



一度に3種類の違う作業をこなす・・・






めちゃくちゃハイレベルな技・・・







味噌汁作りながらサラダを作るだけでも精一杯なワタシ・・・






高校生が自転車に乗りながら音楽聴きつつメール打つ・・・

ってのも、高度な技術だな~と思って感心してたけどね。

(あ、危険だからやめて欲しいんだけどね)







「ボクなんかテレビ見ながらだと
 ご飯すら食べられないのに・・・」






アスペ親子はハイレベルなマックのオバちゃんと
イマドキの技を駆使する高校生に
ただただ感心しながらポテトをつまんだ、
夏休みのひとコマでした。








| 母のつぶやき | コメント(4) |
2009-08-17 (Mon)
いろんな方のブログを読ませていただいて
最近思ったこと。


・・・といっても、記事の中味のことではないんですけどね(汗)



私にとって、とても読みやすく、
集中して読めるブログの画面というのは、

絵文字が少なく、文字の色が統一しているもの


と言うことが解った。




というか、

記事は興味があるんだけど
なんだか集中して読めないブログがいくつかあったので
どうしてだろう、と 共通点を考えてみたところ、


・改行が少ない
・絵文字が多い
・文字の色がしょっちゅう変わる文章




・・・こういう記事が、どうしても読みづらいのだ。




どうしてだろう?!





そういえば、学生の時、参考書でカラフルなものが読めなかった。

黒い文字だけで淡々と書かれているものじゃないと
集中できなかったのだ。

そこに自分でマーカーや赤ペンなどで
チェックしていくのはいいのだけど、

書き手側が勝手に、カラフルに色とりどりで書かれると
どうしてなのか、頭に入らないし読みにくい。



そういえば、のび太が持っている地図を見たとき、
なんだか見づらいな~、と思ったのは
最近の地図はカラフルに建物や地形によって
カラフルに色分けされているためだったのか!



だけど、色分けした方がわかりやすいだろう、

という書き手側の意図があるわけで
おそらくカラフルな方が読みやすい人が多いのだろう。




ということは、これってやはり少数派の特性なのかな?





前々回の記事で、右左を相手に解りやすいように
鏡状態で示してみせるのが
逆に解りづらいのび太

に、ついて記事にしたけれど


相手に伝えるために良かれと思ってしていることが
逆に相手にとって解りづらいものになってしまう、

ということが、
特に少数派にとっては多々あるような気がする。




それも、同じ少数派だからといって必ず同じように感じるか、
と言えば、そうともいいきれないものもあるし。






結局は「人それぞれ」と言うところにたどり着くんだろうな~

と思うと、

少数派も多数派もカンケーないんじゃない?!



なんて身もふたもない結論に達してしまうし(汗)


















| 発達障害の不思議 | コメント(2) |
2009-08-13 (Thu)
「どうして相手の気持ちがわかんないの?!」

「相手の気持ちを理解できないなんて冷たい人間だ」

「あんたがおかしなことを世間に言ったり行動したりすると
 親の私たちが後ろ指をさされるんだ」

と、幼い頃から叱られ続けてきた私。



ああ、私って相手の気持ちもわからないほど
ダメな人間なんだ

どうして他の人たちは相手の気持ちがわかるんだろう

もしかして、私が思っていること、
周りの人たちは全部わかっているって事?!

私が「この人、キライ」って思っていることや
「お母さんみたいな人間にだけはなりたくない」とか
思っていることも、全部わかられているってこと?!





などと、幼い頭をフル回転させ、
生まれつきの妄想族体質も手伝って
どんどん自分を追い込んでいった、私・・・





しかし、中学生くらいになってやっと気づいた。


「他人が私の気持ちを理解できているわけ、ないじゃん」

「私は相手の気持ちなんかもちろんわからないけど、
 アンタだって私の気持ちをこれっぽっちも
 理解しようとしてないじゃん」



開き直りだ。




この頃から、


「人は人、自分は自分」

が、私のモットーになった。



嫌われたって、否定されたっていい、

自分は間違ったことをしていなければ
堂々と意見を言おう

何一つ、恥じることも後ろ指差されることも無いんだ



と、心の中では強く激しい自己主張をするようになっていった。




しかし、母親の前ではできなかった。

ちょっとでも自己主張をすると


「どうしてそういう変わった考えなのかわからない」

「あなたはちょっと普通とはかけ離れている」

「考えが独特すぎて世間では認められない」



いつもこんな風に言われ続けたら、
自己が崩壊してしまって当然だろう。


だけど、ギリギリのところで私は壊れずにいた。



母親の考えに従うしか生きていく道が無い

と、本能的に悟っていたのだ。


幼い頃から植えつけられた「世間で言う普通」と言うものも
否が応でも何となく、身についてもきていたのだ。

それだけ、母親の私に対する
いわゆる「世間的な普通」の刷り込みが強くなされてきたと言うことだ。





今となっては、それもちょっとありがたいとも思ったりする。


のび太に「常識」や「ルール」を教える時に

「世の中ではこういうことをすると非難されるらしいよ」

「それは世間では『ヘンな人』って思われるんだって」


と言うように、教えられるから。





人生に無駄は無い

とは、よく言ったものだ。




だけど、願わくば、私のように親にまで否定され、
自己否定感の塊の幼少期を過ごさねばならない子が
これ以上、増えませんように、と思う。


何故なら、どんなに開き直っても、どんなに年齢を重ねても
幼い時の心の傷というものは絶対に癒える事はない。

癒えるどころか、経験を積み重ねると共に
ヒリヒリと痛みを増して傷口が広がっていくばかりだ。




反面教師、じゃないけれど、

のび太にこんな思いは絶対にさせたくない。


だから、のび太に向かって何度も何度も言い続ける。




「のび太はのび太のままでいいんだよ。

 お父さんとお母さんはどんなことがあっても

 のび太のことを守るからね」




のび太に話しかけながら

のび太に幼い頃の自分の姿を映しつつ、

何度も何度も言い続ける。











| 母からのび太への想い | コメント(2) |
2009-08-11 (Tue)
自閉症児の特長で「逆手バイバイ」があります。

バイバイするとき、相手にてのひらを向けますが、
自分の方にてのひらを向けてバイバイしてしまう。

つまり、相手が自分に向かっててのひらを見せているので
自分も自分にてのひらが見えるようにバイバイしてしまう・・・



考えてみれば定型の子がバイバイの仕草を真似て
自分にてのひらが見えているから
相手にも同じようにてのひらを見せて・・・

と言う風に置き換えて真似できることの方が
すごいことなのかもしれない。

人間の脳というものは本当にすごいなぁ~と
感心してしまうのだが・・・




音楽教室の講師をしていた時、
グループレッスンの指導法として
子供たちに向かって運指(指の動き)を見せる時、
例えば右手の練習ならば右の演奏を右手でしつつ
右の運指を左手で示し、
左手の練習ならば左で左の演奏をしつつ、
左の運指を右手で示して動かしてみせるのです。

つまり、鏡状態で指の動きを見せる。



ある時、右手の練習で左手を掲げて

「はい!じゃあ先生の真似して右手弾こうね~」

と言った時、


「でも先生は本当は左手だよ!」

と、指摘した子がいました。


その子はだいぶ以前に記事にもしましたが
とても私たちと似た特長を持つ子でありました。
(→過去記事はこちら




幼稚園の時、お遊戯の練習の時など、

「のび太くんだけ私と反対の手足を動かすんですよね~」

と、先生に言われたことがあった。


先生も子供たちにお遊戯の見本を見せる時、
向かい合って、本来、右手を上げる時に左手を、
左足の時に右足を動かす。

鏡状態でわかりやすいように示しているのだが
のび太の場合は逆。

「のび太くんに聞いたら、
 『先生が右手上げたから僕も右手を上げた』
 って言うんですよ~」

とのこと。



多数派の子たちが鏡状態で先生のお遊戯を真似ているのに
のび太は先生の右と自分の右をちゃんと変換?させて
動いているのだ。




その後、のび太も音楽教室に通いだした時、

「どうして先生はわざと右手の練習の時に
 左手を見せるんだろう?
 わかりにくいんだけどな~」」

と疑問を抱いていたようです。



というか、どうして素直に見たままを真似できないのか、
のび太の不思議な感覚にこちらのほうが
疑問を抱いてしまったのですが、

この辺が自閉症の脳の不思議なところなのかもしれません。






| 自閉症について思う | コメント(8) |
2009-08-07 (Fri)
いただくコメントで、時々、

「まっぷーさんは息子さんの障害を全て
 認めて受け入れていて素晴らしいです」

とか


「私は未だに子供の障害を受け入れられません」


と言われるのですが・・・







「障害を受け入れる」ということがどういうことなのか、
そして、何故、
私が息子の障害を受け入れているように思われるのか
正直言って解らないのです。

私自身、
「私は息子の障害を受け入れている」と
思ったことはないし、

かといって、
「私は息子の障害を受け入れられない」とも
思っていません。

何しろ、自分自身が息子と同じ障害を抱えているので
上記のようなコメントを下さる多数派のお母さん方とは
感じ方も受け止め方も違うのかもしれませんが。




ただ、とても苦しんでご自分を責めて
検索でこのブログにたどり着く方が多いことに
とても驚いています。

私は専門家でもないし偉そうなことは言えませんが
単に発達障害を持つ息子がいて、
息子の障害を知ることで自分も発達障害と
診断されたものとして、
ここに残しておきたい言葉を記しておきます。









何故、私が「息子の障害を受け入れているように見られるか」
考えてみたのですが・・・

多分、私にとって息子は一人っ子であることと、
自分が否定され続けて育てられた思いがあるので
その反動が大きいのではないかと思います。




そもそも「障害を受け入れる」とはどういうことか、
「受け入れている」と「受け入れられない」の違い(境目?)は
どこにあるのか?

何を持って「私は受け入れている」と言えるのか、
受け入れていればそれでいいのか、
というか障害は受け入れなければいけないものなのか、

答えがあるのであれば教えて欲しいくらいです。




例えば

①「私は息子の発達障害の症状の『こだわり』が
 どうしても許せない、こういうところが受け入れられない」

ということと、



②「私の息子は発達障害ではないけれど
 『こだわり』が多くてメンドクサイの~」

という話。



①も②も『こだわり』の内容は同じだとしたら
違いは「発達障害」であるか否かの違い。



つまりは、発達障害ゆえの症状を受け入れられないわけではなく

「発達障害」ということが受け入れられないということ。





名前がいけないのだろうか?

「障害」なんて付いてるからどこかで嫌悪感を抱くのか?


だとしたら「少数派発達」とか「個性的発達」とか
言えば受け入れられるのかな?
(なんて・・・笑・・・余談でした)




そもそも「発達障害」というもの自体は
本人にとって何も悪影響はないのだ。

問題は周囲の無理解や
無理に多数派の枠に押し込めようとすることによる不適応や
自己否定感の増長によっての
二次障害が「発達障害」の危険な部分なのだ。



こだわりにもパニックにも全て理由がある。


「障害」だからといって
理由もなしに不可解な行動はしないのだ。

そういう根本的な部分を見つめてあげて欲しい。


発達障害者を良く育てるのも
二次障害を引き起こすほど落とし入れるのも
全て周囲の環境次第と言うことになるのか。





そして、はっきり言えば
「発達障害」というものは風邪が治るように
良くなる事は絶対に無いと言うこと。

どんなに祈っても世界中の名医を集めたとしても
今のところ、発達障害は完治することは無い
ということを理解してください。


いろんな「治療法」とか「○○で完治しました」などという
本やサイトが出回っていますが
それは完治ではなく、適応力が付いた、
慣れてきた、パニックを回避できるようになった、
先の見通しがわかってきた
ということだけです。


間違った情報や弱みに付け込んだ商法や宗教に
騙されないでください。





穏やかに社会生活を送れるようになるためには
まずは家族が本人の困り感を理解し、
基本的な社会常識やマナー、ルールを教えつつ、
こだわりやパニックの原因を知ることが第一だと思います。





つまり、

「受け入れる」とか「受け入れられない」とか

ゴチャゴチャ悩むよりも

今、目の前の我が子をしっかり理解して欲しい。



そして、自分の思い込んでいる
「理想の我が子像」をぶち壊してください



そして、どんなにパニクっても
どんなに学校や世間が子供を否定しても

「お父さんとお母さんはあなたが大好きだよ」と、

「あなたはそのままでいいんだよ」と、

抱きしめてあげてください。






あなたと同じ発達障害の息子を持つ母であり、




否定されて育った子供だった、私からのお願いです。
| 子供の発達障害に悩む方へ | コメント(16) |
2009-08-05 (Wed)
小中学校時代、美術関係でしか賞状をもらったことが無かった。
(あ・・・あと、硬筆がうまい人でもたくさんもらったか?)

小さいころから絵を描くのが大好きだった。

いつもクレヨンやら色鉛筆やら絵の具やらを
色とりどり揃えて、

それらを駆使してゴチャゴチャ描くのが好きで
いつも何かしら画材をそばに置いていた。



幼稚園の時に県の絵のコンクールで賞をもらって以来、
たくさん賞を頂いた。



そのほとんどが、ポスターや読書感想画、
「未来の○○の想像画」など・・・


つまり、全て想像したものを描くものばかりだ。








・・・・・写生が苦手な私。

友達の顔、風景画、石膏図・・・

全く描けないのである。






のび太が幼稚園の頃、自分の顔を描く、と言われた時、
かたくなに拒否して描かなかった。

それは「自分の顔は見えないから」
どうしたらいいかわからなかった、と言うことだったようだが、

見ながら描いたとしても、
「見た通りには絶対に描けないでしょ?」と
最近、友達とお互いに見合って描く課題があったときに
つぶやいたのび太。





まさにそうなのだ!!!

見えている通りに描く、と言うことが正直よく解らない。

見えている通りに描くとなると
カメラで撮影したように描かなければいけないのか?!

だけど、そんなことが出来るほどの力もないし、
一体どこまで描けばいいのか、

描いても描いても思い通りになっていない気がしていた。






「絵の具は必ず他の色と混ぜてから塗ること」

と先生は言った。


しかし、せっかく美しい純粋な絵の具を
わざわざ他の色と混ぜると私にとっては汚い色に見えた。

白を混ぜるのは美しくなるのだが
それ以外の「赤に青を混ぜて紫」や「黄色と青で緑」は
混ぜている途中からキモチワルイ気分になった。




その点、想像画は自分の頭の中で考えたものだから
自分で描きやすくデフォルメしてもいいし、
色も好きなように塗れる。





のび太の絵は、ほとんど、誰かの真似だ(と思う)

幼稚園でやっと絵を描くようになった時
ずっと、同じ絵を書いていた。

トミカのパン屋さんの車の絵。

それは私が描いた物と、すっかり同じで描く順番も
私が描いたのと同じなのだ。

しばらくは「絵を描く」というと、
そのトミカのパン屋さんの車を描く、ということだった。

のび太の当時の自由帳は数字と文字と
パン屋さんの車の繰り返しだった。




その後、療育でソーシャルスキルトレーニング(SST)をやり始め、
私ものび太のためにオリジナルのSSTを作り始めた。

SSTは簡単にわかりやすく記号化して描くため、
「人」を表すときは○の顔に直線で体と手足を描く。

そして、表情も直線のマユゲや口の角度を変えて
簡単に表す。





こんな感じに・・・





SST自体はとてものび太にとって効果的な手法だった。




しかし・・・








のび太の絵も上記のSSTの簡素な記号化した絵のように
簡素な絵になってしまった(汗)





学校で図工の時間に描く絵が
みんなSSTな棒人間(笑)




しかし、人とは「真似して成長する生き物」だ。

今は棒人間もちゃんと肉付けされているのは
他のお友達の絵を真似できるようになってきたからだと
思っているのだが・・・




視覚優位ののび太。

「見て描く」と、たくさんの情報が入りすぎて
それを絵で表現するなんていう技量と
自分で受けた情報量のギャップにパニックだったに違いない。


何を隠そう、私もだからだ。






今は「妄想」だけで好き勝手に時々描いては
自己満足しているワタシ。

芸術モノは好き勝手にさせた方が絶対に楽しい!






・・・と思っているのは、シロウトのたわごとでしょうかね。







| 自閉症について思う | コメント(2) |
2009-08-04 (Tue)
毎年、夏休みだけは一泊の旅行をしている我が家。

せめて、のび太が小学生の間だけは
続けたいと思っているが、

何と言っても家のローン地獄の我が家ですから
近場で一泊で・・・という制限つき(汗)

・・・で、必ずペンションに宿泊することにしている。



ペンションと言うのはアットホームな雰囲気で
オーナーの方との何気ない会話が
嬉しかったりするのだ。


人見知りの私だが、旦那は初対面の人とも
旧知の仲のように接することの出来る人なので
旦那を介して楽しいコミュニケーションが取れるのだ。




それに何と言ってもホテル代とほぼ同じ金額で
地元の食材を使った高級料理がいただける!!!

というのがたまらないのだ~



のび太などは、「年に一度、ステーキが食べられる日」

という意識しかないこの旅行(笑)



だけど、食事のマナーも教えられるし、
ほかの宿泊客に迷惑にならないような行動をする
ということも教えられるのだ。



ドアは静かに開け閉めする

廊下は静かに歩く

洗面所を使ったら最後に水しぶきを拭く

基本的な挨拶




普段、しつけがなっていないのび太なので(汗)
こういう楽しい空間だと
逆に素直にしつけに従える、という
不思議なひと時でもあるのだ。




しかし、落ち着き無いのび太・・・汗

挨拶などはなんとか人並みに出来るものの
突然、え?!まさか?!
という行動をするのび太。



夕食の時間になり、いよいよのび太お待ちかねの
ステーキタイム(笑)


テーブルの上にサラダや魚料理は出ているものの
ステーキがまだ出ていない・・・

と、思ったのか、

ふっと、席を立ってキッチンの方へ行き、
おまけに、キッチンに入って行ったのび太!!!


「の、のび太!勝手に入ってダメ!!!」

と、ふら~っと出てくるのび太。




「席について待ってなさいよ~」と言うと、


「だって、ステーキが無かったから気になって・・・」



「ちゃんと出てくるから待ってなよ。
 勝手にあちこちに入ったりしてはいけません。」





ああ、ビックリした~






しかし・・・今回の旅行で本当にのび太の落ち着きの無さを実感。



いろんな施設や、展示会会場など、
とにかく、何でもかんでも触りまくるのび太。



「お手を触れずにご覧ください」



そういう注意書きを確認する前にすでに触っている・・・




他にも手すりや看板や整列させるためのロープなど

触らなくても良いものを触って(というかガタガタ動かして)

係員の方に注意されること、数回・・・(呆)




「ボタンを押すと○○についての説明が流れます」

などと言うボタンは、連打!!!





観光していて

「じゃあ次、あそこの○○に行こうか~?」

なんて会話すると、

「うん!じゃあ出発!!!」

と、ひとり先走り、
すでにそちらに向かって走り出して
私の視界から消えているし・・・(汗)



のび太の動きを見ているだけで
なんだかぐったり疲れることも・・・




・・・・・・あれ~?

のび太って、こんなに落ち着き無かったかな?!

もちろん元々、落ち着き無いとは思ってたけど
ここまでセカセカした動きでは無かったような気がするなぁ~

毎年、旅行に行ってるけど、
こんな風に感じたのは今回が初めてだと思う。





こんなに落ち着き無いって解ってたら、
あらかじめ、禁止事項を箇条書きにしておいたんだけどなぁ~



思わず神社で
「落ち着きが出てくるお守りって無いかな~?」(笑)
と、探してしまった私・・・汗









でもね、

ペンションで他の人が使った洗面所の水しぶきを
黙って拭いているのび太は素敵だったし、

「○○方面はまず国道○号線方面に出て!」

「この先にはSAは無いから、ここで一休みしようよ」

と、ナビってくれるのび太は頼もしかったよ~







ま、ちっぽけな旅行だけど
(我が家的には大旅行だが(笑))

のび太の喜んでる顔を見られて
旦那と私は大満足だったのだ。


ありがとう、のび太。


楽しかったよ♪





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