2008-10-31 (Fri)
先日、ちょっとしたトラブルがあって、
のび太を学校まで迎えに行きました。

昇降口でのび太は先生と待っていました。

そのとき、先生から、

「今、のび太くんとお話して待っていたんですけど
 『最近、お友達から嫌なこと、されてない?』と聞いたら
 『最近はない』って話していました。
 
 最近、のび太くんは強くなりましたよ。
 何か言われても、言い返せるようになってきましたから。」

と、おっしゃいました。

「え~そうなんですか?!
 それはいいことなんでしょうかね~?」


と、思わず口からこんな質問が出てしまいました。








「もちろん、いいことですよ。」










いいこと?





先生は、さも、当たり前のようにおっしゃいました。




「男の子はそれくらいじゃないと、
 世の中、渡っていけませんからね。

 世の中、きれい事ばかりじゃないし。」






確かに、やられてもやりかえす術を持たないのび太が歯がゆくて
やられたら同じことをその場でやり返せばいいんだよ
なんて言い続けていた事もあった。



だけど、やり返さないのび太だからといって
のび太には何の非もないし、
まるで「やり返せないほうがいけない」みたいに
言われるのもおかしいのだ。

こういういざこざは、始めに手を出したり嫌なことを言った方が
100%悪いはずだ。


やり返して、そこで始めにやった方と、
同じレベルの人間に成り下がって
「おあいこ」になるのは回りにとってもめんどくさくないし、
簡単なことかもしれないけれど、

やり返すことは相手と同じレベルの低い人間になる、
ということを、
のび太に教わったような気がしている。



親バカだと思うけれども
やり返さないのび太の生き方は
とっても崇高で私は尊敬していたのだ。




幼稚園年長のとき、
同じバス停から乗るS君ににいつもいじめられて、
親もまったく注意することもなく、
明らかに誰が見てもひどいやり方で
仲間はずれにされているのび太だったので
一時期、バスに乗せないで送っていったことがあった。


私も、子供はこういうことをしたりされたりするものだと思っている。
だけど、ある程度周りの大人が
ちゃんと公正な判断をして、
注意したり叱ったりしてあげるべきだとも思っている。


だから、このS君のお母さんが見て見ぬフリであることが
腹立たしかったのも確かだったので、
バスに乗せなかったのはS君ママに対する
あてつけも正直言ってあったのだ。

周りのほかのお母さんが間に入ってくれて、
元々S君ママとは親しく話す間柄だったし、
お互いオトナだし(笑)
その後、幼稚園側の配慮もあって、
のび太もバス通園に復帰したのだが・・・



その時に、S君ママとこのことについて話したときに、
S君ママにこう言われました。

「うちは3人兄弟で(S君は一番目)
 そういうけんかとかは日常茶飯事なの。
 そういう事を経験して成長するものだと思っているから
 親としてもよほどのことがない限り
 けんかに口は出さない主義なの。

 のび太くんみたいに一人っ子で大事にされていると
 けんかの仕方も知らないまま育つことになるでしょ。

 のび太くんは汚れがなくて純粋で
 小さいうちから自分の世界がある感じだし
 うちの子たちとは違うみたいだしね。

 うちは人間の汚いところや嫌な部分も
 体感させて教えて育てたいんだ。
 嫌な経験もさせておかないと
 大人になったときつまづくと思うんだ。」







確かに当時のS君とのび太を比べれば、
のび太は明らかに幼くて、
ポケモンゲームで近所の小学生達と遊んでるS君と
カレンダーサバンで大人顔負けの難易度の折り紙やあやとりに
一心不乱になっていたのび太では
精神的な部分では、まったく異質なものだったと思う。

のび太は当時からいじめられることはあっても
いじめたり誰かに嫌なことをするなんてありえない。

というよりは、
俗世間とは違う次元に生きている自閉っ子丸出しだった。









そんなことを、先生の言葉で、ふと、思い出してしまった。


今ののび太も根本的な部分では変わっていない。




だから、「やり返すことはいいこと」と、
のび太の意識に、ムリヤリ植えつけたくはないのだ。


自分がされて嫌だったこと、
それを相手にやり返すことで気持ちが晴れる、
なんて、レベルの低い人間には
なって欲しくない、と思うようになった。



それは、私がのび太に教えられた生き方でもあるから。







何だか、釈然としない気持ちのまま、
先生に挨拶してのび太と昇降口を出た。



「あのね、先生が言ってた『言い返したこと』ってね、
 ○くんがボクに嫌なことをずーっと言ってるから、
 頭にきて、こう言ったんだよ!

 『へぇ~それで?それがどうしたの?』って」







・・・・・んっぷぷぷぷっ・・・・・



ナイスのび太




言い返す、って、その程度か・・・




のび太はやっぱりのび太。





でも、やっぱり私は、のび太に言い続けるだろう。




仕返しなんてしなくていい。

嫌なことをされたときは黙って立ち去って、
先生に言えばいい。

自分がされた嫌なことを相手にやり返すなんて、

それで気持ちがせいせいする、なんて

心のレベルが低い人でしかないんだから。





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| 母のつぶやき | コメント(6) |
2008-10-29 (Wed)
「発達障害のある子供は

 学校生活の中で『特別扱い』をしてあげてください。

 ここで言う『特別扱い』とは、

 『えこひいきしろ』ということではありません。

 『特別に気を配って接してください』ということです。

 聾学校との交流で聾学校のお子さんに気を配るのと
 
 同じ意識で接してあげてください。」




これは数年前、のび太の主治医であるベー先生(仮名)が
のび太小学校のPTA向けの講演会で話された言葉です。


残念ながら、当時の理解ある素晴らしい校長先生も
入学当時からのび太の成長を見てくださってた先生方も
今は居なくなってしまった、のび太小学校。

今こそ、この言葉をかみ締めて欲しい。





「学校生活では普通ですよ」とか、
「みんなと同じように学習できていますよ」とか、

そういう「教師目線」での子供の外見だけで決め付けないで
その子の「心の揺れ」を感じて欲しい。



笑顔で遊んでいるから大丈夫、といっても、
その笑顔が本心ではないことが多分にある少数派の子供達。



ましてや少数派の子ども自身が出した「ヘルプ」を
バッサリと切り捨てる冷酷さは
教師以前に人としての「心」などどこにもない。





少数派の子供の困り感を
「個性ですよ」と体のいい言葉で突き放されることに、
とても嫌悪感を覚えるのです。









| 小学校 | コメント(8) |
2008-10-26 (Sun)
のび太…


ついに23センチのズックを買った。



私が23、5センチだから
見た目はほとんど変わらないデカさの
のび太のズック。




身長はクラスで真ん中くらいだが

やっぱ男の子って
デカくなるんだね~



赤ちゃんだったのび太。可愛かった。

その足で歩くようになると
一時たりとも目が離せなかったのび太。

ちっちゃい頃から変わらないのび太の笑顔。






23センチのズックを履いても


爪先立ちして歩いてるところまで


変わってないし(笑)





今のままののび太でいいよ。


自分に自信を持って

その足で、信じた道を行け。





~本日はケータイから~
| 母のつぶやき | コメント(0) |
2008-10-22 (Wed)
な、な、なんと!

のび太が登校時間を変更しました!!!




1年生のころは7時27分、

それがだんだん早くなり最近では7時24分の登校が
定着してしばらく経ちます。



それがここ最近、

「7時30分から35分の間に出発しようっと!」










えええ?!

なんですと?!





30分から35分の間・・・なんて、アバウトな設定は
のび太的にありえないはずでは?!











実は、家から学校までゆっくり歩いても10分もかからない近さ。

7時45分に昇降口が開くので
どう考えてものび太が着いてもまだ学校は開いていない。

「そんなに早く行って何やってるの?」

「鬼ごっこ」



ところが何度か記事にもしましたが、
この鬼ごっこでトラブルが発生するのだ。

後出しじゃんけんでいつも鬼にさせられたり

のび太も混ざってやってるのにシカトして他のメンバーだけで
遊んでいたり、

逆にのび太だけを狙われて鬼ばっかりさせられたり、

目をつぶって数えている間に泥をかけられたり・・・・・




「だから、朝、早すぎなんだよ~
 鬼ごっこするために早く学校に行って、
 嫌な気持ちになるんだったら、
 ゆっくり登校したほうがいいんじゃないの?」


何度も言ったのですが、

7時24分登校と決めてしまったスケジュールは
なかなか変えられませんでした。





ところが・・・


7時30分から35分の間・・・なんて
ぼんやりした予定の立て方は・・・


初めてです!!!!!



私も「だいたい20分くらいになったら・・・」なんて口にしても
結局、心の中では
「絶対に18分だ!」なんて決意しちゃったりしますから。


アバウトな予定を立てる、ということは当たり前で簡単なようで、
でもアスペ族にとっては
実はとても難しいことだと思うんです。





「ゆっくり行った方がいいな、って思ったから」

としか、理由は教えてくれませんが、
きっと、いろんな葛藤がのび太の気持ちの中で
あったことは間違いありません。






などと、感慨深く思っていた・・・・・






ところが今朝・・・



「あああ!ヤベ~!
 34分になっちゃった!」

「あれ?だって30分から35分の間に出発すれば
 いいんじゃなかったの?」

というと、


「やっぱり33分に決めたんだ!
 その方が落ち着くから」









ハハハ・・・


やっぱりそうだったか・・・




でも、何だか、

のび太って、スゴイ・・・


なんて、思っちゃいました、ハイ。
| 自閉症について思う | コメント(10) |
2008-10-21 (Tue)
退職した叔父叔母一家が関東地方からこちらに引っ越してきた。

その娘、つまり私のいとこも一緒に。子供を連れて。

いとこのYは、バツ2で子持ち。

今までも親と一緒に住んでたから3歳になるまで育てられてきた、
という。

たまたま向こうでしていた仕事をこちらでもできることになり、
子連れで親共々、引っ越してきたのだ。



先日、新築の家を訪ねた。

3歳のKくん、お客さんが来てテンションが上がっている。


紙芝居を読んであげる、と、
紙芝居のストーリーを簡素化したものを読んでくれたり、

私たちの会話に入ってきたり、

とても子供らしい素直ないい子。



でも、Yが言う。

「スーパー行っても大騒ぎで床に転がって泣いたり、
 保育園の申請に市役所に行ったときも
 書類を書いてください、って言うときにも
 大騒ぎでその場でかけなかったくらいで・・・」

と、言うので、

「ああ~のび太なんかしょっちゅうだったよ。
 どこに行っても大騒ぎでスーパーで大騒ぎ、なんて
 日常茶飯事だったよ。
 買い物籠に入れたもの、買わないで、そこに置きっ放しにして
 のび太抱えて泣きながら店を出たことも何度もあるよ。
 
 病院でもあまりの喧騒にお医者さんに
 怒鳴られたりしたことも何回もあるもん。」

そういうと、叔父と叔母が、

「あ~やっぱり?
 そういうものだよね~大丈夫なんだよね~
 Yが、『Kは普通じゃない、なんかおかしいんじゃないか』
 ってすごく心配するんだよ。
 でも、まっぷーの話を聞くと安心するね。
 やっぱり先輩ママに聞いてみるといいんだね」





・・・・・こういうことって、よくありますが・・・・・


確かにKくんはちゃんと会話も出来るし、
特別、不思議な行動をする子でもありません。

間違いなく多数派の子供です。
子供らしい子供の典型だと思います。





だけど、私が話したのび太の武勇伝を
普通と捉えられても困るんだけどね。


叔父叔母はのび太が2歳の頃と年長の頃の2回しか
会っていません。

2歳の頃はお寺でのご法事でしたが、
大広間を走り回ってお膳をひっくり返さんばかりの勢いで
暴れていたのび太。

でも、年長で会った時は、レストランでの会食でしたが
折り紙と折り紙の本さえ預けておけば
永遠に折り紙を折り続けていた時期だったので
静かにおとなしく座っていた印象があるようです。





「だって、のび太がKくん位のとき、
 こんな風にちゃんと会話なんてできなかったし、
 こんな風にじっと座って大人の会話に混ざるなんてこと、
 ありえなかったよ~」


Y「そうか~のび太くんもそんなに落ち着きなかったんだ。
 でもだんだん落ち着いてくるんでしょ?」

「あ~う~ん、まぁ、落ち着いてくるには落ち着くけど、
 ・・・えっと・・・うちののび太と比べられると、
 これまたちょっと違うんだけどね・・・」






こういうとき、いつも、困ってしまうのです。



でも、私の言葉で彼らが安心できたのなら、
ま、いっか・・・ってことで・・・







| 世間の目 | コメント(6) |
2008-10-17 (Fri)
私は小さいころ「自律神経失調症」と診断されていました。

精神的なストレスが体調不良となって現れる。

遠方に出かけた後、幼稚園学校行事の後、
それ以外に緊張した後、心配事があるとき・・・etc

必ず自家中毒のように吐きまくり、熱を出す。

小学生くらいのときは体調のいいときの方が少ないくらいで、
しょっちゅう欠席もしていました。

中学生頃になるとさすがに欠席自体は少なくなりましたが
しょっちゅう体調を崩していました。


年に1,2回しか風邪も引かなくなったのは結婚してから?
のような気がします。




のび太は・・・というと、体だけは丈夫に生まれたようで、
小さいころから風邪も余り引かない、
引いても高熱を出すこともなく、
未だに入学以来の皆勤賞が続いています。

のび太は、何か学校でストレスがかかるような
出来事があれば、大抵、報告してくれているようです。
(・・・といっても、本当のところはわかりませんけどね)

それに隠そうとしても隠し切れないのび太。

体全体で「嫌なことがあってブルーな気持ちオーラ」を
バンバン発して帰ってきます。





「何かあったの?」

「なんでもない」



・・・と言いつつ、もう、涙があふれ出てしまうのび太。

うんうん。それでいいんだよ。




のび太も1~3年生ころは、時々、

「学校でおなかが痛くなって保健室に行った。
 でも、すぐによくなった」

ということが何度かありました。


こういうことって、単なる体調不良ではないんです。

精神的不安定の兆候なんです。



こういうことって、学校の先生方には敏感になって欲しいのに
のび太からの報告はあっても
学校からの連絡はありませんでした。




私が小さいときはまるで女優のように(笑)
学校でどうしようもなくつらい事があっても
何事もなかったかのように振舞えました。

嫌なことがあっても涙を流さない術と
無表情に話すことの術を身につけていた私は
学校でのストレスのほとんどを
親に悟られることも、心配されることもありませんでした。


どこにも吐き出さないと、人間は壊れます。

だからいつも体調が悪かった。

まあ、自律神経失調症といわれていても
「気が小さい子」と思われていただけで
特に学校生活のストレスを詮索されることもなかったのですが・・・





そんな私の息子、のび太。

お父さんとお母さんには今までのように
これからも何でも話してね。

どんな小さいことでもどんなに恥ずかしいことでも
お父さんとお母さんは受け止めてあげる。

ドラえもんの話でも歴史の話でもお笑いネタの話でも

学校での楽しいこと、面白いこと、嫌なこと、つらいこと・・・




先生が聞いてくれなくても
お友達が聞いてくれなくても

お父さんとお母さんとロック(!)は
いつものび太のそばにいます。




どんなにのび太が大きくなっても
のび太の言葉のひとつひとつに耳と気持ちを寄り添わせていたい。



| 母のつぶやき | コメント(8) |
2008-10-15 (Wed)
のび太が小さかったころ、
天気のいい日に車に乗せると、パニクっていた。

まだ、会話が出来なかった頃、

まだ、診断もされていなかった頃、


「泣かないの!静かにしなさい!」


言葉も通じないのび太を怒っていた。




だんだん、会話によるコミュニケーションが出来始めた頃、

車に乗ったときに、


「目が痛いよ~!」

と、号泣した。



「目が痛い」?


目をしばしばさせて目を押さえるのび太。



目が痛いのではなく、まぶしくて目を開けていられなかったのだ。





そうか。

そうだったのか。




ダッシュボードに入っていたサングラスをかけさせてみた。


「目が痛くない」




それからは車に乗るときは
100均で買った子供用サングラスを愛用しているのび太。




~自閉症の子はまぶしい光が苦手なことが多い~


~でも、キラキラした光に心を奪われることも多い~


スキとキライは表裏一体の自閉症の不思議な特性。








「体育の時間に太陽がまぶしくて、目を押さえていたんだ。
 先生に『どうしたの?』って聞かれて、
 『まぶしくて目が痛いです』って言ったら、
 『まぶしいからって目は痛くなりません。ちゃんと気をつけしなさい。』
 って言われたんだけど、
 どうしてもまぶしくて目を閉じて気をつけしてたら、
 『ちゃんと先生を見なさい』って。
 どうしたらいいかわかんなくなって、泣いた。」







確かに、この子たちの特性を理解するのは難しい。

親である私だってわからずに幼いのび太を叱っていた。

だけど、この子達が訴える「言葉」を
真剣に受け止めて欲しい。




いつものび太との会話を記事にすると、
とても流暢にしゃべっているように感じると思いますが、
実際の会話は、どもって合間があって考えながら言い直しながらの
会話なのです。

いつものび太は真剣に会話をしているのです。


 


他の子より気持ちを言葉にすることが苦手な分、
一生懸命、考えてやっと言葉にして訴えている。

その言葉の重みを受け止めて欲しい。



こういうことが、私達が学校にお願いしている
「配慮」なんだけど・・・




知らない人に理解してもらうことは本当に難しい。



こういうとき、私自身も「言葉」で伝えることの難しさ、困難さを
身にしみて感じる時でもあります。


| 自閉症について思う | コメント(7) |
2008-10-14 (Tue)
朝、7時24分に登校するのび太。

算数は得意だけど、国語の漢字以外のものが
からっきし苦手なのび太。

球技などがぎこちなくて苦手なのび太。



「誰だって得意なものと苦手なものがあるんだから
 全部100点じゃなくたっていいんだよ。」


と、言っても完ぺき主義、100点、1番病ののび太には
なかなか納得できない。

もちろんアスペ特有の特性でもあるけれど、
今の学校教育はやっぱり、100点、1番、文武両道を
ヨシとしている背景もある。



全てまんべんなく、なんでもいい点を取ろう

どうしてまっぷーさんは国語英語はこんなにいい成績なのに
理数系がこんなに悪いなんて不思議



こんな風に言われてきた人はワタシだけではないはず。




今回、ノーベル賞を受賞された方の中に、
学生時代、理数系の成績は上位でも
国語英語は下位だった、
おまけに大学院の入試では語学が0点だったけど
物理の成績がよかったから合格させられた、
という方がおられました。

この方もやっぱり毎日のスケジュールが○時○○分単位で
決めて動いてられるとか・・・



きっと、得意なものを認めて受け入れて伸ばしてくださる
周りの環境にも恵まれてきたんだと思います。




のび太も・・・

そして、世の中のアスペタイプの人間が
本当に好きなこと、興味のあることに没頭できることが
認められる環境を作ってあげることが、
この人たちのためにもなるし、
きっと新しい「何か」を生み出すきっかけになると思うのです。



ノーベル賞、なんて、遠いかけ離れた世界の話ですが、
のび太とよく似た背景に、
ちょっぴり嬉しくなったニュースでした。


| 母のつぶやき | コメント(5) |
2008-10-10 (Fri)
1年生にAくんという男の子がいる。

お兄ちゃんがのび太と同級生で幼稚園も同じだったので
お母さんも知っているし、
のび太が幼稚園の頃からAくんの話も聞いていた。


Aくんは一目で障害がある、とわかる。


生まれつき、目や頭蓋骨に奇形があり、
そのため赤ちゃんの頃から、
形成外科や眼科、脳外科などの手術を繰り返した。

今は手術の甲斐もあってそれほど障害は目立たないが、
眼鏡をしていて独特の顔つきではある。

知的にも微妙なところだったらしいが、
まず普通クラスで頑張ってみる、ということで
特別支援クラスには在籍していないらしい。


Aくんと同じクラスのお子さんのいるお母さんの話。



「夏休み前のクラス懇談会で、先生が、
 『一人一人の個性を大事に育てていきたいです。
 私たちのクラスには皆さんもお解かりだと思いますが
 A君がいます。
 彼は子供達にいろんなことを教えてくれます。
 みんな違う個性でも大丈夫なんだ、っていうことを・・・』
 って言ったんだよね。

 『違う個性でも大丈夫』って?『大丈夫』ってどういうこと?」








よく、特別支援クラスに在籍している子が親学級で、

「○くんは時々、△教室でお勉強します。
 でもみんなと同じクラスのお友達です。
 時々、○くんはクラスの大きい声がうるさく感じて
 泣いちゃったり、教室を飛び出しちゃったりするけど、
 みんなで優しくしてあげてくださいね」

なんて感じで言われてしまう。

特別支援クラスに通う子には優しくしよう。

「優しくしてあげる

という、上から目線の意識を知らず知らずのうちに
子供達に植え付ける教師達。


「○くんがクラスにいることで、
 子供達は優しい気持ちを表すことを
 学んでいます」

・・・っポイことは、よく、言われがち・・・


まあ、本当なんだろうけど、それを自慢げに話す
教師の気持ちに嫌悪感を覚えてしまうのは
ひがみ根性の持ち主の私だからでしょうか?






Aくんの担任の言葉の

「違う個性でも大丈夫」というセリフ。

大丈夫」の言葉の中に、

Aくんだけこの中で突出した見かけだけどこのクラスに居られる、
って言うことは、
障害があっても受け入れてあげている
本来は違うんだけど大丈夫、と思うんだよ、

とでも言いた気に聞こえるのは、私の気持ちが歪んでいるからでしょうか?




障害のある子が多数派の子の
「道徳教材」だったり
「優しさの度合いをはかるモノ」として見られているようで、
教師として、というより、
人としてどうなんだろう?




障害のある子をそういう目線でしかとらえられないって
人間としての品格がなさ過ぎる。




何だか腹立たしい気持ちになったり、悲しくなったり・・・

いろいろ考えさせられた出来事でした。







| 世間の目 | コメント(9) |
2008-10-08 (Wed)
のび太が学校の検診で採血もあるという。




「パニクって受けられないかも!?怖いよ~!」



と、考えただけでも号泣するので



「のび太は私達の想像以上に痛みを強く感じ、

過去の経験からも注射はパニックになるかもしれません。

本人がその時点でムリと感じたら

止めさせて下さい」



と先生にお願いしていた。




先生も保険の先生に伝えてくださって、

「無理強いはしません。出来そうもないときは受けさせません」

と、言って頂いた。


なんといってものび太は注射に関しては
こんなゴッツイ過去がある(こちら←を読んでね)







しかし…





のび太…





採血してきました!









「やる前に怖くて泣いたけど

やってみたら痛くなかった。

泣いて損した」(笑)











すごいな~のび太…





苦手を自分で克服する強さ



その頑張りはどこから来るのか





と思ったら







「誰も泣いてないし

ボクだけやらないのは

ズルイと思ったから

必死でこらえた」










そう。





のび太は「みんなと同じ」でありたいのだ。





特別扱いもひとりだけ目立つのも

自分は許せない。





みんなと同じにするために



どうしようもないパニックも



乗り越えて「多数派」に近づいて行く。








「無理しなくていいんだよ。

誰にも苦手なことってあるんだから。

でもがんばったね。えらかったよ~」









照れくさそうなのび太は

多数派と少数派のはざまで



毎日毎日、その瞬間いつも

もがき続けている。







「今日、頑張ったのはすごく偉いと思うよ。
でも、もし出来なかったとしてもそれは
ダメなことでも恥ずかしいことでもズルイことでもないよ。
出来ないことを出来ないって主張出来ることも
大切なことだからね」




「うん、わかってるけど・・・」と
頷く のび太。



のび太の言葉の「けど・・・」に

のび太のある種の根性が見えた気がする。




出来ないことも、つらいと思う気持ちも、

全然恥ずかしくもずるいことでもない。


だけど、それを理解できるまではまだ、のび太は幼い。


それにしても、のび太って、スゴイ。

すごくすごく頑張って生きている。




この頑張りが他の人には理解してもらえないこと、
「当たり前でしょ~」って思われてしまう軽さに、
怒りさえ覚えてしまう母です。


| 自閉症について思う | コメント(4) |
2008-10-06 (Mon)
金曜日、号泣して帰ってきたのび太。

「DくんとAくんがボクのこと待ち伏せして、
 石を投げたり嫌なことを言ったりしたんだ!
 もう嫌だ!もう耐えられない!!!」

またか・・・


この二人、のび太にだけ、というわけではなく、
とにかくイタズラや悪ふざけが過ぎる二人なのだ。

Dくんの方は何度も登場しているがADHDっぽいのだが
家では「子供はそういうもの」という考えで放任なのだ。


「う~ん・・・それはひどいね。
 のび太が怒るのも当然だよね。
 先生に話したほうがいいかな?」

「絶対に先生に言って欲しい!」



・・・ということで、夕方、他の用事で電話をかけてくださった先生に
のび太に伝えられた事実だけを話しました。


「今日、泣きながら帰ってきて、AくんとDくんに待ち伏せされ、
 石を投げられたり嫌な言葉を言われたりしたそうです。
 申しわけありませんが、学校でも何度かあったようなので、
 学校内でも先生に気をつけて見ていて下さるとありがたいです」云々・・・



先生に伝えたことでのび太も気持ちを落ち着けたのですが・・・





夜、一本の電話・・・


「4年○組のAの母です。」


え?え?え?


Aくんのお母さん???


「すみません!Aがのび太くんにイジワルしてるらしくて、
 本当にごめんなさい。
 先生から電話で注意されて・・・前にものび太くんを・・・って
 注意されたことがあったのに、また!って叱っておきましたから~」」

「え~!いえいえ、かえってすみません!
 お母さんから連絡があるなんて思ってなかったので・・・
 学校内のことだし、先生に『何かあったらよろしくお願いします』
 っていう意味で先生に連絡したんですよ」

「いえいえ!またAが何かしたら、すぐに言ってください!
 本当にごめんなさい。」




何故か、こちらが恐縮してしまった・・・・・




私としては、学校内でのこと、
学校でのび太を守って欲しかっただけだった。

親に伝えて欲しかったわけではない。




「なんで先生に言うんだよ~お母さんに怒られちゃっただろう?!」
と、再び嫌がらせ

「先生や親に言うなよ」

「先生に言ったらまたイジワルするからな」


・・・・・というようなことが、実際にあるから怖いのだ。


もちろん、Aくんのお母さんの立場に立てば、
電話の一本もかけておかなくちゃ!

って言う気持ちにもなると思う。

Aくんのお母さんは明るくてサバサバしてる方で
こんな風に言ってもらえたからよかったけど。




学校でのトラブル。

たまたま金曜日の放課後、ということもあり、
たまたま先生がクラス全員に電話連絡をしていた、
ということもあったけど、
なんだか先生が親にトラブルを丸投げした感じがした。

学校内でのトラブル。

まず、本人同士に事の次第を聞いて、
AくんDくんにのび太に謝らせる、
その後、親に「こういうことがありました」と連絡する・・・

と言うのなら理解できるのだけど。



何だかすっきりしない。




そういえば、のび太の友達のYくんが他の子の
マスクのゴムを引っ張って切っちゃったらしいのだが、
学校から電話があって

「Yくんが○くんのマスクのゴムを引っ張って切りました。
 ○くんのお宅に電話して謝って下さい」

と言われたらしい・・・

そ、そんなちっぽけなことで・・・?





学校って・・・


丸投げかい?!






| 小学校 | コメント(6) |
2008-10-01 (Wed)


入学式の前日、のび太だけのためにリハーサルをしてもらった。

入場の時「先生がのび太くんの手をつないであげる」と言われて

「他のお友達は?みんながひとりで歩くんだったら、ボクもひとりで歩く」

と言ったのび太。



のび太の自閉症との葛藤は
全てこののび太の言葉にあるように思う。


つらいけど心配だけど不安だけど、でも、みんなと同じようにしたい。

自分ひとりが特別なのは嫌だ。








最近、のび太を見ていて、思うんだけど

確かにのび太は幼稚園の頃から

「みんなと同じ」にこだわっていたので、

そののび太の願いに沿うように、と

多数派に合わせて生きていく方法を教えてきたけれど、

本当に良かったのかな?





のび太にとって多数派の世界についていくことは

きっと私たちが思うほど、簡単じゃなかったと思う。

そして、多数派の世界を知り、そこに適応しようとすることで

失ったものがたくさんあるような気がして

なんだか切ない。



「みんなと同じじゃなくたっていいんだよ。
 のび太はのび太らしくそのままの気持ちでいいんだよ」


と、言ってはみるものの、

「みんなと同じ」こだわりのあるのび太には、なかなか響かない。




もしもタイムマシーンがあるんだったら
診断された4歳ののび太に聞いてみたい事がある。




「多数派に合わせて生きていくか、
 それとものび太らしくありのままの気持ちで生きていくか」





それが無理なことは承知だから、

毎日、呪文のようにのび太に繰り返して話し続ける。

いつか、本当に理解できるまで、ずっと。




「みんなと同じじゃなくたっていいんだよ。
 のび太はのび太らしくそのままの気持ちでいいんだよ」










| 自閉症について思う | コメント(8) |