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2008-09-29 (Mon)
発達障害のある子が、多数派にとっては意味不明に見える
奇異な行動をすることがある。

多数派には奇異でも、この子たちだって理由も意味もないことはしない。

全ての行動に意味があるのだ。




たとえば、ファミレス。

小さい子供は待てなくて騒いだりするもの。

障害の有無は関係ない。

待てなくて飽きちゃって当然なのだ。


泣き出したりぐずったり、歩き回ろうとしたり・・・



しかし、だからと言って放っておくのは無責任な親だ。(と思う)

不特定多数の人たちが集まる場所は、
やはり最低限の周りへの配慮や気遣いがなければいけない。

「子供だから騒いだっていい。走り回ってもいい」わけがない。
(と私は思っている。)


騒いだら外へ連れ出すとか、何かほかの事で気を紛らせるとか、
いくらでも方法はある。




これは発達障害の子供にも当てはまる。(と私は思っている。)

確かにじっとしていられない、

待てなくて見通しが付かなくてパニクったりする。

でも「障害があるから仕方ないじゃん!」と、
騒がせたままで平気で放置していいわけはない。(と私は思っている)

そこに居合わせた他人にはカンケーないことなのだ。

走り回って他人のテーブルにぶつかって食事をこぼしたとする。

「コノコハ、ショウガイガアルカラ、シカタナインデス。」


他人にとったら、ただの迷惑でしかない。





確かに障害児を育てていると、あっちにもこっちにも気を使って
何度も何度も「スミマセン」「お願いします」を繰り返している。

本当に「どうして謝らなくちゃいけないんだろう」って
思ったりしたこともあったけど。




「好きで障害を持って生まれたわけじゃないのに」

「障害ゆえに騒いでしまうんだから、仕方ないじゃない」

「どうして世間はこの子たちのことを理解してくれないんだろう」

「この子たちのことを理解してくれればちょっとくらい騒いだっていいはず」



という考えの人も実際にいる。

正直言って私はこういう考えの人に腹が立っている。



本当にこの子たちを理解している親だったら、
公共の場で騒がせない工夫を努力しているはずだ。

もちろん、いくらあの手この手を使ってもどうしようもない場合も
多々あることは私も経験済みだ。


しかし、いくら騒いでも放置しっぱなしと、
親があの手この手で子供を制御しようと頑張っているのでは、
周りの見方も感じ方も違ってくるのだ。



本当に世間に理解して欲しいのなら、
まずは親が社会人として周りへの気配り、配慮が出来なければ
誰もわかってくれないのは当然だ(と私は思う)



この子たち特有な奇異に見られる行動を、
単なる「奇異」と見られるか否かは、
親のちょっとした配慮次第だと思うのだ。

それが社会の理解にも繋がっていくと思うのだが。



一部のこんな人たちのせいで、
歪んだ目で発達障害児を見られることに憤りを感じる今日この頃。






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| 世間の目 | コメント(5) |
2008-09-25 (Thu)
今週になって、のび太は毎日、
とちの実を拾って帰ってくる。

通学路の脇にお稲荷さんがあって、その鳥居の下に
たくさんとちの実が落ちているらしい。

誰が大きい実を探せるのか、競い合っているとか。

今、我が家の玄関にはとちの実がゴロゴロしている。




先週はず~っと帰るなりマシンガンのように
「○くんに嫌なことをされた。」「嫌なことを言われた。」
と、ぐずっていたのび太。



しかし、今週はまるで別人のように

「見て!こんなにデッカイとちの実!」

と、満面の笑顔で帰ってくる。



先週のような嫌なことをされた話は皆無。

いや、何事もなければいいんだけど、大丈夫なのかな?

嫌なことがエスカレートしていないのかな?

などと、気になるワタシ。



「ねえ、のび太、最近は学校で嫌なことされてないの?」




聞いてしまった。




「思い出させないで!せっかくとちの実で嫌なこと、
 忘れてきてるんだから!」








ごめん。



そうか。










とちの実が、秋だけじゃなく、


一年中落ちていればいいのにね。






| のび太のあれこれ | コメント(6) |
2008-09-22 (Mon)
先週の金曜日のこと・・・


「今日さ、Aくんに叩かれたから、叩き返したんだ。
 だって、ボク何にもしていないのに急に叩くんだよ!」

「おお!のび太が?やり返したんだ~!」

「そしたらさ、Aくんが『サイアク!叩くなよ!』って。
 先に叩いたのはAくんなのにさ~」

「ホント、おかしいね。
 自分がやるのはよくて相手にされるのはサイアクなんてね」

「同じことやり返しただけなのに『サイアク』なんてさ、
 意味わかんないよ~」




やり返したのび太。

きっと、ものすごく勇気を振り絞ってやり返したのだろう。

で、逆に「サイアク」で返されて、混乱している。

確かにこのやりとり、意味がわからない。




最近、子供達はすぐに「サイアク」とか「サイテー」とか
強い否定的な言葉で自分を防御しようとする。

前後の意味とつじつまが合う合わない、関係ないのだ。

とにかく「サイアクゥ」と言っておく。


普通の会話でさえも、頭をフルに使っているのび太にとっては、
こういうとき、さらに頭の中がパニくる。


叩かれたから、叩き返したのに
「サイアク!叩くな」と言われるとは
思っても見なかったのび太なのだろう。





人とのやり取りって本当に難しい。





こういう意味不明チックなやり取りを
難なくこなしているかのような子供達って
フツーにやってるように見えて
ものすごい神経を使っているんじゃないのか?


違うのか?





でも、のび太・・・・・


やり返してきました・・・ハイ・・・


これは成長でしょうか?







前回の記事、「やり返さないのび太は強いと思う」が
何故か「やり返す子供は心が弱いのか?」と思われている方が
多々いらっしゃったようで・・・。

このブログはあくまでも私の息子「のび太」と「私」のことを
個人的な気持ちで書いています。

いつも何かあるたびに「やられたらやり返せ」と言っていた私。
でもそれができないのび太にとってどれほど辛かっただろう。

やり返せないことだって悪くない。
やり返すことは簡単だけどやり返さないのび太は強いのかも・・・

と、あくまでものび太に関しての私個人的な思いを書いたものでした。

やり返すことを否定した覚えはありませんので、
その辺、深読みなさらないように(笑)お願いいたします。





| のび太のあれこれ | コメント(8) |
2008-09-17 (Wed)
「お母さん、のび太のこと、尊敬してるよ」


いつも旦那は遅いので二人で夕飯。

大好きなサンマの塩焼きの骨を
真剣に取っているのび太に言った。


「えええ~?!ボクのこと、ソンケーしてるの?!」

「だって、嫌な事されても仕返ししたりしないし、
 嫌なこと言われても、言い返したりしないでしょ?
 それってすごい事なんだよ。
 お母さんなんか、何か嫌なこと言われたら、
 すぐに言い返しちゃうもん」

「そう?それってソンケーなの?」

「そうだよ!今のままののび太でいいんだよ」

「暴力も悪口も絶対にいけないことなんだもん!」

「そう!暴力も悪口も人間として最低だよ。
 それをやり返したりしたら、その最低の人と同じレベルってこと。
 やり返さないのび太は、それだけで「はなまる」だよ~!」

「そうなの?そうなんだ~これでいいんだ~!」

「そう!のび太はお母さんの子供なのに
 いつも大切なことをのび太に教わるなぁ~」

「???難しい漢字のこととか?」

「勉強のことじゃなくて~!
 相手の気持ちを考えたり、暴力や悪口を言わないことって
 勉強ができるよりもっと大事なことだよ。
 のび太にそういう事をたくさん教わってるんだ、お母さん」

「へ~!そうなの・・・
 うめ~!やっぱ、旬のサンマはうまいなぁ~!!!」




噛みあってるようで噛みあっていない会話・・・?






そんなアスペ親子の秋の夜はふけゆく・・・










| 母のつぶやき | コメント(10) |
2008-09-16 (Tue)
「相手の気持ちを考える心」ってなんだろう?




「今日は最悪な一日だった!!!」

先週のある日、「ただいま」も言わず、ランドセルも背負ったまま、
一気に話し始めた。

「Aくんにズックをゴミ箱に捨てられたんだ!
 それからBくんに女子トイレにムリヤリ閉じ込められそうになったし!
 Cくんには給食の時『面白いネタやらないと、おかず取るぞ』って!」

「・・・・・そっかぁ~・・・そんなにいろいろあったんだ。
 辛かったね。でもみんなひどすぎるんじゃない?
 それでのび太はどうしたの?」

「AくんのこともBくんのことも先生にすぐ言った。
 だから大丈夫だったけどさ~
 Cくんのは無視してた。」

「うんうん!それでいいんだよ!
 ちゃんと先生に言えたのは良かったよ!
 給食は取られちゃったの?」

「ううん。大丈夫だったけどそういう事を言われるのが嫌だ!
 もう!本当に最悪だよ~!」

「本当だね。ひとつ聞いてもいい?
 のび太が先にAくんやBくんやCくんに何かしたわけじゃないよね?」

「何にもしてないよ!だから腹立つんだよ!」

「そうだね。でも、のび太は何もしていないんだし
 何一つ間違ったことしてないんだから
 堂々としていていいんだよ!
 そういう人たちは、心が小さくて相手のことを考えられないんだよ。
 そのあと、仕返ししたり嫌なことを言ったりした?」

「してない!僕は仕返しとか出来ないんだよ!!!」

「うんうん。いいんだよ。仕返しなんかしなくていいんだよ。
 そこで仕返しなんかしてやり返したら、
 心の小さい人たちと同じレベルになっちゃうんだから。
 仕返ししたりやり返したりしないのび太は正しいよ!」

「でも、どうして何にもしていないのに
 ボクは嫌なことをされるんだろう?」

「そういう心の小さい人は、きっとのび太にだけ
 嫌なことをやっているわけじゃないと思うよ。
 それにそういう人は、嫌なことをしたあとの、
 相手の反応を見て面白がったりする『心の向きが違う人』なんだ。
 だから嫌なことをされても無視するのが一番だよ。
 無視してその場から立ち去る、これが自分を守る方法だよ。」




「あ!あともうひとつ嫌なことあった・・・
 Dくんに砂かけられた・・・
 ・・・でも、Dくんは仕方ないかな~・・・?」



Dくんとはのび太のクラスのADHDらしき子。

何かがあると椅子を振り回して暴れたりする子なのだ。

「Dくんは嫌なことがあると気持ちを抑えられないのかもしれない。
 だからDくんが暴れそうなときは、先生に言って
 その場から逃げればいいんだよ。
 Dくんも我慢できなくてつらいかも知れないよ。」

と、いつも話していたし、2,3年の時は
担任からそういう話をされていたらしい。



「Dくんか~・・・のび太はそのときどうしたの?」

「ただ黙って逃げた。
 Dくんはみんなにやっちゃうんだ。
 でもちゃんと嫌なことの理由があったんだと思うから
 仕方ないかもしれないな
。」

「えらいね、のび太。
 ちゃんとDくんの気持ちを考えられるなんてホントにえらいね。
 他のお友達ものび太みたいに、相手の気持ちを考えられれば
 絶対に嫌なことなんかしないんだけどね。」




前回、前々回と
「人として発する言葉としていかがなものか」という記事で
皆さんからの反響が大きかったのですが・・・


それに比べて、幼いながら、たどたどしいながらも、
のび太の行動と言葉には、ハッとしてしまいました。


前回、前々回に登場したサイテーな大人より
自閉症ののび太の方がよっぽど
「相手の気持ちを考えられる人」じゃないかと・・・

親バカかもしれませんが・・・汗




「人の気持ちを想像できない」

「周りの空気を読みづらい」

などと言われている高機能自閉症ののび太。




もちろんお墨付きの診断をされていますから
そういう部分もありますが、
あの大人たちとのび太、
「人の気持ちを想像できない」のはどっちなんだろ・・・



発達障害って、なんだろう。




あの人たちはいわゆる「フツーの人」で、のび太は発達障害。



心が健全なのは一体、どっちなんだろう?





 
| 世間の目 | コメント(14) |
2008-09-12 (Fri)
前回の記事の反響が久々に大きすぎて驚きました。

しかし、それだけ同じようなことを経験された方や
あの記事の登場人物に怒りを覚える方が多かったと言うことでしょう。



誰だって、明日、どうなるかわからない。

ニュースの中の出来事が全てドラマか作り物という感覚でしか
とらえられない人間にはなりたくない。



何故か、私はこういう場面に出くわすことが多い。

第三者のこともあるけれど、
実際に面と向かっていろいろ言われることも多々あります。

これも何かの試練なんだと思っていますが、
皆さんにも何かを考えて欲しいのと、
私自身も吐き出すことで、ちょっと楽になれることもあるので
書いて見たいと思います。






私は婦人科の疾患があるため、定期的に産婦人科で診察します。

そこで見聞きする妊婦さんの様子に
時々、頭を殴られたような感覚に陥ることがあります。






以下の記事は不快な表現も含まれています。
内容も読む方によってはかなりショッキングですので、
ご自分の精神状態と相談して無理して読まないでくださいね。






若い妊婦さん、二人の会話・・・





「さっきさ~売店でスゴイ叫び声してさ~
 見たら、幼稚園くらいの男の子でさ~
 狂ったみたいに叫んでたよ~びっくりした~」

「あ~精神病院に来た子じゃないの?」

「じゃあ、チショーか~」

「そうなんじゃない?たぶん」



この病院は数年前、県立の総合病院と
同じ市内にあった県立の精神科病院(のび太が通院していた)が
同じ敷地に建ったもの。

ホールをはさんで、総合病院と精神病院と分かれているのですが
売店やレストランなど共通の施設もあるのです。




ところで「チショー」ってなんだろう?





「・・・ったく、精神病院とホールで繋がってるなんて怖くね?」

「怖いよ~何かあったらどうするんだろ?」

「さっきみたいなチショーの子とか、会いたくねーよ」

「もしさ、自分の子がチショーとかだったらどうする?」

「今わかったら産まないよーサイアクじゃん!」

「だよね~」












このとき「チショー」という言葉の意味がわからなかったのですが
あとで 「チショー」=「知的障害」 の略と知って、
愕然としました。


私の後ろに座っていた人たちだったので
会話全て聞こえてしまったのですが、
産婦人科の待合室でする会話とは思えない・・・



不妊治療の人たちもいるかもしれない、

本当に出産前に障害があるとわかりながら
大切に産んで育てようとしている人もいるかもしれない、

実際に知的障害のお子さんを持っている方も
そこにいるかも知れない・・・




その想像力の欠如、発言の恥ずかしさ、
人間としての愚かさを自分であらわにして
そこに存在できる図々しさ。



どうやら無知な彼女達にとっては
精神科に通う人は全て「チショー」と捕らえているような感じ?

「チショー」=「知的障害」ということもわかって話しているのか・・・?




もし、産まれて来た赤ちゃんが、あなたの言う「チショー」だったら・・・

あなたはどうするのでしょうか?

「チショー」はいらない、と棄てるのでしょうか?





私は心の中で叫んだ。

この二人の心に突き刺さるようにと、念をこめて。





「私の子供には障害があります。

 でもあなた達よりよっぽど相手の気持ちを考えて生きている。

 もし、もうひとり私に子供が授かるのなら、

 障害を持って生まれようとする勇気のある魂を
 
 私に授けてください。」
| 世間の目 | コメント(17) |
2008-09-10 (Wed)
以前も記事にしたような気がするが、

のび太が幼稚園のとき「言葉の教室」に通っていると
のび太と同じクラスのママに話したとき、

「えええ~?!言葉の教室???
 自分の子供が言葉の教室に通うことになったら
 ショックで立ち直れない~~~!!!」


なんてことを正面きって言われたことがある。


言っておくが「言葉の教室」は「障害児の療育」とは違う。

単に発音が悪いだけの子もたくさん通っているのだ。


私にしてみれば、そういう事を面と向かって言えるアンタの存在が
ショックで立ち直れない~~~!!!って感じだよ。






療育で一緒だったあるお母さんは二人目が妊娠したとき、
お姑さんに、手紙をもらったそうです。
同居してるにもかかわらず・・・・


「切迫早産にならないように。
 陣痛促進剤は使わないように。
 母乳のみで育てるように。
 布オムツで育てるように。
 ○○(自閉症の長男)と遊ばせないように。」



彼女は出産前に旦那さんと長男くんと実家を出ました。


 





幼稚園に子供を通わせている友達が耳にしたお母さん同士の会話。



ママA「○くんって自閉症なんだって。」

ママB「あ~やっぱりね~。先生も大変だよね~」

ママA「ホントだよね~。
 自分の子供があんな風に先生に迷惑かけるなんて
 いたたまれなくて預けられないよ」

ママB「うんうん。周りに迷惑かけてさ~一生、生きていくんだよ。
 耐えられないよね~」

ママA「自分の子はそんなのじゃなくて良かった~」

ママB「でもね、頭のいい自閉症って言うのもあるんだって。
 それもちょっといい、じゃなくてものすごく頭がいいんだってよ!」

ママA「へ~!いいね~それ!」

ママB「モーツアルトとかそーゆー有名な人にも多いんだって!」

ママA「あ~そっちの自閉症だったら良かったのに~!」

ママB「○くんはフツーの自閉症で残念だったね~!」




これを小声での会話ではなく、
デカイ声で笑い話っぽくしゃべってたことに
友人は怒り心頭だったそうです。




「無知」というものは、こういうものなのでしょう。

恐ろしい・・・







いつ、自分の身内や親しい人に自閉症の子が授かるかもしれない。

もしかしたら、そういう自分の子だって、そうかもしれない。




決して、ハンデのある人や社会的弱者を非難したり、
揶揄するような言葉を言ってはいけないと思う。




そういう言葉を発する者こそ、
人として異常だということを知り、恥じるべきだと思う。






| 世間の目 | コメント(17) |
2008-09-08 (Mon)
先日、のび太とスーパーに行ったとき、

「今、○くんがいた~」

「へ~○くん、ひとり?」

「ボクと会った時はひとり」

「何かしゃべったの?」

「『よう!』って言われたから『よう!』って言った」

なんて話した。




買い物が終わり、車に乗ると、

「ボクさ~学校じゃないところで友達に会うの、
 なんだか嫌だな~」

「のび太も?のび太は平気なのかと思ってたよ。
 お母さんはのび太くらいの頃は
 学校以外で友達に会うことは大嫌いだったよ。
 だからのび太のその気持ち、すごーくわかるよ~」

「へ~!お母さんも嫌だったの?」

「嫌だったよ~お母さんは今でも知ってる人と
 偶然、会うのって苦手だもん。
 どうしたらいいか、わかんなくなっちゃってドキドキするもん。
 だからお出かけする時、必ず帽子、かぶるでしょ?」


そう。私はいつも目深に帽子をかぶって買い物に行くのだ。


「そうだったんだ!よかった~」

「よかったでしょ~?
 お母さんもどうも苦手なんだよね~
 でも、さすがにお母さんぐらいの年になるとちょっと慣れてきて
 声をかけられれば長く立ち話しちゃったりするけどね。
 小さいときは声をかけられても無視しちゃったりしてたよ。
 どうしたらいいかわかんなくなっちゃってね・・・」

「ふ~ん・・・ボクより『嫌な気持ち度』は上だね」(笑)



私がのび太くらいの頃、街で友達と会ったりすると、
母親にムリヤリ「挨拶」や「会話」を強要された。

できるわけない。

ますます、誰かと会うことが嫌になった。
「嫌」どころか「恐怖」になっていった。





のび太の音楽教室は下校してすぐに出発しなければ間に合わない。

そうすると、通学路には下校途中の同級生やらの横を
通らなければいけない。

車が信号待ちで止まったりすると、そこを通りかかった同級生に

「あ!のび太だ!どこに行くの?」

なんて窓越しに声をかけられてドギマギしているのび太。




だから、最近は、

「あ!のび太!危険!4年生がいる!」と言うと
(のび太小学校は学年によって帽子の色が違うので一目瞭然)

シートを思いっきり倒して寝そべったりして身を隠す。


それでも幼稚園から一緒の子に面が割れている私は

「あ!のび太くんのお母さん!」なんて窓越しに叫ばれたりするので、
笑顔で手を振っておく。



そうこうしているうちに信号が変わって車が動けば一安心。


「のび太、もう大丈夫だよ」

「よし!これで敵から身を隠したぞ!」


などと言って、シートを戻す。







こんな親子です・・・汗・・・






苦手なことなんて誰にでもある。

それを否定しないで認めていくことで、
きっと、いつか、「大丈夫」になるかも知れない。




| 我が家の自閉症との関わり方 | コメント(6) |
2008-09-05 (Fri)
「鬼ごっこを中庭でしたんだよ。
 休み時間が終わって教室に帰ろうとしたら、
 T君がボクの前でドアをバンって閉めて出られなくなっちゃったんだ。
 最後には出してくれたけど、頭にきて、
 『もう、鬼ごっこしない!』って言った。」

「おお~そうだよ~それでいいんだよ~
 嫌なことをされたらちゃんと『嫌な気持ち』を表さないとね。
 そこで何も言わないとそういう子はまた嫌なことをしたりするんだよ。」

「だって、それだけじゃないんだ!
 いつもN君は鬼ごっこのときにボクに砂とか泥んことかかけるんだ!
 今日はスゴイ泥んこで頭に来ていたんだ!」

「そうだったんだ~
 最近、すごくのび太のシャツが汚れてるから、
 変だな~って思っていたんだよ。
 でもそれはひどいね。あまり続くときは先生に言った方がいいよ。
 のび太が言えないんだったら連絡帳に書いてあげるよ。」

「とにかく、もう、アイツラとは鬼ごっこは
 もう絶対にしない!
 だから連絡帳に書かなくていい!」

「そうだね。嫌なことをされたら、まず、
 その場から立ち去るのが一番だよ。」

「でもボクが『もう鬼ごっこしない』って言ったら
 『サイテー』とか『卑怯者』って言われたんだよ。」

「サイテーで卑怯者はイジワルをするTくんやNくんだよ。
 そんなの関係ない!
 のび太は全然卑怯者じゃないよ。間違っていない。
 正しい行動だと思うよ。」







・・・・・という会話を交わしたのは数日前。




昨日は・・・


「今日は鬼ごっこ、しなかった」

「そう!それでいいんだよ!
 それが『自分を守る』ことなんだよ」

「昼休みに図書室に行って本読んでた。
 そのあとMくんとRくんが来て、一緒に遊んだ。」

「よかったね~
 そうやって自分の好きなことをやってイジワルしない人と
 遊んだ方が楽しいでしょ?」

「うん。そう思った。」





のび太、初めてイジワルされた友達に逆らいました。



これでいいんだよ。



ちゃんと自分の気持ちを表現できたのび太は
ひとつも間違っていません。

それが「自分を守る手段のひとつ」なんだよ。



そして、嫌なことをされても仕返しをしたりしないのび太を
お母さんは誇りに思います。



| 母のつぶやき | コメント(2) |
2008-09-04 (Thu)
確かにのび太は以前と比べれば落ち着いている。

学校生活でも先生方やクラスメートにご迷惑をおかけすることも
ほとんどない(と思う)。

勉強もまあ、得意不得意の落差はあるけれど
はっきり言って出来る方らしい。




だけど・・・・・




友達関係や何やらのトラブル、と言うか、
嫌がらせやからかいなどと言うものがなくなったことはない。

常に小さい嫌がらせや悪ふざけの対象になっている。



その、ひとつひとつを取り上げて、
学校にいちいち配慮をお願いすると言うことは
私には、できない。

気持ちが疲れてイッパイイッパイになってしまうから。


何故なら、担任が変わるたびにあらかじめ、
そのようなことが起こりやすく、そのトラブルを自分で回避したり、
うまく交わしたり、ヘルプを求めたり、ということが
出来ないでいることが多いため、
小さいトラブルを大きいものにしかねないので
どうぞよろしくお願いします、
と言ったお願いをしているから、というのもある。


もちろん、発達障害のない子供達もこのくらいの年齢には
友達とのトラブルと言うものはつきものではあるが、
他の子達とトラブルや嫌がらせの受け止め方が違うのだ。



そういう小さいことが積み重なって、
自分に自信をなくしたり、仲間はずれになったり・・・
ということに繋がっていく。





のび太のクラスには何かあると暴力を振るったり、
椅子や机を投げたりする子がいる。

おそらくADHDだと思うのだが、どうやら親の認識も甘く、
診断を受けるどころの話にすらなっていないようだ。


要するに、こういういろんな意味で目立つ手のかかる子に
のび太のような子は紛れてしまうのだ。




学校側から見て、のび太は手のかからない子だし、
一応、授業も受けているし、成績もさほど悪くなければ、
特に配慮もする必要がない、と見なされるのだ。





のび太市の軽度発達障害の子は入学と同時に療育は終了してしまう。

民間の療育機関もない。

全て学校に任せられることになる。



1,2年生の頃はたびたびパニックになって、
職員室でクールダウンしたり・・・
と言うこともあったため、
担任の先生に特別に時間をとっていただいて
個人指導?のようなこともしていただいた。



・・・しかし、今は何にもない。






入学当初からのび太を知ってくださる先生方は
ほとんどいなくなった。



のび太が入学当初、どれほど頑張って、どれほどお世話になって、
今、ここまで来ているのか、誰も知らないのだ。




通級にも通えない状態。




そして、のび太の周りは何一つ変わらない。

のび太の気持ちだけが、
いろんな気持ちでグルグル渦巻いていても、

その気持ちを私が学校に訴えたところで
誰も理解を示してくれないのだから。






 「自閉症の症状自体はなんら問題ない。

 問題なのは周囲の無理解などから

 自己否定感を強めることなどによる二次障害だ。
 
 自閉症は本人の努力や周りの配慮で社会に適応することはできる。

 しかし、自閉症が完治することはない。」




| 自閉症について思う | コメント(11) |
2008-09-02 (Tue)
のび太が2歳半ころ、

毎日、意思疎通のできないのび太のパニックに
精神的に疲れ果てていた。

でも、子育てってこういうものだと思っていた。



ふと、買った育児雑誌に・・・

「高機能自閉症・アスペルガー・ADHDなど・・・」
の特集があった。


・・・何だか、のび太のことを書いているみたいだ。

しゃべってはいても会話にならない、オウム返し、
同じことを何度も繰り返すのが好き、
いつもと違うことを異常に嫌がる、etc・・・


「ねえ、まるでのび太のこと、書いてるみたいだと思わない?」

と、この記事を旦那に読ませた。

「う~ん・・・確かに当てはまるところは多いよね。
 でも、当てはまらないところもあるじゃない。
 これを読んだだけで、そうだ、とは言えないな」



ごもっとも。





今でこそ「自閉症と言えども100人100様」と言われているけど、
当時はやっと「アスペルガー」や「ADHD]と言う名称が、
世の中に出始めた頃。

本などもそれまでの古い見識のものがまだ多く、
新しい見解のものが出始めた頃だった。


だから、多くの本などに載っている「自閉症の特長」には

「笑わない、人とのかかわりを好まない、言葉を発さない」

などという項目が並べられていたのも事実だ。




のび太は・・・というと、

生後3ヶ月からよく笑い、愛想良く、とても人懐こくて、
自分から知らない人に寄って行っては可愛がられ、
会話にこそならないが口数は多く、おしゃべりだった。


つまり、「自閉症の特長」には当てはまらないことになる。




その後、のび太は高機能自閉症とめでたく(?笑)診断されたが
同じ高機能自閉症の方のHPなどを見ると、
のび太と同じように、愛想良く、
ニコニコと笑顔いっぱいのお子さんと出会えて
なんだか嬉しくなったものでした。











本や文書というものは恐ろしい。



先日、何気なく図書館で借りた自閉症に関する本に

「自閉症は先天的なもの、というのはいかがなものか。
 断言は出来ないがテレビやデジタル機器といったものの
 影響がたぶんに見受けられる」

「虐待やネグレクトなどの被害を受けた子に
 自閉症と同じような症状がでる。
 これはもはや、自閉症は親の育て方に
 一因があると言っていいだろう」


といった内容の本だった。

(こちらは近年出版された本ですよ)





あとがきや著者の紹介などを見たら
某宗教団体の関連する会社の出版で
そちらの関係の肩書きの精神科医の著作だった。





恐ろしかった。


図書館においていた本だ。



もし、のび太が幼い頃にこんな本を手にしていたら
私はどうなっていただろう。





世の中の情報というものは、
情報を得る側の受け止め方も大切だ。

冷静に「本当に正しいもの」だけを
受け入れる判断力が必要なのだ、と思う。



どうか、今、あの頃の私のように、
不安な気持ちいっぱいで本やネットで情報を得ようとしているお母さん方が
まやかしの情報に心を痛めることがありませんように・・・

と、願わずにはいられない。











| 自閉症について思う | コメント(7) |
2008-09-01 (Mon)
昨日・・・

天気も悪くて、家でみんな、だら~っとしてた。


テレビは「24時間テレビ」がなんとなぁ~くついていた。






ウルウルしたり、涙したりしながら、
皆さん頑張ってるんだな~なんて、思いつつ、見てた。






でも、



いつも思うんですが・・・





あの番組って、軽度発達障害の方はクローズアップされないんですね。


・・・あ、たまたま私が見ていないだけかもしれませんが・・・



確かに軽度発達障害って微妙。


顔を出してテレビに出られるか、というのも微妙。

知的な遅れもないし、見た目にもフツーなもんだから
テレビ的に微妙~?





だけどなぁ~


何だか複雑です。








軽度発達障害も知って欲しいんですが。







「嵐」のメンバーは軽度発達障害って、知らないだろうな~









「あっち側」でも「こっち側」でもない、宙ぶらりんなところで、

なんだか置き去りにされてる感じすらします。






・・・・っていうか、私が見てなかっただけだったりして・・・汗・・・



やってないよね?





はぁぁぁ・・・








| 母のグチ | コメント(10) |
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