2008-08-28 (Thu)
のび太、新学期が始まって4日。

帰ってくると、ほとんどエンドレスでしゃべりまくる。

元々、頭に思いついたことはほとんど、
口に出さずにはいられないのか?!と思うほど、
おしゃべりなのび太。

今日、学校であったこと、友達とのやりとり、
マンガのストーリー、算数の問題、歴史のうんちく、漢字、
お笑いネタ、時事ニュースetcetc・・・

時には同じ話を何度も同じ文章で繰り返して話しかける。




始めのうちは「へぇ~!そうなんだ~」なんて
感心しながら聞いてはいるのだが
何度も何度も同じことを話しかけられているうちに
聞かされている方は正直、うんざりしてくる。



だんだん、返事もしたくなくなる。



・・・ごめん・・・

だって、親だって生身の人間だ。




同じ話を繰り返すのもつらいが、
エンドレス状態でしゃべりまくるのを聞くのもつらい。

帰ってきて、おやつを口に入れているときも、しゃべる。

しゃべらないのは宿題をしているときとテレビを見ているときのみ。

あとは、ず~~~~~~っと何かしらをしゃべりかけられている。




「のび太、お母さん、のび太のお話聞くのは大好きなんだけど
 帰ってきてからず~っとお話されていると
 気持ちが疲れてくるんだよね。
 学校のお話とかは聞きたいけど、
 いつも聞いているマンガのお話とかは
 何回も聞かされるとちょっと嫌な気持ちになることもあるんだよ。
 きっと、それはお母さんだけじゃなくお父さんもだと思うし
 お友達もそうだと思うよ。
 同じ話を何度も言われなくても一度聞かされれば覚えているよ」


アスペの特徴なのだ。

自分勝手に自分の興味のままに話し続けたい。

わかるけれど、わかっているけれど、正直言って、つらいです。

そしてそれは家族としてもだけど
家族以外の人とのつきあいでも言える事だから、
「話を聞かされる側」の気持ちを知っていた方がいいと思うのだ。





しかし・・・




「わかってるよっ!!
 だけどお母さんにお話したいことがいっぱいいっぱいあるんだよ!
 同じことでもお母さんには聞いて欲しいんだもん!
 学校ではボクのお話をちゃんと聞いてくれる人、
 誰もいないから、おうちに帰ったらお母さんに聞いて欲しいんだ!」




・・・・号泣・・・・・






そうだよね。

うんうん。

一番、わかっていたつもりでいたのに、ごめんね。



学校で「大化の改新」の話や「関数の話」なんかしても
誰も聞いてくれないもんね。

独特の話し方ののび太は
時には話し方がおかしいと笑われたりもするらしい。

だから学校では「話すこと」を躊躇することもあるらしいのび太。



それにのび太の繰り返す話には
「ストレス発散」という意味合いがあったんだ。

心配なことがあるとき、気持ちを張り詰めているとき、
緊張がほぐれたとき、嫌なことがあったとき・・・

そんな時、エンドレスでしゃべりまくる。


のび太のおしゃべりは「気持ちの表れ」だったんだよね。



新学期が始まって、席替えがあって係りも変わって、
のび太にとってはストレス続きの毎日だったはず。

学校でパニくることのなくなったのび太にとって、
せめてものストレス発散なのだ。

自分の気持ちを学校で懸命にコントロールしているのび太に
家でいくらしゃべっても足りないのかも知れない。

それをわかってあげられるのは、私しかいないはず。




ムギューして、何度も謝った。


お母さんもちょっと気持ちがイライラしていたこと。

お母さんも自分の気持ちがイライラしているときに
どうしたらいいかわからなくなること、

お母さんものび太と一緒に「気持ちをコントロールする練習」を
頑張っているけど、なかなかうまく出来ないこと、


・・・・・そんなことを話した。




のび太は私の未熟なのび太への対応を許してくれた。

のび太の方が私よりも余程、
気持ちのコントロールがちゃんとできる。



「これからもお母さんにだけは何でもお話してね。
 『大化の改新』の話でも『ケロロ軍曹』の話でも
 何回も同じ話でも、本当は嬉しいんだよ。」

「うん。わかった。
 でも、お母さんも聞くのが嫌な気持ちのときは
 そう言ってくれたらやめるから
。」

「・・・うん。ありがと。」






どっちが親か、どっちが大人か、わからなくなった瞬間だった。




「魂の年齢」と言うのがあるらしい。

持って生まれた「魂の成熟度」というものは
年齢や上下関係など関係ないらしい。



そんなことをちょっと脳裏にかすめながら、
自分の未熟さを思い知った出来事でした。





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| 我が家の自閉症との関わり方 | コメント(8) |
2008-08-26 (Tue)
自閉症の子供の特徴として

「爪先立ち」があげられることが多い。


のび太、いまだに爪先立ちですから、ハイ。



こののび太の爪先立ちには歴史がある。







2歳児検診で、保健士さんが絵本を開いて、

「りんごはどれ?」「車はどれかな?」などとたずねたり、

逆に絵を指差して「これなあに?」と
物の名前をたずねたりする検査があった。


・・・・できるわけない!!!


まず、知らない場所に行って椅子に座るはずがない。

何とかなだめすかして座っても、
意思疎通も会話も全く成立したことのないのび太、
そんな検査、やる前から「無理ですから~~~~~!」と
叫びたくなった。

椅子に座る座らないで汗だくで大騒ぎする私とのび太の前で
保健士さんはため息混じりに

「はい!もういいです!」の言葉と同時に

「要観察」のハンコをバンッと音を立てて押した。






ぐったりだった・・・

もう帰りたい・・・

次の検査の順番を待って「おもちゃコーナー」で遊ばせているとき
ある保健士さんが近づいてきた。

「元気ですね~のび太くん」

え?何で名前知ってるの?と、思いながら

「ハイ・・・元気です。でもなかなかコミュニケーションとれなくて。
 他のお子さんみたいに会話にならないんですよね」

と、うっかりグチが出た。

「う~ん、でもまだこのくらいの子だと
 発達には差があるから心配しなくても大丈夫ですよ。」

と、言ったところで、ん?・・・とのび太をジーッと見入った。

「のび太くん、爪先立ちで歩くんですね」

「あ~そうなんですよ。
 熊川哲也、目指そうかと思って~(笑)」




次は1年後、3歳児検診。

私は我慢できなくなって

「この子と会話が出来ないんです。どうしたらいいですか?」

と言うことで、発達相談を受けられるようにしてもらった。


その後、3回発達相談を受け、その中で発達検査やWISCなども受けた。

しかし、「様子を見ましょう」と言う言葉しか残らないのだ。


3回の発達相談の待ち時間をいつも遊んで相手してくれたのが
2歳児検診で「爪先立ち」を指摘した保健士さんだった。


「おおお~!のび太くん、
 今日も爪先立ちでよく走れるよね~スゴイ!!!」

「熊川哲也への道をまい進しています~!(笑)」

なんて笑い話にしていた。



しかし、児童相談所の検査員の発達相談だったため
はっきりと診断もされず、どう対処したらいいのかもわからないまま。

3回目の発達検査で言葉の教室の先生と出会い、
診断のきっかけを作っていただいたのだが、
この、発達相談の時に言葉の教室の先生が来ていたのには
訳があった。



発達相談を受け続けたところで児童精神科医が診なければ
診断はいつまでたっても出ない。

せめて、どう対処して、どう接していけばいいか、
伝えてくれる人を介してあげよう、という
保健士さんの配慮で、言葉の教室の先生を呼んだらしいのだ。



自閉症でも必ず爪先立ちをするとは限らない。

たまたま、のび太は爪先立ちが目立っていたおかげで
やっと、診断にたどり着けた。


爪先立ちが出会いをくれたし、
のび太と私の出口のない不安から未来を切り開いてくれた。


今でも、ふと、爪先立ちをしているのび太が
何だか、とっても可愛い・・・


可愛いなんて言ったら、今じゃ、怒られるけどね・・・!




| 療育・病院・検査など | コメント(2) |
2008-08-25 (Mon)
小さいころから「数字」が苦手だった。

小学校までは算数も何とかできた。

ほとんどを「暗記」の要領で覚えていたから
算数のテストもほとんど100点だった。

しかし、中学校になると暗記では効かない。

数学の点数はどんどん下降していった。



いまだに「15-7=?」なんて言われるとドキッとする。

家計のやりくりも難しい。

お給料日前で財布に小銭しか入っていない、
でも冷蔵庫は空っぽだから何か買わなくちゃ・・・

なんてとき、買い物籠に入れたものの金額を
合計していくことが出来ないのだ。

元々、暗算なんてからっきしダメな上に、
スーパーのざわめきで集中できない・・・・・




こんな私のところに生まれてきたのび太は
「数字大好き」人間だ。

会話も出来ない1,2歳頃から
教えてもいないのに数字を覚えて書いていた。

車のナンバーを勝手に覚え、
カレンダーサバン状態だったのび太。

のび太が描く『絵』は全て『数字』だった。


義兄(のび太の伯父)は高校の数学教師だ。

夏休みに会ったときにこの義兄にナマイキにも数学の問題を出していた。

もちろん、私にとっては「なんのこっちゃ~」で
問題の内容も覚えていないのだが・・・

「ちょっと~のび太~恥ずかしいからやめなよ~
 数学の先生なんだよ~」

と言ったが、義兄は

(義兄)「ん?ん?のび太~なんだその問題・・・
 ちょっと待って・・・う~ん・・・」

と、しばし考えてから答えていた。

そして、義兄とのび太、ふたりでこの問題について、
あーだこーだ、語り合っていた。


「すごいな、のび太。
 おじちゃんが今、教えている高校生も、そんな問題、
 簡単には答えられないぞ~!」





私の知らない世界・・・・・




同じアスペでも、のび太のように
数字に取り付かれたように惹かれる人と、
私のように数字が全くの苦手と言う人と、
いろんなタイプがある。




数字は楽しいし、ウキウキする。
 いろんなものに数字がついていたら
 もっとわかりやすくて楽しいと思うなぁ~
 ボクは算数の難しい問題を考える時、
 嬉しくてドキドキするんだ~




有名なアスペの方で

「数字にそれぞれ色やイメージがある」と言ってる方もいる。

のび太は「色もイメージもない!」そうだが(笑)
数字に魅力を感じているのは確か。


きっと「数字」が幼い頃ののび太の道しるべだったのだろう。

そして、きっと、これからも
「数字」がのび太を導いてくれるのかもしれない。





| のび太の自慢 | コメント(9) |
2008-08-20 (Wed)
小さいころののび太は、
遊んでいて転んだとしても
その場で泣き続けるだけだった。

他の子供を見ていると、転んだりした場合、
どうやら母親を求めて、
遠くからでも「ママ~!ママ~!」と叫ぶとか、
泣きながら母親に抱きついてくるとか、
とにかく母親に甘えてくるようだった。





うらやましかった。




私ものび太に
「ママ~ママ~」なんて泣きながら駆け寄ってこられて
飛びついて抱っこなんか要求されてみたかった。


当時、のび太にとって私=母親は
「自分が生きるために必要」な人でしかなかった。

要するに「水」みたいなものだ。

人間にとって水がなければ生きていけないが
だからといって「水」を愛していたり、
「水」をいとおしく思ったり、
「水」にぬくもりを求めたり、甘えたりしない。

なくてはならないものではあるけれども
そこに愛情や感情などといったものは、普通、ない。

当時ののび太にとって
私はまさしくそんな感じだったと思う。




「どうやらこの人が自分の世話をしてくれて
 ご飯やおやつを与えてくれる。

 だからこの人が必要みたいだ。」



のび太が幼稚園の頃、
私は手術のために10日間入院しなければならなくなった。


私も小5の頃、実母が入院したことがあった。

不安だった。

母親の病状の心配ではなく、
母親が入院して生活に変化があることが不安だった。

ちょうど転校した時期とも重なって
母親の病状を心配する余裕など正直言って
当時の私にはなかった。

学校生活も家庭生活も大きく変化するなんて
それに対応できるかどうか、
どうしたらいいのか、
そんな気持ちだけでイッパイイッパイだった。

そして、私も体調を崩した。

元々、生まれたときから小学校卒業する頃までは
自律神経失調症とも言われていたから
ここで体調を崩すのは当然ともいえる。


だからこそ、のび太に私と同じような思いをさせられない。



義母に家に来てもらってのび太の世話をしてもらった。

義母に朝の支度の段取り、着替えの段取り、
おやつの時間、夕食の時間等、
細かく説明しておいた。

もちろん、のび太の障害のことも明かして、
それゆえに「いつもどおり」の生活をさせて欲しいことも話した。

考えに柔軟性のある義母は
私の作った「のび太のルールブック」と
「のび太の取扱説明書」を読んで、

「今まで大変だったんだね」

とだけ言って、お願いしたとおりに過ごしてくれた。




「ごめんね、のび太。お母さんがいなくて寂しい?」

「全然、寂しくないから大丈夫」


強がっているわけじゃない。

本当に「寂しい」という気持ちはないのだ。

というか、「寂しい」という気持ちがどういうものか、
わからないのだ。

それは自分も同じ道をたどってきて
今だから理解できる思いでもある。




他の子だったら、おそらく特に寂しくなくても

「寂しかったけど大丈夫」とか

「ずっとママのこと考えてるから寂しくないよ」とか

幼いながらも気の利いたことを言うらしい。



うらやましい。



しかし、改めて人間と言うもののすごさを思う。

4,5歳にして「相手の気持ち」を察して
「こんな風に言えば相手は喜ぶ」という事を
すでに会得し、実践できるのだ。


本来、そういうことができる方がすごいことであって、
素直に「全然、寂しくない」と言うのび太の方が
子供らしくも思えたりするから不思議だ。




それにしても、幼い頃、
母親が入院しても母親の病気より
自分の生活の方が心配だった私が母親になり、
自分が入院して「全然寂しくない」と言われて
ちょっと寂しい思いをするなんて、皮肉だ。




今でも、のび太は「母親」である私を
「水」のように思っているのかどうかはわからない。


「愛情」や「感情」や「気持ち」といった
目に見えないものの実感を得られるように、
実態のないものを感じて信じられる手本となるように
ただ、ただ、のび太を受け入れ、愛し続けるしかない。
| 自閉症について思う | コメント(6) |
2008-08-18 (Mon)
聴覚過敏と関係あるのかどうかわからないけれど、
私は一度にいろんな音が同じボリュームで聞こえるのだ。

人と会話していてもその会話だけによっぽど集中しないと
ちゃんと言葉が聞き取れなくて
何度も聞き返してしまう。

それはどんなに静かな環境でもそうなのだ。

テレビを見ていても外を通る車の音や鳥の鳴き声が
集中しているテレビの音と
同じ音量で聞こえてくるのだ。

普通の人も実際はいろいろな音を同時に聞き取っている。
しかしちゃんと脳で「聞き取るべき音」を
はっきりと聞き取れるように音をより分けて感じているらしい。

私はその機能が劣っているらしい(と思っている)



よく、のび太が話しかけてきても

「え?何?」

と、聞き返してしまう。



すると、言葉の表現力に自信のないのび太は

「あ、やっぱり、いい」

と、言葉を閉ざしてしまう。



あああ・・・

これって私のせいなんだよね。

最近ののび太は、聞き返されるとすぐに諦める。

「あ、いい。なんでもない」

なんて、つれない事を言ってくれる。



「お母さんさ~耳があんまり
 はっきり聞き取れないことがあってね、
 何回も聞き返すことがあるけど、
 のび太の説明がわからないから、じゃないんだよ。
 だから、お母さんが聞き返したら
 お願いだからもう一度、話して欲しいんだ。」

「ふ~ん、わかった~」




しかし、いざ聞き返すと、
のび太はやっぱり、口を閉ざす。


悲しい。




アスペ親子のちょっとぎこちないひとコマでした。




| 我が家の自閉症との関わり方 | コメント(6) |
2008-08-11 (Mon)
のび太と一緒に療育を受けていたMちゃん親子と
バッタリ再会した。

Mちゃんはのび太と同じタイプの
高機能自閉症と診断されている女の子。

のび太は当時パニックになると大騒ぎして号泣するタイプだったが
Mちゃんはパニックになると逃避するタイプだった。

嫌なことがあるとその場にいられなくなる。
すぐに教室から飛び出そうとする。

だからいつも仲良しのミッキーマウスのぬいぐるみと一緒に
療育を受けていた。

「ミッキーちゃんと一緒だったら頑張る」

Mちゃんの夢は
「大きくなったらディズニーランドのお姉さん」になること。

だから「嫌なことがあるからって逃げていたら
ディズニーランドのお姉さんにはなれないよ。
ミッキーちゃんは何でも頑張る子が好きなんだから」

なんて、いつも言われていた。

そのたびにMちゃんは

「ミッキーちゃんに嫌われないように頑張る」

と、泣きながら療育を受けていた。


しょっちゅう、逃亡、逃避を繰り返しては
ミッキーちゃんに連れ戻されることを繰り返していたMちゃん。

だけど、いつも笑顔で明るくて元気いっぱいだった。

のび太とMちゃんはタイプが似ていたため
就学前の個別療育も一緒に行っていた。

だんだん成長し、仲間意識も出てきた二人は
どちらかの気持ちが崩れると励ましあう言葉を掛け合ったり、
Mちゃんが逃亡するとのび太が
「ボク、Mちゃん連れてくる!」と連れ戻したり、
のび太がパニくると、Mちゃんが
「大丈夫だよ。泣かないでゆっくりやればいいんだよ。
M,待っててあげるからね」

なんて言ってくれたりする、いい関係だった。



そして、違う小学校に入学した。





お母さんとは何度かいろんなところで顔をあわせたけど、
Mちゃんとは4年ぶりに会った。
(残念ながら、のび太は留守番していたのでいなかった)

まるで別人のように落ち着いていたMちゃん。

きちんと挨拶してくれたMちゃんに
4年の月日の長さが感じられた。


でも、全然、、違う。

笑顔が全くない。

4年分の成長とは違うものを感じずにはいられない。


「元気?学校、どう?」と、たずねると、

Mちゃんママが、耳元でささやいた。

「学校、行ってないの。4年生になってから、ほとんど。
 いろいろあってね~」

そうかぁ~・・・

いろいろあったのね。

「先生と相性が悪かったのかな~
とにかく、『性格が悪い』『普通はこんなことしない』とか
『普通に振舞え』みたいに言われて。
『普通』ってこと事態がわからない子でしょ。
っていうか、自分は普通にしているのに『おかしい、おかしい』
って言われ続けたら、誰だって辛いよね。
だからもう、『学校に無理して行かなくていいよ』って言ったら
『じゃあ、行かない』って。」


うんうん。

そんな辛い思いをして学校に行かなくてもいいよ。
私が親だったとしても、そう言うと思う。




この子たちの目標は多数派に合わせて生きることではない。

少数派の考えや行動でも理解してもらえて
自分らしく生きることであるはず。

そのために特別支援教育なんてもので
学校側に支援と配慮と理解を求めているものではなかったのか?



のび太を見ていても、時々、思う。

障害がある、なんてことを忘れちゃうこともある。

だけどそれは、
のび太が必死で多数派にあわせて生きているだけなのかも知れない。

本当の気持ちや本当の考えを押し殺して
懸命に多数派の真似をしているだけなのかもしれない。




私たちがこの子達に求めているものは
そんなことではないはず。

個性的で自分らしさを失わないまま、
周りに受け入れて欲しかったはずなのに。



「普通」になんかならなくて、いい。



でも、「周りに合わせる事」を強いてきたのは
大人の方なのかも知れない。

特別支援教育、なんて うそぶきながら。



| 自閉症について思う | コメント(15) |
2008-08-07 (Thu)
以前読んだ本だったか、何かの講演会で聞いた話だったか、
こんな話を時々、思い出す。


有名な進学校出身で
偏差値の高い大学に入学した生徒。

その中には信じられないほど常識を知らない若者が
多すぎるらしい。

「りんごは赤い」という認識のない人。
 (いつも母親に皮を剥いてもらい
 一口サイズに切ってもらった状態しか知らなかったらしい。
 りんごを見てもそれがりんごだとは理解できなかったらしい。)



大学入学で一人暮らしをしたが、
トイレットペーパーがなくなってパニくり、
実家の四国にいる母親にトイレットペーパーがない、と
泣きながら電話して本当に母親が飛んできたらしい。
 (子も子なら親も親だが・・・
  トイレットペーパーはなくなったらボン!と
  湧いて出てくるかのように思っていたらしい。)



笑い話のような話だが実話とのこと。

この話を聞いたとき、あきれて開いた口がふさがらなかったが
他人事と笑っていられないのだ。



のび太・・・


熱帯夜と言っていいほどの暑い夜、

「お母さん、今日、パジャマ、何着たらいい?」

半袖半ズボンのパジャマか、長袖長ズボンのパジャマかを
毎晩、聞かれる。

「・・・え?のび太はどっちがいいと思う?」

「わかんないよ~ねえ、どっち?」

「こんなに暑いとき、長袖長ズボン、着てみる?」

「あ~やっぱり半袖半ズボンだよね~」



毎晩「どっちにするか聞くこと」自体が
こだわりになってるかもしれないが
それにしてもこういう判断が自分でできないのだ。



ある日、お皿を壊してしまった私。

そのお皿は食パンを食べるとき、いつものび太が使っていた
お皿だった。


食パンを食べようとしたときにいつものお皿がなかった。

「お母さん、食パンの時のお皿がない!」

「あ~ごめんね~この前お母さん、壊しちゃったんだ~
 他のお皿、使ってくれるかな?」

「えええ~?!どのお皿?」

「どれでもいいよ~同じくらいの大きさのお皿、
 いっぱいあるでしょう?」

「あ・・・え・・・でも・・・どれにしたらいいか
 わかんないよ~~~(泣)」



万人が「当たり前」と思うようなことですら
判断できなかったり無知であったり、
臨機応変に対処する、ということが難しい。



私の目標は
「のび太が自立した生活が出来るように育てる」ことだ。

何でも一人でこなせ、ということではなく、
困ったときにひとりで対処できなければ
誰かに「ヘルプ」が出せるように、と言うことでもある。

しかし、何でもかんでも「ヘルプ」では
本人も頼られる方も辛いもの。

知的な遅れのないのび太は
「知らない、出来ない」ことで自己評価を下げがちだ。

だからこそ、せめて常識的なことは
自分で対処できるように今のうちに教えておきたい。





例えば、先のトイレットペーパーの話。

なくなったら下のペーパーホルダーに換えのペーパーがあるので
それを取り付ける。
そして、納戸にあるトイレットペーパーを
ペーパーホルダーに補充しておく。

これは完璧。



食器などを誤って落として壊したときは
大きいかけらを拾って新聞紙などに包み、
「壊れ物、ガラス」などと書いて捨てる。
小さいかけらなどはガムテープなどでくっつけて取る。
見逃しているかけらなどもあるかもしれないので
最後に掃除機で吸い取る。

これもかなり落ち着いてできるようになった。




何でも私がやった方が早いしめんどくさくないんだけど、
とにかく何でもやらせてみる。



お風呂掃除、窓拭き、米とぎ、いり卵作りは1年生から、
ロックのオシッコ、ウンチの処理、ロックの食事係り、
自分達の食事の準備、食器の片付け、
自分がおやつで使った食器、コップを洗う、
パンツを汚してしまったときの処理、
ジャガイモたまねぎにんじんの皮むきetc・・・etc・・・



親の忍耐力も必要だが、
かなりいろんなことが出来るようになってきた。



今度はズックの洗い方を教える予定。

あと、電話での受け答え・・・

これはワタシが苦手なので親子で頑張らねば・・・



「生きていく力」はきっと「生きる自信」に繋がるはずだから。




| 母からのび太への想い | コメント(8) |
2008-08-03 (Sun)
~平凡でいいから地道に何事もなく
穏やかに過ごして欲しい~



多くの親が自分の子供には
こんな風に将来の姿を願っているらしい。



…が、二十歳頃の私は


~平凡なんて普通なんてつまらない
波乱万丈、転がってぶつかって生きてこそ
私の生き方だ~



なあんて思っていた。


おかげさまで願いが叶い(?)
転がりぶつかり、
未だ荒波漂ってさまよっている気がする。


でも、だからこそ「生きている」実感もある。



だから、息子ののび太にも
平凡に穏やかに、なんて願わないよ。



生まれながらにして
ハンデを背負ってきたのび太。


もちろん、10歳にして
既に「平凡、穏やか」からは程遠いしね。


でもね、つらさや悲しさや痛みを
こんなに小さいうちから
感じながら生きてきた分、
いつかその分の喜びや幸せを
たくさん感じることが出来る心を
持っているはずだから。


お母さんはのび太の「生きていく力」を
信じているからね。



痛みや悲しみをぶつけられても
決して相手に同じ痛み、悲しみを
ぶつけたりしないのび太。


それをみんなはのび太の
「優しさ」と言うけれど
お母さんはのび太の「心の強さ」だと思っています。


そしてそんなのび太を
心から尊敬し、誇りに思っています。



のび太の行く道は
茨の道かも知れないけど
自分に自信を持って歩いて下さい。


お父さんとお母さんはいつでも
のび太の心に寄り添っているからね。



好きなように、自分の納得できるように

生きていってください。
| 母からのび太への想い | コメント(0) |
2008-08-01 (Fri)
6月に漢字検定3級を受験したのび太。

3級とは中学卒業程度のレベルなので
受験する人のほとんどは高校生。

キャピキャピの女子高生達の中にポツンとひとり
小学生男子ののび太が座っている姿は
ちょっと笑えた~



ところでいつもの事ながら
ほとんど勉強せずに受験しているのび太。

今回ももちろん、前日まで一切勉強せずにいた。
しかしさすがに当日、
チラッと問題集を開いたらこれが結構難しい。

単なる読み書きは完璧だが
対義語、文字訂正、など応用力が試されるものがダメなのだ。


さすがに今回はキツいぞ~!

しかし今までもそう言いつつかなりの高得点で
合格してきたので、あわよくば…!?



2週間後、受験者はネットで合否を確認できるのだ。

さて…






受験番号☆★☆★番、のびのび太…



「合格まであと1点です」




えええ?合格まであと1点?





・・・っていうことは不合格










・・・・・んまあ、そうだよなぁ~

全く勉強もしないで合格できるほど3級は甘くはなかったんだ。



というか、1点足りないだけだったっていうのも驚き~!




帰宅したのび太、早速

「ねえ!今日、漢検合格発表、見てくれた?」

「はい!これ!」

プリントアウトしておいた「合格まであと1点です」を見せた。



「ん?え?どーゆーこと?!」


うんうん。
こういう遠まわし、かつ、本人の気持ちに配慮したような文章は
理解できまい・・・


「不合格だって。あと1点あったら合格だったってこと」

「えええええ~!!!1点だけ~?!
 そんなぁ~!!!たった1点?!」

「テストって言うのは1点が勝負なんだよ。
 学校の受験だって1点の差で合否が決まったりするんだから。」

「んぁ~~~・・・(涙目)」

「だからね、勉強しなきゃダメなんだよ。
 甘く見たでしょ?

 どうせだったら次、難しい2級とか1級とか受けることにしてみたら?
 難しい方がやる気になるんでしょ?」

「・・・・・う~ん・・・・・そうかなぁ~・・・
 でも、次、受けるかどうかはちょっと考えてみる」

「そうだね~小4で4級持っているだけで
 充分なんだから、受けたくなったらやればいいよ」




いい経験だったと思う。

のび太は自分は勉強が出来る、と自負している。

自信を持つのはいいことだけど
それをひけらかしたり、それで勉強を甘く見たり、
自分が知っているからといって知らない人をけなしたり・・・

最近ののび太は自分に知識があることで
いい気になっている節があった。


のび太にとっては初めての屈辱だったかもしれないけど
今ののび太には「1点足りない」ということ自体が
とても大事な出来事だったと思う。




これに懲りず、どんどんチャレンジしていって欲しいけどな~








・・・・・でも、小学生割引?で1点、負けてくれてもいいのに・・・?


なぁ~んて思うワタシも、まだまだ甘いのだよ・・・汗・・・







| のび太のあれこれ | コメント(8) |