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2008-07-29 (Tue)
用事があって、朝9時前に家を出たいと思っていた。

のび太はプール。

毎日、雨続きでなかなかプールにも行けず、
やっと晴れて、早く行きたくてウズウズしている。

プールは9時半からで9時15分に家を出たいらしい。



今まで、のび太が帰ってきたときに私がいないので
鍵を玄関前の某所に隠しておくから
開けて入っている、と言う経験はしている。

しかし、留守番状態から
出かける準備をして家を出る、と言う経験は
まだしていない。


別に私も急いでいくほどのことでもなかったが、
予定を変更したくないアスペ的な気持ちと、
のび太に新たな経験をさせようという気持ちもあった。



「お母さん、先に出かけるからね。
 ロックのお留守番サークルを準備しておくから
 あとはのび太が出かけるときに
 おやつで誘ってサークルに入れて、
 玄関の鍵をかける。
 鍵をかけたら、ここにおいていってね。」

と、鍵の置き場を実際に連れて行って示した。


「う~ん、わかった~」

ちゃんと見てたのかもアヤシイ、気もそぞろののび太。

「ちょっと!わかったの?!
 ここだよ!玄関に鍵をかけたら
 ここに鍵を置いて行きなよ~!」

「ほほ~い!」




・・・・・んもう、心ここにあらず・・・・・


のび太の気持ちはすでにプールで泳いでるらしい・・・



「じゃあね!お母さん、行くから!
 ちゃんと鍵かけてね!」

「お任せください!!!」









1時間後、帰宅した私。


案の定、鍵を置いておく約束の場所に鍵がない!


「・・・・・


ドアを開ける。


・・・くっ・・・やっぱり鍵がかかっていない・・・





靴箱の上には鍵が残されていた。





はぁ~・・・

やっぱりダメだったか・・・



帰ってきたのび太に、つい、きつく問い詰める私。


「ちょっと!鍵!どうしてかけてくれなかったの?!」

「あ・・・かけてなかった・・・」

「おいおい・・・玄関に鍵かけてないとどうなる?」

「・・・泥棒に入られるかも・・・?」

「そうだよ!うちには盗まれて困るものはないけど
 お留守番してる可愛いロックがさらわれたらどーする?!」

私も頭に血が上って言ってる事が訳わからん!!!

「・・・・・」

「ちゃんと置く場所も『ここ』って見せたでしょ?
 どうして忘れちゃったかな~?!」

「ホント、どうして忘れちゃったかな・・・」

「楽しいことばっかり考えて
 お母さんがお願いしたこと、忘れてたの?」

「う~ん・・・自分でもよくわかんないな~」

「これからは絶対に忘れないこと!」

「う~ん・・・わかった~」





なんとなく予想はしていた。

大抵、こういう初体験のことは、失敗する。

初めて私のいない家に帰ってきたときも、
ちゃんと鍵を開けて家に入ったのに
難癖つけて号泣していた。

留守番しているのび太に出先から電話したときも
全然、電話に出ず、一度切って、
再びかけなおしたらやはり号泣で電話に出た。

受話器を取ったがどこかのボタンを押してしまったために
私の声は聞こえているが私にはのび太の声が
聞こえていない状態だったらしい。



今回は号泣しなかっただけ良かったが、
どうしても一度では覚えられないのが難点だ。





しかし私もわかっていながら怠ったことがある。

箇条書きにしなかったこと。

鍵の置き場所を実際に見せたから大丈夫かな~
なんて思ったが、やっぱり安易だった。

ちゃんと準備の手順を箇条書きにしなければいけなかった。


初心を忘れちゃいけない。



のび太は様々なことを経験から慣れてきてはいるし、
大きいパニックも最近では少ないために
普段の生活ではのび太の生きていく困難さを
忘れてしまいがちだ。

でも、自閉症は完治しない。

新しいことを経験するときは、こちら側がちゃんと
配慮するべきなのだ。


改めて思い知らされた出来事でした。









 
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| のび太のあれこれ | コメント(6) |
2008-07-28 (Mon)
先日、車で1時間ほどの街に出かけた。

大好きな本屋Wがあるのだ。

とにかく規模の大きい本屋で探している本は
大抵見つかる。

ここに一日中いても飽きないだろう。


その本屋の隣にこれまたデッカイ雑貨屋さんがある。

そこに某有名アイスクリーム屋さん「31」がある。


のび太が幼稚園の頃までは本屋Wに行った帰りは
必ず「31」でアイスを食べる、

と言うのがこだわりになっていた。

真冬でも。

どんなにおなかがいっぱいでも。


しかし、この「31アイス」でいろんなことを学んだ。

いつも長蛇の列なので並んで待つことを覚えた。

自分でお店の人に「キッズコーンひとつください」と
注文も出来るようになった。

そして座って食べないとコーンからアイスが
落っこちることも学習したので
ちゃんと座って食べることが出来るようになった。




しかし、いつの頃からか、いつの間にか、
そのこだわりは消えていた。

本屋Wの帰りに「31アイス」を食べなくても
帰れるようになっていた。



しかし、先日はあまりにも暑くて誰からともなく、

「31アイス、食べよう」

と言うことになり、久々に長蛇の列に並んだ。


のび太は相変わらず「キッズコーンのチョコレート」

座って久々に食べた。



ふと、気が付くと、私たちが並んだときの
何倍もの子供づれの人達が列を成していた。



暑いしね~そりゃぁ、アイスだよね。





その列から飛び出して走り出した1年生くらいの男の子。

お母さんらしき人が追いかけてきた。



男の子をつかまえて、お母さんが首から下げた
小さいファイルのようなものを開いて見せていた。

ここの「31アイス」の写真だ。


「アイス屋さん、並びます。
 並ばないと アイス、食べられません。」

と、凛とした口調で話しかけた。


男の子は、

「アイス、並びます」

と、つぶやいてお母さんに手を引かれ、列の最後尾に並んだ。



見ると、どうやら列に並んだ人の多くは
さっきのお母さんのように首から小さいファイルを下げている。

そして、男の子と同じような雰囲気の
幼稚園から小学校低学年くらいの子供達が大人に連れられていた。




「自閉症っぽい子達だよね?」

小声でのびパパが言った。

「うん。絵カード見せてたよ」



どうやら自閉症の子たちのサークルのようだ。

みんな整然と並んでいる。


並ぶことが辛くなって奇声をあげた子がいたけど、
その子に対してもすぐに、
手遊びをさせて気持ちを切り替えさせていた。



「えらいね~ちゃんと並んで待てるなんてスゴイよ」



心の中で拍手を送った。







この子たちと同じくらいの頃ののび太と私。

必死だった。
必死で世の中のルールを教えていた。

今、ここで落ち着いて座ってアイスを食べてるのび太と私からは
想像も出来ないかもしれない。


そして、今、列に並んでいる自閉症らしき子達とお母さん方に
数年前ののび太と私が重なって見える。




こんなに落ち着いているのび太を
あの頃は想像できなかった。


もちろん、自閉症は治ることはないけれど、
きっと「あの頃」を笑って話せる日が来る。





明けない夜はない

止まない雨はない




並んでいる子供達とお母さん方を
ぎゅっと抱きしめたくなる衝動に駆られた、
真夏の午後の出来事でした。





| 自閉症について思う | コメント(2) |
2008-07-25 (Fri)
のび太、初めて自分で乳歯を抜いた。




上4本、下4本はずいぶん前に抜けたけど、
この時は歯医者の治療も未経験で、
とにかく大変な思いをして抜いた。

皮一枚だけで繋がっているほとんど取れている乳歯を
いつまでも後生大事にぶら下げていたのび太。

ことばの教室の先生に
「おおきくなるっていうことは」という絵本を読んでいただいて
その中に「子どもの歯が抜けて大人の歯が生えるということ」
(だったかな?)
という文章も何度も何度も読み聞かせた。

のび太のルールブック」にも

「おとなの歯が生える前に、子どもの歯が抜けます。
ちょっと痛いかもしれません。
血も出るかも知れません。
でも、おにいさんになるためにみんな子どもの歯が抜けます」

なんて書いて視覚で訴えてもみた。


しかし、そうこうしているうちに永久歯が下から生えかけて、
噛むと痛がって大騒ぎ。


仕方がないので、のびパパが毛抜きやペンチで一思いに抜いていた。


もちろん、大号泣。大パニック!


いくら乳歯と永久歯の説明をしようとも、
どんなに歯が抜けることは素晴らしいこととおだてても、
怖いものは怖いのだ。


だって、ずーっとここにあった歯が
無くなることなんてありえないし、
血が出るかも・・・なんていわれたら恐怖心が
どんどん大きくなっていくんだもの。



思い返せば2,3歳の頃は仕上げ磨きさえもパニックだった。

だっていくら歯磨きの説明をしたところで
のび太は言葉を理解できなかったのだから。






初めての生えかわりから数年たち、
歯医者の治療もへっちゃらになって、
ついに自らの手で初めて乳歯を抜いた。






で・・・ひとこと・・・









大きくなるってさ~、
 ホントに大変なことばっかりだけど、
 成長するってことにも慣れてきたかな~












爆笑~~~!!!







君の成長のために
あれこれと手を尽くしてきた甲斐がありました~(笑)




| のび太のあれこれ | コメント(4) |
2008-07-24 (Thu)
夕べ、再びのび太地方を襲った震度5強の地震。

本当に恐ろしかったです。

外は雷雨

そして激しい地震

異常な蒸し暑さの中、パニック状態の私。


前回の地震の余震(震度3,4)程度じゃ起きなかったのびパパも
さすがに飛び起きました。






ん?



あ・・・






ああ・・・のび太ですか?







私とのびパパの間に寝ているのび太の真上の灯具が
落っこちそうに傾いたので、

「のび太!のび太!すごく大きい地震だよ!
 起きてってば~!!!」


と、叫んで体をゆっさゆっさと揺すってもびくともしないのび太。


転がして灯具の真下から避難しようと押しても
全く微動をだにしない・・・



激しい縦揺れ、そして横揺れが1分ぐらい続いたように感じました。



揺れもおさまり、薄暗い2階の様子を見ると、
前回の地震と同じように物が落ち、
家具もずれていました。

・・・え?

前回の地震があったにもかかわらず、
まだ家具の固定もしてなかったの?!

って思われる方もいますよね。

地震恐怖症、と言いつつ、こういうところが
私のいい加減なところで・・・汗




1回のリビングにひとりで寝ているロックが気になり、
のびパパが1階に下りていきました。

起きる気配のないのび太を灯具の真下からずらして、
私も1階へ。


テレビで地震のニュースを見ていると、
2階からのび太の声が・・・



「ううっうっ・・・怖いよ~~~!!!」

のび太!

やっぱり怖いよね。

急いで2階ののび太の元へ・・・



号泣しているのび太。



「大丈夫だよ~ゴメンね~ひとりにして。
 もうおさまったから大丈夫だよ。
 テレビで速報見てたら、震度5強だって。
 震源は○○のあたりみたいだよ。
 怖かったね~」


「・・・?え?
 地震があったの?」

「え?地震が怖かったのを思い出して
 泣いちゃったんじゃないの?!」

「違うよ~真っ暗で12時半なのに
 誰もいないから怖かったんだよ~」

「え?そっちで泣いてたの?
 地震は覚えてないの?」

地震は知らない

「どおりで全然起きないはずだよね・・・
 お母さん、のび太のこと、揺すって起こそうとしたのに
 全然動いてくれなくて・・・」

「知らないよ~そんなの~」






家中のものが落っこちて激しく揺れた1分。

私の叫び声にも私が動かそうと体を揺さぶっても
全く反応せず、爆睡だった、のび太。






そういえば、ロックも揺れている間も、
その後、のびパパがリビングに行くまでの数分間も
全く「ワン」とも「クゥ~ン」とも言わずにいたし・・・

よそのワンコは怖がったり、地震の前に落ち着かなくなったり、
人間並みに不安定になるワンコもいるらしいと言うのに・・・



そして、のび太の大物ぶり・・・

この世で地震が何より怖い私の息子と思えません。

もし、もっと大変なことが起きて逃げなければいけないときは
のび太は担いで避難するのか?!

なんて思いましたが、担ぐのは無理なので
足首持ってのびパパと引きずることに決定しました。


皆さんも「もしも」に備えて準備していた方がいいですよ。

そして、地震の際に子供を運べる体力もつけねば・・・

と、思い知らされた地震でした。






でも・・・

どうしてのび太地方に大きい地震が続くの?!

もういや~~~!!!


| のび太のあれこれ | コメント(6) |
2008-07-22 (Tue)

私は幼い頃から

「泣いちゃダメ」
「泣いたら恥ずかしい」
「泣くのは弱虫」

と言われて育ってきた。

「まっぷーは泣き虫だから」
「まっぷーは気が弱いし体も弱いし・・・」

暗示にかかるようにどんどん消極的に拍車がかかった。

外ではほとんど喋らなくなった。



今思えば、小学校に上がるまでは自閉傾向の症状が強く、
パニック=泣く、だったのだ。

しかし、辛いことの拒否反応としての「泣く」と言う行為を、
否定されたらどうなるか・・・。


全くと言っていいほど、泣かない(泣けない)子供に変化した。

本来ならパニックを起こすべき状態では、
体も硬直してしまった。

そして、泣かないように、と、気持ちをどこか違うところに
飛ばしていた。

それは真剣だった。

だって、泣くことはいけないこと、と刷り込まれたのだから、
懸命に泣かないようにする術を自分なりに模索していったのだ。



小6の時、クラスのいじめっこの男児に、

「このクラスの女子でまっぷーだけ泣いたの見た事ないよな。
泣かせてやろうぜ~」

と、言われた。



恐怖!!!

一体、何をすると言うのだ!

第一、私は泣いてはいけない人間なのだ!
今までどれだけの努力で泣くことを我慢してきたと思っているのだ!

なんとしても「泣かされること」を阻止せねば!


・・・と思ったときに、私は椅子の上に立っていたその男子の、
椅子を引き抜いて転ばせた。

そして、思ってもいないことを叫んだ。

「いつもそうやって、女子を泣かせて!
お前なんかサイテーだ!バーカ!!!」


床に叩きつけられるように転落した男子は
痛さと驚きとでなのか号泣していた。


「こいつ、怖~!」

「男子のこと、泣かしたぞ~」




そのときから、私は生まれ変わった。

自分の意思を言うこともなく、
自分の気持ちを表現したことのなかった私が、
いきなり「強い女子、まっぷー」の称号を手にした。




抑圧されていたのもが解き放たれると、
とんでもない方向に飛んでいくのだ。





中1進学と同時に転校した。

誰も、小さいころの私を知らない。

成績はいいけど、おとなしくて騒がなくて、
嫌がらせをされても泣きもしない、感情表現のない女の子。

こんな過去の自分を壊してやろう。

そして小6の後半に手にした称号
「強い女子、まっぷー」の路線で行こう!




そして、私は中学入学とともに生まれ変わった。


積極的で気が強くて負けん気の強い女子。
納得できないことは先生が相手でも正論で言い負かす。





反動とは恐ろしい。





幼い時の私とは対極の自分が出来上がった。






しかし、どちらが本当の自分なんだろう。



家で親の前では相変わらずの私だったから・・・。



幼い時に抑圧されていたものが表に出てきただけなのか

それとも、後者の私のほうがどこか無理しているのか



自分でも自分がわからなくなる。


多重人格を形成すると言うのは案外簡単なのかもしれない
なんて思ったりする。




だから、子供なんて、まだわからない、と思う。

この先、どう変化するか、限りなく未知数だ。

子供の性格を決め付けちゃいけない。

今のありのままを認めて否定しないで
見つめていかなければ・・・と思う今日この頃です。






| 母のつぶやき | コメント(7) |
2008-07-20 (Sun)
のび太と我が家の愛犬ロックの仲は
相変わらずぎこちない。

のび太はロックが大好きだけど、
どう接したらいいのか、わからないのだ。

ついつい、自分の「ロック大好き」な気持ちを
自分勝手に大げさに表現してしまい、
ロックに「ガウッ!」っと甘噛みされたり、
威嚇されたりして避けられる。

ロックもロックでのび太が大好きで
気が付くといつの間にかのび太の横にピッタリくっついて
まったり寝ている。

しかし、のび太は物事に集中すると周りが見えなくなる。
よって、横に寝ているロックの存在を忘れて、
足や手を動かすために、ロックはビックリして吠えたりしてしまう。



なかなか、想いと行動が結びつかず、相手に伝わらず、
お互い気持ちがすれ違うことが多い。



犬は「大好き!」の愛情表現として
大好きな人を舐めたりする。

私やのびパパが帰宅すると、留守番していたロックは

「おかえり!おかえり!待ってたよ!」

と言わんばかりに駆け寄って飛びついて顔中を舐めまわす。

ま、しつけのいい犬ではないのはこの行動のとおりだが、
この飛びついて舐めまわされる時は至福のひと時なのだ。

ロックはもちろん、のび太にも飛びついて舐めまわしたいのだが
のび太は舐められるのがNG。

「犬にとって舐めるっていうことは
 『大好きだよ』っていう意味なんだよ」

と言ってもこればっかりはどうしてもできないらしい。

「ボクだってロックが大好きだけど
 舐められるのだけはどうしてもイヤ!」






のび太は小さいころ、ほんのちょっと手が濡れてもパニクった。

幼稚園で「水遊びなどをして服が濡れたら自分で着替えて
汚れたものは持ち帰る」と言うことになっていて
着替えを2セット園に置いていたのだが、
ほんのちょっと袖口が濡れた、とか、
他のお友達の水しぶきがちょっとかかった、とか、
そんなことくらいでご丁寧に着替えてくる。

毎日毎日、のび太の着替えだけでかなりの洗濯物だった。



濡れることに過敏なのだ。

こればっかりはどうしようもない。

嫌なものは嫌なのだから。




だから犬に舐められるのが嫌だ、ということも理解できる。

しかし、理解できないのはロックだ。




ボクのこと、好きじゃないの?!

大好きだってば~!

ボクが駆け寄っていって嬉しくないの?!

嬉しいけどチュってしないでよ~

ボクのこと、嫌いなんでしょ?!

嫌いじゃないけどさ~



まるで高校生カップルのような微妙なカンケーの、のび太とロック。




だけど、最近ではロックものび太の性格を理解しつつある。

のび太が帰ってくる気配を感じると「クゥ~ン、クゥ~ン」と
甘えた声でのび太に近寄っていく。

だけど、私にするみたいに飛びついていったりしない。

そして、のび太の足元をまとわりつく。

のび太の顔を見上げて「おかえり!学校、お疲れ様」
と、言ってるように見える(親バカな飼い主でゴメン)けど
決して顔を舐めたりしない。



「だって、のび太、舐められるの、嫌でしょ?」

と、思っているロック。(に違いない・・・親バカ)



これは、ロックなりにのび太の特性を理解した行動だと思うのだ。

犬ってスゴイ!

動物ですら、ここまで相手によって接し方を変えられるのだ。

相手が嫌がることはしない。

それがお互いにいい関係でいられるための条件なのだ。



いくら障害の特性を知って欲しくて文書を書いても
理解できない教師もいると言うのに
ロック、君は、我が家に来るべくして来た、
特別支援犬と言っても過言ではない(いや、言いすぎかも・・・汗)


のび太とロックの関係はこの画像がすべてを物語っている。


のび太とロックがこんないい感じにくっつきあっても、
ロックは決して、これ以上、のび太に近づかない。

こんな感じになったら、私やのびパパだったら
100%顔中ベロベロ攻撃にされるのだが、
のび太のことは絶対に舐めたりしない。




ある日、のび太にブチ切れて私が叱っていたら、
ロックは叱られているのび太の周りをぐるぐる回って、
鼻先でのび太をツンツンし続けていた。

そして、叱り終わって私とのび太は
いつもどおりに会話をしていたにもかかわらず
ロックはのび太にくっついていて、
まったく私に近寄らなかった。

そればかりか、「ロック!」と私が呼んでも、
一瞥してまるでプイっとするみたいに通り過ぎる・・・


そうかそうか。

ロックはのび太の味方なんだ~

と、ちょっとヤキモチ焼きつつ、それが嬉しかったりするのだ。



ロック、のび太が嬉しいときはもちろん、
悲しいとき、辛いとき、そばにいてやってね。



| のび太のあれこれ | コメント(4) |
2008-07-18 (Fri)
きまりや規則にこだわって律儀に守ろうとするのが
のび太の特長だ。

長所でもあるが自分に勝手に足かせをしているともいえる。




「夜は9時に寝る」

「朝は7時24分に家を出る」

と言った、自分で勝手に決めたスケジュール的なものから、



「学校は行かなければいけないところ」」

「お友達とは誰とでも仲良くすること」

・・・と言ったぼんやりした定義のものから、



「廊下は走らない」

「給食は残さず食べる」

と言ったある意味、不文律のような、
でも規則ではないけどいつも言われ続けていること、



「人のものを盗んではいけない」

「人を殺してはいけない」

と言った、法律的なことや倫理的なこと。

これはもちろん守らなければいけないのだが
のび太の頭の中では決まりや規則で
自分の体や心をがんじがらめにしている節がある。






問題なのは、ぼんやりした定義のものだ。


隣のクラスのBちゃんが学校に行き渋っているらしい。

のび太にはそれが「悪」と言っていいほど
悪いことに思えるらしいのだ。

「Bちゃん、サイアクなんだよ!
 学校に行きたくないからって、途中までお母さんと来たのに
 嫌だ、って言って帰っちゃったんだよ!」

「そっかぁ~でもBちゃん、どうしても嫌なことがあって
 行きたくても行けないのかもしれないよ。
 Bちゃんは頑張ってるんだから『サイアク』なんて
 言っちゃダメだよ」

「でも!学校はサボっちゃダメなんだよ!
 行かなくちゃいけないんだ!」

「なんでもないのにサボるのはダメだけど
 体や心が辛いときは休まなくちゃダメだよ!」
 


「学校は行かなければいけないところ」



・・・正確には、親は子供を学校に行かせる義務はあるが
子供には行く義務はない。

ま、行かないよりは行った方がいいのかな、と思う程度の
私の学校の見識だ。

辛い思いで無理ををしたり体や心を傷つけてまで行くことはない、
と思っている。


それをのび太に話しても、なかなか首を縦には振らない。

だって、のび太の中では

「学校は行かなければいけないところ」が
文章として正しいのだ。


一体、誰がのび太にそんなことを洗脳したんだ?!




のび太はお友達とのいざこざを、
余程でなければ家で話してくれません。

例えば、怪我をした、血が出た、泣いた、と言う事実があれば
言わざるを得ないけど、
黙っていればわからないことはわざわざ言わない。

それは

「お友達とは誰とでも仲良くすること」

が、正しい文章だから。


「お友達に何度も背中を押されて嫌だった」

は、「お友達」に続く文章として正しくない。


だから、口には出せない。



4年生になってYくん主導らしい、
のび太への嫌がらせやからかいが続いている。

それがのび太は気づけない。

嫌がらせされていることも、
いつもからかわれる標的にされていることも、
イマイチ自覚がない。

そのとき、その瞬間は嫌な思いをするが
鬼ごっこで、わ~~~っと全体が走り回れば、
嫌な気持ちも忘れるのか?

でも、毎日毎日、同じように嫌がらせは続いて
少しずつエスカレートしていく。


「のび太に嫌なことをする人は
 のび太にとっては『いい友達』じゃないよ。
 本当にいい友達は、
 お友達に嫌なことをしたりしないはずだよ。
 嫌なことをする友達とは遊ぶ必要ないんだよ」

「・・・・・」

「高学年なんだからそういうことも考えて。
 高学年はお友達を選べるようにならないとね。
 それが自分を守ることでもあるんだよ」

「・・・・・」



絶対に納得できないのび太。




「本当の友達とは相手に嫌なことをしない人」

が、正しい文章になっていくことを願って、
口をすっぱ~~~くして言い続けるしかないのかな。


| 我が家の自閉症との関わり方 | コメント(6) |
2008-07-16 (Wed)
たま~に余っている年休を消化するために、
平日に家にいる、のびパパ。

昨日もそうだった。



仕事のときは7時前には家を出るのびパパ。

その のびパパの動きに合わせて
自分も洗面やらするのび太なので、


「今日はお父さん、お休みだから、
 時計を見て動くんだよ!」

と、言っておかないといつまでもボーっとしているのだ。


そう言ってたし、自分が登校する時に
いつもはいないお父さんにも見送ってもらったから、

「今日、お父さんはお仕事お休み」

と、わかってはいたはず。


しかし、学校で家のことなど思い出すこともなく
学校生活のことだけで精一杯ののび太。


帰ってきて家にのびパパが休みでいると、不機嫌なのだ。

のびパパが嫌いなわけじゃない。

だけど、自分が学校から帰ってきていつもはいるはずのない人が
家にいる、という
「いつもと違う風景」に納得できないのだと思う。



☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆



これは小さいときからそうだった。

2歳頃はのびパパは休日、出勤も不定期で、
出勤時間も早番、ちょっと早番、普通、遅番と4種類あり、
毎朝、出勤するのびパパを見送るとき、パニックだった。




のび太が幼稚園入園と同時にのびパパは仕事の課が変わり、
毎週土日休み、毎朝7時前出勤の現在の形になった。


これは好都合だった。

月~金まで、のびパパはお仕事、のび太は幼稚園!
同じだね~

なんて言って幼稚園に通っていた。

しかし、この時から、
たま~にあるのびパパの年休は受け入れられなかった。




「どうしてお父さんは水曜日なのに
 お仕事に行かないの?!」

「お父さんがお休みだったら
 のび太もお休みする!」



幼稚園に行きたくないわけじゃなく、

「お父さんと自分は月~金はお仕事&幼稚園」

というインプットされた情報が崩れるのがNGだったのだ!



そこで幼稚園の頃、のびパパが年休の時は、
小芝居をしていたのだ!


「いってきま~す!
 のび太!今日はね、お父さんはお仕事、
 早く終わるんだよ!
 だから帰りのバスのお迎えは
 お父さんが行くね!」

・・・と、まるでいつもの出勤のように家を車で出るのびパパ。

しかし、行き先は近所のコンビニ・・・


ここでのび太を乗せた園バスがコンビニの前を通り過ぎるのを
雑誌コーナーで立ち読みしつつ、待つのだ!

そうでもしないと、朝から大騒ぎで大変なのだ!

そして、今日のことなのにカレンダーに

「おとうさんがかえりにおむかえにいく」

と、書いて見せる。


これで小芝居、完了!



☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆



現在ののび太にここまで小芝居はしません。

でも、やっぱり心の中はスッキリしないらしい。


いつもなら帰ってきてすぐにリビングのテーブルで
宿題をするのび太だが、
昨日はいかにも不機嫌そうに「ただいま」も捨て台詞で
2階の自分の部屋に直行。

15分くらい経って、降りてきて
いつもどおりにリビングのテーブルののびパパの隣に座り、
宿題を始めたのび太。



自分なりに部屋で気持ちのクールダウンをしてきたのかもね。



やっと「お父さんがお休み」であることに納得できたのび太は
ご機嫌にのびパパと談笑している。



うんうん。


自閉症児として成長しているな。


心のもやもやを自分なりに解決する方法を
身につけているのび太。



見習わなければ・・・と、反省する母でした。





~~~追伸~~~

私自身は相変わらず「いつもと違う風景」ダメです。

電話、訪問者、予定外の出来事・・・etc・・・

そして、旦那の急な年休に
実は心の中で一番パニクっているのは、このワタシ・・・


だから、我が息子ながらのび太のことは
心から尊敬しています。

自閉症者としてパニくる気持ちを抑えようと
自分なりに頑張っているのび太。

社会生活に何とか適応できるようにと、
試行錯誤しつつも、自分自身の荒れた気持ちを
落ち着かせようと頑張るのび太。


はぁぁぁ・・・


これがなかなか真似できません。ハイ・・・汗・・・





| 自閉症について思う | コメント(6) |
2008-07-14 (Mon)
のび太が夏休みに楽しみにしている行事のひとつに
特別支援対象児童のためのサマースクールがある。
(詳しくは→こちら

今年はいつからか、予定が気になって仕方がないのび太なので
先生にメールで尋ねてみた。
(詳しくは→こちら


そして再びK先生からメール。

おおお!もしかしてサマースクールの連絡かな?



「お返事が遅くなってごめんなさい。
 今年は都合によりサマースクールはできなくなりました。
 もし、希望があれば個人指導を行いますよ。
 のび太くんに聞いてみてください」


残念!!!

でも、K先生の個人指導はナイスだ!

できれば個人指導のほうが絶対いい!

以前、やっていただいていた「ことばの教室」みたいで
いいぞ!絶対にいいぞ!


私の気持ちはとってもウキウキしていた♪


「のび太~残念ながら今年はサマースクール、
 ないんだって~
 でもね、代わりにのび太ひとりでのサマースクールなら
 やってくれるって!
 どうする?行くよね?!」








「ええ?!サマースクールないんだ~・・・
 一人でやるのはご遠慮いたします・・・





ガーン!!!!!



ガーン・・・ガーン・・・ガーン・・・






ご遠慮いたします・・・・・って・・・・・







そっかぁ~・・・

のび太はみんなと楽しく過ごすことが楽しみだったんだもんね。



私としては久しぶりにK先生とゆっくりお話もできるかな~

なぁんて、ルンルン気分(死語)でいたのに残念だぁ・・・





仕方がない。

私のサマースクールじゃないもん。

のび太のサマースクールだから、のび太が行きたくないなら
強制するものでもないし。



返信メールを書いた。



「すみません。のび太はみんなと一緒の
 サマースクールを楽しみにしていたみたいで
 のび太ひとりのサマースクールは
 『ご遠慮いたします』って言われてしまいました。
 せっかく配慮していただいたのに申しわけありません。
 私が行きたいくらいです。
 また何かありましたらよろしくお願いいたします」


K先生から返信メール。

「そうですか。
 のび太くんらしい受け答えで嬉しいです。
 のび太くんが1対1が嫌だというのは成長ですね。
 また、何かあったらいつでも連絡くださいね」



4歳からのび太を見続けてくれているK先生。

前回のメールでも

「のび太小学校でのび太くんに会うと、
 以前は『先生~♪』と言って駆け寄ってきて
 ハイタッチなんかしてくれたのに
 最近では会っても無視されます。
 いいんです。これも成長の証です」

と、言ってくださるK先生。



親ではなかなか気づけないのび太の小さな成長に
気づいて教えてくださるK先生に感謝です。




私も母として、成長したいですぅ~・・・




| のび太のあれこれ | コメント(4) |
2008-07-11 (Fri)
前回の記事の続きです。

先にそちらをご覧くださいね!


☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆~~~~~☆


「のび太くん、でも、本当に素直で面白い子ですよ。
 ずーっとこのままで成長して欲しいな~なんて、
 思っているんですけどね・・・
 実はですね~(微笑)」


えええ?

わかってましたよ!面白い子っていうの。

親ですもの!でも・・・一体、何?何?何?



「実は給食は余程、遠くに行かない限り、
 班ごとでで食べてもいいし近くの仲良し同士で食べてもいい
 と言うことにしているんです。
 仲間はずれを出さないこと限定で。
 そうしたらのび太くん、お隣の席のAちゃん(女の子)と
 二人だけで机を向かい合わせて食べてるんです。
 何やら二人で喋りながら、楽しそうに」

「えええ~~~?!女の子と二人っきりで???
 ンププ・・・そうなんですか~?!
 知らなかったです~!!!」

「男の子と女の子が何人も混ざって、
 って言うのは他のグループではあるんですが、
 必ず毎日、二人で向き合っているから微笑ましくて。」

「ああ~Aちゃんってお世話好きな子ですよね。
 1年生のときも同じクラスで隣の席だったことがあって
 毎日のように『これ、Aちゃんにしてもらった』
 『Aちゃんに教えてもらった』って言ってたこともありました。
 きっと、のび太はそういうしっかりした子と
 一緒にいると安心できるんじゃないでしょうか」

「ああ、そうかもしれませんね。
 男の子みたいに乱暴じゃないし
 言葉遣いも男の子よりはやんわりしてるから
 のび太くんはいいのかも知れませんね。
 いいことだと思いますよ。とっても微笑ましいんです。
 お母さんにもお見せしたいくらい・・・(笑)」

「いやぁ~・・・
 ・・・って言うか、口達者な女の子とちゃんと
 会話できているんでしょうかね・・・(汗)」

「二人とも楽しそうだから大丈夫なんじゃないですか。」




汗・・・汗・・・激汗・・・冷や汗・・・



家に帰ってのび太に聞いてみました。

「のび太、給食のときお隣のAちゃんと
 机合わせて食べてるんだって」

「うん!そうだよ」

「先生が『仲がよくてすごくいいことだと思う』
 って言ってたよ」

「仲がいい、ってわけじゃないんだけど」

「でも嫌いな人とは一緒に食べないでしょ?」

「ま、そうだけど、特に仲良しじゃなくて
 隣同士のご縁だしせっかくだから一緒に食べてるの」

「なるほど!そうだよね。
 隣の席になるのも何かのご縁だしね。
 Aちゃんとは1年生からのお付き合いだしね。」

「そうそう!ご縁だよね。
 それに面白いんだよ、Aちゃんは。
 だから一緒に食べてるの」



のび太にしてみたら、わざわざこの事を
取り上げて言われる事の方が疑問らしい。



あとから考えてみたが、のび太の席は一番前。

斜め後ろも女の子。

のび太の後ろは以前からのび太に
ちょっかいをかけたり嫌がらせをしたりすることもあるYくん。
(おそらく「後出しじゃんけん」事件も「背中に泥んこ」事件も
 このYくん主導だったと思われる)

のび太の周りには男の子と言えばY君のみ。

だったらお世話好きなAちゃんと二人で食べた方が
穏やかで平和的な給食タイムを過ごせるもんね~♪


「女の子って男の子みたいに嫌な言葉も言わないし
 乱暴なこともしないから安心できるんでしょ?」

「ああ~そうかも~
 でも、嫌な言葉を言う女の子もいるよ」

「でもAちゃんは絶対に言わないでしょ?」

「あ~そうか~!だから仲良く出来るんだ~」


のび太としては本能的にそういう相手を選んでいたのかも。

だから、後ろのイジワルな男の子と一緒じゃなく
お隣のAちゃんと給食を食べるのは
別に特別なことではなく、自然の成り行きなんだろうね。

そういうことも「何かのご縁」だもんね!





私も先生と同じ意見。


自分に優しくしてくれる人、
自分を穏やかにしてくれる人をちゃんと選んで
付き合えるようになって欲しい。

男の子、女の子なんて そんなのカンケーない!もんね~









| 小学校 | コメント(6) |
2008-07-10 (Thu)
産休に入った担任の代わりのM先生との初対面!

本日、個人面談で対面してきました。



50代の女の先生・・・。

なんといっても年配のおばちゃんタイプが大の苦手なワタシ。


いや、そんな先入観から勝手にイメージを持ってはいけない、

と、思いつつ、正直言ってちょっと憂鬱だったのは確か。



また、障害があることを親のせいにされるかも・・・
(今まで出会ったおばちゃんタイプの先生には
 そういう反応をされてきたから)

配慮をお願いする文書」は渡したものの、
なんの音沙汰がないことも
余計に不安をあおる要素でもありました。





目の前に現れたのは、なんとも小奇麗な上品な先生。

おばちゃん、なんて言って失礼しました。

おばちゃん、と言うより、おばさま、と言った雰囲気。



(M先生)「せっかく、ご丁寧なお手紙を頂いていたのに
 お返事も出来ずに申しわけありませんでした」


ああ・・・ちゃんと読んでくださっていたのね・・・



「でも、のび太くん、お母さんから頂いたお手紙のような
 心配な雰囲気もないですし、
 ほかの子と変わりなく学校生活を送れていますよ。」


一体、のび太のどこが発達障害なんだ?!

とでも言いたげな雰囲気。


「それなら良かったです。
 もう4年間、この学校で過ごしてすべてが4回目の経験で
 さすがに慣れてきたんだと思います。
 幼い頃や1年生の頃は、本当に大変でした。
 パニックになると手がつけられなくなったので
 落ち着くまでいつまでも職員室に居ていいんだよ、って
 言っていただいて、
 職員室で校長先生と何時間も過ごしていた事もありました。
 とにかく、のび太本人が『みんなと一緒に何でもやりたい』
 と言う希望があったので、
 それが出来るように先生方と一緒にここまで育ててきました。
 今、特に問題がないと言うことはもちろんのび太の頑張りもですが
 先生方のご理解のおかげです。」

「そうだったんですか~大変だったんですね」

と、M先生。


「やっぱり一番心配なのはお友達との関わりですか?」

「そうですね。やはり受け答えや反応が
 他のお子さんとはちょっと異質らしくて、
 それを面白がってからかわれたりするんですけど、
 のび太はなかなか自分がどういう状況か、理解できなくて
 それで相手もからかいがエスカレートしたりするんです」

「なるほど。お母さんの心配はわかります。
 お母さんからお手紙を頂いてから、休み時間も時々、
 気をつけてみているようにしていますから安心してください」

「ありがとうございます」



これは意外な反応。

「休み時間も気をつけておきます」なんて
1年生の担任以来の気配りか?!


「お母さんからこのお手紙を頂く以前に
 お友達とトラブルがあったんです。」

「あ!もしかして指を蹴られたことですか?」
(詳しくは→こちら

「そうです!泣きながら『蹴られた』って報告に来て
 相手の子に『暴力は絶対にいけない』って叱ったんです。
 かなり青く腫れてたし、私、のび太くんに、
 『やられたんだから一発ゴン!ってしてやれ!先生が許す!』
 って言ったんですけど、
 『ボクはそんなことできない』ってしなかったんですよ。」

「ああ・・・のび太は絶対に出来ないと思います。
 私も『やられたらやり返せ!』って言いたくなるときがあるんですが、
 自分はやられても絶対にやり返すことは出来ないんです」

「優しい子なんですよ、のび太くん」

「いや、それはどうかわかりませんが、
 そういうところも男の子の中では
 面白がられてからかわれたりする要素にもなるようで・・・
 親としては複雑ですけど・・・」

「そうですね。でも大丈夫です。
 のび太くんの性格もわかってきましたし、
 お友達とのやり取りも気をつけて見ていきたいと思っています」


あああ・・・・・なんて頼もしい言葉・・・

こんなふうに親の気持ちに寄り添ってくれる言葉を待っていたのよ~

「おばちゃんが苦手」なんて思い込んだりしてごめんなさい~




「のび太くん、でも、本当に素直で面白い子ですよ。
 ずーっとこのままで成長して欲しいな~なんて、
 思っているんですけどね・・・
 実はですね~(微笑)」




長くなりましたので、続きます・・・(ニヤッ・・・)
| 小学校 | コメント(8) |
2008-07-07 (Mon)



先週、サバン症候群の3人の方をクローズアップした番組、
見た方も多いと思います。

私も旦那といろんなことを思い出しながら
釘付けになって見ました。


いろいろ考えさせられたのは最後に紹介された、
映画のモデルにもなった重度自閉症のサバンの方。

毎日電話帳をチェックし、すべてを暗記。

何千冊もの本を丸ごと暗記する記憶力。

過去の日付から曜日を言い当てる。





まるで、のび太のようでした。



今でこそ、サバン的な能力は薄らいできているのび太ですが、

3、4歳の頃は確かにカレンダーサバンだったのび太。

今でも、一度辞書で引いた言葉は何ページにあるか、
覚えているのび太。

幼稚園時代に読み聞かせた本はすべて暗記していたのび太。

今でも国語の本などは丸暗記です。
音読の宿題も一応、教科書を開いていますが
見て読んでいるわけではないのび太。




テレビで紹介された彼とのび太はおそらく知能的にも
差があると思うので
同じように考えては間違いかもしれませんが・・・


彼は父親なしでは生活できない。

靴下さえも父親の手を借りなければ履けない。

彼のすべてを認めて愛して、
自分が彼のそばにいてあげなければ・・・

親としていろんな思いで彼に寄り添って生きてきた父親は
すでに80歳を超えている。



テレビでは、父親のこのような愛情によって
彼の驚くべき素質がはぐくまれてきた、
と言った感じで終わっていたが・・・





確かに、彼の親として精一杯の愛情表現が
すべての彼の世話をして生きることだったかもしれないが、
それが子供にとって果たして本当にいいことだったのか。





親は大抵、子供より先に死ぬ。

年を取れば体調も崩す。
自分の子供とはいえ成人した子供の日常の世話を
すべてこなすことは本当に大変なことだ。


重度の自閉症だってきちんと教えれば自分の身の回りのことは
できるようになる。

教えることを怠ってきたことは
自分が死んでから子供にツケのように回ってくるのでは?
と、考えてしまう。






のび太は軽度自閉症だ。

軽度、というのは自閉傾向が軽い、ということではなく
知的な遅れがない、ということだけだ。

確かに重度と軽度では身の回りのことを教える困難さも
かなり差はあるかもしれない。

だけど、親としての責任は、
自分がいなくても最低限のことができるように教えていくことで
あるのかもしれない。






療育に通っていた頃、
重度の身障で(車椅子でした)
知的にも障害の重い子のお母さんが話していた言葉が
印象的で忘れられません。





「いずれ、この子は施設に入ってしまうかも知れない。
私たちと一緒に生活できる時間は限られているかもしれない。
自由に動けないし、意思を伝えることも難しいけど、
せめて『ありがとう』という言葉の使い方だけでも
教えてあげなくちゃ、と思っている。

だって、この子は絶対に人の手を借りなければ生きていけない。
その時に『ありがとう』と感謝を表現できるように・・」






いろんな人がいる。

だからいろんな気持ちがあって いい。

子供への愛情表現だって人それぞれでいい。


だけど、親の満足や、親の気持ちばかりを
子供に押し付けていたら、
それが愛情だとしても、いつか歪んでくる。

いろんな愛の形があって いい。

だけど、子供主体でなければ
子供は親と向かい合っていても、気持ちは孤独なままだと思う。







| 母からのび太への想い | コメント(12) |
2008-07-04 (Fri)
「お母さん~湿布貼って!」

学校から帰るなり、手を差し出して言うのび太。

見ると、左手の薬指の関節がどす黒く腫れている。



「おおお~どうした?突き指?」

「蹴られた」

「蹴られた?!」

「あ!でもね、でも、ボクも悪かったんだ!
 だから、お互い様なんだよ」



どうやら、たどたどしいのび太の説明によると、
遊んでいて、Yくんにのび太が今、お気に入りの
あるお笑い芸人のネタを言ったらしい。
(これが、あまり有名な方ではないのだが
 のび太的にはツボだったらしく、口癖になっているのだ)

それにムカついたYくんが床に手を着いていたのび太の手を
蹴っ飛ばしたらしい。


泣いて保健室に行って湿布を貼ってもらったが、
プールに入るために取ったけど
まだ痛いらしい。


湿布を貼りながら、

「でもさ~のび太、えらいね。
 『僕も悪かった。お互い様』なんて言える様になって」

「・・・・・」

「しつこく、あのネタ、言ったから
 嫌だったんじゃないの?」

「しつこくしてないよ。
 一回しか言ってないもん。」

「そうなんだ~・・・
 でもさ、あのお笑いネタ、流行っているわけじゃないから
 知らない人は言われたら『何だよ!』って
 思うかもしれないね。」

「うん。あの○○(芸人さん)がもっと流行ってれば
 こんなことにはならなかったのにな~」



周りの誰かに言われたのか、
自分でそう思ったのかわからないけれど、
傷を負ったのはのび太だけなのに

「自分も悪かった。お互い様」

なんて言える様に成長したんだな~

うんうん。



なんて思いつつ、帰ってきた旦那に話した。


「でもさ、お互い様って言うけど、
 暴力振るうのはいかなるときでも間違いなんじゃないのかな?」




・・・・・確かに・・・・・


のび太を誉めて終わらせちゃったけど
確かに相手が悪いからとしても暴力は絶対にいけないことだ。


あああ・・・


ワタシって・・・


なんて甘いんだ。



のび太のたどたどしい報告のみで
簡単に判断していたことが情けない。





冷静に、物事をとらえられるようでなければ・・・汗


日々、反省・・・


| のび太のあれこれ | コメント(10) |
2008-07-01 (Tue)
発達障害のある子供は
辛くても学校生活で多数派に合わせて
生活しなければいけないのだろうか。

そうしなければ、生きていけないのだろうか。

発達障害とは生まれつきの脳の障害によるものといわれています。

育て方や環境によるものではありません。

それなのに、どうして辛い思いをしてまで
みんなと同じ行動が出来ないといけないのですか?



障害があるからと言って許される とか
障害があるからと言って甘やかす  などというのとは違う。

もちろん、生きていく上で人としてあたりまえのことは
親として教えていかなければいけない。

それは障害があるなしに関わらず、
あたりまえのことだ。



しかし、発達障害とは脳の機能障害なのだ。


あなたは
生まれつき目の不自由な人に
我慢して努力して黒板の字を見てみろ、と言いますか?

生まれつき足の不自由な人に
努力してみんなと一緒に体育をしろ、と言いますか?




誰もが我が子を愛している。

障害があったって、

いえ、障害のある子だからこそ、
なおさら愛情を与えようとする。

だけど、それは時として、
「子供のため」と言いながら

「親の気持ちの押し付け」になったりする。




「みんなと同じように出来るように」

それは、親の勝手な願いだ。

「みんなと同じように出来るように」を子供に求める前に

子供の辛さの原因を理解してあげなければ

子供は親の前でも孤独なままだ。



みんなと同じにしたくても出来ない辛さを一番感じているのは

親ではなく、障害のある子供、本人であることを、

私たちは知っていなければいけない。






障害のある子供にだって、

意思がある。

障害がある分、繊細にならざるを得ない心を持っている。


子供の意思が
親の意思と同じとは限らない。




| 我が家の自閉症との関わり方 | コメント(14) |
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