-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2008-03-31 (Mon)
(4月8日加筆、修正しました。)

新学期まであと1週間。

この時期、私はのび太の「取扱説明書」的な
「配慮をお願いする文書」を作る。(昨年のはこちら
http://nikonobi.blog92.fc2.com/blog-entry-124.html

昨年は2年から3年に担任が持ち上がりだったこともあり、
この文書はお蔵入りだったのだが、
今年はKP先生も転勤し、のび太の特性を知る先生が皆無になった。

そのため、今回は絶対にこの「文書」は必要なわけで、
今、どうしようかと考えている。

あああ・・・

ユーウツ・・・



以前の文書は低学年ということもあり、心配事が山積みだったし、
私の文章のまとめ方がへたくそなこともあり、
長々長々書き連ねていた。

でも、今回はのび太に伝えるようなつもりで、
ビシッと端的に要点だけまとめて伝えたい。

そのほうが絶対に先生にも伝わるはずだ!









○○先生へ

のびのび太は発達障害の診断を受けています。
発達障害は生まれつきの障害で、
環境や育て方による障害ではありません。
幼稚園から先生方の配慮、療育等での訓練で、
ここまで成長してきました。

先生がのび太と接していただく上で
知っていただきたい事柄をまとめましたので
参考にしていただければと思っております。


①口頭の指示だけでは伝わらないことが多々あります。
 時間割などの予定の変更、時間割以外の持ち物の指示など、
 箇条書きにして、示していただければ伝わります。

②良くも悪くも、周りの意見や雰囲気に流されてしまいがちです。
 自分の思いとは裏腹に、強い主張に流されてしまいがちなので、
 修正してくれる「正しい意見」や「大人の目の判断」をお願いしたいです。

③何かトラブルがあっても、うまく物事の筋道を立てて、
 説明するのが苦手です。
 文字などにして示して、冷静に聞いてくだされば、
 落ち着いて説明できると思います。

④予定外の出来事、突発的な出来事にパニックになることがあります。
 痛みにも弱いです。
 必要以上に大騒ぎしているように思われることもありますが、
 本人の精神的苦痛は私たちが感じるより非常に大きいダメージです。
 気持ちを察して声をかけてくだされば落ち着くと思います。


上記の事柄は発達障害ゆえの困難さです。
同じ障害でも困難さはひとりひとり違いますので、
のび太の特性を知っていただき、
のび太に合った配慮をしていただくことで、
先生方にもご迷惑をかけず、
のび太自身も楽しく学校生活を送れるのではと思います。

親としては、心配は尽きず、
もっとお願いしたいことが山積みであるというのが本心です。
学校で何かありましたら何でも連絡していただければ、
家でも対処していきたいと思います。

ひと手間かかる子供ですが、どうか温かい目で見ていただければと
思っております。

どうかご理解、ご協力をお願いいたします。


     のびのび太の父・母






うぐぐぐぐ・・・

こんなのでいいのだろうか・・・


もし、何かいいご意見がありましたら、
教えていただきたいと思って記事にしてみました。

皆さん、お力を貸してください~~~!!!
スポンサーサイト
| 特別支援・資料関係 | コメント(24) |
2008-03-27 (Thu)
のび太が音楽教室に行っている間、
私は近くの図書館にいるか、本屋で立ち読みをしている。

その日は本屋で立ち読みしていた。

入り口から真っ直ぐの雑誌コーナーで流行などをチェックしていた。



私の背中ギリギリに右から左に早足で通り過ぎた人が、
小声で、でも、しっかり聞こえる声で、


「死ね死ね死ねバカやろうバカやろう・・・」

と、発していた。




え?!


と思って、左に通り過ぎた人を見たら、
幼稚園~小学校低学年くらいの男の子だった。





え?!


私に?!



私に言ってるの?!





・・・と、ビックリしていると、右の方から、


「こら!○○(名前)!『死ね』なんて言うんじゃねぇ!
 テメーの方が死ね!!!」


と、罵声と言っていい言い回しで、聞こえてきた。





背筋がザワ~っとして、さらに驚いて右側を見ると、
私と同世代くらいの女性だった。

どうやら、母親と子供らしい。




しかし、あんな小さい子が「死ね死ね・・・」と、
つぶやきながら歩くのもちょっと怖い気がするが、
それをとがめる母親の言葉や言い回しの乱暴さ・・・


子供に「死ね」とか「テメー」とか・・・?



子供が発する言葉って、親の影響が多いはず。

幼ければ余計に親の真似をするのだ。


「こら!○○(名前)!『死ね』なんて言うんじゃねぇ!
 テメーの方が死ね!!!」


・・・なんて、言葉を本屋のような場所で大声で叫んで平気、
と言うことは、家ではもっとすごい言葉が飛び交ってるのかも・・・。


いくら子供が悪いことをしたとしても、
注意の仕方、叱り方って気をつけなければいけないと思う。


あんな言葉を幼い頃から親の口から聞かされて育てば、
外で他人にも使ってしまう子供になっても仕方がない。



人のふり見て・・・ああ、私も気をつけよう。

せめて、人として恥ずかしくない言葉をのび太に伝えよう。



いやいや・・・かなり、怖かった・・・







| 母のつぶやき | コメント(10) |
2008-03-26 (Wed)
麻呂眉・・・

そう。平安時代の流行だったそうな・・・。


あれは、平安貴族たちの流行で、みんなあの眉にしていたらしい。






高校野球のニュースを見ていた。

今の高校球児は頭はボーズでも、おしゃれしてる。

ちょっと、もみ上げ部分も残しつつのボーズだったりするし、
ほとんどみんな、マユゲを整えている。

げじげじマユゲの高校生なんて、最近、見たことない。

「のび太も高校生とかになったら、
 腰でパンツ(ズボン)はいたり、マユゲ整えたりするのかな~」

なぁ~んて、旦那と話していた。



いつの時代も流行りというものは、大人に否定され、非難される。

だけど、非難する大人だって、自分が若いときは、
ちょっと変な流行に流されているのだ。

私たちの(中学~高校)ときは、誰もがみな、
女子はセイコちゃんカット、男子はチェッカーズカットだった。

男子の学生服はタックがいっぱい入っただぶだぶのズボンで、
今思えば、チョーカッチョ悪いのだ。

女子の制服は上着の丈を自分で短くまつって、
スカートは足首が見えるか見えないかくらいに長くした。

変だ。

だけど、流行の真っ只中にいると、それが一番素敵に思えるのだ。



きっと、今、マユゲを細く「へ」の字に整えてるのも、
ハンケツ状態でズボンをはくのも、
女の子が前髪にデッカイヘアピンを意味もなくくっつけるのも、
20年後には自分の写真を見て、
ゲラゲラ笑っちゃうのだ。

だけど今、それをやらなきゃ気がすまない。

若さと流行は、そんなもんだ。










ふと、のび太の顔を見たら・・・



あれ?


なんか、違う?




何が違うのかな~?






マユゲが・・・ちょっと、ない!





麻呂だ~!

麻呂マユゲだ~!!!




「の、の、のび太!マユゲ・・・
 ど、ど、どうしたの?!」


「ちょっと、切ってみた。」

「(大爆笑~~~!!!!!)」

「やっぱり、変だよね・・・」

「ひ~ひ~ひ~(笑いが止まらない)
 いやぁ~・・・ひ~!
 お父さんとお母さんが話していたから、
 やってみたくなったんでしょ~?
 そりゃ~カッコよくはないよ~ひ~ひ~ひ~・・・」

「あ~どうしよ~・・・変だよね~」

「やるならさ、ひとこと、お母さんに相談してくれれば、
 カッコよくやってあげたのに~!」
(私は元々、すごい『薄眉』で困っていたので、
 マユゲの手入れに関しては、かなり年季が入っていて、技も多数ある!)

「あ~やらなきゃよかった・・・」

「気持ちはわかるけど、何でもむやみにやって、
 ちゃんとできるわけないんだよ。それにさ~、
 『自分や人にハサミや刃物をむやみに向けてはいけません』 
 って、言われたでしょ?」


そう。

のび太は今までも、数々のとんでもないことを、
しでかしているのだ。

学校でハサミでトレーナーを切ってきたり(詳しくはこちら

学校で前髪を凸型に切ってきたり(詳しくはこちら


ブログの私のプロフィールに「思いつきで行動する」って書いてるけど、
そっくり、のび太に遺伝しているらしい。



・・・で、今、こんな状態・・・
maro.jpg
 
携帯画像なのでわかりづらいし、2,3日たったので、
ちょっと生えてきてます。

ちなみに、定規を持っているのですが、
これは「麻呂殿」だから「しゃく」を持っているらしいです・・・汗・・・。





あ・・・本人の希望により、
外に出かけるときは、私がマユゲを書いてあげています。



のび太は今、平安時代の流行に乗っている・・・
| おもしろのび太 | コメント(12) |
2008-03-24 (Mon)
今日、離任式だったのび太小学校。

公立校の教員の移動は新聞で発表される。

特別支援に理解があって、
のび太を1年生から見続けてくださっていた、
校長先生が転勤される・・・。

ああ・・・ショック・・・

配慮の必要な子たちに心を配ってくださって、
暴れている子を校長室に招き入れて、
理由を聞いていっぱい誉めてくださって・・・。

この学校中の配慮の必要な子たちは、
みんな校長先生に愛されて触れ合って認めていただいて育った。


そんな校長先生がいなくなるなんて・・・

特別支援も校長先生次第・・・っていうし・・・

来年度は一体・・・


などと、のびパパと話していた。






しかし・・・・・

見落としていた・・・・・!!!!!


同じクラスのNくんママから電話・・・



「KP先生も転勤だしね~」





え?










「ん?KP先生、△△に転勤って書いてたよ~」












えええええ?


慌てて夕べ、数日前の新聞をチェック!


ああ、ほんとだ。




ああ、随分、遠いところに行っちゃうんだ~






のび太にKP先生が転勤する新聞記事を見せた。

「あ、ほんとだ。」

「(それだけ?)・・・ちゃんと『ありがとうございました』って
 お礼を言ってサヨナラするんだよ」

「うん~」



のび太はこういうとき、特に感想もない。

いろいろ思いはあるだろうが、表現方法もおぼつかないだろうし、
すぐに実感もないだろう。





KP先生・・・。


思えば2年から担任で、3年でクラス替えのときも、
「頼むから違う先生になってくれ!」と祈っていたにも関わらず、
再び担任となった。

KP先生とはいろいろありすぎて、
今ここに、ひとつ思い出を書くとしても、
抜粋できないほどのエピソードがわんさかある。



いくら説明してものび太への対処はぶっきらぼうだった。

だけど、お願いしたことは何とかやってくださった。

いろんな面から見て、
彼もとてもアスペチックなかおりのする人のように感じる。


最近はKP先生にのび太の将来の姿を見るような気さえして、
変な母親目線でKP先生を見てしまい、

「ああ・・・これ以上、問い詰めたら苦しめるだろうな・・・」

なんて、気持ちを抑えて話をすることに努めた。

「4年生になったら、絶対に先生、代わって欲しい!!!」

なんて強く強く思っていた・・・・。





しかし、いざKP先生、転勤、と聞くと、
ほのかに寂しさが・・・


なんだかんだ言ってもKP先生はKP先生なりに
精一杯、のび太に配慮してくださった。

うん。

どう考えたってKP先生、アスペチックフレーバーだもん・・・
いっぱいいっぱいだったはず・・・


で、お手紙を書きました。

「2年間、手のかかるのび太に、神経質にならざるを得ない親で、
ご面倒をおかけしました・・・

のび太もおかげさまで毎日、楽しく学校に通えたのは、
KP先生の配慮のおかげ・・・

この先ものび太のような特性を持つ子供と
出会うことがあると思いますが
そのときにはのび太とのことを思い出していただければ
うれしいです・・・」などなど・・・







離任式から帰ったのび太。

「どうだった?KP先生とちゃんとお別れできた?」

「うん!堅い握手を交わしてきた!」

「(んぷぷ・・)そっかぁ~」

「女のの先生とかは泣いていたけど
 KP先生は泣いていなかったよ。」

「ふ~ん。でも、KP先生も心の中では泣いていたかもよ。
 クラスの女の子は泣いてたんじゃない?」
  (KP先生は実は女子生徒に大人気!不思議・・・)

「うん。○ちゃんとか○ちゃんとか泣いてたよ」

「先生、何か言っていた?」

「『正しいと思うことは正々堂々と行動できる人になってください』
 って・・・」


・・・あえて、のび太に指摘はしなかったけど、
のび太もKP先生の話をしながら涙目になっていた。


「KP先生、このまま行けば4年生も担任だったのにね」

「うん・・・でも、仕方ないよ。
 『別れもあれば次の出会いもあるよ』って」(涙目・・・)

「KP先生、言ったの?」

「うん。」(涙、じゅわ~ん)





のび太はちゃんと別れが寂しい気持ちも知っているんだ。

それでいいんだよ。

こういうとき、泣いていいんだよ。





のび太小学校に、のび太のことをちゃんと知ってくださる先生は
誰一人、いなくなってしまった・・・。



別れの春は、ちょっと不安な春でもある。




| 小学校 | コメント(6) |
2008-03-22 (Sat)
春なのに、おまけに早朝からこんな記事、書いている自分・・・
ブルーです。

だけど吐き出してしまうことで、
気持ちが変化できることを期待して書きました。

無理して読まなくていいです。

独り言のようなものなので・・・










いろいろ思うことがあり、
気持ちの整理をしたくなった。





のび太の自閉症を知れば知るほど、
自分も自閉症の特長を持っていることを実感する。

人とのつながりや関わり方がぎこちないのび太を見れば、
自分も同じぎこちなさがあることを実感する。

のび太との親子関係を見つめれば見つめるほど、
自分と自分の母親の歪んだ押し付けの愛情に
苦しんできたこれまでの自分を実感する。



私はひどい人間だ。

自分の息子を時々、見るのも辛くなることがある。
自分の息子なのに。
きっと息子に幼いときの自分を重ねてしまうからだ。
私は最低な人間なんだ。



人との関わり方を考えれば考えるほどわからなくなる。

私はかなり衝動的に動くことがある。
しかし、これはバクチ的なところがあり、
ピッタリ状況に即しているときと、
まったくもってとんでもないことになったりするときとがある。

かといって一生懸命考えると、何もできなくなったり、何も言えなくなったり、
慌てて行動すると、間抜けな状態に陥ったり、
正直に言葉にしたりすると相手を傷つけたり、
どう関わっていいか考えているうちに、
疎遠になってしまったり、相手が遠ざかって行ったりするのだ。

相手にとっては私は何のアクションも起こさないから、
冷たい人だと思われるのだ。



そして、自分の親も遠ざけている。
自分の親の愛情さえ信じられない冷酷な人間だ。



私とは一体何なのだろう。

こんな最低な人間は、どんな意味を持って生かされているんだろう。

別に死を考えているわけではない。
死にたいわけでもない。

だけど、「自分」というものを見つめれば見つめるほど、
自分の評価が下がっていく。


どうして私は自分の気持ちを押し殺して過ごしていたとき、
じっとしていたんだろう。

そして、明らかに自閉症的な要素を持つ私なのに、
母親の目から見てわかるように壊れなかったんだろう。



狂ってしまえばよかったのに。



気持ちの中ではドロドロで荒れ果てすさんでいるのに、
平静を装って、優等生を装って、毅然とした人間を装って・・・



すべてはウソの自分だ。



そして、今の自分を過去の自分が苦しめている。






| 母のつぶやき | コメント(24) |
2008-03-21 (Fri)
療育で知り合ったBくんは今、5年生。

自分がアスペルガーということを受け入れて、
今は普通クラスで頑張っている。

でも、聴覚、触覚、嗅覚の過敏が激しいBくんには、
普通クラスはかなりしんどい。

中学は普通クラスにするか、特別支援級にするか、
ということで、
学区内の中学校の特別支援級の見学があったので、
お母さんと行って来たらしい。

しかし、パニックになると暴れたり騒いだりはしないが、
ふら~っと教室から出て行く生徒に、
理由も聞かず強引に連れ戻す、

耳ふさぎをして独り言を言う子に、ただ、
「静かにしなさい」とだけ注意する、

そういう無機質な対応がなされていたらしい。


BくんもBくんのお母さんも、
「中学校だからこういうものなの?」
と、思いつつ、見ていたらしい。

でも、何かが違う・・・。


それは、指示も注意事項も予定変更も、
視覚的に指示されることがないまま、
授業が進められている、ということ。

黒板に先生が書くことは授業の内容のみ。




そして、見学が終わり、学校側から特別支援に関しての
説明やら、学校の説明やらがあり、
質疑応答があったので、Bくんのお母さんが、

「ひとりひとりの弱いところに対応していただきたい。
 口頭での指示が理解できない子が多いと思うのですが
 文字などで示して指示していただきたいのですが」

と、言うと、

「そうですね。障害は同じでも弱いところはみんな違います。
 このような『個人手帳』を作っています。
 支援級の子、ひとりひとりの障害カルテのようなものです。
 保護者に書いていただいて、弱いところを補う指導をしています」

と、学校側。


ふ~ん・・・

でも、でもさ、
さっきの授業、見ている限りでは、
一人一人の弱いところに対応している様子はなかったな~

と、思いつつ、Bくんママは聞いていたらしい。


で、最後に学校側からのひとことに腰を抜かしたらしい。



「この学校の普通クラスに入るにしても支援級に来るにしても、
 先生の言った言葉を理解して行動できるようにしてきてください








へ?

なんですと?


この中学校の特別支援級には発達障害の生徒しかいない。

それなのに、「言った言葉を理解できるように」だと?


っていうか、さっき、私の質問に、
「一人一人の弱いところを補う指導をしている」って言ったばかりじゃない?




そうなのだ。

「一人一人の弱いところを補う指導をしている」とは、
世間的な売り文句でしかないのだ。

「一人一人の弱いところを補う指導」をするように、
と言われているんだろうが、
自閉症そのものが全くわかっていないから、
「言った言葉を理解できるように」なんて、
さも、当たり前のように偉そうに言えるのだ。



Bくん一家は今、引越しを考えているらしい。

「あちこち見学してから引っ越そうと思って」


せっかく、小学校でいい環境で理解されて頑張ってきたBくん。

中学校の進学が、「怖い」と言い出しているらしい。
| 小学校 | コメント(6) |
2008-03-19 (Wed)
今日から春休みののび太。

朝から、春休みの宿題に取り掛かっている、生真面目な自閉くん。




昨日、学校の机の奥で?ぐしゃっとなってたらしい、
テストの答案をごっそり持って帰った。


なんというか・・・


落ち着きなく書いているのがわかる。


~算数~

90×30=270
     (慌てて0、書き忘れちゃった」)



~国語~

「ねまき」と書くところを「ねま」と書く
     (何で『゛』つけちゃったんだろう?」)爆笑~!!!


~理科~

問題「バッタを入れ物で飼います」
   (虫かごにバッタが3匹いる図)

  問い1・・・「バッタのすみかはどこでしょう」

    のび太の答え・・・「虫かご」
        (正解は「草むら」)
     
      (だって、このバッタの今のすみかは、虫かごだ、 
           って、図を見たら思ったんだもん
」)ごもっとも!!






算数と国語のあわてんぼミスはともかく、
理科のような「見たまま答え」て間違えるのは、
やはり、自閉ならではのミスは本当に多い。


以前も挿し絵に惑わされて間違えたこともあるし、
ま、要するに文章をちゃんと読んでいない・・・ということもあるが、
引っ掛け問題に、まんまと引っかかっちゃうカモなのだ。


そんな間違いばかりで100点を逸して、悔しがるのび太。


「でもさ、落ち着いてゆっくり読んで書けば、
 みんな100点だよね。
 お母さんは100点だと思っているよ。」

「でもさ、理科の『バッタのすみか』は
 なんだか納得いかないな~
 だって、虫かごの絵が描いてるのに、
 答えが『草むら』なんてずるいよ~!」

「確かにね~
 あんな絵が描いてたら、お母さんも『虫かご』って
 答えちゃうよ~
 でも、もっと学年が上がるに連れて、
 ああいう問題が増えてくるんだよね。
 だから、ゆっくりしっかり読んで考えて答えないと。
 早く書くことで、損をすることが多くなるんだよ」

「あああ・・・そんなの考えられないよ~」




ちょっとのび太がブルーな訳はもうひとつあるのだ。

通知表の「文字を丁寧に書く」が3段階評価の
一番悪い「もう少し」評価だったから。

でも、仕方がないのだ。

本当にのび太の字は、年々、乱雑になっている。

のび太もわかっている。

だけど、ゆっくり丁寧に書く、ということは、
頭でわかっていても、なかなか実行できないらしい。

で、評価で改めて示されるとやはりショックなのだ。


「あああ・・・この一個だけの『もう少し』が
  許せないよ~~~!」


この悔しさをバネに、もう少し丁寧に書いてみたら???



何はともあれ、1年間、本当に頑張ったね。

いつも全力投球ののび太。

お疲れ様。
| のび太のあれこれ | コメント(6) |
2008-03-17 (Mon)
のび太と一緒に買い物に行くことも最近は少ない。

ロックと留守番が出来るようになったし、
もうすぐ4年生だし、
こうして少しずつ、親から離れていくんだろう。

ちょっと、さびしい。

でも、うれしい成長。



久しぶりに、のび太がスーパーについてきた。

マイバックを忘れてきた私は、レジ袋ふたつ持って駐車場に向かった。

そのとき、すっと、左手のレジ袋が軽くなった。



「ボク、ひとつ持ってあげるよ」

え?





「ボク、ひとつ持ってあげるよ」

「え?だ、だ、だ、大丈夫だよ!」
(完全にビックリしてパニクるワタシ)

「ボク、力持ちだし、重くても平気だよ!
 ひとつ持ってあげるってば!」

「わ~!ありがとう~!
 うれしいなぁ~のび太にそんなこと、
 言ってもらえるなんて・・・」

「だって、お母さん、重そうだったから。
 『相手の気持ちを考えてみる』って大事なんだよね。
 だから、お母さんの気持ちを考えてみたの」




じゅわ~んと、涙が出そうになった。





のび太の前で、のびパパにそのことを話した。

のびパパにも誉められて、照れるのび太。

お父さんに誉められることが一番うれしいのび太。





数日後、

「お買い物に行って来るから、お留守番していてね」

「あ・・・ボクも行こうかな?」

「ん?どうして?
 何か、欲しいものでもあるの?」

「お母さん、荷物がいっぱいで大変だったら、
 ボクが持ってあげようかな、って思って。」





また、じゅわ~んと涙が出そうになった。




のび太は自閉症です。

でも、のび太は大丈夫。

ちゃんと成長している。

こんな優しい子たちが、つらい思いをしなくてもいいように、
大人は頑張らなくてはいけないね。




新しい出会いは、ちょっぴり不安だけど
この子たちにとって素晴らしい出会いになりますように・・・
と願わずにはいられない。









| 母のつぶやき | コメント(9) |
2008-03-14 (Fri)
今日の記事は私の個人的な心のつぶやきです。
あまり楽しくない記事ですので、スルーしたほうがいいかもしれません。

気持ちに余裕のある方だけ・・・。











「どうして放課後、家に閉じこもってるの?!
 3年生になったらスポ少に入れなきゃ!
 そういうところでいろんな経験を学ぶものよ!
 どうして、させないの?!
 男の子は家にばっかりいて、厳しくしつけようとしてもダメなのよ」


用は、親の私がそういう環境を作ってあげないなんて、
親として手を抜いている、と言いたいようだ。



「のび太は家でやりたいことがいっぱいあって、
 自分なりのスケジュールが立て込んでいるんです。
 やりたいことがいっぱいで、のび太は充実しているんです。
 スポーツはのび太がしたくなったらすればいいし、
 やりたいなら止めませんけど、今は他に興味のあることが
 いっぱいあって忙しいみたいで・・・」


「のび太くんの趣味って勉強でしょ?
 歴史とか漢字とか、そんなのはこの先、
 いくらでも出来るんだよ!
 外で駆け回って遊ぶことって、今しかできないんだよ!」


・・・・・・・・・・。


絶対に理解しあうことがない、不毛のやり取りです。

こういう人と関わらないようにしていても、
相手は事あるごとに、自分の固定観念を押し付けてくるのだ。





「まっぷーは手も器用だし、
 やれば何でもできる人なんだから
 趣味のサークルとかに入らないと!
 どうせ友達もいないんでしょ?
 ただ家にいても友達も出来ないのよ。
 人生の張り合いがないでしょ?」


「あ・・・あのね、趣味のサークルに入らなくても、
 家の中、見てもらえばわかると思うけど、
 趣味には事欠かない人なのよね。
  物を作るのが好きだから、わざわざサークルとかに行かなくても
 充分、趣味はたくさんあってね。
 で、おかげさまで腹を割って話せる友人もいるし、
 くだらない話で1日過ごせる友人もいるし、
 犬つながりの友人も出来たし、
 外に出なければ人と関われないってこともないと思うんだけど」

「違うのよ!それはそれ。
 もっと充実した生き方を模索すれば、
 やっぱり外に出なくちゃいけないと思うの。
 趣味だってね、ひとりでやってるより、
 同じ趣味の仲間とやった方が絶対に楽しいのよ」



だーかーらー!!!

あなたといくら言い合っても絶対に分かり合うことはない。




私はあなたに幼い時の抑圧された心を解き放つために、

「自分は自分、他人は他人」をモットーに生きてきた。

生き方なんて、本人が満足していればいいのだ。




「まっぷーと他愛もない会話をして笑い合いたいわ」

「私の気持ちを自分で勝手に決め付けて、
 自分の思い通りに成長しない子供を否定してきたあなたと、
 会話なんてできません。」




昨日、母親から手紙が来た。

記事中の私のセリフは、私の心のセリフです。


今まで何度となく、言い続けてきた私の言葉。

そんなものはいつも無視。




「まっぷーは~~~って思ってるのよね」

「え?そんな風に思ってないよ。
 ~~~って思ってるよ。」

「どうして隠すの?本当の気持ちを隠すことないのよ」

「隠してないよ。本当にそう思ってるよ」

「お母さんにはまっぷーの本当の気持ち、わかるよ。
 いいから。無理しないで。」



小さいころから、何度も何度も繰り返されてきた会話。

私の本心はこの世のどこにもなかった。

口にすれば否定されるだけだった。

それも、一見、優しげに。


母は、自分は愛情あふれる人の気持ちがわかる人間だと、
自負していた。

そのわけのわからない自信はなんだったのだろう。

幼い私は、自分の本当の気持ちは人として間違っているんだ、
と、思っていた。

母親の言うとおりに思うことが正しいのだ、
と、思わされてきた。

しかし、成長につれて、
いくら考えても私の気持ちは間違っていないことに気づく。

そして、私の気持ちは母の前では自由にならないことも知った。





愕然とした。





私の気持ちを聞くことも、聞いても理解することもしない。

だからもう、反論もしない。
何も反応もしないことに決めた。

自分の言いたいことだけを言って満足することが、
愛情に見せかけた冷たい手で
私の首を絞めたり口をふさいだりしているのだと言うことに気づかない。

それで私の精神が壊れていくのだ、と言うことも、
いくら言っても受け入れようとしない。




そして、何故かあなたの中で私のイメージが
『友達がいない』『無趣味』『厳しくしつけている』
と、凝り固まっているのが不思議でならない。



もう、いい加減に私の心を自由にしてください。
| 母のグチ | コメント(29) |
2008-03-12 (Wed)
愛犬ロックの散歩で、初めてのび太も卒園した幼稚園の方へ行った。


久しぶりにゆっくり眺める、のび太幼稚園。

一クラス30人、1学年1クラスのこじんまりした園。

でも、園庭で運動会が出来るほどの広い園庭。
ここでのび太は育ててもらった。


入学して気が付いた。

のび太幼稚園の出身の子は学年の半分いるのだが、
他の園から来た子と比べるとみんなおっとりゆったりしている。

もちろん、子供らしく元気だけれど、
大騒ぎする子も、大喧嘩するような子もいない。



のび太幼稚園は自由で伸び伸びした園だった。

卒園アルバムを作る係だった私は、
時々、素の子供たちの姿を写真に収めようと、
園に通った。

私立幼稚園のように英語や体操やお勉強に
力を入れているような特徴もなく(市立幼稚園なので)
毎日、ほとんどを園庭で遊び、
子供同士の喧嘩があっても、ちゃんと謝ること、許すことを教えられ、
親同士もおっとりゆっくり関わり合っているせいか、
変に子供のいざこざに介入する親もない。

発表会の役やクラスの係を決めるときも、
順番やじゃんけんなどはない。
ちゃんと自分の意思を言わせ、お互いの気持ちを理解しあい、
譲ったり、譲られたりして、
「じゃあ、君がこれをやって。僕はこっちで頑張るから」
などと、言える子供たちに成長していった。

第一、年少の時、みんなと遊べずパニックの連続で泣いてばかりいて、
職員室のカレンダーにかじりついていたのび太に、
クラスの黒板に、○月○日と、毎日書かせてくれて、
わざと、「先生はすぐ、日にちを忘れるんだよね~」と言い、
クラスのお友達に、
「のび太くんって、数字も漢字も書くんだ!すごい!」
という意識を植え付けてくださった先生。

そのうち、折り紙、あやとりは大人以上に上達したのび太を、
「折り紙先生」として、みんなでのび太の指導で?
折り紙をしたこともあった。


発表会などの時は、必ずのび太の隣には、
しっかりした子を並ばせてくれた。

我が家では「のび太シフト」と呼んでいたが、
段取りを忘れてぼーっとしているのび太を、
さりげなく誘導したり、お世話してくれるのだ。


もちろん、のび太だけではない。

ひとりひとりの良いところをみんなで誉めて認め合い、
ひとりひとりの苦手なところをみんなで助け合って成長した。

先生方の100%子供を愛してくれる気持ちと、
ひとりひとりを認めてくださる広い心・・・。


元々、のび太はパニックはあっても穏やかな子だった。
叩かれても叩き返すことはない子だった。

そして幼稚園生活が、
さらにのび太を穏やかで温和な性格にしていった。

同じ園出身ののび太の友達を見ても、
このくらいの年齢で見られる荒っぽさもズル賢さもない。

みんなのび太と同じように穏やかで温和な空気をかもし出す。




のび太は今でも嫌いな人がいないらしい。

イジワルされても「キライ」と言った事はない。

愛されて育つ、というのは、こういうことなのだ、と思う。
(ちなみに、旦那も「嫌いな人」はいないらしい)



私が幼い頃は幼稚園の頃からすでに、
「自分はひとりだ」
「誰も助けてくれないんだ」
と、悟った冷めた子供だった。

キライな子はいっぱいいた。

・・・というか、遊ぶ子はいても好きな友達はいなかった。
遊んでいても友達の心の裏ばかりを探っていた。
誰も信じられる人はいなかった。



親以外の人たちからも無条件に愛されて認められて育ったのび太。

親は自分本位の愛情?で私の心をがんじがらめにし、
世の中は恐ろしいことしかないと、
4歳で生きることの孤独感を知った私。

きっと、同じ性質を持って生まれた(と思う)私とのび太は、
環境の差で(愛情の差?)、これだけ違った性格を形成したのだ。




幼稚園のホールではどうやら卒園式の練習らしい。

懐かしい歌が聞こえてきた。

そうそう。

のび太も歌った・・・。
この曲を思い出しただけでも、涙がこみ上げる。 





      ♪はじめの一歩


   小さな鳥が 歌っているよ 

   ぼくらに朝が おとずれたよ、と

   昨日と違う 朝日が昇る

   川の流れも 輝いている

   はじめの一歩

   明日に一歩

   今日から 何もかもが 新しい

   はじめの一歩 明日に一歩

   勇気を持って大きく 一歩 歩き出せ




愛情あふれる幼稚園で育ったのび太。

この、幼稚園がのび太の原点。

のび太にとっては、この幼稚園が「はじめの一歩」だった。

| 幼稚園の頃 | コメント(12) |
2008-03-10 (Mon)
北国の、のび太地方も暖かい日が続いています。

春ですね。


思い出します・・・。春なのにちょっぴりムカつくこと。
(なんだか、長い記事になりましたので、
 お暇な方だけ、どうぞ)




のび太、卒園の頃。

お世話になった療育。
のび太はここで、本当にかけがえのない時間を過ごした。

いえ、のび太が、というより、私が素晴らしい出会いを得たのかもしれない。

ここに来なければ、私たち親子は精神的にだめになっていただろう。

しかし、入学と同時に療育の場はなくなる。

通級のシステムも整っていなかったし、
民間の療育もない地方。

入学した後のほうがよっぽど、心配なことがあり、
フォローして欲しい、と思っていたのは、私だけではない。

教育委員会と、この療育の管轄である市の福祉課とに署名を持って
「入学後の療育の継続」もしくは「それに代わるフォロー体制」を
お願いしたりした。

しかし、行政で予算のかかることは、
一般市民がちょっと声を上げたくらいではそう簡単に動かない。

で、福祉課、教育委員会などに個人的に用事があって行くときは、
個人的に療育の話題を出して、市職員の方を味方につけて、
内部から声を上げてもらうように仕向けよう!

・・・などと、浅はかながら、できる事は何でもやってみよう!
と、話し合った。



たまたま、福祉課に受給者証(当時は療育等、受ける際に必要だった)の
手続きで行く必要があった。

そこで、対応した福祉課の課長(推定50代、女性)に、
とても不愉快なことを言われた。(過去記事こちら参照)

そして、不愉快な思いを抱いたまま、
受給者証の手続きに別の日にまた、行った時に、

課長「療育療育ってみんな言うけどね、
 どうしてありのままの子供を受け入れないの?
 障害のある子ってそのままでいいのよ!
 無理にこちら側に合わせようって、
 しゃかりきになる必要なんてないと思うよ。」

私「は?療育は必要ない、っていうことですか?」

課長「必要ない、とは言わないけど、
 障害を理解する、っていうことは、
 『ありのままを受け入れる』ことじゃないのかな?」

私「療育を受けさせている親が、
 子供の障害を受け入れていない、っていうことですか?」

課長「療育を受けさせるっていうjことは、
 『普通にしたい』『今のままじゃダメだ』って
 思っているからでしょ?」



のび太は幼稚園で大変ながらも普通にみんなと育っていた。

それは、園の担任の先生の素晴らしさだ。

診断される前からのび太の弱いところをちゃんと理解してくださり、
のび太に合った導き方で、
かといって、差別も区別もすることなく、
のび太の奇異な行動すら、お友達に「すごい!」と思わせる手腕!

だから、年中でアスペと診断されてもそれまで通り、
ほかの子とわけ隔てなく園生活を送っていた。

しかし、診断が出たとたん、
園長から
「今まで本当に手がかかって大変だった。こんな子、初めてです。
 加配をつけますので、同意書に署名してください」
と、ぼろくそに言われた。
(暴言の園長に関してはこちらの記事を見てね)


そのとき、園長から、

「○○でこういう子たちの療育があるのに、
 そういうところにも行きもしないで・・・云々」

と、親の私が障害のある子をほったらかしにしていると
言わんばかりの非難めいた口調で、
初めて療育というものを知った。

で、行ってみたのだった。



私にしてみれば、

「お宅の息子は障害があるのに療育もさせないで、
 幼稚園で先生を手こずらせている。」

と、言われて療育に通ったようなもの。

しかし、療育を管轄するところで、

「療育に頼る子育てなんて、
 子供のありのままを認めていないの?」

と、相反することを言われてしまった。


・・・・・?!?!?

一体何なんだ?

のび太幼稚園は市立幼稚園で、ここの管轄も市の福祉課。

つまり、同じ部署から相反する言葉を浴びせられた私。





世の中には確かに、いろんな意見や考えがある。


「障害があってもそのままでいいんだ。」

「障害があっても社会で生きていくには多数派にあわせるべきだ」


極端なふたつの意見ですが、よく耳にします。

でも、この極論のふたつの意見が出るのは、
本当の意味で障害のある人と向き合っていない人からのような気がする。


本当にこの子たちと真剣に向き合っていれば、
そんなに簡単に極端な意見は言えない。

それほどこの子達はデリケートで、
こちら側の接し方次第でパニックにもなるし、笑顔にもなれる。

決してありのままがいけない、ということじゃない。

だけど、この子達が多数派の対応次第で、
どれだけ生き生きと過ごせるかを知ってしまったら、
極端な意見など言えるはずもないのだ。


世の中には、いろんな人がいる。

だから、いろんな意見もあって当然。

「障害」でも「障碍」でも「障がい」でも「しょうがい」でも、
好きなように書けばいいのだ。
(私は変換もメンドーだし、一般に通用する「障害」で書かせてもらいます)

だけど、意見を言うなら、
ちゃんと向き合って本質を知って、見て、理解して、
それから言って欲しい。


振り回されるのは、結局、
意見を言っている人ではなく、
当事者なのだから。



 


| 世間の目 | コメント(12) |
2008-03-07 (Fri)
~私が「自閉症ののび太」と初めて向き合った出来事です。
今まで書くのをためらっていましたが、
真剣に「自閉症であるのび太」と
生きていくことを決意したきっかけの出来事だと思うので、
記録として残すことにしました。~



のび太がアスペルガーと診断されたばかりだったから、
年中になったばかりの頃だと思う。

ふたりでおやつタイム!

しかし、ビスケット2枚とチョコ3個しかなかった。

のび太は全部、自分のもの、と思い込んでいる。

「のび太、お母さんおやつないよ。
 ビスケット、一個、お母さんにちょうだい!」
(大人げない・・・)

「これ、のび太のおやつだよ」

「だって、お母さんはおやつ何にもないよ。
 チョコ3個もあるんだし、ビスケットひとつだけちょうだいね!」
(大人げない・・・)

・・・と、のび太の皿からビスケット1枚、取って食べた。
(大人げない・・・)



涙目でグズグズしだしたのび太。

「のび太のビスケットがひとつになった・・・」

・・・などと、恨みがましい表情で、ぐずるのび太。

あまりにもしつこいので、

「うるさ~い!こんなビスケットいらない!
 もう、のび太と一緒におやつなんて食べない!」

と、食べかけのビスケットをのび太のさらに投げつけた。
(本当に大人げない・・・)


そこで、のび太は、

「やった~!」

と言って、おやつを食べ始めた。



のび太はこの数ヶ月前にアスペルガーと診断されているのだ。

おまけに幼稚園年中の幼子。

かわいい一人息子。


しかし、その反面、アスペルガーとはこういうものか、と、
「人との心の交流ができにくい」とはこういうものか、と、
初めて目の前に突きつけられたように感じた。



大人げない母は、カ~~~!っと頭に血が上った。

「のび太はお母さんからムリヤリ
 ひとつしかないおやつを奪い取って、
 自分だけおやつを食べて、いい気持ちなの?!」

この問いに、

「いい気持ち・・・」

と、答えたのび太。


冷静に、今、考えれば、オオム返しだったかもしれない。

でも、本当にうれしくていい気持ちだったかもしれない。

だとしても、のび太はアスペルガーと診断されたばかりの
4歳の子供だ。

「いい気持ち・・・」と答えても、仕方がないのだ。



しかし再び、アスペルガーとはこういうものか、と、
「人との心の交流ができにくい」とはこういうものか、と、
さらに目の前に突きつけられたように感じた。


そして、このときの私は鬼母だったのだ。

思わず、手が出た。

後にも先にも、のび太を叩いたのはこのときだけだが、
診断されたばかりのダメ母の不安定な気持ちは、
どうにも収まらなかった。

いくらウダウダ説明しても、この時点ののび太には、
何も理解できるはずないのに、
私は自分の怒りと悲しみとやるせなさを、
言葉にして怒りまくった。

のび太におやつがなくて、お母さんだけ食べたら、
どう思うのか、
お友達にそんなことをしたら、嫌われること、
お母さんはのび太がそんな子になって欲しくないこと・・・・・。

頭の中では、この子に障害があるからこそ、
自分が人との関わり方を教えなければ、
のび太は一生、人の心もわからないまま育つかもしれない、
本気で、のび太のことを思っているからこそ、
本気で怒っているんだ、
私は母親として、こういう事を教え続けていかなければいけないんだ・・・

・・・と言うようなことを、グルグルグルグル、考えながら、
号泣しながら、叫んでいた。

のび太も、ただならぬ母の様子に号泣していた。

そして、今にも気を失いそうなうつろな目で、
震えていたのを覚えている。



・・・ああ・・・もう、絶対に、のび太に手を上げたり、
頭ごなしに叱りつけてはいけないんだ・・・。

こういう叱り方を続けていたら、
のび太はきっと、心が粉々にくだけてしまう・・・。


「ごめんなさい~!のび太!
 痛くしてごめんね~~~」

号泣して抱きしめた。

「ごめんなさい~~~~~!
 痛くしてごめんなさい~~~!」

オオム返しだったかもしれないけど、これでいいのだ。

ずーっと、ムギューっと抱きしめてた。

二人とも、泣きはらしてものすごく顔がむくんでいた。

むくんだ顔で、ビスケットを半分にしてくれた、のび太。



自閉症の心の難しさを改めて始めて知った出来事でした。

そして、このときから、
私は自分の中にある自閉的な部分にも気づき始めたのでした。

・・・そのことについては、またの機会に・・・
| 自閉症について思う | コメント(6) |
2008-03-06 (Thu)
のび太は今、日本史に夢中です。

きっかけは図書館で見た「マンガ偉人伝シリーズ」。

漫画なので入りやすく、読みやすく、楽しかったらしい・・・。

それで、徳川家康など、有名な武将のことを知るうちに、
その人物に関する出来事まで、興味の幅が広がった。

・・・で、どんどん、本格的な本にまで手を出して読みふけっている。

のびパパも、日本史&三国志オタク。

昔、プレステなどでするゲームも、
三国志ものや戦国時代ものだった。

三国志の本などは、違う作者のもので何種類も読み漁っているのだ。


そんな、のびパパはのび太が日本史にはまっているのが、
うれしくってたまらないらしい。

毎週、発売になるこんな日本史のシリーズものの本・・・
nihonsi.jpg

ふたりで買って、読んで、
楽しそうに江戸時代にタイムスリップしている(らしい)。


のび太が

「よし!できた!」

・・・と、言って見せてくれたものがこちら

maruanki.jpg

ちなみに、本を見て書いているわけではないです。
丸暗記(カメラアイですから・・・)したものを書き写しているらしいです。

驚いたのが、こちらの出生年と没年の表。

「昔の人は生まれた年がわからない人もいるんだよ」

などと言いながら、こちらも
暗記(カメラアイですから・・・)したものを書いていました。
anki.jpg



こちらは天皇の系図・・・
no-to.jpg

「若くして(この言い回しがのび太らしい)天皇になっているんだよね」 





のび太と言えば、この時期、いつも思い出すのが、
幼稚園卒園の時期に、

「大きくなったらなりたいもの」という質問に答えられなかったこと。

当時ののび太に「未来を想像する」ことは
出来ませんでした。

「大人になったら・・・」

自分もいつか大人になる、
大人も昔は子供だった・・・

そういうことが想像できない、理解できなかった。

ドラえもんののび太が「あや取りチャンピオン」だったので、
あや取りと折り紙が異常に得意だったのび太は、

「ボクはあや取りと折り紙のチャンピオンになる」

と、言っていました。


そして、初めて自分の中から将来なりたいものとして
あこがれたものは、
「FMのDJ」でした。

そして、「算数」が大好きになり、
「数学者」という肩書きの職業があることを知り、

「ずっと算数だけやっていたいから、
 数学者になる」

と、変化していったのび太。





そして今、

ボク、数学者じゃなくて、
 歴史学者になって、みんなも知らない歴史の謎を、
 解明する人になることにする
!」


・・・・・。

興味も変われば夢も変わっていいのだ!

いっぱいいっぱい、あふれるほどの夢を見るがいい!

これからも、いろんなことに興味を持てるそのパワーで、
キラキラした未来を夢見て欲しい。

遠い飛鳥時代の話を楽しそうにマシンガントークするのび太は、
今日も心はタイムマシンに乗って、
歴史の旅をしているようです。
| のび太のあれこれ | コメント(16) |
2008-03-04 (Tue)
C型肝炎訴訟のニュースを見るたびに、

「いつか言わなくちゃ・・・」と、ドキドキしていた。

以前も記事にしましたが(以前の記事はこちら)、
私は妊娠したときの検査で、
B型肝炎の抗体がプラス(HBs-Ag+)であることが判明しました。

これは、以前、B型肝炎にかかり治った形跡らしいのです。

まったく肝臓に関する病気などしたこともなく、
母親にたずねても知らないということでした。

しかし、これは大抵、母子感染の場合が多いのです。
もちろん、集団予防接種による感染等も考えられるのですが、
私の母親が若いときに黄疸を患ったことがあり、
当時はB型肝炎などという病名はなかったため、
おそらく黄疸ということで診断されていたと思うのです。
それが私に母子感染した、
と考えるのが一番、納得が行く気がします。
(そのことは母親にも話し、一度調べて欲しいとお願いしたのですが、
聞く耳を持たない母でした)


さて、母体がHBs+である場合は、
出産時の母子感染とその後、母乳などからの感染を防ぐため、
出産後すぐから生後6ヶ月までに、計4回抗体注射をしなければなりません。

のび太は幸いにも出産時に感染せずに済みましたが、
一度、小学校高学年か中学までに、
改めて抗体検査をしたほうがいい、と言われていました。

これは自閉症の告知よりも大事なことだと思います。

自分の体のこと。

体のことは命にかかわること。

いつか、のび太が理解できる年齢になったら、
ちゃんと説明しなければ・・・と思っていました。



ちょうど、別のニュースで、
「はしかの予防接種を中1と高3にも・・・」というニュースを見て、

「ええ~!やだよ~中1で注射なんて!!!」

と、言ったのび太。

注射が何よりも怖いのび太(その様子はこちらで

・・・・・もしかして、告知のチャンスは今かも・・・!!!


「あのね、のび太、実はね、
 のび太がお母さんのお腹にいるときに、
 お母さんがあるウイルスを持っていることがわかったの。
 それは、もしかしたらのび太が生まれるときに、
 そのウイルスがうつるかもしれない、ってことで、
 のび太は赤ちゃんのときに、4回も注射をしたんだよ。
 お母さんのせいでゴメンね。」

「へ~。でも、ボク赤ちゃんのときのことは知らないし、
 大丈夫だよ~」

密かに、のび太の異常なまでの注射嫌いは、
記憶のどこかに、この乳児期に羽交い絞めにされて、
注射をさせられた記憶が残っているんじゃないか・・・って
思っている私・・・

「でね、生まれるときはそのウイルスはうつらなかったの。
 でもね、一応、小学校高学年になったら、
 一度、病院で調べてもらった方がいいですよ、って
 言われてるのね。
 だから、6年生までに一回、病院に行って
 血液検査をした方がいいんだよね」

「え?血液検査って?」

「注射器でちょっとだけ血を採って調べるんだよ」

「・・・・・~~~~~(泣)!!!
 注射って考えただけで悲しくなってくるよ~~~(涙)!」

「あ~~~ごめんね~
 でもさ、中1ではしかの注射もしなくちゃいけないし、
 体のことはとっても大事なことだし、
 絶対にしたほうがいいんだよ。
 だから早めに予告していた方がいいかなって思って・・・。
 ごめんね~お母さんのせいなんだよね~」
 
「~~~~~でも、やっぱり~~~
 注射って思っただけで悲しくなっちゃうんだよぉ~~~(号泣)!」


結局、母としては意を決した告知も、
「ウイルス」のことを詳しく説明する余地もなく、
「怖い注射をしなくちゃいけない」
ってことだけがのび太の中に残ったようだ。




本当にごめんなさい。

お母さんの体に変なウイルスがあるせいで、
赤ちゃんの頃からのび太には、つらい思いをさせてきた。

だけど、きっと、のび太は、
いろんなことから守られているような気がする。

だから母子感染もしていなかった。


神様・・・

どうか、この先ものび太をお守りください・・・


無宗教の私ですが、こんなときだけあらゆる神様に
祈ってしまうのでした・・・
| のび太のあれこれ | コメント(6) |
2008-03-03 (Mon)
元々のび太の「ことばの遅れ」から障害を疑った私。

あの頃もしゃべってはいた。
でも、テレビやビデオのセリフの真似やオオム返しのみ。
「会話」ではなかった。

始めは「アスペルガー」と診断されたものの、
「言葉の遅れ」が顕著、ということでその後、
「高機能自閉症」「広汎性発達障害」などと診断が付いた。

なんとか会話らしくなってきても、
「どうしたの?」という問いに、
うまく説明して答える事はできなかった。

今でもそうだ。

何かあって説明したくても、

「あ~~~!なんて言ったらいいかわかんないよ~~~!」

と、パニックになる。



宿題を添削していても、
「~は、どういうことですか?」などの、
説明文を答えさせられるような問題は苦手だ。

答えは判っていても、
私が読んでも 正直、何を書いているのか、何を言いたいのか、
判らない文章を書いている。

年に一度「学習度到達テスト」というものがあるのだが、
その診断コメントにも

「国語・・・『効果的に書くこと』『自分の考えを明確にして書くこと』
 『分の構成を考え工夫し書くこと』を頑張りましょう」

・・・という、評価だった・・・。
(ちなみに算数は97点で問題なし)



先日、ニュースを見ていたら、

「高架橋の下での冬の事故、多発」とあった。

「のび太、高架橋の下で車のスリップ事故が多いんだって。
 のび太が理科で習っていることが理由だよ。
 理科の問題に「どうして高架橋の下はスリップ事故が多いのですか?」
 って出たらなんて答える?」

「あ~!うんうん!
 え~っと・・・・・・・え~~~~~~!!!
 判ってるんだけど、なんて答えたら言いか、わかんないよぉ~~~!」

「ゆっくり考えてごらん!
 どうしてスリップすると思う?」

「道路が凍ってるから。」

「そう!じゃあ、どうして高架橋の下が
 凍ってるんだろう?」

「あ、あ、あ、ほら!
 トンネルみたいになってるから、太陽が当たらないから!」

「そうそう!
 太陽が当たらないとどうして凍りやすいの?
 それに溶けにくいんだよね」

「あ!太陽が当たらないから気温が低いままだから」

「そう!
 じゃあ、『答え』の欄になんて書く?」

「えっと・・・高架橋の下は太陽が当たらなくて温度が低くて、
 凍りやすいし溶けにくいから!」

「ピンポ~ン!」



文字にすると、スムーズな会話に感じますが、
実際は答えに到達するまでかなり時間もかかるし、
どもったり、変な言葉遣いしてたりで、
たどたどしいやり取りが続いて、
やっと、答えにたどり着いています。


でも、「苦手意識克服」のために、
普段の生活で、楽しく練習できればいいかな~?

でもね・・・

これって、親の私の気持ちの余裕があるときじゃないと
できないんですよね・・・


うまく言葉をまとめて説明する・・・って、ほんと、難しい。

難なく、すらすらと饒舌にしゃべるのび太の同級生って、
本当にスゲー!!!

・・・なんて、心の中で感心してしまう私。


何かいい方法、ないかなぁ~・・・

| 我が家の自閉症サポート | コメント(10) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。