2009-10-29 (Thu)
<はじめに、お詫び>

昨日、アップした記事(~受診~)の前のふたつの記事を
アップし忘れていました。

「急に話が飛んだ~?」と思いつつ、
読まれた方も多いと思います。


改めて飛ばした記事をアップしましたので、
そちらから読んでくださると辻褄が合うと思います。


相変わらずマヌケでゴメンナサイ(汗)



まとめて読みたい方は「カテゴリー」に
「私が診断に至るまで」という項目を設けました。

こちら→私が診断に至るまで

こちらを逆から辿っていただければ。









主治医は、こうも言った。

「のび太くんを見ているとね、
 こういう子にしては珍しく、『人に対して』笑顔を向けるんだよね。
 きっと、大事に愛されて育てられているんだと思います。
 それは、母親であるあなたの関わりが大きいんですよ」


「のび太くんのことに関しても、
 あなたはきちんとした診断名を望みましたよね。
 わからないままでモヤモヤしているより、はっきり聞きたい。
 あなたは自分に関しても知りたいですか?」


そして、私は答えた。

「自分ではおそらく、のび太とあまりにも似過ぎているので
 だいたい想像は付いています。
 だけど、ハッキリした診断名をつけられるのであれば
 検査をしていただきたい」



そして、様々な問診とWAIS-Rの検査の結果、

私はアスペルガー症候群と診断された。

(詳しい検査結果は記載しません。
 ただ、算数問題・数唱・絵画完成が異常に低かったのには
 笑ってしまうほどでした)




「検査に関して言えば、アスペルガーと言って間違いないでしょう。
 ただ、普通に会話している内容から行くと
 あなたにはアスペルガーの雰囲気が感じられない。
 ところどころにあなたが『会話』というものに対して
 緊張感を持っている感じが見受けられて、
 その緊張感は確かにアスペ特有のものを感じることはありますが
 おそらくあなたは普段、他人と接する時に
 アスペ特有の、健常者が感じる「不思議さ」や「違和感」を
 発することはないのでしょう。
 それは、あなたのこれまでの生い立ちが
 そうさせているのだと思います。
 自分の本来の姿を押し殺して人と接することが当たり前、
 そうしなければいけない、という自己否定の上に
 今のあなたが成り立っている。
 だけど、それは決して「本来のあなたではない」ということではなく
 そうして生きてきたあなたの歴史は間違っていませんよ。
 これがあなたの「生き方」です。
 生まれる前から決まっている「宿命」とは違う、
 自分で歩いて築いてきた「自己」です。
 人として決して間違いではないし、今のあなたは素敵ですよ。」

 



私は、「自分は人間として間違った考えのダメな人間」と
思い続けていた。

しかし、この主治医の言葉で、
生まれてからこれまでの自己否定感が
洗い流されてゆくようだった。



そして、主治医は続けた。


「この後のあなたの人生の課題は『受け入れる』ことです。
 精神的に辛い幼少時代だった、
 お母さんと気持ちの上では縁を切った、
 だけど、あなたがのび太くんから絶縁宣言されることを
 想像してみてください。
 
 そして、もうひとつ、想像して欲しいことがあります。

 あなたもアスペルガー、のび太くんもアスペルガー、
 ・・・ということは、あなたのお母さんもアスペルガーである、
 ということが想像できませんか?

 そして、あなたのお母さんも、その親から
 あなたと同じように精神的に抑圧されて育てられてきた、

 ・・・これは、あくまでも私の想像ですが。

 あなたの話を聞いていると、あなたのお母さんも
 アスペルガーにとても近い方のように感じるからです。

 そして、まだ、医学的には解明されてはいませんが
 発達障害は遺伝率が高いのも事実です。

 そして、昔はこういう性格のゆがみを障害とは
 誰も捉えていなかったために、
 あなたの家族のように精神的虐待が世代間連鎖される、
 というケースは今、とても多く見受けられます。

 悲しいことですが、現代、やっと
 発達障害が解明されてきたということは
 こういう悲しい連鎖を、早く断ち切ってあげねばならない、
 という、医学とはまた別の何か大きな運命的な流れも
 きっとあると思うんです。

 だから、私は、今更・・・と、思う方もいらっしゃるけど、
 私のところに診察に来た子の親で
 精神的に不安定感を感じる方には検査を進めているんです。

 それは親を否定するわけでもなく、遺伝を恨むためでもなく、
 
 『誰も間違っていない、
 ただ、辛い出来事は後世に伝えてはいけない
 親だって愛されたい、じゃあ自分がして欲しかったように
 我が子を愛していきましょう』

 ということを、伝えたいだけです。」




といったようなことを、おっしゃってくださった。





目からうろこだった。

そして、やはり、想像力の欠如したアスペであった。


母親もアスペ・・・


なるほど、そう考えればなんだか全てのことが
理解できるし、辻褄が合う。


確かに、母方の祖父はアスペ色が濃い。





やっと、この年齢になっていろんなことが見えてきた。

自分に疑問を持ったら行動してみるべきなのだ。



そして、「受け入れる」ことがこれからの私の課題、
と、主治医がおっしゃったことは、

確かに私の課題だと思っている。


それは、我が子ののび太に対する「受け入れ」だけではなく、

母親に対するものでもあるのだろう。





正直言って、精神的にハードルが高い課題だ。

しかし、絶対にクリアしなければいけない課題なのかもしれない。








こんな、お恥ずかしい過去をさらしていいものか・・・?

と、思いつつ記事にしてしまいました。



書くことで、改めて自分を知ることにもなり、
正直言って、書いて見なければ自分の反応もわからない、

と思って、恐る恐るアップしてみました。







私のように幼い頃の記憶で苦しんでいる方の
参考になれば、とも思っております。







個人的で重い内容の長い連載に
お付き合いいただき、ありがとうございました。



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| 私が診断に至るまで |
2009-10-28 (Wed)
のび太の検査結果を聞きに
一人で児童精神科に出向いたある日、

私は、検査結果を聞いたあと、

のび太の子育ての不安を早口で饒舌に大声で喋りだしたらしい。
(後から、主治医にこのときのことを、そう言われた。
 自分では記憶にないのだ)

「自分が、自分の母親と同じようにのび太に
 接してしまうのが恐ろしい。
 ふとした時に、自分がされて嫌だったこと、
 言われて傷ついたことなどを、平気でしてしまう。
 自分は意思を持って生きることを否定されて育てられた。
 それと同じことをしてしまうかもしれない。
 私にのび太は育てられない。」

と、言うようなことを話した(のは何となく覚えている)





おそらく、そのときの私の行動、言動は異常だったのだろう。



「○月○日○時、予約を入れてあげるから、
 その時に、もっと詳しく話して欲しい」

と、のび太の主治医は私の診断の予約を入れた。

今思えば、のび太の主治医はあくまでも児童精神科医で、
予約待ち半年で県内外から受診者が来る、多忙な医者だ。

それなのに、2週間後の午後の1時間を取ってくださったのは
きっと、それほど私にただならぬ「何か」を感じたのだろう。




そして、私は?~?で書いたようなことを話した。

時には号泣しながら、時には怒りに震えながら。



そして、一通り、話し終えると、主治医は静かに言った。


「今まで、よく耐えてきましたね。
 あなたは、何も間違っていませんよ。
 これまでも、そして、
 これからも、あなたに間違いはないはずです。」



私は、初めて他人に自分の生き方を認めてもらった。

今まで旦那だけが唯一、私を認めてくれる人だったが、

否定され続けた過去を、そして、
不安で踏み出せないでいた見えないはずの未来も
丸ごと認めてもらって、

私は、再び号泣した。
| 私が診断に至るまで |
2009-10-28 (Wed)
そして、のび太は
「アスペルガー症候群」「高機能自閉症」「広汎性発達障害」と
診断されるのだ。


それは、のび太の特性を知るのと同時に
自分自身の特性もそこに見えてきた。



それは絡まって団子状態になった糸を
ゆっくりほぐしていくことで、やっとそれが
一本のしっかりした糸であったことを証明するかのようだ。

一本の糸は色あせてもいない、よれてもいない、
間違いなくそこに存在する糸である。

私ものび太も確かな一本の糸だった。




しかし、「孫に障害がある」ということは
自分のシナリオにない私の母親は、絶対に信じなかった。


「障害じゃないよ。私の知っている子供とのび太は
 何も変わらない。子供なんてみんなこういうもの。
 絶対に障害なんてありえないから大丈夫」

と言い張り、接し方は余計におかしなことになっていった。



その様子は書けない。怖い。

つまり、のび太のこだわりなどを許さないものだ。

またある時は、逆にこだわりを余計に刺激させるように
仕向けたり、

じっと座っていることを強要したり、

私にとってものび太にとっても恐ろしいものへと変貌していくのだ。



私はのび太の障害についての文献や
わかりやすく書いた文書や
のび太の特長と対処法を記したものを母親に渡した。

しかし、受け入れるということは、ない。

あくまでも自分の理想どおり、行動して話して生きて欲しい、
という自分のシナリオを押し付けることを止めなかった。



自分だけならまだしも、
のび太に私と同じ思いをさせることは絶対に許せない。



私は、母親に対して絶縁状を書いた。





「もう、私たち家族に対して、関わらないで欲しい。
 私たち家族は、あなたの思い通りには絶対にならない。
 もう、顔も見ることもない、声を聞くことも無いでしょう。」





しかし、私はこれまでの経験で知っている。

こういうことを私が主張すれば
母親は狂ってしまうことを。




だけど、それでもいい。





しかし、その絶縁状を出してから、
私の精神の歯車が狂ってきた。



| 私が診断に至るまで |
2009-10-28 (Wed)
私は、もう、母親とは縁を切ろうと思った。

電話をナンバーディスプレイに変えて、
実家からの電話には極力、出ないようにした。


そんなことはお構いなしだった。

急に尋ねてきては、私の子育て、生活に関して
あれこれ難癖をつけた。




インフルエンザで40度の熱を出し寝ているのび太を
ムリヤリ揺すり起こして、

「せっかく、おばあちゃんが来たんだから起きて~」




家の前の砂利道で転んで額に傷を作った時も

「ママがちゃんと見てないからこんなことになったのよ。
 ママに傷つけられたのと同じよ」


「おばあちゃんちの子になったらいいのに。
 こんな生活してたらダメな子になる」




また、多動で落ち着いているはずのないのび太を
ムリヤリ自分の傍らに座らせようとして

「ねえ、おばあちゃんとゆっくりお話しよう。
 おばあちゃんがお話聞かせてあげるからね~」

と、夢みたいなことを言うが、
のび太はお構いなしに走り回ると

「ちょっと、どうしてのび太は落ち着きないの?
 やっぱり3ヶ月で保育園に預けて働いたりしたから
 気持ちが落ち着かない子になっちゃんたんだね。
 取り返しの付かないことを私の大事な孫に
 してくれたよね、あなたは・・・」






まあ、ここに記したことはまだ笑い話程度だ。



母親は私が幼かった時の様に、
いや、それ以上に、のび太に自分の気持ちや
自分の勝手な理想を押し付けて
思い通りの孫に育て上げようと接した。

それは、私にフラッシュバックを起こさせた。


私が幼かった時、「精神的な死」を覚悟したあの頃、

そこまで覚悟させた母親の勝手な思い込みの刷り込みが
今度はのび太に矛先が向けられた。


ダメ!のび太にだけは絶対にそんなことはさせない!
という気持ちと、

自分の幼い頃の「精神的な死」に至るまでのフラッシュバックとで
私は狂いかけていた。




その頃、のび太の発達の疑問を調べるうちに
「発達障害」「アスペルガー症候群」というものに
自分のルーツが見えてきたのだ。








| 私が診断に至るまで |
2009-10-27 (Tue)
結婚したらしたで、

「子供はまだか」と、急かす母親。

結婚一年で子宮内膜症が原因の卵巣膿腫の手術をした。


「孫は授からないんだ」と泣く母親。


私の体をいたわることなく、
「自分の」孫が出来ないかもしれないことにショックを受けていた。



その後も、とにかく「孫が欲しい」という自分の欲求だけを
ガンガンぶつけてくる母親。



母親から分厚い手紙が届いた。

そこには、友人達はみんな孫が出来て、
会えば必ず孫の話で盛り上がる。
私だけその会話についていけない。
羨ましい。どうして私には孫がいないの?
早く孫が欲しい・・・云々・・・

と、自分の「孫が欲しい」気持ちだけを
延々と綴っていた。


電話がくれば「ちゃんと子作りはしているのか?」

などと、自分の娘に聞く母親。



子宮内膜症で卵巣膿腫の手術をし、
子供は出来づらいと言われた娘に対して、
ここまでしつこく子供を要求する母親が他にいたら教えて欲しい。




そうこうしているうちに、妊娠した。

電話で母親に妊娠したことを伝えると、母親は絶句した。

「嬉しい。やっと孫が出来るんだね。
 だって、私だけなんだよ、孫がいないのは。
 本当に今までどんな思いでいたと思う?」

ここまで来ても、「自分」の気持ちだけだった。




出産してからというものはもっと、「自分の気持ち」を
主張してくるようになるのだ。


ある日、母親から電話。

電話に出ると「お母さんです」と言ったきり、黙ったままだ。

???あれ?どうしたの?

「もしもし」と言うと「はい」と言う母親。

そしてまた沈黙が続く。


「ねえ、どうしたの?何?」と私が言うと、

「せっかくこちらが電話かけてやってるのに!
 子育てしている若い母親って、親が電話かけると
 いっぱい話したいことがあるらしいのに、
 どうしてあなたは話してくれないのよっ!!!」

すごい剣幕で怒鳴られ、受話器を激しく切られた。


え?え?どういうこと?

だって電話をかけてきたのは母親の方だから
そちらが何か用事があるんじゃないのか?

かけてもらった私のほうが
何か話題を振らなければいけないものなのか?

子育て中の母親は自分の母親から電話がかかってきたら
何かを話さなくてはいけないものなのか?




この電話の一件は私と母親の間では、まだ普通の出来事だ。

記事にして残したら私は狂ってしまいそうな出来事が
まだまだ山ほどある。

私に対する自分勝手な思い込みと
「こうして欲しい」「こうするらしい」というおかしな妄想なのか

母親のシナリオ通りに行動したり会話したり出来ない私は
再び罵倒され続け、

再び「異常だ」「間違っている」などと人間として否定され、
「人間失格」とまで言われて、

ついには、

「そんな人間に子育てできるはずない。
 私の大事な孫をこんな非常識な人に育てられては困る」

とまで、言われてしまった。







| 私が診断に至るまで |