2013-08-07 (Wed)
何がわかると言うのだろう。

あなたはパニック発作を経験したことがありますか?

あなたは母親に絶縁状を書いて
罪悪感と解放感を同時に味わった事が
ありますか?

あなたは自分の夢を母親に、
あんたなんかにできるはずがない、
と一蹴されて
夢を砕かれたことがありますか?

あなたは自分が苦しんでるのに
幼い頃の身体の弱さを
母親になじられたことがありますか?

あなたは母親に盗みを疑われたことがありますか?

あなたは優等生でつねに
100点が当たり前で誉められもせず
日記や友人からの手紙を
無断で読まれ、
更にその内容を家族で食事中に
バカにされたことがありますか?

あなたは子宮内膜症で卵巣手術し
妊娠しにくいと言われたのに、
「友達で私だけ孫がいなくて話の輪にはいれなくて悲しい」
と母親から手紙をもらったことがありますか?


あなたは、母親を憎み、
でもそんな自分に罪悪感を抱き、
この歳になっても
解消できない心の傷痕が膿んで、
今頃、精神的に病んで苦しむ辛さがわかりますか?


わからないなら、余計な言葉で
更に私を追い詰めないで下さい。


あなたは誰なんですか?

自分の素性も表さないで
私のぼろぼろの心を土足で踏み込んで
勝手なことばかり言うなんて、
もう、やめてください。
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| パニック障害 | コメント(6) |
2013-07-31 (Wed)
「親を愛せない人は
他人を正しく愛せない」


と言われた。




いや、正確には
たまたまそんな文章を目にしただけだ。


だけど、私に向けた言葉にしか
思えなかった。


私は自分の母親を愛せないどころか
憎んでいるのだ。

親を愛せないって
どうしようもないほどの罪悪感と
人間としての劣等感と
日に日に色濃く炙り出される
幼い子供には悲しすぎる記憶が
心を鋭いナイフで切り裂いた傷痕を
さらに粗いヤスリで擦られてるような
何とも言えない苦しみを
一生背負って死ぬしかない。


やっと、本当の愛情というものを
旦那と息子に教えてもらったと思った。

旦那に幼い頃の傷痕を
癒してもらい、

息子を育てる事で甦る苦しい記憶を
発達障害という純粋さを持ち合わせた
息子に癒してもらい、

私は、無償の愛情というものを
初めて知った。


そう、思っていた。


いいじゃない、親が嫌いでも
仕方ないでしょう。

嫌いになる理由があるんだから。

親とあなたは別人格。
血縁があるから愛さなきゃと
罪悪感に苛まれる必要はない。

今まで良く耐えてきましたね。

これからは旦那さんや息子さんを
愛するようにご自分をもっと
愛して自由に生きていきましょうね。



主治医に言われ、号泣した。

親を愛せない事で
自分を責めてはいけない、と。




だけど、やはり、
親を愛せない人間は
他人を正しく愛せるだろうか。

歪んだ実母の自称愛情とやらに
がんじがらめにされて
この歳になって心を病んでる私に

ちゃんと旦那と息子を愛せているのか?


自分勝手な愛情を押し付けてやいないか。


「親を愛せない人は
他人を正しく愛せない」


そうかもしれないね。

頭からこの言葉が離れない。
| パニック障害 | コメント(2) |
2013-07-25 (Thu)
(25日PM 19:30書き加えました)

今日の診察、一時間位も主治医が私の話に付き合って?頂いて、

母を憎む自分は人間として最低なのではないか、
母にされたように息子に接してるのではないかという恐怖感、
母を憎み避けている自分が最低な人間だと思う事を泣きながら話した。





主治医いわく、

いいじゃない、
親が嫌いで会うのが辛いなら会わなきゃいい、
憎む原因があるんだからと。


あなたは意味なく母親を憎んでる訳じゃない、
実際こうして苦しみ気持ちを病んでる、
それが母親が原因だと自覚もあり
心理検査でも明白になってる。
今まで母親の顔色伺って心で葛藤してきたという事は
あなたは常識的に真面目に生きてる。
間違ってない。
だから今は自分が楽に生きてく事を考えよう。



母親を憎む自分を責めたり
自分を否定的に考えるのはやめよう。
大丈夫。

人間として旦那さんを尊敬しているとおっしゃったでしょ?
あなたはその尊敬する今の家族に愛されているという事は
ダメな人間ではないからです。
自分に自信を持って。

息子さんとの告知のやり取りもとても自然でいいと思います。


あなたは、自分の育てられ方に嫌悪感があり
同じような育て方接し方をしないよう心がけても
ふとした時に母親にされた様に接する自分を恐れてる。

でもちゃんとそれを間違いだと解ってる。
それでいいんです。

息子さんには自分が何故この病院に通ってるかも話して、
何でもオープンに出来る環境を作ってる。



話を聞いてると旦那さんがとても素晴らしい方。
とても素敵な温かい家族の様子が伺える。
そんな方に出会って今まで幸せな家庭を築けてるという事は
あなたも素晴らしい旦那さんに愛されている証拠です。
それはあなたがちゃんとした人だから。
だから尊敬する旦那さんが
ずっと側にいてくれたでしょう?
そうでなければここまでこれなかったでしょう。




過去は変えられない。

でも、今からの自分は自分の生きたいように生きる、
それがあなたがこの病気を乗り越える一番の薬。

でもあなたは真面目だから考え過ぎて自分を責める。

それだけはもうやめよう。
あなたは間違ってない。
今あなたが苦しんでいるのは
真剣に生きて真剣に悩んで生きたから。




もっと自分に自信を持って、
自分の生きたいように自由に生きていいんです。

母親に会いたくないなら会わなくていいんです。

それでいいんです。
今のあなたは間違っていません。

頑張って今まで耐えてきたものが、
身体の不調になり変わり
心の中の今までの解決出来ていない辛さとして出てきた。

甲状腺手術痕が首だから
余計に圧迫感を感じるし
過呼吸やらパニック発作を誘発している。
とにかく今はあなたの苦しみを楽にするのが第一です

今まで無理してきたんだから
いくら母親だって
嫌なら嫌でいいじゃないですか。

今はあなたが楽な気持ちを持てる方法で
ゆっくり時間かけてこの病気と向き合いましょう。

旦那さんや息子さんを愛する様に、
自分の過去や辛さや苦しみも含めて
もっとご自分を愛してあげてください。




以上、今日の診察で主治医から言われた事を忘れないように、メモ的に羅列しました。



私は私でいい。

母親を憎む原因があるから憎んでしまう


葛藤して苦しんだから
今の家族と出会えたことに誇りを持て。

嫌なら母親に会わなくていい。

今は自分の精神的安定が第一。

今までの私は間違ってない。

自分を愛せよ。
| パニック障害 | コメント(4) |

2013-07-24 (Wed)
幼い時から母の操り人形だった。
母の思い通りな娘でなければ
母は気が狂ったようになった。

優秀で、品行方正で、髪の毛みつあみで、
ピアノ習って、ピンクのスカートはいて。

でも、長い髪の毛も、ピンクのスカートも
大嫌いだった。

でも、そんなこと言ったら
何されるか解らなかった。


ひとつひとつ、母の異常なあれこれは
思い出すたび、パニック発作お越しそうになる。


(気になる方は、カテゴリーの
「私が診断されるまで」をご覧下さい)


私の首が苦しいのは
手術痕が苦しい訳じゃない。


幼い時から母に首絞められてるんだ。

こんな歳になって、
ますます幼い時からの
傷痕が疼いて苦しくもがいてる。

娘に絶縁状まで書かせ、
送りつけられた母。

仕方ない。

私は、自分の旦那と息子を
母から守るには
それしかなかった。


未だに母を憎み生きてく私。


罰だ。

パニック発作は母を許せず生きてく
最低な人間への罰。


仕方ない。


罰を受けよう。


パニック発作に怯える毎日が、
幼い頃、母の顔色伺って怯えた日々と
まるで同じ。



私のパニック発作は
罰だ。
| パニック障害 | コメント(4) |
2009-01-09 (Fri)
以前にも記事にしたが
MRIの検査をきっかけにパニック障害を発症した。

ま、簡単に言えば「閉所恐怖症」である。


医師によると、私の程度は「軽度」らしいので、
本当に大変苦しんでいらっしゃる方から見たら
まだいい方なのかもしれないけど。



MRIは経験のある方はわかると思うが、
土管のような筒状のところに入れられて
体の断層画像を撮影するのだ。


卵巣嚢腫の手術の際にMRIを受けたのだが、
あの「土管」の中に足から次第に入っていくと、
私は体中から変な汗を噴出し、
しかし、唇は冷たくなっていくのがわかった。
そして息が出来なくなり、激しい動悸がし、
死んでしまいそうに苦しくなった。

結局、MRIは受けられなかった。

MRIの技師さんの方が恐縮して、

「いいんですよ、こういう風になる方って結構いるんです。
 こういう機械の方がおかしいんですよ。
 恐ろしくなって当然ですから、気にしないでくださいね」

と、言ってくださって、余計に申し訳なかった。





閉所恐怖症に関しては思い起こせば幼い頃から
その片鱗はあった。

おそらく幼稚園くらいの頃に、
近所の家族とあるデパートに出かけたとき、
幼馴染の男の子がエレベーターのドアに手を挟めた。

当時のエレベーターのドアは二枚の扉がスライドして開く。

その扉が重なる部分に手を挟めてしまい、
エレベーターが止まってしまった。

昔のエレベーターだし、普通に動いていてもかなり揺れて
それだけでも怖かったのに、
エレベーター自体が止まってしまい、かなりの時間、
動かなかった。


その後の記憶はないのだが、
それ以来、20歳頃までエレベーターには乗れなくなった。



乗れるようになってからも、いつも恐怖でいっぱいだった。

ひとりのときは絶対に乗らなかった。

エレベーターは誰かと一緒のときじゃないと、
絶対に乗れなかった。



しかし、MRIでのことがあってから、
再びエレベーターは乗れなくなった。

手術で麻酔が切れても、
しばらくは酸素マスクをされているのだが、
その、酸素マスク自体にパニクって、外してもらったり。



元々、人ごみや長蛇の列が苦手だったが、
満員電車やあふれかえる人ごみは
MRIの時のように、息苦しくなり呼吸が出来なくなり、
全身冷や汗で貧血のようになる。

風邪で鼻が詰まって夜中に息苦しくなったときも。

とあるお店の古くて狭いトイレに入ったときも。





「ま、パニック障害でしょうね~
 でも、あまり気にしないほうがいいですよ~
 そういう時のために、飴とかガムとか口にして、
 気を紛らしたりして、落ち着かせるのが一番です」



うう~ん・・・なるほど。


でも、そういうのって予期せぬときに突然なるのだから
必ず飴とかガムとか持ち合わせてるとも限らないし。






先日、ある方のお見舞いに病院へ行った。

いつも通っている病院だが、5年前に新しくなった病院で
病棟に行くのは初めてだった。


3階の○号室・・・・・。


・・・?あれ?階段が無い?




看護士さんに聞いてみた。

「あの、病棟はどこですか?」


「あ・・・こちらです」


と、案内されたのはエレベーター。



・・・え?


「あ、どうぞ~」

と、ちょうど、ドアが閉まる瞬間に背中を押されて
エレベーターに押し込まれた。




ま、中に2人いて、何とか無事に3階にたどり着いた。




まずは帰りのために階段を探した。






ない!





どこを探しても階段が見つからない・・・・・!!!






もしかして、病室に行くのに一般の人は
エレベーターでしか行けないのか?






どどどどどどうしよう・・・







そのあと、知り合いの病室にたどり着いて、
病室の白い壁に囲まれていたら・・・






来た・・・・。





冷や汗、貧血、息苦しさ・・・・・。





病室を出て、廊下のソファで休んで落ち着かせた。





タイムラグで、パニクッた・・・。










これは、マズイ・・・









帰りのエレベーターで・・・また、来る・・・






飴かガム・・・バックの中を探す。





おおお!飴が一個!

奇跡の飴だ!






これがあるだけでも、大丈夫のような気がする。


単純な性格でよかった・・・





作戦としては、エレベーター内で余計なことを考えないように
エレベーターに入ってから
飴の包み紙を開けて食べよう!

そうこうしているうちに、1階に着くだろう。








~作戦成功~









今、私のバックの中には、

飴、ガム、フリスク、グミでいっぱい。

小学生の遠足のリュック状態です。













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