2008-08-07(Thu)

「生きていく力」=「生きる自信」

以前読んだ本だったか、何かの講演会で聞いた話だったか、
こんな話を時々、思い出す。


有名な進学校出身で
偏差値の高い大学に入学した生徒。

その中には信じられないほど常識を知らない若者が
多すぎるらしい。

「りんごは赤い」という認識のない人。
 (いつも母親に皮を剥いてもらい
 一口サイズに切ってもらった状態しか知らなかったらしい。
 りんごを見てもそれがりんごだとは理解できなかったらしい。)



大学入学で一人暮らしをしたが、
トイレットペーパーがなくなってパニくり、
実家の四国にいる母親にトイレットペーパーがない、と
泣きながら電話して本当に母親が飛んできたらしい。
 (子も子なら親も親だが・・・
  トイレットペーパーはなくなったらボン!と
  湧いて出てくるかのように思っていたらしい。)



笑い話のような話だが実話とのこと。

この話を聞いたとき、あきれて開いた口がふさがらなかったが
他人事と笑っていられないのだ。



のび太・・・


熱帯夜と言っていいほどの暑い夜、

「お母さん、今日、パジャマ、何着たらいい?」

半袖半ズボンのパジャマか、長袖長ズボンのパジャマかを
毎晩、聞かれる。

「・・・え?のび太はどっちがいいと思う?」

「わかんないよ〜ねえ、どっち?」

「こんなに暑いとき、長袖長ズボン、着てみる?」

「あ〜やっぱり半袖半ズボンだよね〜」



毎晩「どっちにするか聞くこと」自体が
こだわりになってるかもしれないが
それにしてもこういう判断が自分でできないのだ。



ある日、お皿を壊してしまった私。

そのお皿は食パンを食べるとき、いつものび太が使っていた
お皿だった。


食パンを食べようとしたときにいつものお皿がなかった。

「お母さん、食パンの時のお皿がない!」

「あ〜ごめんね〜この前お母さん、壊しちゃったんだ〜
 他のお皿、使ってくれるかな?」

「えええ〜?!どのお皿?」

「どれでもいいよ〜同じくらいの大きさのお皿、
 いっぱいあるでしょう?」

「あ・・・え・・・でも・・・どれにしたらいいか
 わかんないよ〜〜〜(泣)」



万人が「当たり前」と思うようなことですら
判断できなかったり無知であったり、
臨機応変に対処する、ということが難しい。



私の目標は
「のび太が自立した生活が出来るように育てる」ことだ。

何でも一人でこなせ、ということではなく、
困ったときにひとりで対処できなければ
誰かに「ヘルプ」が出せるように、と言うことでもある。

しかし、何でもかんでも「ヘルプ」では
本人も頼られる方も辛いもの。

知的な遅れのないのび太は
「知らない、出来ない」ことで自己評価を下げがちだ。

だからこそ、せめて常識的なことは
自分で対処できるように今のうちに教えておきたい。





例えば、先のトイレットペーパーの話。

なくなったら下のペーパーホルダーに換えのペーパーがあるので
それを取り付ける。
そして、納戸にあるトイレットペーパーを
ペーパーホルダーに補充しておく。

これは完璧。



食器などを誤って落として壊したときは
大きいかけらを拾って新聞紙などに包み、
「壊れ物、ガラス」などと書いて捨てる。
小さいかけらなどはガムテープなどでくっつけて取る。
見逃しているかけらなどもあるかもしれないので
最後に掃除機で吸い取る。

これもかなり落ち着いてできるようになった。




何でも私がやった方が早いしめんどくさくないんだけど、
とにかく何でもやらせてみる。



お風呂掃除、窓拭き、米とぎ、いり卵作りは1年生から、
ロックのオシッコ、ウンチの処理、ロックの食事係り、
自分達の食事の準備、食器の片付け、
自分がおやつで使った食器、コップを洗う、
パンツを汚してしまったときの処理、
ジャガイモたまねぎにんじんの皮むきetc・・・etc・・・



親の忍耐力も必要だが、
かなりいろんなことが出来るようになってきた。



今度はズックの洗い方を教える予定。

あと、電話での受け答え・・・

これはワタシが苦手なので親子で頑張らねば・・・



「生きていく力」はきっと「生きる自信」に繋がるはずだから。




2008-08-03(Sun)

のび太の生きる道

〜平凡でいいから地道に何事もなく
穏やかに過ごして欲しい〜



多くの親が自分の子供には
こんな風に将来の姿を願っているらしい。



…が、二十歳頃の私は


〜平凡なんて普通なんてつまらない
波乱万丈、転がってぶつかって生きてこそ
私の生き方だ〜



なあんて思っていた。


おかげさまで願いが叶い(?)
転がりぶつかり、
未だ荒波漂ってさまよっている気がする。


でも、だからこそ「生きている」実感もある。



だから、息子ののび太にも
平凡に穏やかに、なんて願わないよ。



生まれながらにして
ハンデを背負ってきたのび太。


もちろん、10歳にして
既に「平凡、穏やか」からは程遠いしね。


でもね、つらさや悲しさや痛みを
こんなに小さいうちから
感じながら生きてきた分、
いつかその分の喜びや幸せを
たくさん感じることが出来る心を
持っているはずだから。


お母さんはのび太の「生きていく力」を
信じているからね。



痛みや悲しみをぶつけられても
決して相手に同じ痛み、悲しみを
ぶつけたりしないのび太。


それをみんなはのび太の
「優しさ」と言うけれど
お母さんはのび太の「心の強さ」だと思っています。


そしてそんなのび太を
心から尊敬し、誇りに思っています。



のび太の行く道は
茨の道かも知れないけど
自分に自信を持って歩いて下さい。


お父さんとお母さんはいつでも
のび太の心に寄り添っているからね。



好きなように、自分の納得できるように

生きていってください。
2008-07-07(Mon)

アイ ノ カタチ




先週、サバン症候群の3人の方をクローズアップした番組、
見た方も多いと思います。

私も旦那といろんなことを思い出しながら
釘付けになって見ました。


いろいろ考えさせられたのは最後に紹介された、
映画のモデルにもなった重度自閉症のサバンの方。

毎日電話帳をチェックし、すべてを暗記。

何千冊もの本を丸ごと暗記する記憶力。

過去の日付から曜日を言い当てる。





まるで、のび太のようでした。



今でこそ、サバン的な能力は薄らいできているのび太ですが、

3、4歳の頃は確かにカレンダーサバンだったのび太。

今でも、一度辞書で引いた言葉は何ページにあるか、
覚えているのび太。

幼稚園時代に読み聞かせた本はすべて暗記していたのび太。

今でも国語の本などは丸暗記です。
音読の宿題も一応、教科書を開いていますが
見て読んでいるわけではないのび太。




テレビで紹介された彼とのび太はおそらく知能的にも
差があると思うので
同じように考えては間違いかもしれませんが・・・


彼は父親なしでは生活できない。

靴下さえも父親の手を借りなければ履けない。

彼のすべてを認めて愛して、
自分が彼のそばにいてあげなければ・・・

親としていろんな思いで彼に寄り添って生きてきた父親は
すでに80歳を超えている。



テレビでは、父親のこのような愛情によって
彼の驚くべき素質がはぐくまれてきた、
と言った感じで終わっていたが・・・





確かに、彼の親として精一杯の愛情表現が
すべての彼の世話をして生きることだったかもしれないが、
それが子供にとって果たして本当にいいことだったのか。





親は大抵、子供より先に死ぬ。

年を取れば体調も崩す。
自分の子供とはいえ成人した子供の日常の世話を
すべてこなすことは本当に大変なことだ。


重度の自閉症だってきちんと教えれば自分の身の回りのことは
できるようになる。

教えることを怠ってきたことは
自分が死んでから子供にツケのように回ってくるのでは?
と、考えてしまう。






のび太は軽度自閉症だ。

軽度、というのは自閉傾向が軽い、ということではなく
知的な遅れがない、ということだけだ。

確かに重度と軽度では身の回りのことを教える困難さも
かなり差はあるかもしれない。

だけど、親としての責任は、
自分がいなくても最低限のことができるように教えていくことで
あるのかもしれない。






療育に通っていた頃、
重度の身障で(車椅子でした)
知的にも障害の重い子のお母さんが話していた言葉が
印象的で忘れられません。





「いずれ、この子は施設に入ってしまうかも知れない。
私たちと一緒に生活できる時間は限られているかもしれない。
自由に動けないし、意思を伝えることも難しいけど、
せめて『ありがとう』という言葉の使い方だけでも
教えてあげなくちゃ、と思っている。

だって、この子は絶対に人の手を借りなければ生きていけない。
その時に『ありがとう』と感謝を表現できるように・・」






いろんな人がいる。

だからいろんな気持ちがあって いい。

子供への愛情表現だって人それぞれでいい。


だけど、親の満足や、親の気持ちばかりを
子供に押し付けていたら、
それが愛情だとしても、いつか歪んでくる。

いろんな愛の形があって いい。

だけど、子供主体でなければ
子供は親と向かい合っていても、気持ちは孤独なままだと思う。







2008-05-26(Mon)

10歳の のび太へ

5月25日、のび太、10歳のお誕生日、おめでとう。

のび太と出会ってからもう、10年も経ったんだね。


この10年、本当にすべてが私にとってしあわせだった。

のび太がいる、それだけで何もかもがしあわせだった。




のび太と出会えたことで、
私も自分自身を見つめるきっかけになり、
より「生きている」実感がはっきりとした10年でもありました。



のび太はいつも、周りの人に笑顔を振りまいていたね。

パニックだらけだったはずの、幼い頃を思い出しても、
号泣しているのび太の顔が思い浮かばないんだよね。

あれだけパニック大王だったはずなのに、
どうしてだろう。

思い出すのはニコニコして満面の笑顔ののび太ばっかり。



のび太は「優しいお友達が好き」といつも言いますね。

そして本当にいつも仲良くなるのは、
決して意地悪をしない、乱暴なことをしない、
心優しい暖かい男の子ばかり。

それはきっとのび太自身が、
決して意地悪をしない、乱暴なことをしない、
心優しい子だから、
そういうお友達とひかれあうのだと思います。



悔しいことも悲しいこともたくさんあるかもしれないけど、
のび太は今のままで大丈夫です。

好きなことにとことん熱中できる凄まじいほどの集中力と
曲がったことを許さない正義感と、
心優しい気持ち。

今のままの自分自身に自信を持って生きてください。


私にはない素晴らしいものをたくさん持っているのび太。

私は自分の息子であるはずののび太に、
本当にいろんなことを教わる毎日です。



自分自身の「生きていく力」は目に見えないし、
常に実感できるものではないかもしれないけど・・・

大丈夫。




のび太は今のままでいいんだよ。




そして、辛いときはいつでも、

お父さんとお母さんがのび太の気持ちの隣にいます。

いつでも、ここにいるから、ね。
2008-04-22(Tue)

のび太の意思と生きる力

この記事は前回の続きです。
そちらをご覧になってから読んでくださいね。







何故、昨日の記事のような、
昔の出来事を思い出したかというと・・・・・



実は、ある人にこんなことを言われました。




「障害があるんだから、やっぱりなるべく将来、楽なように、
今のうちに頑張って受験のある中学校に入った方がいいんじゃないか?
のび太くん、勉強好きみたいだし、
好きなうちに頑張らせて、中学入試突破すれば
高校受験しないで楽できるじゃない?」



実はのび太にも以前、聞いたことがあった。

「中学受験、してみたい?」

「ボクはみんなと一緒にのび太中学校(公立)に行く。
 ボクは好きな勉強だけやりたいんだ。
 今は漢字と好きな算数と歴史だけが好きだから
 ほかの勉強まではしたくない。
 高校に入るときはみんなと一緒に受験勉強する」

と。

実際は文字にするほど流暢ではなく、
相変わらずたどたどしく年齢の割には幼い話し方で
正確には どもったり、つかえたり、
いい間違えたりしながらの返事でしたが、
のび太にしては、とても論理的でしっかりした文章で語った。


それで、中学受験を勧めるある人に、
そののび太の言葉を代弁し、
さらに私たち親も、のび太の考えを尊重したいと
話した。

しかし、中学受験を勧めるある人は、

「のび太くんの言い分は所詮、子供の言い分。
障害があるんだし親がしっかり導かないでどうするの?!」

と・・・。


えええ?

子供の言い分って尊重されないんですか?

障害があるからって、本人の意思に反して、
何かを強要したりしていいもんだろうか?


違う!

そんなのおかしい!


「私たち(夫婦)は、のび太が興味のあることは
出来る限りはなんでもさせてあげたいと思っています。
だからといって、何かを無理にさせたり、強制したりしたくないです。
もちろん、助言はするし、のび太が明らかに間違っているときは
ちゃんと正していこうと思っています。
でも、中学受験に関してはのび太の考えに
なんら間違いもないし、のび太には『今』を
楽しく好きなことをいっぱいさせて過ごさせてあげたいんです」



中学受験を勧めるある人は、
私の話にあきれたように大きくため息をついて、


「世の中、障害のある人がたやすく生きていけるような
時代じゃない。
普通の人たちだって生きていくだけで大変なんだ。
好きなことだけやって生きていけるほど甘くないんだ。
それに今は特別支援かなんだか知らないけど、
随分、障害のある子供も優遇されているけど、
特別支援は所詮、学校に居る間だけなんだよ。
いつまでも誰かが手を差し伸べてくれるわけじゃないんだ。」




ここまで言われて、もう、話を続ける気力はありませんでした。

気が遠くなりそうでした。


私は今まで、前回の記事で書いたように、
今日を穏やかに生き生きと過ごす日々が明日も続くこと、
それがずっと先の将来に繋がっていくと信じて、
「今」を大切にのび太に接してきたつもりでした。

・・・と偉そうに言い切っていますが、
その思いに確固たる自信があったわけでもなく、
「誰もがそうであるべきだ」といった押し付けでもなく、
「のび太の親としての私たちの考え」として、
そういう一念でここまで来ました。



だけど、それを根元から覆されたような気持ちで
ガックリきてしまいました。





ふぅ〜・・・





私は自分に自信がないからでしょうか・・・?

自分の考えに自信のある人との会話は疲れます。




でも・・・

私はのび太の「生きていく力」を信じている。

今、のび太が笑顔でいることが、
きっと、未来ののび太の笑顔に繋がっていると思っている。

私たち夫婦の元にのび太が生まれてきたのは きっと、
「この人たちは自分を信じてくれる」
と思ったからじゃないのかな?



ねえ、のび太。

そうでしょ?



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プロフィール

Author:まっぷ〜

のび太の母。元音楽教室講師。思いつきで行動する人。
嫌いなものは電話と人の集団。好きなものは色のグラデーションの羅列とカントリーリース。
聴覚過敏、絶対音感あり。
08年5月アスペ診断済み。パニック障害の傾向あり。
のび太に酷似する特徴を持つ。



のび太・・・小4(普通クラス在籍)。4歳で高機能自閉症と診断。
只今日本史に没頭、「将来は歴史学者になる」らしい。難しい算数問題、漢字(漢検4級取得)なども現在の趣味。
カメラアイの技あり。聴覚過敏、絶対?音感あり。
超敏感な部分と超鈍感な部分が混在する中「マイワールド」に生きる。



旦那(のびパパ)・・・のび太の父。お気楽がモットー。嫌なことも寝れば忘れる。こだわりがなく、どんな形でもどんな環境でも適応できる「スライム」のような人。
自称「俺ADHDかも?」。
のび太と寝相や仕草がシンクロしている・・・。線対称で寝ている。



ロック・・・のび太家の愛犬。オカマのビーグル犬。2歳。
アレルギーによるハゲが体のあちこちにあるものの、のび太が2歳くらいのにぎやかさと落ち着きのなさを彷彿させるやんちゃ犬。
横柄な寂しがりや。
のび太の大切な弟であり、親友。

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