2014-02-14 (Fri)
卒業間近である。

「5年後に開けるタイムカプセルに
5年後の自分宛てのメッセージと
親御さんからのメッセージと
記念になる思い出の品を準備して下さい」

との連絡。



5年後?って早くない?

あっという間だよ5年後なんて

って思ったけど、

ふと5年前ののび太を思い返してみた。


10歳、4年生。

一番いじめが酷かった時だ。

担任も役立たずで精神的にボロボロだったのび太に
3学期ズーッと休んでいい、
5年生になって違う先生になったら
また学校行こう

と言った事もあったな。



あれから素晴らしいC先生と出会い、
いじめを無くしてくれ、
更に自己評価が低いのび太の
良いところをたくさんみつけ、

自称運動音痴ののび太を陸上に引っ張り出し
走り高跳びの素質を見つけて下さり、

それで自信を持ったのび太は
事もあろうか中学受験したいなどと言い出し
苦手な作文を毎日書かせ、
予定外の塾通いなんかさせ、
合格してしまったのび太。


確かに5年、って人生変わる。

今、CMで
3年で人生は変わる

とか言ってるけど
1年で人生は想像出来ない方向に
変わりうるからな。


5年前ののび太が
今現在ののび太を想像出来なかったみたいに

5年後ののび太も
まさか( ̄□||||!!
って感じになってる可能性は、ある。



5年後、20歳ののび太が、
のび太の思う通りに
イキイキ好きなことをしていてくれたら
それでいいんだ。

○○になって欲しい、とか
思わない。


のび太の望む道に向かって
笑っていてくれることだけを
願ってます。


それだけ。


あ、出来れば5年後ののび太を
健康になって見ていたい、

それは私の希望か(笑)
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| 母からのび太への想い | コメント(0) |
2013-05-25 (Sat)
のび太、15歳の誕生日、おめでとう。

この日を迎えられる奇跡に
感謝しています。

お母さんは、12月に死んでたかも知れないもんね。

突然、倒れて入院して、
麻痺もなく生きて病院を出られる確率が
3割程度、と言われて、のび太も、
最悪の事態を覚悟した、
と言ってましたね。

甲状腺がんの手術から一年経たないうちに
また、のび太やお父さんに
ツライ思いをさせ、
命の心配をさせ、
覚悟を強いらせ、
本当にごめんなさいね。

お母さんが今、
こうしてのび太の15歳を祝えることは
のび太やお父さんが
お母さんのことを想ってくれたからです。

人の強い想いや祈りは
信じられない力を与えてくれます。

だから、お母さんは今、生きています。

ありがとう。




のび太への想いは、
過去記事で誕生日の度に、
語って来たので、
多分7年前からさかのぼって
読んで下さい。

生まれた時から、一歳の誕生日も、
7年前8歳の誕生日も、そして今も、
全く同じ気持ちで、
のび太を100%まるごと愛してやみません。



15の君は、この前ニュースで話題になってた
「自分が好きか」
「自分に自信があるか」
という問いに、

「好きじゃない」「自信なんかない」

と、当たり前のように
お母さんに斜めに 視線を向け、言いましたね。

君たちくらいの年頃は
おそらくほとんどの子がそうなのでしょう。

お母さんだって15の頃は
訳のわからない悩みやら想いやらが渦巻いて
自分がわからないこともありました。


だけど、のび太にあんな風に
「好きじゃない」「自信なんかない」
って、はっきり言われたら
お母さん、かなりのショックだったよ。


お母さんは、のび太の生き方、好きだよ。

お母さんはのび太のことを
自信持って、
「うちの息子、良い子でしょ」
「自慢の息子です」
って言えるよ。


のび太、もしかしたら自分が
発達障害であること、
もしかしたら特別な何かあることを
知ってしまったかな?

お母さんが入院中、
発達障害関係の本やら資料やらの辺りを
読んだ形跡があったから。

それに、幼稚園の頃、
児童精神科に行ったことを覚えてる、
と、話してましたね。

あのとき、もっと鋭く突っ込んで聞いてくれたら
ちゃんとあなたの脳の特性のことを
話そうかと身構えていましたが
君は、「何故?」とは聞いて来ませんでしたね。

それは、解っていたからか、
知るのが怖かったのか、
聞いたらお母さんが困ると思ったからか…

どうだったのでしょう。


いつか、話さなければ、
いつか、知らせなければ、
いつか、君は知らなければいけないこと。


それを知ったら、君は、どう思うでしょう。

お父さんお母さんを恨むでしょうか。

少数派に産んだお母さんを、
それを君に黙っていたことを、
恨むでしょうか。

恨むなら、それでもかまいません。

恨んで憎んで君の気が晴れるなら。

だけど、お父さんもお母さんも、
ありのままの君を愛しています。

信じられないなら、このブログを
面倒でも初めから全部読んで欲しい。


どんな時でも、君のありのままを
愛して来ました。

そして、これからの未来、
君がどんな道を歩もうとも、
その愛情は変わることはあり得ません。


少数派で生まれた君はいつも輝いて
他の誰にも代えられない
たったひとりの私達の子供です。


迷った時、ツライ時、苦しい時、
暗闇をさ迷うこともあるかも知れない。

その時は、このブログを読み返して下さい。


お父さんお母さんはもちろん、
たくさんの人達に、
のび太は愛されて、手を引かれて、
ここまで生きてきたことを
思い出して下さい。


そして、君の存在自体が、
たくさんの人達の生きる支えになり、
勇気であり、希望であることを、
知って下さい。





幸せとは、
明日があることだと思います。

そして、生きる、とは、
今、この瞬間を精一杯、
ってことだと思います。

がんになり、生死をさ迷って、
今、こうして生きているお母さんは
そう思います。





お父さんとお母さんの元に
生まれてくれてありがとう。

15歳の誕生日、おめでとう。

15歳の誕生日を祝えるお母さんは
とても幸せです。
| 母からのび太への想い | コメント(2) |
2011-05-25 (Wed)
またまたご無沙汰しております。

PCの調子が悪く、記事を書いている途中で
フリーズしてしまうこと数回・・・


さらに多忙も極めておりまして
ゆっくりPC生活も出来ずにいる状態です。


で、これは携帯からアップしようとしておりますが
どうも携帯で記事を書くのが苦手でして・・・(汗)





でも今日はどうしてもアップしたいので
頑張りますよ。


あ、そういうわけでお返事はかけませんので
コメント欄はまだ閉じておきます。










さて、今日の本題はここから・・・



今日の記事は、のび太への手紙です。





今日はのび太の13回目の誕生日。

のび太、おめでとう♪


過去記事ののび太の誕生日記事を読み返すと
カワイイのび太に愛情たっぷりのラブラブ記事を
毎年書いていたワタシ(笑)

でもね、もう、中学生だしね、

カワイイカワイイを連呼してたらウザがられるだろうから(笑)


でも、お母さんの気持ちは過去の誕生日記事と
全く変化していません。

(気になる方はブログ内検索でどうぞ)




さて、もう13歳か~・・・早っ!!!って感じ。

今、詰め襟で重~い指定バッグを背負って
自転車で40分通学するのび太を見ていると、
パニック大王だった幼い頃が夢だったかのように
思えることもしばしばです。

そして、フツーに同級生と何とかやっているのび太に
「高機能自閉症」なんて診断は
間違いじゃねーの?!

なんて頭をかすめたりすることもあるけど。




のび太は「みんなと同じ」「普通であること」を
いつも望んでいるだろうけど、

でもやっぱり、キミは紛れもなく
「高機能自閉症」ののび太です。

それは、生活の端々で母親として思うところです。

でも、そういう母も同じ人種なもんだから
偉そうに多数派と少数派を語れたもんじゃないけど

でも、やっぱり、社会生活していく上で
それなりに「多数派」を学んでいかねばならないなぁ、

と、のび太の行動、言動から感じ、

わが身を振り返るきっかけにもなっています。


お互い、頑張ろうや(笑)




でも、少数派としての利点を最大限有効活用して
生きていく事も素敵だと思います。

のび太は、周りから突出する事を嫌がるよね。

特別扱いもイヤだし、自分の母親だけが
先生と別室で面談する事すら嫌がるくらいだから
きっと、のび太は自分が何か特別に
何かあるのではないか、と言う事も
感づいているのかもしれないよね。




成長するとともに、余計に嫌がるかもしれない。

また、その反面、自分の突出した部分を
より自覚してくるかもしれない。


だけど、そのキミの周りとは違う感覚を
絶対に否定して欲しくないよ。

その、違う輝きを誇りにしていいんだよ。



だって、お父さんとお母さんは
のび太の「特別な部分」を
とっても尊敬しているし、誇りに思っているから。







「中学校、チョー楽しい。
 勉強も友達も部活も、全部、楽しい」

という、のび太。


悲しくて辛くて真っ暗闇の頃もあったから
余計に、今ののび太が輝いて見えます。

よかった、よかった。

今のキミが満面の笑顔で。






もし、いつか、また、辛い事があったときは
キミをここまで支えてくれた、
暗闇の中でも、キミの手を引いて
導いてくれたたくさんの人たちがいたことを
思い出してください。


そして、笑顔の時も、充実している時も、
そういう人たちの存在を、
絶対に絶対に、忘れないで生きていく事、

それが、キミの「少数派」としての使命でもあります。





13歳のキミが笑顔でよかった。


お互いに、周囲とは違う色を放ちつつ、
マイペースで歩いていこうよね。








13歳、おめでとう、のび太。














| 母からのび太への想い |
2010-06-07 (Mon)
真夏のような日差しの下で
私とのびパパは
のび太にこんな場所に連れてきてもらえた事に
感激してウルウルしていました。




そうです。

早朝練習、放課後練習と、毎日毎日頑張ってきて、
学校代表選手の走り高跳びの選手に選ばれた
陸上の大会が昨日、行われました。




自閉症独特の特長あるぎこちなさも手伝って
運動はからっきし苦手だったのび太。

走るのも決して速いほうではなく、
ドッジボールなどの球技は全然ダメ。

「へたくそだからのび太と同じチームになったら最悪」

なんてイヤミを言われたこともあるというのび太。

だから体育は「大ッキライ!」だったのび太。





体育の授業で高跳びをやった時に
たまたま去年、陸上大会に高跳びで出た子より
高く飛んでしまったのび太に、C先生が、

「のび太くん、高跳び、才能あるんじゃない?」

と、かけた一声。


それをきっかけに、冬季陸上練習に参加。

学校の中でも特に運動神経抜群の子たちに混じって
苦手な運動をするのび太。

練習期間の最後まで続けられただけでも
のび太にとっては大きな第一歩でした。



しかし、春の陸上練習は
「陸上大会出場を目標に練習します」
という一文に恐れおののき、

「ボク、大会に出るつもりはないから
 この練習は出ない」

と、始めは行かなかったのび太。




しかし、陸上練習担当のK先生に

「のび太くん、走るフォームとかもよくなってるし
 陸上練習、出ればいいのに」

という一言で「明日から練習に行く」と言い出した。




そして、校内選手選抜で一番いい成績で
走り高跳びの選手に選ばれたのび太。



毎日毎日、運動会練習だけでもヘロヘロなのに
朝も放課後も練習に励むのび太。

のび太以外の選手の顔ぶれを見ると、
必ずリレーの選手に選ばれる子やら
運動神経がいいと評判の子やら
そしてのび太以外の子、全員、スポ少で頑張っている子だ。

そんなスポーツマンだらけの中で
よくみんなについて行って頑張ってきたよ。



日に日に自己記録を伸ばしていって

「○センチ、跳んだ!
 ○センチって去年、高跳びで優勝した人の記録だよ」

って位、跳べる様になったのび太。



しかし、人間の才能って、どこに潜んでいるか解らないものだ。

だって、自他共に認める運動オンチののび太の
高跳びの才能を見出す先生の目ってスゴイ。

そして、自信のないのび太を
その気にさせてくださる話術にも驚く。



そして、最近では

「走ったりするトレーニングは辛いけど
 高跳びで跳ぶ練習をしてる時は
 すっごく楽しいし、ワクワクする」

と、のび太に言わせる先生に感謝してしまう。





そして、当日。


事前練習で早朝に家を出るのび太と
「ガンバレ」と握手を交わした。

のびパパの車で送ってもらうのび太は
窓越しに私にガッツポーズして見せた。





競技場の観客席に座ると、
太陽の熱さと会場の異様な熱気が立ち込める。

トラックでは中学生の競技が行われ
フィールドでは小学生の投てき競技が行われ
ちょうど、走り高跳びの選手が集合して
今から、試技、というところだった。

のび太はアップに余念がない。


「緊張すると筋肉も堅くなってしまうから
 手足をほぐしておくこと」

というのびパパの言葉どおり、
手足を軽くバタバタしたりストレッチをしたり・・・

まあ、いいんだけど、はっきり言って落ち着きない(笑)



試技を終えて、一番初めは100センチから。

・・・・・あれ?のび太、跳ばないの???



イッチョ前に100センチはパスしたらしい(笑)

練習代わりに跳べよ!なんて笑ってみている私とのびパパ。





しかしだ。

このドキドキ感。

市内のスポーツの精鋭たちが集まる大会に
我が子の応援に来る、なんてことが
あるなんて想像もしていなかった。

もう、結果なんて、記録なんて、順位なんて
そんなもの、どーでもいいのだ!


こういう幸せを味わえる喜びは
小さい頃からスポーツ万能で
こういう大会に出て当たり前な子供を育ててきた人には
わかんねーだろー!


なんて、心の中で叫んでしまうワタシ。








結果、のび太は自己ベストを出す事は出来ずに
終わってしまいました。

のび太より更に頭ひとつ分デカい子が
のび太の自己記録より1センチ高く跳んで
1位でした。




だけどのび太は素晴らしい頑張りでした。

何でもそうだけど、結果だけじゃない、
ここまで来る過程の充実度からいったら
1位です(親ばか・・・笑)






帰ってきて、多くを語らないのび太に、

「残念だったけど頑張ったね~」

と言ったら、

「・・・今日は全然ダメだった。
 ボクは秋の大会に向けてもっと頑張る!」

とのこと。




そして

「のび太、ありがとうね」

と言うと、

「どーして?どーしてお母さんがありがとうなの?」

と、しつこく聞くので、

「陸上大会に連れてってくれて。
 まさかのび太に陸上大会に連れて行ってもらえるなんて
 思ってもみなかったよ。
 あんなにスゴイ大会に出るのび太を見に行けて
 お父さんもお母さんも嬉しくて感動しちゃったんだ」

と、言うと、


「へえ~・・・」


だって(笑)



照れるなよ、のび太(笑)






のび太の才能の小さな芽を見逃さず、
その気にさせてくれたC先生、K先生、
本当にありがとうございます。



そして、のび太、本当にありがとう。








| 母からのび太への想い | コメント(4) |
2009-08-13 (Thu)
「どうして相手の気持ちがわかんないの?!」

「相手の気持ちを理解できないなんて冷たい人間だ」

「あんたがおかしなことを世間に言ったり行動したりすると
 親の私たちが後ろ指をさされるんだ」

と、幼い頃から叱られ続けてきた私。



ああ、私って相手の気持ちもわからないほど
ダメな人間なんだ

どうして他の人たちは相手の気持ちがわかるんだろう

もしかして、私が思っていること、
周りの人たちは全部わかっているって事?!

私が「この人、キライ」って思っていることや
「お母さんみたいな人間にだけはなりたくない」とか
思っていることも、全部わかられているってこと?!





などと、幼い頭をフル回転させ、
生まれつきの妄想族体質も手伝って
どんどん自分を追い込んでいった、私・・・





しかし、中学生くらいになってやっと気づいた。


「他人が私の気持ちを理解できているわけ、ないじゃん」

「私は相手の気持ちなんかもちろんわからないけど、
 アンタだって私の気持ちをこれっぽっちも
 理解しようとしてないじゃん」



開き直りだ。




この頃から、


「人は人、自分は自分」

が、私のモットーになった。



嫌われたって、否定されたっていい、

自分は間違ったことをしていなければ
堂々と意見を言おう

何一つ、恥じることも後ろ指差されることも無いんだ



と、心の中では強く激しい自己主張をするようになっていった。




しかし、母親の前ではできなかった。

ちょっとでも自己主張をすると


「どうしてそういう変わった考えなのかわからない」

「あなたはちょっと普通とはかけ離れている」

「考えが独特すぎて世間では認められない」



いつもこんな風に言われ続けたら、
自己が崩壊してしまって当然だろう。


だけど、ギリギリのところで私は壊れずにいた。



母親の考えに従うしか生きていく道が無い

と、本能的に悟っていたのだ。


幼い頃から植えつけられた「世間で言う普通」と言うものも
否が応でも何となく、身についてもきていたのだ。

それだけ、母親の私に対する
いわゆる「世間的な普通」の刷り込みが強くなされてきたと言うことだ。





今となっては、それもちょっとありがたいとも思ったりする。


のび太に「常識」や「ルール」を教える時に

「世の中ではこういうことをすると非難されるらしいよ」

「それは世間では『ヘンな人』って思われるんだって」


と言うように、教えられるから。





人生に無駄は無い

とは、よく言ったものだ。




だけど、願わくば、私のように親にまで否定され、
自己否定感の塊の幼少期を過ごさねばならない子が
これ以上、増えませんように、と思う。


何故なら、どんなに開き直っても、どんなに年齢を重ねても
幼い時の心の傷というものは絶対に癒える事はない。

癒えるどころか、経験を積み重ねると共に
ヒリヒリと痛みを増して傷口が広がっていくばかりだ。




反面教師、じゃないけれど、

のび太にこんな思いは絶対にさせたくない。


だから、のび太に向かって何度も何度も言い続ける。




「のび太はのび太のままでいいんだよ。

 お父さんとお母さんはどんなことがあっても

 のび太のことを守るからね」




のび太に話しかけながら

のび太に幼い頃の自分の姿を映しつつ、

何度も何度も言い続ける。











| 母からのび太への想い | コメント(2) |