2009-11-27 (Fri)
旦那の職場は、保険やらも扱うところなので、
病気の方や年配の方、障害のある方と関わることも多々ある。
年配の方が、一日に何度も、
同じことの問い合わせをしてきたり、
知的に障害のある方が窓口にいらして、
ひとしきり、世間話だけしてただ、帰ってしまう人などもいるらしい。
また、幻覚でも見ているかのような心配事を
電話してくる方などもいるとか。
その中で、知的に障害のある方で、
障害者手帳を持っている方などで、
「どうして、自分がこの手帳を持っているのか、
どうして、自分が障害者手当てをもらわなければならないのか」
と、おっしゃる方が多いらしいのだ。
つまり、きちんと自分自身について、
親や周りの人に説明をされていないまま、
40代50代まで来てしまっている、ということなのだ。
確かに昔は障害のある人に対する理解は乏しく、
ましてやこの辺は「田舎」なので
障害があること自体を家族はひた隠していたのかもしれない。
しかし、本人にとってはそれでいいのだろうか?
順番からいって、大抵は子供より親が先に死ぬ。
残された障害のある子供が
自分自身のことを知らないまま、残されて生きることは
幸せなことなのだろうか?
などと、考えてしまうのだ。
そういう私も、いまだに、のび太へのきちんとした告知を
伸ばし伸ばしにしてきて、現在に至る・・・
そろそろかなぁ〜
せめて、中学入学までには
なんとかせねば・・・と、
旦那の話しを聞きつつ思うのである。
病気の方や年配の方、障害のある方と関わることも多々ある。
年配の方が、一日に何度も、
同じことの問い合わせをしてきたり、
知的に障害のある方が窓口にいらして、
ひとしきり、世間話だけしてただ、帰ってしまう人などもいるらしい。
また、幻覚でも見ているかのような心配事を
電話してくる方などもいるとか。
その中で、知的に障害のある方で、
障害者手帳を持っている方などで、
「どうして、自分がこの手帳を持っているのか、
どうして、自分が障害者手当てをもらわなければならないのか」
と、おっしゃる方が多いらしいのだ。
つまり、きちんと自分自身について、
親や周りの人に説明をされていないまま、
40代50代まで来てしまっている、ということなのだ。
確かに昔は障害のある人に対する理解は乏しく、
ましてやこの辺は「田舎」なので
障害があること自体を家族はひた隠していたのかもしれない。
しかし、本人にとってはそれでいいのだろうか?
順番からいって、大抵は子供より親が先に死ぬ。
残された障害のある子供が
自分自身のことを知らないまま、残されて生きることは
幸せなことなのだろうか?
などと、考えてしまうのだ。
そういう私も、いまだに、のび太へのきちんとした告知を
伸ばし伸ばしにしてきて、現在に至る・・・
そろそろかなぁ〜
せめて、中学入学までには
なんとかせねば・・・と、
旦那の話しを聞きつつ思うのである。
2009-11-27 (Fri)
考え方、というのは、人それぞれ多々あっていいのだ。
だけど、基本、人様に迷惑をかけないこと、
不快な思いを与えないこと、
社会的ルールを守ること、
これだけは絶対的に人として守らねばいけないと思う。
その上での「自分自身の考えの主張」であるべきだ。
自分を正当化するために誰かを否定したりけなしたりするのは
絶対に間違っている。
人として許せない。
自分さえよければいいのだ、という考えであれば、
その「言葉」は、内に秘めておけばいいのだ。
「言葉」を外に発信している以上、
自らの言葉に責任を持つべきだと思う。
だけど、基本、人様に迷惑をかけないこと、
不快な思いを与えないこと、
社会的ルールを守ること、
これだけは絶対的に人として守らねばいけないと思う。
その上での「自分自身の考えの主張」であるべきだ。
自分を正当化するために誰かを否定したりけなしたりするのは
絶対に間違っている。
人として許せない。
自分さえよければいいのだ、という考えであれば、
その「言葉」は、内に秘めておけばいいのだ。
「言葉」を外に発信している以上、
自らの言葉に責任を持つべきだと思う。
2009-11-24 (Tue)
ある日、珍しくスーパーの買い物についてきたのび太。
買い物途中で入園前に通っていた子育てサークルで
一緒だったお母さんに会った。
「ほら、のび太、○○ちゃんのお母さんだよ〜
ちゃんとご挨拶しなさい」
ぼんやりしているのび太に挨拶をさせた。
久しぶりで、近況報告に花が咲いた。
「のび太くんも大きくなったね〜」
などと言われても、のび太はあからさまな不機嫌顔。
さらに、
「お母さん〜早くぅ〜」
と、いかにもわがままな子供といった感じののび太。
「ちょっと待ってなさいよ〜
ごめんね〜ほんとにしつけが出来てなくて〜」
あからさまなのび太の仏頂面に申し訳なくなり、
謝りつつ、話をしていた。
○○ちゃんママは良い人。
「ごめんね、のび太くん、またね〜」
と、別れた。
のび太のあまりにも幼すぎる態度に、
これはちゃんと言い聞かせないと!
と、その場で小声で叱った。
「のび太、あんな風にあからさまに嫌な顔をしたり
早く〜なんて急かしたりするのは
○○ちゃんママに対してとても失礼なんだよ。
言われなくてもお父さんやお母さんの知り合いと会ったら
ちゃんと挨拶しなくちゃいけないんだし、
お話しているのを嫌がった顔をして見せたりするのは
高学年の子としては、ちょっと恥ずかしいことなんだよ」
というと、
ハッとした顔をして、
「そうなんだ〜恥ずかしいことなんだね。
でも、誰かに会うなんて思わなかったから
何だかどうしたら良いかわかんなくなったし、
どういう風にしたらいいか、わかんないんだよ〜」
そうなのだ。
全く、悪気などないのだ。
これこそがAS的な部分なのかもしれない。
自分が知らない人でも家族の誰かの知り合いには
ちゃんと挨拶をすること
その人と会話をしている時に
話しを遮ったり急かしたりしてはいけない
成長すれば自然と身に付く、と思われがちだが、
やはり少数派は、明らかにこういう部分で
時に、失礼な態度を取ってしまったりする。
それが決して悪気がないことだとしても、
相手のあることだから、いい訳にはならないし、
どんなにそれが障害のせいだったとしても
相手に不快な気持ちにさせることはやはりしてはいけない。
その数日後、ショッピングセンターで
旦那の同僚に会った。
その時は、きちんと帽子を取って
「こんにちは〜」
と、にこやかに挨拶していた、のび太でした。
ほら、マナーが理解できれば
こんなにちゃんと挨拶できるし、感じいい子だし(笑)
「そのうち自然に身に付く」とか「成長すればするようになる」とか
そういうのって、親としての責任逃れみたいな気がする。
だから、私はしつこく教え続けるのだ〜〜〜
買い物途中で入園前に通っていた子育てサークルで
一緒だったお母さんに会った。
「ほら、のび太、○○ちゃんのお母さんだよ〜
ちゃんとご挨拶しなさい」
ぼんやりしているのび太に挨拶をさせた。
久しぶりで、近況報告に花が咲いた。
「のび太くんも大きくなったね〜」
などと言われても、のび太はあからさまな不機嫌顔。
さらに、
「お母さん〜早くぅ〜」
と、いかにもわがままな子供といった感じののび太。
「ちょっと待ってなさいよ〜
ごめんね〜ほんとにしつけが出来てなくて〜」
あからさまなのび太の仏頂面に申し訳なくなり、
謝りつつ、話をしていた。
○○ちゃんママは良い人。
「ごめんね、のび太くん、またね〜」
と、別れた。
のび太のあまりにも幼すぎる態度に、
これはちゃんと言い聞かせないと!
と、その場で小声で叱った。
「のび太、あんな風にあからさまに嫌な顔をしたり
早く〜なんて急かしたりするのは
○○ちゃんママに対してとても失礼なんだよ。
言われなくてもお父さんやお母さんの知り合いと会ったら
ちゃんと挨拶しなくちゃいけないんだし、
お話しているのを嫌がった顔をして見せたりするのは
高学年の子としては、ちょっと恥ずかしいことなんだよ」
というと、
ハッとした顔をして、
「そうなんだ〜恥ずかしいことなんだね。
でも、誰かに会うなんて思わなかったから
何だかどうしたら良いかわかんなくなったし、
どういう風にしたらいいか、わかんないんだよ〜」
そうなのだ。
全く、悪気などないのだ。
これこそがAS的な部分なのかもしれない。
自分が知らない人でも家族の誰かの知り合いには
ちゃんと挨拶をすること
その人と会話をしている時に
話しを遮ったり急かしたりしてはいけない
成長すれば自然と身に付く、と思われがちだが、
やはり少数派は、明らかにこういう部分で
時に、失礼な態度を取ってしまったりする。
それが決して悪気がないことだとしても、
相手のあることだから、いい訳にはならないし、
どんなにそれが障害のせいだったとしても
相手に不快な気持ちにさせることはやはりしてはいけない。
その数日後、ショッピングセンターで
旦那の同僚に会った。
その時は、きちんと帽子を取って
「こんにちは〜」
と、にこやかに挨拶していた、のび太でした。
ほら、マナーが理解できれば
こんなにちゃんと挨拶できるし、感じいい子だし(笑)
「そのうち自然に身に付く」とか「成長すればするようになる」とか
そういうのって、親としての責任逃れみたいな気がする。
だから、私はしつこく教え続けるのだ〜〜〜
2009-11-19 (Thu)
昨日のテレビでダウン症の書家の方のお話、
見た方もいらっしゃると思います。
素晴らしい書ですよね。
私は書道について詳しくは何もわからないのですが
文字に魂が宿ってる・・・ような気がしました。
で、あの番組で気になったこと。
「ダウン症なのにこんな能力が・・・」とか、
「ダウン症らしからぬ才能・・・」とかいう表現が多すぎ・・・
こういう表現ってはじめから障害のある方を
下に見ているゆえの言い回しですよね。
「自分より劣っているはずなのに
自分よりスゴイ字が書ける」なんて!
「自分より知的レベルが低いのに
人を思いやる気持ちがある」なんて!
少し前に国際的ピアノコンクールで優勝された方で
全盲の方がいらっしゃいましたが、
そのときのニュースも
「全盲のピアニストが優勝」とか
必ず、障害を冠にしてしまうものの見方が
どうもイラッとしてしまうのは
私が変人だからでしょうか?
障害のある方をはじめから、
「障害者は能力が劣っている」とか
「知的に遅れていれば感情も劣っているだろう」
といった、おかしな偏見が世の中にはやっぱりあるんだろうな〜
人の人生なんて所詮、プラスマイナスゼロだ!
(と、私は思っている)から
苦手部分があればその分の得意部分もあるのだし、
障害がある人は不幸だと思い込んでいる多数派の人が、
必ず幸せだとは限らない。
以前、記事にしましたが、
あるお寺の住職さんが
「世間では障害者と呼ばれている人たちは
他の人とは違うものを自ら背負って生まれた
気高い魂の神様のお子様」
と、おっしゃっていましたが、私もその言葉を信じている。
自分は(自分の家族は)健常で幸せだ、
なんておごり高ぶっている人をみると
吐き気がする。
そして、
障害のある人が〜〜できるなんて!
と、上から目線で物を言うテレビも正直、うんざりだ。
まあ、少数派の意見ですから、
「え?!何、ひがんでるの?お前の方こそ偏見だよ!」
と思った方は
華麗なるスルーをしてください(笑)
見た方もいらっしゃると思います。
素晴らしい書ですよね。
私は書道について詳しくは何もわからないのですが
文字に魂が宿ってる・・・ような気がしました。
で、あの番組で気になったこと。
「ダウン症なのにこんな能力が・・・」とか、
「ダウン症らしからぬ才能・・・」とかいう表現が多すぎ・・・
こういう表現ってはじめから障害のある方を
下に見ているゆえの言い回しですよね。
「自分より劣っているはずなのに
自分よりスゴイ字が書ける」なんて!
「自分より知的レベルが低いのに
人を思いやる気持ちがある」なんて!
少し前に国際的ピアノコンクールで優勝された方で
全盲の方がいらっしゃいましたが、
そのときのニュースも
「全盲のピアニストが優勝」とか
必ず、障害を冠にしてしまうものの見方が
どうもイラッとしてしまうのは
私が変人だからでしょうか?
障害のある方をはじめから、
「障害者は能力が劣っている」とか
「知的に遅れていれば感情も劣っているだろう」
といった、おかしな偏見が世の中にはやっぱりあるんだろうな〜
人の人生なんて所詮、プラスマイナスゼロだ!
(と、私は思っている)から
苦手部分があればその分の得意部分もあるのだし、
障害がある人は不幸だと思い込んでいる多数派の人が、
必ず幸せだとは限らない。
以前、記事にしましたが、
あるお寺の住職さんが
「世間では障害者と呼ばれている人たちは
他の人とは違うものを自ら背負って生まれた
気高い魂の神様のお子様」
と、おっしゃっていましたが、私もその言葉を信じている。
自分は(自分の家族は)健常で幸せだ、
なんておごり高ぶっている人をみると
吐き気がする。
そして、
障害のある人が〜〜できるなんて!
と、上から目線で物を言うテレビも正直、うんざりだ。
まあ、少数派の意見ですから、
「え?!何、ひがんでるの?お前の方こそ偏見だよ!」
と思った方は
華麗なるスルーをしてください(笑)
2009-11-17 (Tue)
今思えば、私は世間の思惑通りには
生きていけない人らしい。
結婚して驚いたのが、
会う人会う人、皆、打ち合わせしたかのように
同じ事を言うのだ。
「早く頑張って子供作ってね」
「30歳前に子供を作らなくちゃね〜」
この辺は田舎と言ってもいい土地なので
「女は子供(跡取り=男の子)を産まなくちゃ
嫁の資格はない」
なんて、信じられないことを言われているお嫁さんも実際にいる。
しかしだ!
誰もが「結婚したら子供が出来て当たり前」と思っていることに
ビックリした。
そうか。そういうものなのか。
というより、私は結婚願望はなかったが
子供だけは欲しいと思っていたから、
「早く子供作って」と言われることには正直、抵抗はなかった。
しかし、半年たっても妊娠の兆候もない私に
さらに世間の口調は露骨になる。
「畑だって耕して肥料を撒いてこそいい野菜が出来る。
日々の努力が大切だよ〜(薄笑)」
「サボってるとすぐ産めない年齢になるよ〜(薄笑)」
全然、意味がわからなかったが、笑って受け流すしかなかった。
そうこうしているうちに1年が過ぎた頃、
私の腹には、子供、ではなく、
でっかい腫瘍を抱えていることがわかった。
子宮内膜症が原因の卵巣膿腫。
あまりにでかかったため、全身麻酔の開腹手術だった。
そして、気が付くと、あれほどやんややんやと言われ続けた
「子供」「妊娠」「出産」と言った言葉を
やはり皆、打ち合わせをしたかのように
誰一人、言うものがいなくなった。
そうか。
私はあんな手術もしちゃったし、
誰も私に子供を期待しなくなったんだ。
そう思った。
それはそれで楽だった。
私は仕事を愛していたし、毎日、仕事が楽しかったし、
一生、自分の子供は出来なくても
子供達と大好きな音楽で関わっていけるなら
そういう人生もいいじゃん。
旦那と一緒に毎週、釣りに行ってボ〜っとして
夏には仲間とキャンプなんかして・・・
そういう人生だって悪くない。
そう思ったとたんに、妊娠した。
妊娠すれば仕事をやめると思っている人が多いことにも驚いた。
しかし、私はつわりがひどくても、
午前中に点滴を打ち、午後から仕事に行った。
耐えられなくて運転中に路肩に嘔吐しつつも、
仕事中は気持ち悪さも半減していた。
産んでからも世間の予想に反して
のび太が2ヶ月に入ってすぐ、仕事に復帰した。
私が特別なクラスを受け持っていて
他にこのクラスを指導できる人が身近にいないため、
資格のない先生にムリヤリお願いしていた、
と言うのも理由のひとつだが、
とにかく仕事を休みたくなかった。
子供が3歳になるまでは・・・
いえ、せめて1歳になるまででもいいから
そばにいてあげなさい。
その後、諸事情で退職せざるを得なくなり
泣く泣く仕事をやめた。
本当に本当に、悲しくて、泣いた。
子育てに専念していると、
子育てママを放って置かない世間があった。
ちょっと外に出れば、
何ヶ月?母乳?ミルク?布オムツ?紙おむつ?
夜泣きは?離乳食は?
あら、おしゃぶりなんかさせてダメ!
あら、こんなに薄着じゃダメ!
あら、まだ首が据わらないの?
あら、まだお話できないの?
あら、まだできないの?
あら、まだ?
あらら〜?
子育てと言うものは、何でも早くできた方が、
「いい子」と言われ「ちゃんと子育てしている母親」と見なされるらしい。
そのどちらにも当てはまらなかった、私とのび太。
そうこうしているうちに、
なぁ〜んにも教えていないのに、
数字、文字、アルファベット、記号、標識などを、
勝手に覚えたのび太。
「おおお!すごいじゃん!のび太〜!
オムツ外れるのは遅かったし、まだ喋れないけど、
何かでプラスマイナスゼロになるってことだよね〜」
と、思っていたら、意に反して、
「ええ?!こんなに小さいうちに勉強ばっかりさせてるなんて
カワイソウ〜!!!」
・・・・・。
あれ?
他の子より早く文字を覚えたりしたのに
あんまり誉められないのか?
すごいね〜、とは言う人も
冷ややかな視線でのび太を見る。
「それって、『やっかみ』なんだよ」と友人に言われ、
へぇ〜そうか、羨ましがられているんだ、
だけど、自分の子に出来ないことは否定されるんだ・・・
人間の心理とは複雑で難しいものだ〜
世間の思惑って、自分と同じように段取りを踏んで
生きていくのが「普通」だと思っている(ようだ)
で、自分以上に優れているものは、
あることないことの難癖をつけて否定したくなるものらしい。
「のび太くん、歴史とか漢字とかスゴイ知識だよね〜(薄笑)」
と、否定的な雰囲気で取ってつけたように
気持ちのない誉め言葉を吐く人たちに
「のび太、実は発達障害があるんですよ」
なぁ〜んて言ったら、どう反応するんだろうか?
生きていけない人らしい。
結婚して驚いたのが、
会う人会う人、皆、打ち合わせしたかのように
同じ事を言うのだ。
「早く頑張って子供作ってね」
「30歳前に子供を作らなくちゃね〜」
この辺は田舎と言ってもいい土地なので
「女は子供(跡取り=男の子)を産まなくちゃ
嫁の資格はない」
なんて、信じられないことを言われているお嫁さんも実際にいる。
しかしだ!
誰もが「結婚したら子供が出来て当たり前」と思っていることに
ビックリした。
そうか。そういうものなのか。
というより、私は結婚願望はなかったが
子供だけは欲しいと思っていたから、
「早く子供作って」と言われることには正直、抵抗はなかった。
しかし、半年たっても妊娠の兆候もない私に
さらに世間の口調は露骨になる。
「畑だって耕して肥料を撒いてこそいい野菜が出来る。
日々の努力が大切だよ〜(薄笑)」
「サボってるとすぐ産めない年齢になるよ〜(薄笑)」
全然、意味がわからなかったが、笑って受け流すしかなかった。
そうこうしているうちに1年が過ぎた頃、
私の腹には、子供、ではなく、
でっかい腫瘍を抱えていることがわかった。
子宮内膜症が原因の卵巣膿腫。
あまりにでかかったため、全身麻酔の開腹手術だった。
そして、気が付くと、あれほどやんややんやと言われ続けた
「子供」「妊娠」「出産」と言った言葉を
やはり皆、打ち合わせをしたかのように
誰一人、言うものがいなくなった。
そうか。
私はあんな手術もしちゃったし、
誰も私に子供を期待しなくなったんだ。
そう思った。
それはそれで楽だった。
私は仕事を愛していたし、毎日、仕事が楽しかったし、
一生、自分の子供は出来なくても
子供達と大好きな音楽で関わっていけるなら
そういう人生もいいじゃん。
旦那と一緒に毎週、釣りに行ってボ〜っとして
夏には仲間とキャンプなんかして・・・
そういう人生だって悪くない。
そう思ったとたんに、妊娠した。
妊娠すれば仕事をやめると思っている人が多いことにも驚いた。
しかし、私はつわりがひどくても、
午前中に点滴を打ち、午後から仕事に行った。
耐えられなくて運転中に路肩に嘔吐しつつも、
仕事中は気持ち悪さも半減していた。
産んでからも世間の予想に反して
のび太が2ヶ月に入ってすぐ、仕事に復帰した。
私が特別なクラスを受け持っていて
他にこのクラスを指導できる人が身近にいないため、
資格のない先生にムリヤリお願いしていた、
と言うのも理由のひとつだが、
とにかく仕事を休みたくなかった。
子供が3歳になるまでは・・・
いえ、せめて1歳になるまででもいいから
そばにいてあげなさい。
その後、諸事情で退職せざるを得なくなり
泣く泣く仕事をやめた。
本当に本当に、悲しくて、泣いた。
子育てに専念していると、
子育てママを放って置かない世間があった。
ちょっと外に出れば、
何ヶ月?母乳?ミルク?布オムツ?紙おむつ?
夜泣きは?離乳食は?
あら、おしゃぶりなんかさせてダメ!
あら、こんなに薄着じゃダメ!
あら、まだ首が据わらないの?
あら、まだお話できないの?
あら、まだできないの?
あら、まだ?
あらら〜?
子育てと言うものは、何でも早くできた方が、
「いい子」と言われ「ちゃんと子育てしている母親」と見なされるらしい。
そのどちらにも当てはまらなかった、私とのび太。
そうこうしているうちに、
なぁ〜んにも教えていないのに、
数字、文字、アルファベット、記号、標識などを、
勝手に覚えたのび太。
「おおお!すごいじゃん!のび太〜!
オムツ外れるのは遅かったし、まだ喋れないけど、
何かでプラスマイナスゼロになるってことだよね〜」
と、思っていたら、意に反して、
「ええ?!こんなに小さいうちに勉強ばっかりさせてるなんて
カワイソウ〜!!!」
・・・・・。
あれ?
他の子より早く文字を覚えたりしたのに
あんまり誉められないのか?
すごいね〜、とは言う人も
冷ややかな視線でのび太を見る。
「それって、『やっかみ』なんだよ」と友人に言われ、
へぇ〜そうか、羨ましがられているんだ、
だけど、自分の子に出来ないことは否定されるんだ・・・
人間の心理とは複雑で難しいものだ〜
世間の思惑って、自分と同じように段取りを踏んで
生きていくのが「普通」だと思っている(ようだ)
で、自分以上に優れているものは、
あることないことの難癖をつけて否定したくなるものらしい。
「のび太くん、歴史とか漢字とかスゴイ知識だよね〜(薄笑)」
と、否定的な雰囲気で取ってつけたように
気持ちのない誉め言葉を吐く人たちに
「のび太、実は発達障害があるんですよ」
なぁ〜んて言ったら、どう反応するんだろうか?
















